医学界新聞

 

リハ看護とリスクマネジメント

国際リハ研究会第6回公開研修会開催

宮腰由紀子(広島大医学部保健学科・教授)


 国際リハビリテーション看護研究会(代表=茨城県立医療大学 野々村典子氏)主催の第6回公開研修会が,昨(2001)年12月8日に,「リハビリテーション看護のチャレンジを支えるリスクマネジメント」をメインテーマとして,東京・北区の滝野川会館において開催された。
 今研修会では,第1部として泉キヨ子氏(金沢大教授)を講師に迎え,特別講演「人間の持てる力を引き出すリハビリテーション看護」が行なわれた。また第2部では,特別講演を受けたパネルディスカッション「動こうとする意思の尊重と転倒防止」(司会=茨城県立医療大助教授 山元由美子氏)が企画された。
 現在のリハビリテーション(以下,リハ)看護実践の中で,転倒予防の看護ケアは高齢者や障害者の自立を維持しQOLを低下させないためにも,リスクマネジメントの重大な課題であると考えての研修会であったが,研究・教育者・急性期リハ病院勤務・在宅リハ看護実践者など,さまざまな領域から130余名の参加があり,企画意図を証明するような活気あふれた会となった。

転倒事故の適切な対策を取るために

 特別講演を行なった泉氏は,成人看護学領域の実践・研究・教育において活発な活動をされている。特に2000年の金沢大学大学院修士課程設置に際し,高齢者・リハビリテーション看護学分野をスタートされるなど,日本のリハ看護における先駆的な活動をしている。また,昨年7月には第27回日本看護研究学会学術集会長の任を果たされ,近著としてはリハ看護領域の『困ったときのリハビリテーション看護』(医学書院,2001年)を出版されるなど,長年にわたり転倒予防の看護に関する研究をされている。
 今回の講演では,そうした研究成果から導き出された「泉式転倒予測アセスメントツール」を用いた調査結果を報告。また,転倒事例とその時の看護者との個別のかかわりを丹念に分析した結果から得られた看護のかかわりについて,スライドと配付資料を用いられながら,わかりやすく解説した。
 「転倒予測アセスメントツール」は,対象者の転倒経験・知的活動・視力障害・排泄介助・移動能力レベルと看護婦の直観の6項目からなるが,看護婦の直観との関連が高いことを調査結果から示した。さらに,看護者の個別関与の分析結果から,看護者の注意が対象者の身体的状態に偏って状況を認識し,判断している傾向を指摘。そのため根本的な解決に至り難いという可能性を示唆した。つまり,転倒者またはリスク者の能動的な行為の結果として,転倒リスクが高くなるのであるから,その能動的行為を引き起こす思考・感情・意志など,転倒者・リスク者の主観を看護者が把握,分析し,推察することにより適切な対策を取り得ることが可能,ということである。

ナイチンゲールに学ぶリハ看護

 泉氏は,こうした自身の臨床活動と研究活動から,「ナイチンゲールが『看護覚え書』に記述していることに共感した」と述べたが,これは,きしくも同年5月22日のWHO第54回世界保健会議において採択された,新しい国際障害分類ICFの内容にも共通する考えであり,非常に意義深いことであった。
 なお,泉氏が引用したナイチンゲールの記述とは,看護者には「自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する能力」が不可欠であり,対象者の主観を感じとることの重要性を指摘していることや,さらに「健康とはよい状態を指すだけでなく,持てる力を十分に活用できている状態」として,よりよく生きるということの本質を述べている部分である。
 その上で泉氏は,研究成果を踏まえ発展させ,科学的であることの追求においては客観的判断が重要視されている現状や,人間の主観が科学的でないとされてきたことに疑問を呈し,専門職としての客観的判断によるケアの基準化や標準化の確立と同時に,ケアの受け手もケアする側も,それぞれに持てる力を発揮し,相手の主観を把握しながら,看護の対象者の生活を視野においたリハ看護の重要性を説いた。
 このことはまさに,新しいICFが,それまでの客観的側面からのみ障害を捉えていた国際障害分類ICIDHの方針から,主観的側面や環境にまでもその視野を拡大し,障害者の全体像を見ることに変化したものであること。また,ICIDHでは障害の原因を「疾患」としていたものが,ICFでは「健康状態;health condition」とされたこと。さらに,社会的不利が「参加;participation」と変化したことなど,泉氏自身の研究における事例と看護者のかかわりを丹念に分析して得られた結果と,一致していることは特筆されよう。講演の後の質疑応答も,非常に内容が充実したものとなり,賛嘆の拍手の下に講演を終えた。

動こうとする意思の尊重と転倒防止

 第2部のパネルディスカッションでは,山崎淳子氏(いわてリハセンター),山田京子氏(高根台病院),宮内康子氏(厚木看護専門学校)が登壇。それぞれの施設における実際の対応やシステムについて,具体例を提示しながら熱のこもった発表が行なわれた。3氏の発表は,実践の中からにじみ出た具体的な行動や看護の考え方がわかりやすく示されており,日常の創意工夫によって看護の質がさらに向上することを実感できるものであった。また,今後に向けた提言も行なわれたことから,参加者も身近な問題として捉え,真剣に聞き入るとともに,発表の後の質疑応答では,具体的な方法などの論議が熱心に交わされた。
 また,この後の研究会員のみによるグループワークでは,会員それぞれの施設や活動場所での転倒予防を目的とした看護活動のあり方を,研修会の内容を踏まえて,実践の場の出来事と結びつけながら報告しあった。

国際リハ看護研究会の活動

 新しい国際障害分類ICF採択が示すように,世界の医療福祉保健の潮流は,ようやく真の意味での生活体としての人間全体を捉える時代に入った。
 一方,日本は世界に例をみない急速な少子高齢社会に対応した新しい社会保障システムへの確立が必要であるにもかかわらず,あまりにも膨大な作業であるがゆえか,未だ回答が得られていない。それでも確かなことは,健康増進・健康維持・疾病や障害の予防・リハという概念が広く知られてきていることである。このような社会の変化は,リハ領域における看護の重要性をも引き出してきたと言える。
 国際リハ看護研究会は,諸外国のリハ看護の実態を把握し,国民性,文化的相違を踏まえて比較することにより,日本におけるリハ看護の専門性確立に向けた教育的,組織・制度的検討を行なうことを目的に発足。過去5回の研修会では,諸外国のリハ看護の現状と課題を報告・検討してきた。
 また,今回報告予定であった第27回アメリカリハ看護学会(Annual Educationer Conference,昨年10月10-13日,フィラデルフィア)への参加は,同年9月11日にニューヨークで起きた同時多発テロ事件により,中止せざるを得なかった。そのため,誠に残念であったが,今研修会では報告ができなかった。しかしながら,イギリス・エジンバラにおける第1回ロイヤル・カレッジ・オブ・ナーシング・リハ看護学会(同11月23-25日)への参加は可能だったため,今後の研修会で報告する予定。
 なお,同研究会では現在,研究会通信誌とホームページの開設作業を進めている。開設となった時には,積極的な意見交換や情報提示の場としても活用いただければ幸いである。また,寄せられた意見を参考にしながら,今後もリハ看護の専門性の確立について考える研修会を維持していきたいと考えている。
 次回の公開研修会は,下記の日程で開催予定である。興味のある方は,ぜひ参加していただきたい。

●国際リハ看護研究会第7回公開研修会
◆テーマ:摂食・嚥下の機能評価と看護(仮題)
◆開催日:2002年5月25日
◆会場:東京都内(未定)
◆連絡先:〒300-0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見4669-2
 茨城県立医療大学(野々村研究室)内
 国際リハビリテーション看護研究会事務局
 FAX(0298)40-2295
 E-mail:nonomura@ipu.ac.jp