医学界新聞

 

医学生・研修医のための
BOOK REVIEW


新しい医学教育を示唆する格好の手引書

小児プライマリ・ケア 虎の巻
医学生・研修医実習のために

日本外来小児科学会 編集

《書 評》吉田一郎(久留米大教授・医学教育学)

医学教育の改革が開業医の現場から始まった

 わが国の医学教育を先取りするすばらしい本が出版された。しかも,大学人ではなく,日本外来小児科学会に所属する開業医を中心とする先生方によってである。全国各地に医学生の気持ちを高揚させる志の高い開業医の先生方が増えている。
 現在,わが国の医学教育は明治以来の大変革の時代を迎えている。これは明治時代同様,大学内部からの改革ではなく,国が主導するものとなっている。しかし,今回,この本で示された新しい医学教育改革への取り組みは,小児科開業医の先生方が中心となって,自発的に,ボランティア精神でスタートしたことに大きな意味がある。開業医の先生方の元気一杯のパワーが,わが国の医学教育を変えつつあると言っても過言ではない。
 新しい臨床卒前医学教育は,従来の旧ドイツ式の“大講堂での講義中心,医療現場軽視の観念的な医学教育”から英米式の“少人数での問題基盤型学習ならびに患者さんや学生中心の現場主義の医学教育”への転換と言える。臨床医学教育は,フィロソフィーだけではだめで,実践されないと意味がない。ピアノやテニスを修得させるのに,教室でピアノやテニスの技法について長時間講義するより,実際にピアノを弾かせてみたり,テニスコートに連れ出さないと,駄目なことと同じである。今後,患者さんや医学生という消費者のニーズに応じた医学教育へという流れは,ますます強まるであろう。
 大学医学部やその付属病院でなければ,医学生の教育は不可能であるとの思い込み,講義をしないと教育ではない,との大学人の思い込みはまだまだ根強く残っている。しかし,出席をとらないと極端に低い医学生の出席率からもわかるように,大講堂での講義は医学生のニーズを満たしていない。ハーバード大学医学部が講義をほぼ全廃したこと(New Pathway)はよく知られているが,学習へのモチベーションが高いと考えられる米国の医学生ですら,今までのやり方では駄目であった理由をよく考えることが必要であろう。

竹槍とミサイル以上の差

 もう1つのわが国の医学教育の問題点は,絶対的なマンパワー不足である。に米国ハーバード大学医学部小児科(ボストン小児病院)の陣容を示した。竹槍とミサイル以上の差があろう。開業医や勤務医の先生方が臨床教授として,医学生や研修医の教育に加わってくださることの意義はきわめて大きい。
 最近,わが国でも文部科学省により,卒前医学教育のモデルコアカリキュラムが発表された。これは画期的なことであり,大変によかったと思う。このような大改革がなければ,欧米の医学教育に15-20年は遅れているわが国の医学教育は取り返しのつかないことになったであろう。しかし,このカリキュラム案で示された臨床実習期間は,欧米など医学教育先進国に比較するとまだまだ不十分である。例えば,小児科のクリニカルクラークシップは,新モデルコアカリキュラムでは小児科を基幹科目(コア)として,4週間の実習期間が示されている。しかし,これは米国の平均8週間,英国および旧英国植民地圏での15週間に比較すると,極端に短いものである。新生児医学を含み,内科以上に多様性に富み,学校保健,予防接種,思春期医学,心の問題,育児支援など,地域社会に密接に関係している小児医学の幅広いスペクトラムを大学病院だけで教育するのは無理であり,それ相応の十分な実習期間が必要であろう。また,麻疹や腸重積,冬期下痢症による脱水症,気管支喘息など大学病院小児科で経験しがたくなっている日常的疾患は,開業医クリニックや一般病院こそ,医学生や研修医の教育にふさわしい場であることを示唆している。21世紀は,外来医療の時代と言われる。米国でも20年前の学生の臨床実習では,100%病棟実習であったのが,最近ではその半分が外来実習に当てられている。
 本書は,医学生が開業医での外来実習で何が学べるかを,明確に示している。さらに,子どもをだっこした時の医学生の笑顔,子どもの口の中を診る時に,思わず自分の口を開いた医学生,こわごわながら興味一杯の新生児診察など,この本の写真におさめられた医学生のいきいきとした表情が何よりも,このクリニック実習の大成功を物語っている。また,この本に収載された医学生の体験談,感想を読むと,医学生のすばらしい感受性,観察眼にも圧倒される。こんなにも感性の豊かな医学生を大講堂での講義中心の医学教育に閉じ込めていたことを申し訳なく感じるほど,この本の中の医学生はいきいきしているのである。


  ハーバード大学医学部小児科(ボストン小児病院)の人的資源

  
教授33名
準教授64名
助教授78名
講師324名
助手など119名
研修医114名
その他の医師237名

(Lovejoy,第1回小児医学教育研究会,2000年,7月,東京)

日本外来小児科学会教育検討委員会のすばらしい活動

 この日本外来小児科学会教育検討委員会のすばらしい活動は,たった1人で医学生のためのクリニック実習をスタートさせた九州の地方都市の小児科開業医のボランティア活動が原点である。その後,このクリニック活動が小児科開業医だけでなく,勤務医にも拡がり,みるみるうちに,全国的な展開をみせていることは,「小児科医は教師である」ことの実証でもあろう。
 現在,不当に低い報酬体系やハードな労働内容のため,小児科医を希望する医学生が減少し,全国の病院では小児科を廃止する病院も少なくない。しかし,子どもは日本の未来を創る。小児科医は,その子どもをお世話することが天職である。この開業医実習を経験し,小児科医をめざす医学生や研修医も少なくないと聞く。事実,医学生自身が本書の体験談の中で,素直な感想として小児科開業医実習を高く評価していることは特筆すべきであろう。欧米では,開業医が医学生を教育することは当たり前のことであり,カリキュラムの一部になっている。この開業医実習が小児科だけでなく内科,外科など他科へも拡がっていくことを願うものである。この本はそのためには何が必要であるかを,的確に示すものであり,医学生にとっての楽しい小児科学への手引き書として強く推薦したい。
A5・頁176 定価(本体3,000円+税)医学書院


「洛陽ノ紙価ヲ高メ」てきた組織学の名著

機能を中心とした図説組織学 第4版
Barbara Young,John W. Heath 著/山田英智 監訳/山田英智,他 訳

《書 評》猪口哲夫(久留米大教授・解剖学)

 本書は,英国のノッティンガム大学のWheaterが著した『Functional Histology A Text and Colour Atlas』(初版は1979年)の第4版(2000年刊)の翻訳で,1979年に第1版が出版されて以来,「洛陽ノ紙価ヲ高メ」てきた名著である。その第1版の日本語訳(1981年刊,医学書院)が,東京大学医学部解剖学教室の山田英智教授(当時,現同大名誉教授)監修の下に当時同大解剖学教育関係の方々の分担により訳出され,その後,原著が改版されるたびに同一の担当者(今回から澤田教授が参加)による速やかな和訳の作業が,責任ある態度をもって行なわれてきたものである。

はかられた執筆者の世代交代

 今回の原著は,その第1,2版の中心的著者であったノッティンガム大学のPaul R. Wheaterの死去(1989年)後,第3版の執筆者の1人Barbara Young(オーストラリア・シドニー大学)が,John W. Heath(同・ニューカッスル大学)とともに改訂作業を行なっている。原著の執筆者が,一人ずつ入れ替わって版を重ねるうち,内容,図版・写真の更新が図られつつ,主体が英国のノッティンガム,ケンブリッジからオーストラリアの次世代の担い手たちへ引き継がれている様子がうかがわれる。
 さて,この第4版では,(1)A4判に大型化した,(2)第3版の内容に加えて,その後の分子・細胞生物学分野での新しい知見を取り入れた,(3)図を増やし,かつカラー化した,(4)第1部冒頭に「顕微鏡法の手引き」が入れられた,などの変更がみられる。

きわめてオーソドックスな組織学教科書

 本書を類書と見比べてみると解ることは,きわめてオーソドックスな組織学教科書のスタイルを一貫していることである。内容は,細部にわたり過ぎず,重点が明示され,章の配列はやや伝統的とも見える構成ながら,新しい知見を教育的観点より適宜取り入れている。また,記載内容の深さ,光顕写真・電顕写真の位置づけと取り扱い方はバランスがとれ,厳密に選択されたそれらの写真・図版は美しく,医学教育を受ける学生にとって妥当なものとなっている。
 本書の持つ特色をさらにあげると,人体から得られた材料が努めて使われている点がある。これは,医学教育のテキストとしてきわめて望ましいことである。もう1つは,用語と訳注に関する訳者らの配慮が行き届いていることも指摘されねばならない。すなわち,本書の用語(和訳)は,日本解剖学会の「解剖学用語」,「組織学用語」,「発生学用語」に準拠しているほか,日常頻用されている,いわゆる「日本式カタカナ語」表記が採用されている。さらに,訳注が適宜につけられていて,用語の人名や原著自身の持つ記載内容の誤記にまで率直に触れているなど,日本語版読者のために十分に意を尽くしたものとされていることは,誠にありがたいと思う。訳文は平易な日本語文になっており,読みやすい。教育的によく配慮された,優れた組織学書として,広く推薦したい。
A4・頁448 定価(本体9,500円+税)医学書院


“21世紀は,「救急」の時代”を先導する格好の書

標準救急医学 第3版
日本救急医学会 監修

《書 評》篠澤洋太郎(東北大学教授・救急医学)

 第29回日本救急医学会において,相川直樹会長は,「救急医のidentityと求められる能力」と題する会長講演を行なった。広い会場が満席であった裏側には,救急医(これがいかにidentifyされるかが本講演の趣旨でもあったのだが)自身が“クオヴァデス”を模索していたからに他ならない。

医学教育改革と質が問われる「救急」

 折しも,医学教育改革の荒波により,2002(平成14)年度入学者より始まる卒前教育においては,「救急」はコア・カリキュラムG「臨床実習」において,内科,外科とならぶ3本の柱の1つになっている。また,2004(平成16)年度からの卒後研修においても「救急」は必修領域とされている。あらゆる重症度のあらゆる救急傷病を対象とし,なおかつ質も問われる「救急」において,教える側(必ずしも“救急医”が担当するとは限らない)にとっても,教えられる側にとっても,そのよりどころとなる成書が必要となる。
 前述の講演では,救急医療は「救急医療に必須である共通能力」と,少なくとも1つの「得意分野(subspecialty)」とを有する多様な“救急医”のモザイク集団により遂行されるべき,と結ばれていたが,救急医学教育において使用されるべき成書は,医師のだれでもが修得されるべき最小限の「救急医療に必須である共通能力」がもられているものでなければならない。
 本書の監修が,日本救急医学会であることからも推察されるごとく,著名な45名の“救急医”により,「救急医療に必須である共通能力」部分とともに,それぞれの得意とするモザイク部分のうちの,一般医師も具有すべき必要不可欠な部分が著述されている。
 『標準救急医学』(初版)は1991年に発行され,1995年に加筆・訂正がなされたが,本書(第3版)では,昨今の急激な医学の進歩・医療情勢の変貌を踏まえ全面改訂が行なわれた。また,救急外来でも問題となる新興・再興感染症,救急医療の遺産たる脳死,地震・テロに関係する災害医療,などの項が新たに追加された。

卒前教育・卒後研修に必携

 21世紀は,「救急」の時代であるとも言われるが,医師過剰の世の到来にもかかわらず,また,需要度が高いにもかかわらず“救急医”は増えているとは言えない。
 本書は,卒前教育のみならず卒後研修においても,“救急医”の共通能力部分の知識を涵養する格好の書であることはもちろん,一般医師にとっても,自らのspecialtyに関係する救急医療については言わずもがな,あまり馴染みとしてこなかった救急医学の現在の底流を理解し,積極的に救急医療に参画していく上での先導書にもなると思われる。
B5・頁624 定価(本体8,200円+税)医学書院


深い洞察にもとづく内容,臨場感溢れる初期研修アトラス

内科レジデントアトラス
岡田 定,西原崇創 編集

《書 評》小峰光博(昭和大藤が丘病院教授・血液内科)

 患者さんの前に立つ時,医師はオールマイティの存在でありたいと願うし,また患者さんも医師をそのように見ていると感じるものである。その期待を裏切らないために,最も必要とされるのは,百科事典のような知識の集積でなく,臨床の原理,原則にそった的確な情報収集とその合理的分析のプロセスであろう。多少迂遠のように見えても,直感や反射的な判断には思わぬ落とし穴が潜んでいることが少なくないのである。冷静と沈着は,臨床の現場ではことさらに重要性が増すものである。

困難な初期研修を支えてくれる

 それでも臨床研修の初期段階にあって,なんらの武装もせず無防備に足を踏み出すことはきわめて危険である。せめて頻度が高く基本的で,判断の適否がその後の展開の鍵を握るようなことについては,進んで密かに,かつ確実に身につけておく必要がある。日常の臨床活動では,それらに肉づけし,厚みと深みを増すように心がけることを怠ってはならないと考えている。
 患者の訴えとその経過を把握し,身体所見を整理した時,次に予期すべきことがいくつか頭に浮かんでくれば,基本的スクリーニング検査で得られるデータをより深く解釈する途も開けてくる。
 『内科レジデントアトラス』と題されたこの書物は,まさにその辺りの状況に深い洞察を持つ最前線の活力あふれる指導者によって,それを最も必要とする若い初期研修の途上にあるレジデントの支援のためにまとめられた簡潔かつ実務的なポケット判である。本文280頁,原則見開き2頁で1項目を説いているので,ちょっとした隙間の時間を活用してもれなくキチンと読みとおすように設計されているものと受けとめた。

経験に裏づけられた勘どころの集積

 内容は,「皮膚・粘膜」,「眼」,「画像」,「血液」,「細菌」の各アトラスに分類されている。アトラスとするゆえんは,項目あたり1-2件の視覚素材が選定されており,ついで極度に贅肉を削り純化した基本的事項のみがそえられている。項目の選択基準は,現場で即役立つ実践的な必須度にあるとしてよいもののようである。執筆者は,聖路加国際病院の内科レジデントを指導する立場にある気鋭の専門医であるだけに,経験に裏づけられた勘どころのおさえ方がよく効いている。皮膚・粘膜の所見や眼底所見を取り上げているのは,それらの内科臨床における頻度の高さと重要性を考慮してのことであり,見たことがあるとの自信が,何よりものを言う臨場感あふれる緊迫度を高めるのに有効に作用している。
 決して細大もらさぬと言った緻密一辺倒の取り組みでなく,むしろ「天網恢恢疎にしてもらさず」に近く,骨子を散りばめることで,臨床応用の幅を広げるような意図を感じる親身さと温かさを感じさせる1品と言えよう。評者も空いた電車の半端な時間を利用しつつ,間もなく全編に目をとおすことができ,若返ってたくさんのものを吸収できたのである。気軽だが軽すぎはしない実用の書であり,執筆者が実体験を振り返って注意深い配慮の上で,資料が選別されてできあがったという信頼感も湧いてくる,小振りながら実のある好著と言える。研修医諸君がこわがらずに臨床に励むためにも,事前になすべき投資として,費やす時間からみても十分に見合うと納得するであろう。
B6変・頁280 定価(本体4,000円+税)医学書院


臨床現場を重視した出色の循環器治療薬の快著

循環器治療薬ファイル 薬物治療のセンスを身につける
村川裕二 著

《書 評》坂本二哉(元日本心臓病学会理事長)

 店一杯にたくさんの医学書があり,その上にまた際限なく出版される。だが,ほとんどはつまらない。だから本書のように炯眼の士になる書を手にすると,とても嬉しくなる。本書は表題が示すように教科書でもマニュアルでもない。自ら臨床の渦中にあって多くの患者に対処し,何をどうするかについての知識と経験を,現場からの私見として述べたものである。しかし,大筋はしっかり踏まえており,なかなかの快著である。
 全体は2部からなり,第1部「病態からのアプローチ」は全21章,急性心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患,不整脈,心不全,心筋症や心内膜炎等がならぶ。はじめに病態・診断・対処(治療の考え方),ついで詳細な薬物治療法が述べられている。箇条書きに近い文で,余計なことはすべてカット,簡明でありながら迫力がある。ことに虚血性心疾患や不整脈はこの著者の最も得意とするところで,自家薬籠中の言葉の端々に読者を納得させるものがあり,ツボをきちんと押さえているのはさすがである。第2部「薬剤からのアプローチ」はジギタリスに始まって,強心薬,冠疾患治療薬,抗不整脈薬,利尿薬,凝固阻止薬からモルヒネまで全23章がならぶ。
 内容は,これ以上具体的に記述するのは不可能と思えるほど出色のものである。おもしろいのは,「全部を覚えることはできないからこれだけ記憶しておくように」とか,他の本には書かれているが効果のない薬とか,「高齢の専門医が得意気に使う薬剤」だとか,突拍子もない警句が散在していること。Key Point,やや長大なmemoなど,治療法にまつわる考え方や注意,著者の悩みまで述べられており,従来の本からはまったく考えられない手法である。

読者の心をうまく掴み,共感を呼ぶ書

 概観すると,形は小さいが中身の大きな本であり,その先々はどうかなと考えさせて読者の心をうまく掴み,共感を呼ぶ書である。著者の臨床に対する熱い共感と卓抜した学問的理念に裏付けられた結果であり,評者も正直に言ってこの著者がこのような微に入り細にわたる知見と批判力を持っていることに驚かされた。読者の中には「いや,私はこう思う」と反論する人がいようとは思う(私自身も,例えば心房細動のキニジン発言には大いに反論がある)が,それはまた本書の目的とするところでもあるようだ。
 初心者から“高齢の専門医”に至るまで広く読まれて然るべき書である。いつも鞄の中に入れておき,参考に供したいと思う。
A5変・頁284 定価(本体6,000円+税)MEDSi