医学界新聞

 

New concepts of cancer clinical trials

Cold Spring Harbor研究所
The Banbury Meeting報告

高橋 豊 金沢大学医学部腫瘍外科学助教授


■世界に発信されたTumor Dormancy Therapy

 

「分子生物学の聖地」にて

 筆者は,さる2001年11月4日から7日にわたって開催された「The Banbury Meeting」に招待を受け,講演を行なうという比較的稀な機会を得たので,本紙『週刊医学界新聞』編集部の求めもあり,簡単に報告させていただきたい。
 この会議は,DNAの螺旋構造を解明してノーベル賞に輝いた,かのWatson博士が所長を務め,「分子生物学の聖地」と呼ばれているCold Spring Harbor研究所がスポンサーとなって,毎年10回程度「The Banbury Conference Center」(写真)で開催されるものである。
 参加者は35名程度(これだけしか入れない)であり,すべての講演者が同研究所からの招待者で,完全にクローズドのmeetingである。会議の講演内容を書籍出版などをはじめ,メディアに発表することは,この研究所の承認なしには行なえない規則になっており,プライオリティ重視,学問研究と知的財産権重視などのためか,報道も慎重に行なわなければならないとのことである。
 したがって,この報告も最低限のものに留めたい(なお,本会の報告書はいずれ「Cold Spring Harbor Laboratory Press」から出版されることになろうから,興味ある読者はそちらを期待していただければと思う)。

「血管新生研究」の世界的リーダーが組織する

 今回の“New concepts of cancer clinical trials”は,J.Folkman(Harvard Univ. Children's Hospital)とR. S. Kerbel(Toronto Univ. Sunnybrook and Women's Health Sciences Center),他2人によって組織されたもの。
 FolkmanとKerbelは,言うまでもなく血管新生研究の世界的リーダー。従来の抗癌剤を少量で頻回に投与すると,血管新生の抑制が起こるという新知見を彼らが同時に独立して発表したことが契機となり,これをいかに臨床に応用していくか,さらにはその臨床試験をいかに再検討するのか,が今回の会議の主目的となったようである。
 彼らが提唱するこの治療法は,「Metronomic chemotherapy(メトロノームのように,休みなく投与されるためこのような呼称がつき,早くも日本でも関心を持つ医師たちが研究を開始した)」と呼ばれ,Kerbelの所属するToronto大学を中心に臨床試験が進められている。特に,血管新生抑制剤などの分子標的治療との併用に関する試験が計画・着手されている。
 私を除く出席者は全員欧米諸国からで,大まかに言うと,Metronomic chemotherapyを支持する有力な研究者が10名,来年のASCO会長をはじめとしたmedical oncologistが10名,分子標的治療薬を開発している製薬会社の研究者代表が10名,FDAなど政府機関の代表が5名である。
 会議ではまず最初に,FolkmanとKerbelからMetronomic chemotherapyに関する考え方とその実際が紹介され,その後の具体的進展をそれぞれの教室の研究者が続けて報告。また,分子標的治療の臨床試験も報告された(なお,上述したように写真,ビデオなど厳禁で,会で知り得た内容は外に漏らしてはいけないという厳然とした決まりがあり,残念であるが詳細についてはご容赦いただきたい)。

Metronomic chemotherapyは特別な投与方法なのか?

 筆者は「TDT(Tumor Dormancy Therapy)」という独自の観点から抗癌剤の少量投与を推奨している立場であり,この点から,Kerbelが筆者をノミネートし,15分間の講演の機会を得たというものである。
 Metronomic chemotherapyについて筆者の理解を言えば,結局のところ少量の抗癌剤を頻回に投与するものである。特に本邦では以前からずっと施行されてきた治療法であり,evidence-basedではないと批判されながらも,臨床の場ではひっそりと続けられているものである。
 報告者の研究内容はノーベル賞級のものであると思われ,研究目的・手法・論理性などには刮目せざるを得ないが,日本の現状を省みるに日本人の私としては複雑な思いもした。また,欧米の研究者が日本人の少量投与の古い文献を見つけては得意げに話をしていたのには,さらに驚かされた。私はただ,「それは,Japanese originalだ」と叫ぶだけであった。
 筆者に言わせれば,このMetronomic chemotherapyに基づく投与法は,血管新生の理論だけで説明がつくとはとても思えないのである。腫瘍に対する治療・薬効はもちろん重要であるが,わが国でも数多くの研究者が関心を持ち,進められている免疫能の活性化なども合わせて検討すべきだと感じた次第である。
 ただ一点述べておかねばならないのは,このMetronomic chemotherapyをも契機にして,現在の抗癌剤治療の問題点が改めて浮き彫りにされてきたことである。筆者はかねがね,現在の抗癌剤治療が「縮小なくして延命なし」「高濃度投与ほど腫瘍は縮小する」という「憲法」ないしは「神話」のもとに構成されたものであり,したがって「耐えうる最大濃度の抗癌剤の量(MTD:maximum tolerated dose)」を投与するという方法には大きな問題点・限界点を抱えていると指摘してきた。
 確かに,従来のこのような方法は白血病,悪性リンパ腫,肺小細胞癌などで一定の成果を上げてきたことは間違いないが,他方,多くの固形癌では重篤な副作用の割に少ない奏効率しか上げていないことなど,この従来の方法がまだまだ確立したというにはほど遠い状況である。もし,低用量の抗癌剤投与や血管新生抑制剤などの併用によって,従来の抗癌剤と同じ程度の効果が得られることになれば,副作用が少ない分だけMetronomic chemotherapyや血管新生抑制剤が選ばれるのは当然のことであろう。

効果判定をどうすればよいか?

 そこでMetronomic chemotherapyや血管新生抑制剤の治療法についての効果判定をどうすればよいかということがまず問題となるが,報告ではbiomarkerに関する検討が盛んに行なわれていることが明らかになった。例えば,血管新生抑制剤に関してはdynamic MRIで血流を視覚的に捉える方法,生検組織で血管数の変化をみる方法,血液中の血管新生因子を測定する方法,皮膚の一部をパンチアウトし血管新生を実際に検討する方法などの試みである。
 筆者の印象としては可能性ゼロと主張する気持ちはないが,実際にこれらの方法を臨床応用することはかなり困難であると言わざるを得ない。他方,アメリカFDAは,生存期間に替わるendpointとして,奏効率,TTP(time to progression),patient reported outcomes, time to symptomatic progressionなどをあげており,注目されるところである。

Tumor dormancy therapyは助け船になり得るか?

 結局のところ,こういった低用量のMetronomic chemotherapyや血管新生抑制剤などの問題点は,腫瘍がなかなか小さくならないことにある。だが,多くの研究者たちは癌が縮小しなくてもこういった治療が必ず延命につながるとの確信のもと,その具体化に懸命である。しかし,もしここでそれらの治療方法に対して臨床効果はないと結論されたら,血管新生に関するこれまでの莫大な研究,かけられたエネルギーと費用はまったく無に帰するわけである。
 そういった意味からも,筆者が提唱してきた「縮小なき延命Survival without tumor shrinkage」の概念をもとにしたTDTは,このような状況のもとではまさに“渡りに船”の存在であると思われる。
 筆者の著書『Tumor Dormancy Therapy-癌治療の新たな戦略』(医学書院刊)をお読みいただいた方々はおわかりのように,TDTという戦略は,延命がどのように得られるのかという点からスタート(それは大きく分けて“縮小”と“dormant”の2者から得られる)し,後者を評価する方法としてTTPが最も適切であることを示したものである。つまり,endpointとしてTTPを使うことにより(具体的には,これまでの有効例にNC期間が長いNC症例を加えたものになる),こういった治療を評価しようという提案である。

Tumor dormancy therapyの評価

 筆者はFolkmanやKerbelらから招待状を受けとった際,彼らの反応を予測していた。予想通りというべきか,反応は満足すべきものであった。多くの人から歓迎された。特にFolkman(写真)は高い評価を与えてくれ,わが国では賛否なかばであったTDTという呼称そのものにも,いわばお墨付きをいただくという結果になった。
 さらに,欧米にも普及させるため『Tumor Dormancy Therapy-癌治療の新たな戦略』を早急に英訳するよう熱心に勧めてくれた。臨床への展開-癌治療の戦略(転換)が最終的な筆者の目標であるから,考え方に対する理解者を得ること自体は二義的なことである。しかしFolkmanやKerbelなどの賛同と学問的理解は筆者にとっては大きな感動であった。
 もちろんこのような“国際的権威”のみを盾にして,筆者はこれでTDTが確立されたと主張するつもりは毛頭ない。しかし,彼らのMetronomic chemotherapyや血管新生抑制剤などの臨床評価の際に,筆者が提唱・主張するTDTが重要な要素であることが認められ,今後TDTに基づいた臨床試験の成否によって新たな治療戦略の確立にルートがつながったという意味において,筆者にとって大きな成果を挙げたThe Banbury Meetingであった。
 いまだに世情騒然たるニューヨーク郊外。3泊4日の慌しくもあったが,他方,静謐なたたずまいの中のCold Spring Harborで,充実した日々を過ごすことできた。この至福をこれまでサポートしていただいた多くの人々に本紙を借りて感謝申し上げる。