医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


(前回,2475号よりつづく

〔第11回〕NBCテロリズム(3)
 ――アメリカでの被害
(吸入炭疽症:最初の10人)

1人目の犠牲者

 2001年10月2日,アメリカ同時多発テロに対する報復手段として,アフガン攻撃が開始され,皆「これからどうなっていくんだろう」と思い始めた頃,予期せぬ場所で事件が起こりました。
 Aさんは,フロリダ新聞に勤める63歳のカメラマンです。朝起きると,急に気持ち悪くなって洗面所で吐いてしまいました。その後も,頭がクラクラするものですから,近くの病院を急患で受診したのです。
 そもそも,Aさんはノース・カロライナに出張に行く数日前から熱があり,汗をびっしょりかくようになっていたのです。急患室で医師は,看護婦から熱が39.2度あることを聞いた後,問診を始めました。そして,すぐに意識はあるけれど混迷状態であることに気がつきます。
 「ここがどこだかわかりますか,今日は何日ですか?」といった質問に答えられないのです。医師は,
 「髄膜炎か脳炎だな。まず血液検査と胸の写真など,ルーチンな検査を施行して,髄液検査だ」とテキパキ考えました。そして検査結果から,
 「血液検査では,血小板とナトリウムが少ない。しかも黄疸も少し出かけているし,アシドーシスもある。細菌性の髄膜炎だろう,すでに多臓器不全になりかけている」と考え,
 「看護婦さん,髄液採取の準備をしてくれる?」,とオーダーを出しました。医師の予想通り,髄液はやや白く濁り,少し出血も起こしていました。
 「よし,細菌性髄膜炎で診断は間違いなかろう。まずは第1選択薬のセフォタキシムを使おう」
 しかし,その7時間後,検査室よりその担当医師に連絡が入りました。
 「先生,髄液から炭疽菌が検出されました」
 医師は,あわてふためき6種類の抗生剤投与を開始しました。しかし,その63歳の犠牲者は全身けいれんを起こした後,深い昏睡に陥り,3日後に永眠となりました。

助かった郵便局員

 ワシントンDCの郵便局で働く59歳の白人男性は,同じ郵便局で働いていて10月16日に発症した4人に遅れ,22日から体調の不調を感じ,24日に救急受診しました。急患室で担当した医師は,胸の写真も正常で,風邪だろうと思っていました。それでも,同じ郵便局内で炭疽菌感染者が発生しているという情報を伝え聞いており,念のためにと血液培養を行なう目的で血液を採取,シプロキサンの経口薬を処方しています。これが幸いしました。人の運とは,あとから考えると些細なところで違ってしまうのかもしれません。
 17時間後,血液培養により炭疽菌が検出され,病院に緊張が走りました。そして,病院スタッフが自宅に電話をしています。すると,彼の妻は,
 「あれから吐き気が強くなって,薬は1回しか飲めていない。それに何だか様子が変なの。私が言っていることとか,周りの状況がわかっていないみたい」と訴えます。
 看護婦は,「至急救急車を呼んで病院に戻ってきてください」,と電話口で叫びました。到着時,彼の具合はたいそう悪そうで,諸々の検査で異常値が出始めていました。そして,前日撮った胸の写真も,そういう目で眺めれば縦隔が腫れ気味です。炭疽菌感染症の診断がついているから,シプロキサンに加え,ペニシリン,リファンピシン,バンコマイシンなどの抗生剤も追加され最大限の治療が開始されたのです。
 翌日,輸血をするほどの胃十二指腸潰瘍があり,胸には大量の血液が溜まり,しばらく生死の縁をさまよったのですが,2-3日を越えたあたりから回復の兆しを見せ,11月9日に退院となっています。
 死亡した人は,往々にして抗生剤の開始が遅れる傾向にあります。しかし,症状の進行が急激で,抗生剤を使う間もなく悪化したのか,それとも医師の適切な診断・治療が遅れたためなのかははっきりしません。
 もう1つ気になるのは,死亡した人の方が持病を有している傾向がある点です。比較的年配者に発症しやすいことから考えて,持病の有無は発症を左右する因子かもしれません。あるいは,アメリカのことですから,患者の保険の高い安いにより,医師の判断が影響されたかもしれません。高い保険であれば,医師がちょっと気になっただけで胸の写真を撮り,血液培養を施行したかもしれません。逆に,安い保険の場合には,具合が悪くても家に帰されてしまうかもしれません。
 もっとも,10例からでは何も確定的なことは言えませんが……

※編集室より:
 本連載第9回(本紙1月28日付,2471号)紙上において,「NBCテロリズムは3回にわたり連載……」と記しましたが,「NBCテロリズム」の項は,次回を含め4回の連載となります。