医学界新聞

 

再開 あなたの患者になりたい

挨拶しなくなった君へ

佐伯晴子(東京SP研究会)


私たちが心配に思うこと

 前回の「あなたの患者になりたい」連載時から2年が経ちました。お元気ですか? OSCEが全国のほとんどの大学で実施され,医療面接の教科書も多数出版され,この数年で医学教育が大きく変わったと言われています。模擬患者(SP)として1年間に3千人以上の学生さんや指導者の方にお会いする私も,ゆるやかな変化の風を感じる時があります。医療者は,白衣とメガネの堅苦しく怖いイメージから,ふつうに話せる人に変わるのかもしれない,と驚くこともあります。
 ただ,本当に変わったと言えるのは,今の学生さんや研修医の方が医療文化の担い手になって活躍する時に初めてわかることではないでしょうか。それゆえ私には少し心配なことがあるのです。実習やOSCEで,良好な患者医療者関係を築くのを念頭において面接をしてくださった相手の方が,終了のベルが鳴った瞬間に人が変わったように,無愛想に部屋を出ていったり,廊下ですれ違っても知らん顔をなさることが少なくないからです。
 もちろんOSCEで「おだいじに」と丁寧に終了した1年後に,懐かしそうに声をかけてくれる学生さんに偶然出会い,模擬患者冥利に尽きることもありますが,明らかに面識があるはずなのに,堂々と無視なさる方が少なくないのが気になります。

あなたと挨拶を交わしたい

 気恥ずかしくて挨拶できない,というのとは少し違います。用が済んだから挨拶する必要はないと,なんだか切り捨てられたように感じるのです。愛想よく,丁寧にお話を聴き,上手に質問する能力を評価者に「示す」のが目的なら,模擬患者は,試験の時の引きたて役にすぎません。
 しかし,5分と言えど真剣に面接の時空間を共有したのは事実です。言語・非言語のコミュニケーションを通して,思いを届け,受け止めようとした相手です。覚えているなら,挨拶を交したいですね。そうしてもらえると,あの時のあの学生さんが,元気でやっておられるのだ,とSPも嬉しくなります。OSCEや実習で,態度やマナーが適切だと思い,評価表にマルをつけたのは間違いではなかった,と感じられ,心から応援したくなります。
 医療は人と人とのおつきあいがすべての前提です。挨拶,自己紹介と医療面接の最初に学ぶのは,人生のどの場面でも必要な当然の礼儀だからです。それがこれからの医療者には必要とされるので,わざわざ強調されているのです。試験や実習の時だけ挨拶して,終了後は速やかに無視するのでは,態度教育としての成果は疑わしいと言わざるを得ません。
 今度お目にかかったら,どうぞ気軽に,ふつうの挨拶をしてみてください。挨拶は心のフットワークです。正面に来るボールしか受けないのではゲームになりません。医療者は機敏に動ける人であってほしいと,私は願っています。

  <さえき はるこ>

大阪外語大ロシア語科卒。1995年より模擬患者の養成・派遣などを行なう東京SP研究会でSPコーディネーター兼事務局を担当。99年からの本紙連載「あなたの患者になりたい」および2000年に発行の単行本『話せる医療者-シミュレイテッド・ペイシェントに聞く』(共著,医学書院刊)が話題になる。現在,医療面接教育やOSCEのためにいくつもの医科大学を飛び回る日々が続く。慈恵医大総合教育(日本語)非常勤講師