医学界新聞

 

【投稿】アメリカの基礎医学教育を体験
――――チューレン大学訪問記

谷口紗織(昭和大学医学部・4年)


 今回,私たち6人(昭和大医学部2-4年)は,2001年8月26-31日の間アメリカ南部ルイジアナ州のニューオリンズにあるチューレン大学メディカルセンターを訪問し基礎医学教育を実地で見学する機会に恵まれました。

はじめに

 昨年,昭和大学では第1解剖学教室の塩田清二教授の発案により,「特色ある医学教育プログラム」のプロジェクトが発足しました。このプログラムでは,“海外交流により,海外他大学の医学,医療制度を体験的に学び,国際的な視野を広げる”ことを目的の1つとしています。このプログラムを通して,チューレン大学基礎医学の講議を聴講し,人体解剖の実習に参加しました。さらに,附属のU.S.-Japan Biomedical Research Laboratoriesを見学し,Charity HospitalのEmergency Room(ER)では救急医療の現場に接することができました。また,Owl Club(日本でいう学生会のようなもの)の招待を受け,双方の大学を紹介し,医学教育に関するディスカッションを行ない,アメリカの医学生と貴重な交流を持つことができました。

アメリカの基礎医学教育

 私たちは,医学部1年生の講議に参加させていただきました。8月下旬であったためアメリカでは新学期が始まってまもない時期にあたり,学生の間でもいくぶん緊張感が感じられました。講議はGross Anatomy(人体解剖学),Histology(組織学),Embryology(発生学)を聴講し,実習は人体解剖のグループに加えさせていただきました。
 講議内容は,毎日ぎっしりとタイトな印象をうけました()。昭和大学では1時限が90分で集中力を持続するのは難しく,チューレン大学の60分授業というのは中だるみがなく丁度よい長さであると思いました。
 カリキュラムは計画的に組まれていました。例えば,解剖の講議の直後に解剖実習で習ったところを実際に観察するというように,講議と実習はほぼ同時に進行しています。そして,各論においては,胸部解剖の授業で乳癌についてまで解説する,神経解剖の授業で臨床の先生が腰椎椎間板ヘルニアの説明をする,放射線医学の授業で正常解剖をCT画像で確認するというように,基礎医学の解剖と臨床医学の病気との関連を学べるカリキュラムとなっていました。このように入学直後の早い学年から臨床医学につながることを学ぶのは,医学を学ぶモチベーションを上昇させ,とても有意義なことと思いました。

表 チューレン大学1年次スケジュール(訪問時)
August 27 8:009:00 Autonomic Nervous System(G)
9:0011:00 Laboratories(G)
11:0012:00 Radiographic Anatomy(G)
13:0014:00 Development of the Musculoskeletal System(E)
14:1515:15 Nervous Tissue(H)
 
August 28 8:009:00 Pectoral Region(G)
9:0012:00 Laboratory(G)
13:0017:00 Foundation in Medicine
 
August 29 8:009:00 Nervous Tissue(H)
9:0012:00 Laboratory(H)
13:0014:00 Cell Signaling(H)
14:1515:15 Cell Cycle(H)
 
G: Gross Anatomy   H: Histology   E: Embryology

印象深かった講義内容

 講議はどれも印象に残っています。白衣のポケットからキャンディーを取り出して,“私の質問に答えられたらあげよう”という先生など,ユーモアに溢れる先生もいらっしゃいました。また,電子教材が有効に活用されていました。例えば,解剖の講議ではあたかも人体解剖をしていくかのような画像教材をふんだんに用い,胸部解剖の説明では体表解剖からファイルをめくるごとに深部の構造が明らかになって,横断面,ズームアップも自由自在でした。
 人体解剖実習にも参加させていただきました(写真1)。チューレン大学では,1ご遺体あたり6人のグループで進められていました。人体解剖というと,昭和大学では4人のグループで個人個人が別々の部分を担当し黙々と作業を続けるというイメージがありましたが,チューレン大学では,2人は解剖を進め,残りの4人は今何が観察できるのかをディスカッションするという分担がなされていて,活発に意見が交換され活気にあふれていました。
 実習に参加して1つ発見したことがあります。解剖は,日本の学生のほうが断然に上手です。日本人は器用と言われていますが,実感しました。私が手伝った時,“さすが,4年生だ!!すごく観察しやすい!!”と感激されました(うぬぼれかもしれませんが)。

アメリカの医学生

 1日目に,解剖学(自律神経)の授業に参加させていただいた時から,学生の授業に対する積極的な姿勢が印象的で深い感銘をうけました。カレッジ4年卒業後に医学部に入学してきているため,年齢が日本の医学生に比べ高いということもその1つであると思いますが,アメリカの医学生は考えがしっかりしていて,大人だという印象を受けました。医学を学ぶことに対して強い意志があり,勉学への意欲は十二分にあって,“勉強しなくてはならない。出席をしなくてはならない”などと先生から諭される必要がまったくないように思われました。
 講議中には,先生の質問にみんなが声をそろえて答えたり,手をあげて活発に質問をしていました。教室内は,積極的に学ぶために出席をしているという雰囲気が満ちていて,関心のない講議をただ受動的に聞いていると感じはみじんもありませんでした。
 人体解剖学実習では,先生が学生の自主性を信用していて出欠をチェックすることはないにも関わらず,欠席をする学生はまずいないそうです。また,私たちが参加した1年生の授業では,出席率が高く,席がほぼ埋まっていました。学年があがるにつれて授業によっては出席率が低いこともあるようですが,そのかわりに図書館に行って自分で勉強をするというきちんとした理由があり,授業を休んだ時間を決して無駄には使っていないということでした。
 また,遊ぶことのレベルがまったく違うことに驚きました。アメリカの学生も,遊ぶこともあるようですが,勉強の合間に気分転換に遊び,毎日毎日遊ぶというようなことはなく,予習と復習を欠かさないのは当たり前のようでした。

教育の質の向上に大きな役割を果たす学生の会

 チューレン大学には先に触れたOwl Clubという組織があり,主に先生と学生との橋渡しやお手伝いをしていました(写真2)。試験前という忙しい時間を割いて,夜Jazz Barに連れていってくださるなど私たちを暖かく迎えてくださったのも彼らでした。通常の授業においては教員の評価を行ない,評判のよい先生の教え方を他の教員にも伝えるなど授業の改善に大きな役割を果たしているようでした。今回の訪問で強く印象づけられた先生が教育に熱心であるということは,学生による先生の評価の存在と無関係ではないと思いました。また,Owl Clubは,医学部入学選考の時に入学希望者と面接をして,学生の立場から医学部に適応する能力があるかどうかの審査に携わるようです。Owl Clubのような存在は,医学教育を先生から学生という一方向なものにならないようにするために必要であると思いました。

U.S.-Japan Biomedical Research Laboratories

 チューレン大学では,1977年にDr. Andrew V. SchallyがLHRH(luteinizing hormone-releasing hormone)を発見しノーベル賞を受賞しています(写真3)。今回,LHRH発見に貢献した有村章先生が所長をつとめていらっしゃるU.S.-Japan Biomedical Research Laboratoriesを訪問しました(写真4)。有村先生の“研究者は,毎日新しいこと昨日とは違うことをしていなくてはなりません。ずっと同じことをしていてはいけないのです”という言葉に,世界レベルで研究者として働くことの厳しさと同時に魅力を感じました。

Charity Hospital

 Charity Hospitalには,低所得で保険に加入できず高額な医療費を払うことのできない患者が来院するそうです。ERの玄関には警備員が厳重な面もちで立っていたり,外来に金属探知装置が設置してあったりと日本とは違う緊張感がただよっていました。犯罪によって受傷し救急車で運ばれてくる患者が多く,加害者が犯行を遂行するため追いかけて来ることがあるためだそうです。手足に鎖をつけられた刑務所の囚人や,ホームレスで運ばれ結核やAIDSの疑いがあるため特別室で治療されている患者などがいて,社会層の大きく異なる人々が暮らすアメリカの医療を目のあたりにすることができました。

おわりに

 今回の体験を通して痛感したことは,語学力がいかに大切であるかということです。英語力が足りず,自分の思っていることが即座にうまく伝えられない,相手の言っていることが理解できず歯がゆい思いを何度もしました。しかし,今回お世話になったチューレン大学の医学生と先生方にはとても親切にしていただきました。わからないことは質問をすれば何でも丁寧に答えてくださいました。わからなかったら質問をするという当たり前のことが日本ではなかなかしにくいのですが,アメリカでは質問をしないということはすべて理解しているものとされ,その前提のもとに話が進んでしまいます。コミュニケーションの能力が,非常に重要であると思いました。
 最後に,この場をお借りしてチューレン大学メディカルセンターのVigh教授ご夫妻,U.S.-Japan Biomedical Research Laboratoriesの有村所長,学生の方々,また貴重な機会を与えてくださった昭和大学の学長,学部長,理事長,塩田教授にお礼申しあげます。ありがとうございました。


写真1 チューレン大学の白衣を着て人体解剖学実習に臨む(右から3人目が筆者)
  
写真3 チューレン大学エントランス,ノーベル賞受賞者A V. Schally博士の記念写真前。中央は塩田教授
  

写真2 Owl Clubのメンバーとの交流
前列左はチューレン大学解剖学教室のVigh教授
  
 写真4 有村所長