医学界新聞

 

Vol.17 No.2 for Students & Residents

医学生・研修医版 2002. Feb

【インタビュー】聞き手:舛方葉子さん(浜松医科大学・5年)

向井千秋氏(宇宙飛行士・医師)
「宇宙と医学」を語る

 日本人女性として初めて宇宙飛行を行ない,現在は,NASA(アメリカ航空宇宙局)でスペースシャトルを利用した科学実験の調整役という重責を担う向井千秋氏は,かつて心臓外科医として活躍していた。
 向井氏はどのような思いで宇宙飛行士へ挑戦したのか,医学は宇宙とどのようにつながっているのか,また,これからの宇宙開発はどうなるのか。先日,一時帰国した向井氏を宇宙開発事業団の筑波宇宙センターに訪ね,宇宙医学を志す医学生,舛方葉子さんがインタビューした。
(「週刊医学界新聞」編集室)


■壮大なものを見ると,きっと視野が広がるだろう


2回目の宇宙飛行となる向井氏を乗せて 打ち上げられるスペースシャトル・ディスカバリー(98年10月)
 
舛方 私は,小学生の頃から医師になりたいと思っていましたが,同じように宇宙に対する純粋な興味もずっと持ってきました。ですから1994年と1998年に向井先生が宇宙に行かれた時には,宇宙と医学とが別々のものではなく,1つにつながっているのだと思い,大変感激したものでした。本日は,その憧れの向井先生に宇宙と医学についてお話をうかがいたいと思います。

科学研究のための宇宙飛行

舛方 向井先生はいま,NASAのジョンソン宇宙センターにいらっしゃるとのことですが,どのような仕事をなさっているのですか。
向井 今年の6月後半に打ち上げ予定ですが,「STS-107科学ミッション」というスペースシャトルを使った研究ミッションがあります。いまのスペースシャトルの飛行というのは,ほとんどが宇宙ステーションに物資を運んだり,宇宙ステーションを組み立てるための飛行なのですが,このミッションでは,2週間の宇宙飛行期間中には組み立てなどはまったくせずに,純粋に科学研究だけを行ないます。この飛行では80以上の科学実験――材料科学や医学,バイオテクノロジーの実験まで――を1つのタイムラインに沿って行なうのですが,私は副ミッションサイエンティストとして,各研究者からの要望,つまり「私はこういう理由でこういう研究をしたい。ついては宇宙でこういうデータが取れるようにしてほしい」というようなものを受け,それがきちんとできるようにすべての実験をオーガナイズして,調整するという役割をしています。
舛方 それはNASAの研究なのですか。
向井 いいえ。NASAはスペースシャトルの飛行機会を提供しているだけで,研究は国際公募です。その中から審査で選ばれたものが実験されていくのです。
舛方 日本の研究もあるのですか。
向井 日本からは,タンパク質の結晶成長実験を軌道上で行なう研究が入っています。その他に別の実験でラットを飛ばすことになっているのですが,その主研究者が使わない余る部分――筋肉や骨髄などですが――の組織を調べ,宇宙飛行の影響をみる研究がたくさんあります。その共同研究の中に何人か日本人の研究者が入っています。

医師から宇宙飛行士への転身

舛方 向井先生は,以前,臨床で心臓外科医をされていたわけですが,宇宙飛行士に転身されたきっかけとはどのようなものだったのでしょうか。
向井 私がちょうどチーフ・レジデントを終えた頃,当直明けに新聞を読んでいたら,「日本人の宇宙飛行士を募集する」という小さな記事を見つけたのです。すごく驚きました。なぜかというと,その当時は日本人が宇宙飛行士になるなんて想像もできなかったのです。宇宙飛行士というのはアメリカかロシアの軍人,なおかつパイロットがやるものだと……。ところが,その記事にはそうではなくて,宇宙という環境を使っていろいろな科学研究をしたいから,研究者,医師,技術者といった人たちの中から広範囲にわたる実験・研究を理解できる人を探したいと記されていたのです。
 私が医学に没頭している間に,世の中の科学技術はこんなにも進歩して,一般の研究者たちが,地上の仕事を延長させてそのまま宇宙に持っていけるんだ,すごいなと思ったものでした。それで,「いいなぁ。宇宙から地球を見たらすごくきれいだろうな」と……。そういう壮大なものを見ると,たぶん自分の視野が広がって,考え方も今までより深くなるんじゃないかなと感じて,「やってみたいな」と思ったんです。これが最大の理由でした。その後いろいろ調べてみると,宇宙での研究そのものも非常におもしろそうだったし,ヒトがいるところには必ず医学,生理学というものが存在するから,人間を宇宙に送り出すためにはどのようなものが必要なのかという学問も,きっとおもしろいだろうと思うようにもなりました。
 でも,当時は本当に宇宙に行けるとは思っていなかったから,たぶん2年間もしたら,本業の医者に戻ることになると思っていたんです。しかも,私が訓練を始めて4か月経った時に,スペースシャトル・チャレンジャーが爆発するという事故が起りました。その時は,本当にこのままいつ飛べるかわからない,いつ再開するかわからない宇宙飛行のプログラムにとどまるべきか,心臓外科医に戻るべきかということで悩んだ時期ですね。
 しかし結局,4か月であっても一度決めて足を踏み入れた場所だから初心を貫いてやろうと思って,宇宙への挑戦を選びました。


フライトデッキでポーズをとる向井氏
(スペースシャトル・ディスカバリーでの宇宙飛行)

■「診断」という考え方,「予防」という視点

医師としての経験が宇宙という場で活きる

舛方 宇宙飛行士,あるいは宇宙医学という研究分野に,心臓外科医としての経験というものはどのように活かされていますか。
向井 非常に活きているのは,例えば宇宙でロケットの調子が悪くなったり,実験室の電源が切れたり,機材が壊れたりという,malfunctionと言われる状況――これはたくさん起こるのですが――が起こった時に,軌道上で修理したりしなくてはならないんですね。それは言わば「診断学」と同じです。医者が,内科の診断学を使って,患者さんに熱があるとすると,その熱が急に出た熱なのか,だらだらと微熱があるのかと熱の種類を訊いてみたり,咳はいつから出たかとか,いろいろな情報を集めて少しずつ診断を狭くしていって,鑑別する診断はあれかこれかというふうになるでしょう? そのような「診断」という医師としての考え方は,非常に役立っています。つまり,人間の機能も,ロケットの機材もみんな同じなのです。
 さらに,医師には「予防」という視点が非常に大切ですが,そのような観点から事故にならないように,例えば宇宙機器の場合,私たちは「Single Point of Failure(単一機器の障害がシステム全体の障害となること)」をなくすようにしているのです。だから,例えば装置を作る時には,電気系統の1つの電線が切れても違う電線が生きていて,少なくともベーシックな機能は保てるような設計にしなければいけないことになっています。
 そのようなロジカルなものの捉え方には,医師として診断,治療,予防を行なっていた経験がとても役に立っています。

宇宙医学とは何か?

舛方 医学の研究をされている方も臨床の先生も,その先には必ず患者さんの存在があって,何をするにしても考えるにしても患者さんのことを考えていると思うのですが,宇宙医学においては,臨床医学に還元される部分にはどういったことがあるのでしょうか。
向井 宇宙医学というのは,基本的には予防医学のことです。宇宙医学というと,みんな,漠然と,「なんだかよくわからないけど宇宙に関係する医学」と思っていて,実際に何をやっているかは,わからないのではないでしょうか(笑)。
 研究部門と臨床部門に分けて考えると,宇宙医学の研究部門というのは環境医学です。生理学の教科書には,地球上の普通の生活環境において人間の生理がどのようになっているか,ということが書かれていますが,その環境を変えた時に人間の体はどのように反応するのかを考えるのが環境医学です。「高山医学」がわかりやすい例ですが,同様に宇宙を1つの環境として研究しようというものです。ですから,重力がない,あるいは宇宙放射線が多いところを使って予防の研究をしていって,ひいてはその研究から,例えば重力というものはいままでどういうところにどのように関与していたのかということを推し量っていくようになります。
 一方,宇宙医学の臨床とは,宇宙飛行士とその家族,宇宙飛行士を訓練する人たちを診る医療のことです。そのような医療に従事する医師をフライト・サージョンと呼びますが,一種の産業医であると言えます。彼らの仕事のメインは予防医学です。なぜかというと,基本的に飛行士たちは健康な人であり,その人がずっと健康であるためには,どのように職場環境を整備していけばよいか,リスクファクターをどう除去するかといった予防医学を行なうわけです。
 医学の究極の目標は,病気になる原因を調べ,治療法を調べ,さらには,その病気にならないようにすることです。ですから,予防医学というのは,すべての医学の最終目標とも言えます。そういう意味では,宇宙医学は予防医学の方法の確立といったところにうまく還元できるのではないかと思います。これが,先ほどの「どういうふうに臨床に関係してきますか」というご質問へのお答えになるかもしれません。

宇宙という興味深い実験室

舛方 いまは昔よりも病気の治療について多くのことがわかるようになり,これからは予防や健康の維持が大切になると言われていますが,そこに貢献できると考えてよいのでしょうか?
向井 そうですね。予防の仕方や予防の管理方法といったことに関与していけると思いますね。
 例えば,宇宙でなぜ筋肉が弱くなるのかといったことを調べていくことで,その原因がわかれば,そのようなものをある程度地上医学のほうに還元していけるでしょうね。宇宙飛行士というのは,宇宙を飛ぶ前はものすごく健康な人でしょう? けれども,そんな健康な人が2週間ほど宇宙という環境に暴露されると,病人もどきの体になってしまうのです。筋肉が弱くなったり,骨がどんどん融けてきたりして,地上に帰ってきてみると貧血のような状態になって,例えばエリスロポエチンが出ていなくて赤血球が少なくなっていたりと,さまざまな状況が起こってくるわけです。
 すると,人間のアダプテーション(適応能力)の中から,その病気もどきのものとどう闘って,また地上に慣れ,正常な状態に戻っていくかという部分を診ることができる。しかも,普通の病気だったら何年もかかるようなものが短期間で診ることができる場合もあるから,研究の対象としては非常に興味深いわけです。人間を特殊なところに暴露させて,負荷試験をしているのと同じですからね。

■宇宙開発に関わる国も人も多様化する

宇宙開発と国際協力


国際宇宙ステーション全景
国際宇宙ステーションは15か国が参加しており,2006年の完成をめざしている。日本は実験モジュール「きぼう」を提供する
 
舛方 私は国際協力にも関心があるのですが,宇宙は,唯一ではないのかもしれませんが,国境がない世界だと思うのです。宇宙ステーションの中も,宇宙船の中も,いろいろな国の人が集まっています。
向井 そうです。宇宙開発は,基本的に国際協力なしにはできません。例えば,いまの日本には,まったく国際協力をしなかったら,宇宙に行く乗り物すらないのですから。日本には無人のロケットがあり,人工衛星をあげたりすることはできるけれども,人間を乗せられるロケットというのはアメリカとロシアにしかない。だから,かつてはアメリカとロシア主導型で行なっていたのが有人の宇宙開発だったんですね。ところが,国際宇宙ステーションというものができて私たちは国有財産を宇宙に持つことになったわけです。すると,責任も重くなってくるけれども,主張できる権利も多くなります。かつてのように,アメリカとロシアだけが主導的に行なっていた頃とは異なり,いまは15か国が参加していることで,より国際的に進めていかないと宇宙ステーション自体の運用ができない状況になっているのです。つまり,嫌が応にも,国際協力がないと成り立たないのです。

宇宙という皆の共有財産

舛方 これから宇宙開発にかかわってくる国というのは,どんどん増えてくる傾向にありますか。
向井 増えてくると思います。いまは国が主導でやっているけれども,徐々に,民間主導型に変わっていくことでしょう。ペイロードと言って,例えばロケットに何かを載せる場合,重さ1キロあたりいくらで,軌道上で宇宙飛行士に操作してもらうにはいくらという形で,商業的に利用していくことがいくらでもできます。
舛方 もう民営化されて……?
向井 まだ民営化まではいっていないですけれども,そこにはいろいろな人が入ってくるし,私は,水とか空気とか太陽というものが皆の共有の資産であるように,宇宙というのも決められた国だけが自分たちの好き勝手に使える場所ではなくて,地球上にいる人たちが一緒になってシェアして,その恩恵をこうむれる場所になるべきだと思っています。
舛方 いまはまったく参加していない国でも,これからは参加してくると?
向井 国でなくても,その門は開かれています。もともと宇宙開発というのは,アメリカやロシアの軍関係に限られていたものが,民間人に開かれ,研究者に開かれ,医師に開かれ,そして日本やほかの国に開かれてきた歴史があります。これからもさらに開かれていくことでしょう。

■誰もが気軽に宇宙へ行ける時代に

宇宙へ観光旅行

向井 私たちは職業飛行士だから仕事のために宇宙へ行くけれども,昨年の4月にはアメリカ人実業家のデニス・チトーさんがロシアの宇宙船ソユーズで観光旅行を目的に宇宙へ行きました。今後もっと気軽に宇宙へ観光に出かける時代がきてもおかしくないと思います。
舛方 近い将来に?
向井 ええ。1903年にライト兄弟が飛行機で飛んで,それから100年も経たないうちに日本からアメリカへ5-6万円で行ける時代になったわけです。宇宙開発も大量輸送時代に入れば,1人あたりの飛行代金ももっと安くなって,誰もが簡単に宇宙に行ける時代になると思うんです。
 物というのは,商業化されないと普及しませんから,例えば,スペースシャトルに7-8人ではなく,一気に50人くらい乗れてしまうように改造されたり,新しいロケットがたくさんできて,商業利用が進み,その分野でご飯を食べられる人が多くなれば,ITと同じように参入は急速に進むと思います。いまはまだ商業利用がやっと始まったぐらいで,儲けを出すには至ってはいないところですね。

宇宙飛行士になるための身体的基準

舛方 皆が宇宙へ行けるようになるためには,宇宙飛行士の基準がもっと下げられないといけないと思うのですが。
向井 身体の基準ということ?
舛方 はい。
向井 身体の基準は,どんどん下げられていっています。1960年代にジョン・グレンさんたちが行った時に比べたら,人間が宇宙に行ってどういう影響が起こるかということがわかってきていますから。宇宙医学の知識の蓄積のおかげと,ロケット技術も進んできているので,1960年代に比べて1970年代の身体的基準はものすごく低くなっています。例えば昔はパイロットの基準で選んでいたから,視力もよくなければいけなかったのが,1970年代になって,ミッション・スペシャリストという――パイロットではない――船外活動をする宇宙飛行士が登場した時の視力の基準は「裸眼で0.2,コンタクトレンズを入れて1.0あればいい」ということになっていますし,これは80年代にはもっとゆるくなっています。だから,いまの宇宙に行くための身体の基準では,基本的には健康であれば誰でも行けます。
 例えば私と一緒に飛行したグレンさんは,搭乗時77歳で,本当に健康だし,すごく気合も入っている特別な人かもしれません。そこで,多くの人は彼個人がすごい,とみてしまうのだけれども,私からみるとそうではなくて,77歳の人であっても無事に宇宙に行って帰って来られるだけのテクノロジーをNASAが持っているということです。チトーさんも60歳です。だから,年齢的なことを考えても決してリミットはなくて,健康で,通常の生活がしていられる人であれば十分できることだと思います。


グレン氏の採血をする向井氏
(スペースシャトル・ディスカバリーの中で)
ジョン・グレン氏は1962年にアメリカ人として初めて地球軌道を周回した宇宙飛行士,98年向井氏らと36年ぶりの宇宙飛行を果たした。同飛行では,医学実験の被験者となり,老化や加齢などの研究に参与した

(本号に掲載したスペースシャトル及び宇宙ステーション関係の写真はすべて宇宙開発事業団提供)

飛躍的に進むテクノロジー
宇宙の仕事は多様化する

舛方 子どもからお年よりまで……。
向井 そう。ロケットの性能もどんどんよくなっていますから,グレンさんが初めに飛んだ頃には7Gとか8Gの重力がかかっていたらしいけれども,いまのスペースシャトルは最大で3Gしかかかりません。これは体重が3倍になったくらいで,頭から3Gがかかると気絶したりする人もいますが,この3Gは胸の厚さにしかかからないので,循環器にもたいした影響はありません。それに,ロケットは,ゆっくり上がっていっても,最後は地球を脱出するだけの速度が得られるような技術があるのですね。だから,急激に上がっていく必要はないのです。
 しかし,テクノロジーは進んでいるのに,多くの人たちは宇宙飛行とは1960年代のままの感覚で捉えていますね。これはマスコミにも責任があるのですが……。「虫歯があっては駄目」とか……。でも,それは間違いです。虫歯があっても,それをきちんと治してあればいいんです。治した時に歯根のところに空気が入っていたりすると気圧が変わって痛くなることがあるから,気泡などの入らないようなきちんとした治療がしてあれば,いくらでも行けるのです。マスコミで報道される時には,「宇宙飛行士の訓練」とは水に飛び込んだりするような肉体訓練のことを書くので,そういう訓練ばかりだと思われてしまいますが,宇宙飛行士の訓練にしても仕事にしても,筋肉とか肉体ばかりではなく,もっともっと頭を使ったこともやっているんですよね(笑)。
 これから宇宙に行く人たちが多くなって,宇宙の仕事が多様化してくると,地球でしている仕事の延長が宇宙で行なわれているだけだということがわかってくると思います。医師もいるだろうし,建築をする人もいるだろうし,研究をする人もいるだろうし,観光旅行をする人もいるだろうし。それは非常に多様なものになると思います。

情報に秘密はない
積極的にアクセスを

舛方 なるほど,宇宙はどんどん身近なものになってきているのに,一般にその理解が進んでいないのですね。宇宙についての適切な教育や広報というようなものが必要だと思うのですが。
向井 マスコミは記事に緊張感を出すために,ついつい,青い服を来て水の中に飛び込むような訓練ばかり強調してしまいますからね。
 でも,NASDA(宇宙開発事業団)自体が,広報や教育で宇宙での仕事について一生懸命伝えようとしています。NASDAの筑波宇宙センターや,東京の浜松町に開設した「NASDA i」という情報センターでは,さまざまな情報提供とサービスを行なっています。そこでは写真をはじめ宇宙関係の情報が,自分で取ってきて見ることができる閲覧室のようになっていますし,係の人に頼めば,写真や,自分の知りたい情報がいくらでも手に入るようになっています。また,ウェブサイトもたくさんあります。NASDAはもちろん,NASAのLife-Science DivisionはNASAのそのような情報を全部出しています。
 いまNASAではData Archiveというものをやっていて,宇宙飛行のいろいろな研究で取れたデータを,これは飛行士Aのデータとわからないような状態にして,その情報にアクセスした研究者は誰でもそれを使ってペーパーが書けるようにしようという試みもしています。基本的に,情報に秘密はありません。

■まず,医師として1人前になれ-医学生へのメッセージ

医学生・研修医の間はしっかり勉強すること

舛方 医学生の中にも宇宙や宇宙医学に興味のある人がいます。しかし,どうそこにアプローチしてよいのかが難しいと感じます。学校には環境医学や予防医学の講座はまだないですし,もちろん宇宙医学に関する講座もありません。宇宙に関心を持つ医学生に何かアドバイスをお願いいたします。
向井 宇宙医学というものは何かよくわからないけれども,名前がなんとなくカッコよくて,最先端のことをやっているように思えて憧れてしまうという人も少なからずいると思います。でも,先ほどお話ししたように,基本的に宇宙医学とは,研究面から言えば環境医学だし,臨床から言えば予防医学です。ですから,生理学などがその基本にはあります。宇宙医学をやっていくためには,既存の重力医学がちゃんとわかってないと駄目でしょう? 環境医学にしてもそうなんですが,たとえば高山医学を例にとれば,私たちは通常,酸素が20%ぐらいのところで生きているわけで,そこで走った後の脈拍数がいくつなら正常範囲だとか,これは異常範囲だとかみていくわけですね。しかし,高山にいけば酸素が薄くなってくるから,高山に登っただけで脈拍数が上がってくるわけです。もともとの地球上で,「ここは異常,ここは正常」という境目がしっかり医師としてわかって,酸素濃度が15%になった時に出てくる心拍数の数をみて,「これは正常なのか,違う環境に体が反応しているだけなのか」ということを識別しなければいけないわけです。
 だから,医学生のみなさんに私がまず勧めることは,いまの医学部で教えているものをきちんと身につけることであり,自分の専門分野を決めること。それは臓器別の専門分野でもいいし,横並びで免疫や遺伝子治療等を専門にしてもいいと思います。そして,医師は医学部を卒業しただけでは一人前ではありません。国家試験を通っていても,卒後6年間ぐらいの卒後教育で医師としての訓練を行ない,さらにその後何年かは専門的な訓練を行ない,専門医として認定してもらうわけで,その道はわりと長いわけです。
 宇宙医学に入るのであれば,少なくとも初めの6年程度は臨床で医師としての訓練を受け,臨床医として一人前になった時点で,その後さらに専門医を選ぶ時に,脳外科の専門医か,消化器の専門医か,あるいは予防医学や宇宙医学の専門家になるか,というように選ぶべきものだと思います。

宇宙医学という選択肢

舛方 学生の間はやるべき勉強をしっかりやり,その後はきちんとした卒後研修なり教育を受けて,その先に選択肢の1つとしてようやく宇宙医学というものが考えられるということですね。
向井 そうです。卒業してすぐに宇宙医学というものに入っても,できないと思いますよ。だって,既存の患者さんを診たことのない人が,健康な宇宙飛行士を診て,その人が特殊環境に入った時に健康かどうかというのは診断できないでしょう?ですからNASDAにいるフライト・サージョンたちも内科の専門医もいれば,耳鼻科の専門医もいる。一定期間専門医としてやってきて,さらにその専門を環境医学なり予防医学のほうに使っていこうというのが宇宙医学なんですね。
 日本では宇宙飛行士の数がまだ少ないから,宇宙医学をやろうという人もそれほど多くはありませんが,例えば航空医学に携わっている人は割といるんですね。例えば日本航空に勤めているパイロットなど診察する人たちですね。また,防衛医大には戦闘機のパイロットの健康管理をする人たちもいますが,皆,内科医などの専門を経て,その後に診る対象として,患者さんではなく,健康な人のスクリーニングをしたり,健康な人が特殊環境に入った時におかしくなっている状態をみて,環境に反応しておかしくなっているのか,本当に病気になっているのかを見極めていく仕事をしています。これは,宇宙医学がやっていることに近いです。

■宇宙ステーション,そして月への旅

“If you can dream it, you can do it.”

舛方 向井先生のお好きな言葉に,“If you can dream it, you can do it.”という言葉があるとうかがっておりますが,先生の現在の夢というか,目標は何でしょうか。
向井 私は,いつの間にか宇宙開発に長く身を置くようになってしまったので,今後は,特に宇宙開発と医学というものをうまく使って,より多くの人が,いつでも好きな時に宇宙に行ける,そういうシステム開発をしていきたいなと思っています。
舛方 宇宙空間にということですか。それとも月や火星でしょうか。
向井 長期的に言えば月や火星になるでしょうけれども,やはり最初の目標としては国際宇宙ステーションになると思います。それが現在の,プラクティカルな夢ですね。夢というよりも,自分の仕事の責任範囲なのかもしれません(笑)。
舛方 では,遠くの大きな夢というのは。
向井 非常に夢見ごこちで見るような夢であれば,私がもともと宇宙飛行士になったのも,地球を見たかったからで,これは地球が自分のふるさととして好きだからだと思うのね。月から地球を見るというのもとっても綺麗だと思うから,いつかは月に行ってみたいなと思っています。
舛方 本日は,ありがとうございました。

向井千秋氏
1977年慶応義塾大学医学部卒。77-87年同大外科学教室勤務。心臓血管外科の臨床および研究に従事していた85年,宇宙開発事業団より宇宙飛行士として採用される。94年7月スペースシャトル・コロンビアに搭乗し,日本人女性として初めて宇宙を飛行。98年10月スペースシャトル・ディスカバリーでジョン・グレン氏らとともに再飛行。2度の宇宙飛行で微小重力環境下での生命科学および宇宙医学などの分野の実験を実施している。現在,宇宙開発事業団職員として,米国・ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターに勤務

舛方葉子さん
現在,浜松医科大学5年生。競技スキー部に所属し各種大会で優勝,asics/ATOMIC学生オピニオンを経験する(National Ranking collegeの部第9位)。一方,第9回日米保健医療シンポジウム学生セッションではパネリストとして参加するなど,幅広い活動を展開。また宇宙環境医学会,宇宙生物科学会へ積極的に参加し,宇宙医学を志す。夢は「“宇宙”という国境のない世界で,国際協力や平和に貢献していくこと」