医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


西洋てんかん史のバイブル再登場

テムキン てんかん病医史抄
古代より現代神経学の夜明けまで

Owsei Temkin 著/和田豊治 訳

《書 評》佐藤光源(東北福祉大大学院教授・精神医学/東北大名誉教授)

 日本に「てんかん学」を確立した和田豊治名誉教授(東北大学)の念願の訳書が,ついに出版された。ハーバード大学に留学中にLennox教授が,必読の書として推薦されたのが本書との出会いであり,訳者がてんかんを専攻する契機となった。本書なくしては,世界のてんかん史に疎い研究になるおそれがあると考えて翻訳し,1989年に『てんかんの歴史』と題する2分冊を刊行した。それは,「古代から18世紀まで」の第1部と,「19世紀からジャクソンまで」の第2部からなっていた。総数1120編の論文を引用した,本文470頁の詳細な専門書であり,てんかん研究の専門家に“てんかん史のバイブル”と評価され,座右の書となっていた。特に,古代からジャクソンに至るまでの魔術と神経学の織りなす歴史は興味深く,実に示唆に富んでいる。てんかんへの想像を絶する迷信と偏見,スチグマを担い不治とラベルされた病人の過去の社会生活,言語に絶した惨憺たる差別と苦難のドラマと,それが医学で救済されていく経緯は,訳者自身が驚くほどのものであった。しかし,まもなく出版社が倒れ,再版できなくなっていた。

てんかん史を理解するための労作

 この名著が実に読みやすい1冊の本に姿を変えて,このたび医学書院から出版された。原著の内容を現在のてんかん学からみた重要事項に限定し,てんかんに関心をもつ多領域の方にわかりやすいように工夫を凝らした訳者の労作である
 本書は9章からなり,時代順に「古代」,「中世」,「ルネサンス」,「大体系と啓蒙期」と「19世紀前半」に分かれている。古代の神聖病や中世の憑依,“たおれ病”が,19世紀後半の医学,特にジャクソンによって終焉を迎えるまでの経緯が記載されている。しかし,著者のテムキンが言うように,本書は歴史の本であって医学の本質的な問題を解決するためのものではない。それぞれの時代の政治,経済,社会,文化といった多次元に光を当てて,医学的な思想を解釈しようとしている点が特徴的であり,それが本書のスケールを一段と大きくしている。
 てんかん患者の社会参加(normalization)や社会的生命の回復のために,いま何をすべきなのか。てんかん学を志向する若い医師はもちろんのこと,臨床心理や保健・福祉の領域の方々に,本書は多くの示唆を与えるに違いない。西洋のてんかん史を理解するための必読の書として推奨したい。
A5・頁208 定価(本体3,800円+税)医学書院


著者の独特の観点が見事に結実した痴呆の症候学

〈神経心理学コレクション〉
痴呆の症候学 【ハイブリッドCD-ROM付】

山鳥 重,他 シリーズ編集/田邊敬貴 著

《書 評》小阪憲司(横浜市大教授・神経医学)

CD-ROM化された著者の症例

 本書は,〈神経心理学コレクション〉シリーズの第2作目である。第1作目は山鳥重,河村満著『神経心理学の挑戦』であり,山鳥氏に河村氏が質問するという対談形式で記載され,山鳥氏の考え方が,直接話を聞いているような感じでわかりやすく,興味深く読めた。本書も,小冊子ではあるが,関西弁まるだしの著者のユニークな講演を聞いているかのようで,著者の考えがひしひしと伝わってきて,わかりやすい(ただし記述は関西弁ではない)。著者は神経心理学を専門とする神経科の教授であり,「序」で記載されているように,早くから「痴呆研究の泥沼」に足を踏み入れたが,結果的には成功した貴重な痴呆の臨床家であり,研究者である。
 本書は,「第1章なぜ今,痴呆の症候学か」から始まり,「第2章症候学理解のための機能解剖学」,「第3章脳機能解体は言動に反映される」,「第4章三位一体の脳からみた痴呆の異常行動」,「第5章アルツハイマー病の症候学」,「第6章ピック病の症候学」,「第7章痴呆のケア」,「第8章薬物療法と看護・介護」と続き,「第9章おわりに」となっているが,著者自身が経験した12症例が詳しくCD-ROMで付録としてついているのも,本書の特徴の1つである。

さらに高まる痴呆への関心

 本書では,痴呆のうち,アルツハイマー病に代表される後方型痴呆とピック病に代表される前方型痴呆の比較に焦点を当てて,痴呆の症候学を神経心理学的な観点から論じているが,そこに系統発生学的な観点を導入し,「ヒト脳では,爬虫類の脳,旧哺乳類の脳と新哺乳類の脳が三位一体となって働いている」というMacLeanの説からこれらの痴呆症患者の異常行動を見るという,著者の独特な観点が見事にあらわれていて,興味深く読むことができる。
 この点をもう少し詳述すると,「ピック病例で見られる“被影響性の亢進ないし環境依存症候群”は,前方連合野が障害され後方連合野への抑制がはずれ,後方連合野が本来有している状況依存性が解放された結果であり,「反社会的」とも称される本能のおもむくままの「わが道を行く」行動は,前方連合野から辺縁系への抑制がはずれた結果である。固執性あるいは常同症状は,前方連合野から大脳基底核への抑制がはずれ,自発性の低下は前頭葉自体の障害によって起こる結果として理解できる。一方,著者が“取り繕い,場合わせ反応”と呼んでいるアルツハイマー病の症状は,後方連合野が障害され外界からの情報を適切に処理・統合できないことに対する,多少ともすでに健全ではなくなっている前方連合野の反応と解される」と説明する。これは,「第4章三位一体の脳からみた痴呆の異常行動」に記載されているが,この章が本書の鍵となっている。
 これに続いて,「第5章アルツハイマー病の症候学」,「第6章ピック病の症候学」で両疾患の症候がさらに詳細に記載されている。ここでも,ありきたりの総説的な記述ではなく,上述した著者の独特な見方や考え方が伝わってくる。さらに,「第7章痴呆のケア」では,侵されている機能を把握するとともに,保たれている機能を知ることの重要性を指摘し,侵された機能へのリハビリはケアとして逆効果をもたらすことが多く,保たれた,あるいは残された機能をうまく活かすことがケア上大切であることを強調している。「第8章薬物療法と看護・介護」は,サラッと流している感じで,やや物足りなさを感じるが,本書が症候学の理解に焦点を当てているので,この部分をだらだらと説明することはかえって全体のバランスを崩し,これでよいのかもしれない。
 いずれにしても,痴呆に関心のある人にはぜひとも勧めたい手頃な小冊子であり,痴呆への関心がさらに高まるものと信じる。
A5・頁116 定価(本体4,300円+税)医学書院


増加する睡眠障害に対応

一般医のための
睡眠臨床ガイドブック

菱川泰夫 監修/井上雄一 編集

《書 評》大川匡子(滋賀医大教授・精神医学)

一般医が扱う機会が多くなった睡眠障害

 最近のわが国の疫学調査によると,欧米の先進諸国と同様に,不眠など睡眠に問題を持つ人は人口の20%近くにも達しており,特に高齢者ではさらに多くなっている。また何らかの病気を持って受診する患者には,25%にも睡眠障害がみられる。このような数字は,一般診療医が睡眠障害を扱う機会はかなり多いことを示している。
 不眠は,さまざまな原因によって生じる1つの症状あるいは状態であり,1つの診断名ではない。不眠症状を示す多くの病気があり,また睡眠障害は多くの生活習慣病とも関連し,よい睡眠は生活習慣病の予防にもつながる。患者が不眠や睡眠障害を訴える時に,それに対する適切な診断・治療を行なうこと,あるいは睡眠障害の専門医に紹介することは臨床医の必修任務と言える。
 睡眠障害に悩む多くの患者が最初に診療を求め,相談を持ちかけるのは第一線で活躍している臨床医,薬剤師,看護婦,その他多くの医療関係者である。本書はそれらの方々と医療を志す研修医,学生を対象とする睡眠医学への入門書である。

アップデイトな睡眠医学の入門書

 本書の特徴は,入門書としているが第一線の各診療科の睡眠専門医がそれぞれの領域の病気を病態,診断,治療について,症例呈示も併せて最先端のレベルまでを簡潔,明快に紹介した,アップデイトのガイドブックとなっている。総論では睡眠障害診断の進め方が問診票,質問紙などを含め実践的に紹介されている。図表も多く,またそれぞれの項についてまとめがつけられ,さらに詳細に勉強したい人にとって適切な文献紹介が加えられており,親切な内容である。
 本書で取り上げられている疾患は,一般臨床で遭遇することの多い精神生理性不眠,交代制勤務,ナルコレプシー,過眠症,うつ病,レストレスレッグ症候群などが中心となっている。本邦では,まだ少ないとされているレストレスレッグ症候群やREM関連異常行動なども一般臨床医を受診する場合が多く,医師は病気の発見と治療への導入など本書を参考に積極的になってほしいと思う。
 人口の高齢化に伴って,睡眠障害はますます増加する傾向にある。また,今後多くの人が24時間社会での生活を余儀なくされ,心身の健康を保つために睡眠の問題が重視される。このような状況の中で,睡眠障害をいかにとらえ,健康問題として取り組んでいくか,いくつかの手がかりが得られるだろう。健康問題や睡眠に関心のある方々にも読んでほしい本である。
A5・頁240 定価(本体3,400円+税)医学書院


21世紀の幕開けにふさわしい斬新な精神医学教科書

標準精神医学 第2版
野村総一郎,樋口輝彦 編集

《書 評》西川 徹(東医歯大教授/国立精神・神経センター神経研部長)

 本書は,1986年に初版が発行された『標準精神医学』の改訂第2版である。編者が防衛医科大学校精神科学教授の野村総一郎先生と,国立精神・神経センター国府台病院長の樋口輝彦先生に変わり,内容も15年間の進歩をふんだんに取り入れ一新された。「脳の世紀」,「こころの時代」とも言われる21世紀の幕開けにふさわしい,斬新な精神医学の教科書を上梓された編著者の先生方に敬意を表したい。

急速に変貌を遂げる精神医学を巧みに記述

 精神医学は,自然科学ばかりでなく心理学,社会学,哲学などの方法論も駆使しなければならない,医学としては特異な領域でもある。それだけに,興味深いがわかり難い側面があると言われる。しかも近年の著しい脳科学の進歩に伴って,精神医学は急速に変貌を遂げつつある。
 本書は,こうした精神医学を理解する上での困難を,科学的視点を貫いた巧みな構成と平易な記述によって見事に克服している。また,イラスト,図表,写真が多いのも特色であり,これまでにない工夫が凝らされ,難解な概念や複雑な現象の把握を助けている。
 総論の7つの章は,「精神医学の方法論」,「精神機能とその発達および障害」,「精神障害の診断・治療」,「他科との連携」,「社会における精神医療」などについての解説を含むが,神経科学・神経画像に関する基礎知識や精神医学の歴史も適切に挿入され,全体が1つの有機的な流れとして理解できる導入部となっている。
 各論は12章からなり,例えば,「痴呆」,「睡眠覚醒障害」が独立した章で扱われているのをはじめ,わかりやすい章だてが目につく。また,各障害の記述は,症状の羅列にならずに具体的な病像を浮かび上がらせている。古くから使われている診断と,近年開発が進んだDSM-IVおよびICD-10の操作的診断との対比も懇切に解説されており,初学者が診断名で混乱することを防いでいる。全章を通じて,冒頭に学習目標とキーワードがあげられ,終わりには重要事項がまとめられているため,知識の整理にたいへん便利である。
 さらに,本書は類書にはない2つの特徴を持つ。第1は,現代医学の基本と考えられるようになったevidence-based medicine(EBM)の精神医学における実践を,「エビデンス」という囲み記事を通して紹介していることである。厳密な統計解析を用いた研究から得られたデータを治療に反映させる,科学的アプローチに触れることができるのは,きわめて意義深い。第2には,「プライマリケアのための精神医学」の章が付録として設けられていることである。一般医療の中で必要とされる精神医学の概要が容易に把握できるようになっており,卒業後,どの診療科に進んでも実用書として役立つであろう。

編者のねらいを満たした現代の精神医学

 このように本書は,多様性のゆえに,ともすると混沌としたイメージを与えがちな精神医学に,現代の標準がほしいという,編者らのねらいを十分満たしたものに仕上がった。経験豊富な精神科医たちに一読してもらっても,理解しやすく啓発される点が多いという感想が返ってくる。医学生,研修医や,その指導にあたる精神科医にとって,正に待望の教科書と言えよう。この他,精神科医療や精神医学の研究に携わる方々にも広くお勧めしたい。
B5・頁504 定価(本体6,500円+税)医学書院


わが国の精神科医にとって大きな意義

向精神薬マニュアル 第2版
融 道男 著

《書 評》風祭 元(帝京大名誉教授/前都立松沢病院長)

 1998年に融道男教授が東京医科歯科大学教授をご退官の折に出版された『向精神薬マニュアル』は,4年の内に4刷を重ね,その後に新しく認可された新薬を追加して完全に内容を一新した第2版がこのたび発刊された。
 薬物療法に関する指導書の執筆は,なかなか難しいところがある。合理的で科学的な薬物療法を行なうためには,薬理作用の基礎となる理論的な作用機序を読者に納得いくように解説する「科学性」と,医師が目の前にいる患者さんにどの薬をどういうふうに処方するかという「実用性」を2つとも備えることが要求される。本書の初版は,国際的な精神薬理学者である著者の神経化学の最新の知識が紹介されている科学性と,各々の薬の適応や用量,使用上の注意などのDI(Drug Information)が詳しく記載してある。実用性がバランスよく備えられており,研修医から専門医まで広く読まれたが,この第2版はその後認可された新薬を加え,また,受容体などに関する新しい知見を,初版にはなかったカラー頁で説明するなど,面目を一新したものになっている。

診察室で必要な情報がぎっしり

 内容は,「抗精神病薬」,「抗うつ薬(抗躁薬を含む)」,「抗不安薬と睡眠薬」の3章に大きく分かれ,各章ごとに,「開発の歴史」,「疾患の脳内神経伝達物質異常」,「薬物の種類と特徴」,「使い方」,「副作用」などが記されている。また,「付録」として,過量服用の際の処置,広義の向精神薬のDI(添付文書記載の情報)が載っている。さらに前後の表紙裏には,現在処方できる薬の一覧表と剤型,用量,用法などが印刷されており,医師が診察室の机上で必要な情報がぎっしりと詰まっている。また,すべての精神神経用薬剤の識別コード表がついているのも医師にとって実際に役立つ。標準的な向精神薬は,多くの製薬会社から異なる剤型と商品名で売られているのが現状であり,医師は他院から紹介状なしで転院してきた患者の服用薬の同定にいつも苦労するからである。
 向精神薬が臨床に導入されて約50年になるが,この数年はわが国の精神科薬物療法に1つのエポックが画された時期ではないかと思う。
 先進諸国にはやや遅れをとったが,いわゆる非定型抗精神病薬(SDAやMARTAなど)やセロトニン系抗うつ薬(SSRI)などが認可されて日常臨床で使用が可能になり,現在,精神科医は,それぞれの薬の効果や副作用についての手応えを,毎日の臨床の中で模索している時期ではないかと思う。この時期に,最新の神経科学の情報が簡潔にわかりやすくまとめられ,さらに日常診療の際の実用性を兼ね備えた本書が改訂出版されたことは,わが国の精神科医にとって大きな意義のあることと考える。
A5・頁448 定価(本体5,000円+税)医学書院