医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療紛争・医療事故のとらえ方が一変する

医療紛争-メディカル・コンフリクト・マネジメントの提案
和田仁孝,前田正一 著

《書 評》横倉義武(福岡県医師会専務理事)

斬新な切り口に目を見張る

 「患者はなぜ怒るのか?!」という惹句がオビに記された本書を読んで,読者はまず驚くことだろう。
 まず第1に,医療事故紛争という領域に新たな切り口でアプローチし,日本のみならずアメリカやイギリスなどの紛争事例を紹介しながら患者の素朴な訴えに注目している点に,第2にそれを踏まえた上での医療事故紛争に対する医療提供者の発想の転換を促している点に,そして第3に,紛争のメカニズム解析と紛争処理の具体的な方法を示しつつ,日本の医療事故処理システムへの新たな提案を行なっている点に,である。
 そのストレートな表現とわかりやすい解説は,インパクトがあり好感が持てる。なにより深くうなずけるのである。
 中でも医療事故後の救済について,「被害者にとっての救済」と同時に「医療者にとっての救済」にも触れられていることが注目される。医療事故紛争によって,被害者はもちろん,医療者もまた深い傷を負った当事者となっていると書かれている。これは,弁護士さんや,オンブズマンの方々が書いた多くの医療紛争の本では無視されがちな点である。

「葛藤」を乗り越えるためのシステムを提案

 「医療事故においては,医療者の真摯で誠実な対応が前提であり,被害者が心の葛藤をどう乗り越えていくのかが重要なポイントとなる」という著者の考え方が,この本全体の基盤となっている。
 医療側にとって事故をゼロにする努力をすることは当然である。しかし,人は間違いをおかすものであり,事故は起こり得るものだとすれば,事故防止対策とともに,事故発生時点での患者さん・家族への対応をどうすべきか。また社会も,事故の発生自体を一律に非難するのではなく,発生した事故をいかに今後の医療に役立てるかを考え,医療事故処理システムの構築を含めて環境整備をしていかねばならない,と著者は訴えている。
 そして後半部分では,日本の医療事故処理システムの貧困さを指摘すると同時に,(1)高額な提訴費用,(2)長い処理期間,(3)専門性の高い壁という点から,訴訟という方法には限界があると問題提起している。その上で,コンプレイント・マネジメント(苦情管理)の導入など,新しい医療事故処理システムに向けて多くの新しい提案をしているのである。

責任をとるということ

 医療事故にかかわる紛争を見ていると,多くの場合,医師が考える「責任をとる」ということと,患者さん・家族が考える「責任をとる」ということの間にはズレが生じてきているように思われる(これは,日本の医療事故紛争処理システム自体の問題も大いにあるのだが)。
 本書にあるように,患者さんが訴える「金の問題ではない」,「真実が知りたい」,「謝罪してほしい」,「誠意を示してほしい」という言葉の意味を,われわれ医療側はしっかりと考えてみなければならない時期にきているのではないだろうか。
 著者は,「感情への手当てがその後を左右する」と言っている。患者さんのニーズに即した情緒的なコンフリクトへの早期の対応が,紛争の展開を大きく左右してくるというものである。

福岡県医師会の実践

 福岡県医師会では,1986年から現在まで,県民に対して「医療よろず相談電話」を継続してきた。週1回,医療に関する相談・苦情などに医師が直接電話口で答える相談窓口である。そしてもう1つ,2000年度に日本医師会が音頭をとって全国の医師会に設置を促した相談窓口を,本会では「診療総合相談窓口」として設置し,毎日受け付けている。患者さんからの苦情の受け皿という点では,本会は全国に先駆けていると自負している。
 これらの相談窓口で受けた相談総件数は,これまですでに5000件を超えている。実にさまざまな苦情・相談が寄せられるが,その内容を解析すると「相談」と「苦情」の比率は半々である。相談については,専門治療に関する医療機関の紹介依頼や,疾病に対する問い合わせなどが多い。苦情は,「予後不良」や「説明不足」,「スタッフの態度」など多岐にわたる。
 相談窓口に寄せられる苦情の内容を考えると,本書にあるように,患者さんの「情緒的なコンフリクト」へ医療者がうまく対応できていないことが根本にあるように感じるのである(なお,コンフリクトとはもともと相容れない2つの要素の対立的状況を示す言葉だが,人と人との争いのみならず,人の内心にある「葛藤」のようなものもその意味に含まれる)。
 一昨年3月,福岡県医師会では,「診療情報共有福岡宣言」を発表した。“患者さんとともに同じ情報を共有し,死の恐怖をも共有します”というものであり,対外的には「信頼」という影響を期待し,対内的には診療情報に対する「医療者の発想の転換」にも期待を込めた宣言である。信頼の医療をめざし模索している段階ではあるが,医療側からの積極的な診療情報の提供や,県民の相談・苦情から学びながら,なにか糸口がつかめればと期待している。

「防衛から信頼へ」-推薦の1冊

 医療事故報道が新聞紙上をにぎわしている現在,私がいちばん危惧するのは――本書の中でもたびたび指摘されているが――防衛的な医療(対応)に走らないようにしなければならないということである。
 医療者は,客観的な説明義務のみを果たし,患者さんに“自己決定させる”ということで免責されるという考え方は絶対にあってはならない。それを乗り越え,積極的な医療を実践できるよう,本書ではコンフリクト・マネジメントの提案を行なっているのである。
 医療制度改革の真っ只中にあるわれわれ医療者は,どんな改革案よりも患者さん(社会)から「信頼」を得ることこそが,今いちばん必要と考えるのは私だけではないだろう。今まで見聞き・体験してきた医療紛争のとらえ方・考え方が,この本で必ず変わるはずである。
A5・頁200 定価(本体2,200円+税)医学書院


循環器病学の新しい学問の変遷をタイムリーにまとめる

標準循環器病学
小川 聡,井上 博 編集

《書 評》杉本恒明(関東中央病院長)

 本書は,医学書院が刊行する臓器別「標準教科書シリーズ」内科系の1冊である。頂戴して早速に読ませてもらった。B5版,450頁余とハンディであり,読みやすい。そして読後,いささか満足した気分となった。

実った編集者の意気込み

 近年,循環器学の研究,診療の進歩には目覚ましいものがある。本書はこれから臨床実習に入ろうとする医学部学生のための教科書とは言いながら,循環器病の各種病態を最新の立場で整理し,解説したものである。序文にも近年の循環器学の新しい学問の変遷をタイムリーに取り入れていくことを特徴としようという編集者の意気込みがあった。読みながら,かつて評者が大学で各論講義を担当していた頃,自分にしかできない講義をしたいという思いから,自分の知る限りの新しい内容の盛り込みに努力していたこと,そして,そうした努力がうまくいった講義は学生が評価してくれたことを思い出した。本書は,44人の第一線で活躍中の筆者の分担執筆である。それだけに当時の私の思いが,そのまま教科書として実ったもののように見受けたのである。
 「症候学」,「身体所見」,「検査法」,「主な循環器疾患の診断・管理・治療」の4章構成であるが,当然,診断・管理・治療の章が中心である。図と表が駆使されていて,知識の整理に役立つ。エコー上の左室扁平化の程度により右室圧を推測する図や,運動時の左室流入血流パターンにみる楔入圧上昇の推定図などは大変,実践的である。とくにどの章においても,図がきれいであることには感心した。とりわけ,心音図がきれいである。心音図は最近はあまりとられていないと思われるにもかかわらず,どの章にも見事な記録が提示されていて驚いた。せっかくの貴重な図である,もう少し説明があってもよいようにすら思った。カラーの図は巻頭に口絵で示されているが,文中にはその白黒の図があって,口絵があることに触れてあり,行き届いている。
 直接的な血行動態改善が予後改善に直結しないことを大規模試験に基づいて示している点は,根拠に基づく医学のあり方を教えるものである。薬物の使用は,病態に応じ,個別に適応を考える必要があるということでもあろう。一方,難を言うならば,治療薬の使い方の具体例がない章があるのが気になった。薬の使い方の原則が示されていても,具体的な処方量と方法の記載が見当たらない章がある。臨床に入る前の学生が対象というためでもあろうが,この種の教科書は意外に長く保存されて,臨床経験が重なるたびに,しばしば繙かれることがあるものではなかろうかと思うのである。

学生だけでなく臨床医にも役立つ

 記述的であるということもあって,何分にも読みやすい教科書である。学生に歓迎されるであろうことはもちろんであるが,すでに長く医療の第一線にある方々にとっても,自分の得手としない分野の進歩を知る意味で役立つことであろう。各分野の臨床医の方々が,自分の持つ知識が今なお通用することを確認するために一読されることをお勧めしたい。
B5・頁456 定価(本体5,800円+税)医学書院


画期的な面接技法の本,初歩から具体的に詳述

臨床面接技法 患者との出会いの技
J. Andrew Billings, John D. Stroeckle 著/日野原重明,福井次矢 監訳/大西基喜 訳者代表

《書 評》河合隼雄(文化庁長官/京都文教大学学術顧問)

 本書は,わが国の医療の歴史の中で実に画期的な意味を持つものと思われる。
 わが国の医療は,明治以来西洋の近代医学に範をとり,それに追いつき追い越すことをモットーとして発展してきた。それは見事に成功したが,医師は医療の現場においては,近代医学の知識と技術を十分に身につけた権威者として臨み,それが日本の伝統的な人間関係のあり方と結びついて,端的に言えば,「黙って俺にまかせておけ」式の態度をとることになった。これはこれで利点を持つものであるが,現代においては,医療において扱う病気が多様化し,かつ患者の人権の尊重が強調されてきたので,医師は従来よりももっときめの細かい面接の技法を身につけることが必要になってきた。
 その点において,本書は臨床面接の技法を,まったくの初歩から,具体的に詳細に記したものとして,きわめて貴重なものである。

各人の固有の「アート」を磨く

 医師が初めて患者に会う時から説きおこし,患者との関係の築き方,必要な情報の引き出し方,患者にどう説明し,助言を与えるか,面接の記録をどうするかなどを実に具体的に示している。その中で陥りやすい悪い例や,いわゆる「コツ」に類することなどが記されていて,実に実際的で,臨床の場にすぐに役立つところがすばらしい。わが国においては,かつてこのような類の医学書はなかったのではないかと思う。すべての医学部の学生の必読の書として推薦したい。
 「第 II 部応用編」は,ますます実用的で,ここも臨床の実際に役立つ知恵に満ちている,と言ってよいだろう。初心者のみならず,相当に経験を積んだ医師も,自分の方法を振り返り,深めてみる意味で,第 II 部を読む価値は十分にあるだろう。
 ただ,本書の「推薦の序」にもあるとおり,本書を単なる「一連の機械的な交渉術」を説くものと見なさない,という注意が必要であろう。本書に引用されているシュヴァイツァーの言葉のように「医学は単なる科学ではなく,医師と患者の個別性を相互作用させるアートである」ことを,よくよく認識する必要がある。すなわち,本書は「これさえ守ればよい」というマニュアルではなく,各人が固有の「アート」を磨いていくための土台として提示されているのである。
 貴重な書物をわが国の医療関係者に提示された,監訳者および訳者の皆さんに敬意を表するとともに,本書ができるだけ多くの医療関係者に読まれることを願っている。
B5・頁268 定価(本体3,400円+税)医学書院


より泌尿器科診療の実態に沿った実践的マニュアル

泌尿器科外来処方マニュアル
秋元成太,堀内和孝 編集

《書 評》松島正浩(東邦大教授・泌尿器科学)

EBMに基づく泌尿器科外来処方

 このほど,医学書院より日本医科大学秋元成太名誉教授,堀内和孝助教授の編集による『泌尿器科外来処方マニュアル』が刊行されました。本書は,すでに好評を得ている『泌尿器科ベッドサイドマニュアル』の姉妹版として,日本医科大学泌尿器科学教室および同教室の関連各科のスタッフが総力をあげ,EBM(Evidence-based Medicine)に基づいて作られた持ち運びが簡単なポケットサイズの良書であります。
 医療を行なう上で,とりわけ外科系の診療に携わる医師にとって最も大切なことは,最新の医学,医療に関する知識と優れた医療技術を持って,全人的医療を提供するということであるのは言うまでもありません。その中でもとりわけ,薬の正確な知識,その正しい処方や使い方に精通していることが,患者さんにとっても最も重要なことで,その診療科の評価にもつながるのです。
 しかしながら,これまでに外来における薬の使い方に関して,いろいろな病態に応じてきめ細かに記載された医家向けの良書がなく,特に泌尿器科領域のニーズに応えたものは皆無と言っても過言ではありませんでした。本書がこうした状況に一石を投じた意義は深いものと思います。
 ただ,本書は「外来処方」と謳っておりますが,薬剤治療の根幹である処方箋の書き方をはじめ,日常の外来診療で繁用されるアイソトープ,X線造影剤,麻酔薬,消毒薬,灌流液の使用法まで言及されており,より泌尿器科診療の実態に沿った形式で編集がなされております。

大変に利用しやすい作り

 具体的には,「感染症」,「排尿障害」,「前立腺肥大症」,「尿路結石症」,「腫瘍」,「内分泌疾患」,「腎不全」を取りあげ,その各々の項目で疾患・病態の簡単な説明,治療の概要,代表的な処方例,薬剤の解説(種類,適応,副作用,禁忌など)が記載されており,随所にワンポイント・アドバイスも入っています。さらに,処方例の中で30日処方可能な薬剤の頭に*マークがつき,また,製薬会社への問い合わせが簡単にできるように,製造・販売会社名も付記してあり,大変に利用しやすい作りです。
 付録には抗生物質・抗菌剤の重大な副作用,併用禁忌薬一覧,小児薬用量などの表が掲載されています。そして,何よりも本文中に取りあげた散剤,注射剤以外の薬の剤型一覧がカラー写真つきで載っているのが,患者さんへの説明の時など重宝する心遣いです。
 臨床の第一線で日夜奮闘されている泌尿器科医に,役に立つ実践的マニュアルとして本書を推薦するゆえんです。
B6変・頁156 定価(本体3,800円+税)医学書院


類をみない多角的,視覚的病理学アトラス

アンダーソン病理学カラーアトラス
Ivan Damjanov,James Linder 著/山口和克 監訳

《書 評》深山正久(東大教授・病理学)

 本書は,『アンダーソン病理学カラーアトラス』の日本語版である。アンダーソン病理学と言えば,病理学の代表的教科書であるが,1996年に執筆者を大幅に増やし,内容も豊富で紙面もカラフルで美しいものとなり,面目を一新した。その教科書の各論の部分を簡約化し,図版をさらに追加してできあがった,いわば各論の精髄がこのカラーアトラスである。本書を一見すれば,疾患をこれほど多角的に視覚的に紹介したアトラスは類をみないことが,すぐに納得できるだろう。

系統講義の副読本としてうってつけの教材

 病理学は,医学教育の中で基礎生命科学から臨床医学への橋渡しの役目をもっており,病理学総論で医学生は初めて本格的に病気に向かい合う。その後に病理学各論を学ぶが,最近は臨床医学の系統講義の中に組み込まれていることが多く,学生はともすれば疾患について臨床的事項の表面的な暗記に追われかねない。一方,従来の病理学のカラーアトラスは,肉眼,組織それぞれを扱っており,学生の興味を刺激するという観点から不十分であることが大変問題であった。本書では肉眼像,組織像,さらにシェーマが疾患の理解を促進するように配置されており,まさに系統講義の副読本としてうってつけの教材となっている。さらに,本書に収録されている図版は典型的で美しく,説明も簡潔なため,1冊をそれほど苦労することなく通読することができる。これは病理学各論の全般的理解の達成という点で非常に大事なことである。
 以上のような本書の特質から,本書は医学生ばかりでなく,臨床医あるいは病理医にとっても,折に触れ病理学各論を振り返り,知識をリフレッシュするのに最適な本と言えよう。さらに患者さんを含めた一般の方への説明に用いると大変効果的であろう。
 百聞は一見に如かず。本書は病理学アトラスの新しい形である。
A4変・頁504 定価(本体12,000円+税)MEDSi