医学界新聞

 

〔印象記〕ヨーロッパ医学教育学会

国境を越えた医学教育のスタンダードを探求

向原 圭,伴信太郎(名古屋大学医学部付属病院 総合診療部),
吉田一郎(久留米大学医学部医学教育企画調査室)


 Association for Medical Education in Europe(AMEE)は,OSCEの考案やカリキュラムの「SPICESモデル〔1984年に提唱されたカリキュラムの方向性を明確に示したモデル。Student-oriented(学生中心),Problem-based(問題志向),Integrated(統合),Community-based(地域基盤),Elective(選択),Systematic(系統的)をさす〕」の提唱などで知られるロナルド・ハーデン教授(英国・ダンディ大)が事務局長を務める,ヨーロッパの医学教育学会である。
 AMEEは昨年(2001),ドイツ・フンボルト大のシャリティ病院で開催された。この病院は約290年の歴史があり,ベッド数2457を有し,年間10万人の入院患者と26万人の外来患者を診療する,ヨーロッパで最大規模の大学病院である。病院の敷地内には,ウィルヒョウやコッホといった19世紀後半の偉人たちに関連した施設や記念碑を目にすることができる。
 学会は「Medical Education and Standards at a Time of Change」と題され,グローバリゼーション時代において,国境を越えた医学教育のスタンダードの探求を全体のテーマとして,世界45か国から約750人の参加があった。以下,私たちが参加した発表やセッションを紹介したい。

■医学教育のスタンダード

OSCEでどう評価するか

 学会前日にはプレカンファランス・ワークショップが開催された。吉田が参加した「OSCEにおける評価」のワークショップでは,(1)評価における信頼度とは何か,(2)決定の一致度,(3)実際のOSCEで2人の判定者の意見が異なる場合にはコーエンのKappa係数を利用すること,(4)リビングストン係数の求め方,(5)ステーション数がスコアの信頼度に影響すること,(6)ビデオ撮影の有用性などが紹介された。日本でも共用試験や医師国家試験にOSCEが導入されようとしているが,これらの試験に際しては医師だけではなく,サイコメトリシャンや統計学の専門家の協力が不可欠と強く感じた(ちなみにこの司会は医師ではなくPh.D)。

スタンダードの構築をめざして

 第1日目の「カリキュラムにおけるスタンダード達成に向けて」と題された講演では,3つの講演を聴くことができた。最初に,アメリカ医科大学協会(AAMC)会長であるジョーダン・コーエン氏が「医学教育のグローバル・スタンダードへ向かって」と題して講演を行なった。
 この中で氏は,「医学教育の目的は,その地域・社会にとって必要な医師を育てることであり,独自性が尊重される」とする一方で,「世界中すべての地域・社会が共有すべき医学教育のスタンダード,つまりグローバル・スタンダードは存在する」と主張した。これは世界中の医学部・医学校が,まったく同じカリキュラムを持つことを意味するものではないと断った上で,「もし世界中の医学教育関係者が一定のグローバル・スタンダードを受け入れたとしたら,医療の質は急速に向上するだろう」と述べた。
 引き続き,WHO・Human Resources for Health Programのコーディネーター,チャールズ・ボーレン氏による「医療システムと医学部の社会的責任-新しい時代とスタンダード」という講演が行なわれた。その中で氏は,世界中の医学部・医学校は,教育,研究,診療活動が個々の患者や社会全体のニーズにマッチしているのか,医療の質向上にどのように貢献しているか,またその根拠を社会に明確に提示する必要があると主張した。
 最後はハーデン氏による講演「Death of the Course」であった。氏は従来の解剖学や内科学といった学問分野別のコースや,循環器,消化器といった臓器別コースの弱点として,柔軟性の欠如と教員側の準備不足を指摘した。さらに今後は,学習者自らのニーズに合わせた独自のコースが作成され,アウトカム基盤型学習とITをより有効に利用する必要性を強調していた。
 いずれの講演も刺激的で,理解しやすく,世界の医学教育の方向性とビジョンを示してくれるものであった。

日本の医学教育の現状を報告

 私たちが発表した研究について述べたい。
 伴は,「Educating the Educators(1)」のセッションで,日本医学教育学会の臨床能力教育ワーキンググループの経過と,最近の日本における本領域の教育の展開,およびOSCE,模擬患者への関心の高まりについて発表した。
 一方,吉田は,「Simulation and Clinical Skills Train‐ing」のセッションで,久留米大における基本的臨床技能の実習について発表した。心臓シミュレータ「イチロー」を用いたOSCEを紹介すると,「イチローはどの程度正確なのか」という質問があった。座長のアンドレイ・ボイチャック氏(米国・国際医学教育研究所)が,考案者の高階經和氏(臨床心臓病学研究会)に「イチロー」の説明を直接聞いたことがあり,「よくできたシミュレータだ」と発言された。また,日本の共用試験におけるOSCE導入に,考案者のハーデン氏が強い関心を示された。
 吉田が参加した「OSCE/Standardized patients in assessment」のセッションでは,OSCEの評価に関する多面的な検討が発表された。評価者間の誤差,SP間の誤差,学生やSPの性別で評価が変わり得ること,SPが好きなタイプの学生かどうかで評価が変わること,評価者が長時間評価すると疲れにより評価が変わってくること,この疲れはSPも同様であることなどが指摘され,OSCEの評価には多くの課題が残されていることが理解できた。

総合医学雑誌は医学教育に何を貢献できるか

 ワークショップ「総合医学雑誌は,医学教育の分野で何ができるか?」には,向原が参加した。イギリスの総合医学雑誌として有名な「British Medical Journal」(BMJ)誌の編集者サンドラ・ゴールドベックウッド氏と,オックスフォード大医学教育リサーチフェローであり同誌編集アドバイザーであるエド・ペイル氏によるものである。BMJ編集部は,医学教育分野の原著論文や論説,ニュースなどを積極的に掲載したいと考えているらしく,医学教育者はBMJなどの総合医学雑誌に何を期待するか,意見を聞きたいとのことであった。参加者から,「医学教育も科学的根拠に基づくものでなくてはならない」ことや,「BMJのようなジャーナルが医学教育関連の原著論文を掲載すれば,医学教育研究がいっそう行なわれ,医学教育者のアカデミックな地位も高まるだろう」との意見が印象的だった。
 BMJは今年9月に「What is a Good Doctor and How Can We Make One」と題した特別号を発行する予定とのことで,このワークショップでの議論がどう反映されているか,今から楽しみである。

効果的な学生の評価

 ジェフ・ノーマン氏(カナダ・マクマスター大)による「効果的な学生の評価」には吉田が参加した。ここでは「なぜ評価するのか-形成的か,評価か,総括的評価か,目的をはっきりさせることが大切」と議論された。さらに評価方法の選択が強調され,従来の口頭試験や記述試験は評価方法としては失格で,誰もが嫌がるMCQ(多選択肢問題)のほうが優れていること,口頭試験はstructured oral examinationに変えると意味があること,記述試験も工夫次第で有意義になることが述べられた。次にOSCEの評価はチェックリストだけで本当によいか,long OSCE(20-30分の長い時間をかけて行なうOSCE)の意義づけ,5段階評価(unsatisfactory, borderline, good, very good, outstanding)とすると,ほとんどの評価者がvery goodを選んでしまう問題などが指摘された。

2つのスタンダード

 2日目はラージ・グループ・セッションで幕を開けた。これは,3つのテーマに分かれて行なうセッションで,向原は「International aspects of standards」に参加した。
 このセッションは,ボイチャック氏と,デンマークの医学教育国際連盟(World Federation for Medical Education)のディレクターであるハンス・カール氏による講義を聴くことができた。ボイチャック氏は,世界中の医学生に要求されるスタンダードについて,一方カール氏は,世界中の医学部・医学校に要求されるスタンダードについてそれぞれ語った。
 ボイチャック氏は,現在,ニューヨークの国際医学教育研究所で進行中の「世界中の医学生が卒業時までに学習すべき最低限必要の臨床能力(Global Minimum Essential Requirements: GMER)」の内容と評価方法を具体的に定義し,いくつかの医学部・医学校でパイロット的に導入する「卒前教育プロジェクト」を紹介した。一方,カール氏は,医学教育の質を保証するために,医学部・医学校における卒前教育プログラム評価のための国際的なスタンダードが必要と述べた。
 これらが本当の意味で「スタンダード」になる時代が来るのかはわからないが,聴衆の1人による「スタンダードは科学的根拠に基づいて定められるべきもので,一部の専門家によって決められるものではない」との主張に共感した。

■医学教育の課題を明確にする

医学教育のカルチャーを展示

 2日目には,伴,向原と米国のエリザベス・ケイチャー氏,イスラエルのハンナ・ケダール氏とで,「The Professional and Organizational Culture of Medical Educa-tion-An Exploratory Workshop in the Context of an Interactive Exhibition」と題した,医学教育のカルチャーについて考えるワークショップを行なった。
 ケイチャー氏は,現在ニューヨークに自身の医学教育研究所(Medical Education Development)を持ちながら,世界中を飛び回っている医学教育の専門コンサルタントである。彼女の最大の功績の1つは,日本に初めてOSCEを紹介したことだろう。
 氏は数年前から広い人脈を利用し,世界中から医学教育を象徴する物や写真(例:ヒポクラテスの誓い,OSCEの評価シート,基礎医学のレクチャーノート,解剖実習中の医学生を撮影した写真,医学生用の短い白衣,眠気覚まし用のコーヒーなど)を集めており,国際的な医学教育学会で彼女が称するところの「医学教育展示会」を開いている。今回のワークショップはこのアイディアを広げたもので,展示物を鑑賞することで,医学教育のカルチャーを分析し,20年後のカルチャーを想像すること,未来のカルチャーをよりよい方向へ導くための具体的な方略を考えることを主たる目標として行なわれた。今回のワークショップに参加したのは約20名で,教員がほとんどであったが,現役の医学生も数名参加していた。
 漠然としたテーマにもかかわらず,参加者が将来の医学教育について共通した価値観とビジョンを持っていることを再認識できた。なお,このワークショップは好評で,次回(会場=ポルトガル・リスボン)は,プレカンファランス・ワークショップとして行なわれるべく招待され,向原が参加することとなった。

ファカルティ・デベロップメント

 吉田は,コロラド大のアニータ・グリッケン氏によるワークショップ「Basic Skills Faculty Development Workshop」に参加した。ファカルティ・デベロップメントで取り扱う重要なテーマには,カリキュラムの開発,教え方や評価の工夫,学生のカウンセリングやアドバイスの方法,時間の使い方,自己評価のやり方,プロフェッショナルとしての自己開発方法などがある。このワークショップでは,成人教育とカリキュラム開発について体験学習方式で行なわれた。カリキュラム開発における原則,シラバスの作成方法,ケースの選び方などのコンセプトが紹介された。学生に忠告する場合には,「まず褒めて,次に問題点を指摘,最後にもう1度褒める」というPNP(positive-negative-positive)方式が強調された。

コミュニケーション技能教育

 向原が参加した「コミュニケーション技能教育」のセッションでは,計8つの一般演題が発表された。どれも非常に興味深いものだったが,中でも,今学会の主催であるフンボルト大からの発表が特に心に残った。同大では,多くの日本の医学部・医学校と同様に,コミュニケーション技能教育が正式なカリキュラムの中に十分に組み込まれていないという現状らしく,本領域に興味,関心がある教員や学生自らが,勉強会やセッション,コースを過去1年半の間に企画し,概ね好評を画しているとのことであった。発表をしたのはフンボルト大の学生で,聴衆から激励を受けていた。これから数年間で,これらのコースをフンボルト大学の正式なカリキュラムへと組み込んでいく計画らしい。日本でも,医学生が自主的に医療面接やコミュニケーション技能の勉強会などを模擬患者さんと協力して開催しているが,OSCEの国家試験への導入も近いことから,今後,全医学部において,コミュニケーション教育がカリキュラムに有機的に組み込まれていくことを期待したい。
 今回発表された演題の多くは「うちの大学ではこうやっている」というケース・リポート的なものがほとんどであった。今後,コミュニケーション教育をさらに発展させる意味でも,科学的に質の高い研究が多く行なわれていく必要性を強く感じた。

医学教育のさまざまな側面を明らかに

 AMEEカンファレンスの最後を飾るプレナリー・セッションは,「Different Views of Medical Education」と題して3講演があり,医学教育のさまざまな側面が明らかになった。最初にジェフ・ノーマン氏が(カナダ・マクマスター大)が,「臨床医はどのように診断能力を身につけるのか」を,彼自身が同僚と行なってきたリサーチの結果を示しながら講演した。臨床医の診断能力は,論理的な問題解決能力によるところは意外と小さく,過去に似たような症例をどれだけ経験したかによる直感的な能力によるところが大きいというのが彼の結論であった。ノーマン氏は卒前教育への示唆として,「できるだけ多くの症例を卒業までに医学生に経験させる必要性について,真剣に考えなくてはいけない」とした。ただ,彼があげた多くの症例は皮膚科的なもので,この知見が敷衍できるかどうか,また,もともと論理的推論の教育を受けていない現状の分析が「望ましい学習」の根拠となるかなどの問題があり,今後のさらなる研究が必要と思われた。
 続いて,主催校のフンボルト大学生スザンヌ・プルスキル氏は学生の視点から,ドイツの医学教育,特に卒前教育の現状と問題点を分析し,医学教育改革の必要性を力強く訴えた。「ドイツの学生は,稀な病気に詳しいことで世界的に有名」と,苦笑いしながら述べたのが印象的であった。医学教育改革と言うのは簡単だが実際には難しく,時には悲観的になるが,彼女はベルリンの壁崩壊のスライドを示して,劇的な変化は時として起こることを訴え,聴衆から喝采を浴びていた。
 ロン・バーク氏(米・ジョンズ・ホプキンス大)による,「ユーモアを医学教育の現場にどのようにうまく取り入れられるか」についてのプレゼンテーションが行なわれた。バーク氏は,日常の医学教育におけるユーモアの必要性やその時の注意点について,リサーチ結果と具体例をあげながら講演を行なった。プロのコメディアンさながらの語りと演出は圧倒的で,聴衆は笑いの渦に包まれていた。医学教育にユーモアを取り入れる時の注意点として,「スタンドアップコメディのようなものを意識的にやろうとすると失敗する」,「学生を見下したり,からかうようなジョークだけは絶対に避ける」,「意外と自分自身の駄目なところを題材にするとうまくいく」,「音楽をうまく取り入れる」ことなどを特に強調していた。
 多くのテーマやトピックスは,ケイチャー氏が最近著した報告1)に述べられていて,特に目新しいものではなかったが,医学教育学会は日本でも外国でも参加者はコミュニケーション上手で,多くの友人ができ,またその人たちを通じて,さらに細かな情報を得られるのが,国際学会の楽しさである。

1)Kachur EK, Hogan H(伴信太郎監修):変革進むヨーロッパの医学教育.[薬の知識]編集委員会編:動き出した医学教育改革;良き臨床医を育てるために,ライフサイエンス出版,2001,68-122.

AMEEで行なわれた一般演題のテーマ

■第1日
仮想学習環境
問題基盤型学習とカリキュラム
カリキュラムのためのデータベース
OSCEと標準模擬患者を使った評価
初期卒後教育
同僚による評価
生涯学習
医学部/医学校入学者選抜方法
教育者の教育
シミュレーションと臨床技能トレーニング
学生とカリキュラム評価
マルチ・プロフェッショナル教育
学習者のサポート,精神科とカリキュラム

■第2日
学習とインターネット
問題基盤型学習の評価
カリキュラムの評価
患者によるコミュニケーション技能評価
総合診療/家庭医療の卒後教育
評価
アウトカム基盤型教育
学習方略/カリキュラム計画
教育者の教育
教育と文化の多様化
学習のコンテクスト
マルチ・プロフェッショナル教育の評価
EBM,批判的思考,リサーチについての教育

■第3日
コンピュータによる医学教育と評価
問題基盤型教育の導入
カリキュラム計画
卒業試験
卒後教育
教育と学習
卒後教育と生涯教育における評価
カリキュラム改革
コミュニケーション技能教育
臨床教育
医学教育の国際的側面
特別な話題