医学界新聞

 

《特別編集》

書評特集・リハビリテーション医学関連

●脳外傷リハビリテーションマニュアル ●リハビリテーション医療入門
●失行・失認の評価と治療 第3版
●脊髄損傷 第2版 日常生活における自己管理のすすめ
●脳卒中ことはじめ 第2版 ●臨床失語症学 言語聴覚士のための理論と実践
言語聴覚士のための失語症訓練教材集〔ハイブリッドCD-ROM付〕
〈総合診療ブックス〉高齢者の外来診療で失敗しないための21の戒め


脳外傷患者のリハビリテーション全般をわかりやすく解説

脳外傷リハビリテーションマニュアル
神奈川リハビリテーション病院

脳外傷マニュアル編集委員会(代表:大橋正洋) 著

《書 評》千野直一(慶大教授・リハビリテーション医学)

 大橋正洋先生を中心とする神奈川リハビリテーション病院の脳外傷リハビリテーション・チームによる『脳外傷リハビリテーションマニュアル』が出版された。

高次脳機能障害への取り組み

 リハビリテーション(以下リハ)医学は,神経・筋・骨格器系疾患の運動・認知機能障害の診断と治療を専門として発展し,1996(平成8)年に「リハ科」が標榜診療科として認められた。しかしながら,運動障害領域での診断手技や治療手段の進歩には目覚ましいものがあるものの,認知機能,殊に,高次脳機能障害に対する診断・評価と治療法が問題視されたのは,過去10年ぐらい前からである。
 交通事故や転落事故により頭部外傷を被り,救命救急センター,その後のリハ治療により骨折や運動マヒなどが治癒したものの,認知・記憶障害のために注意集中力に欠き,情緒・行動障害のために性格変化が見られ,衝動的,不穏,興奮,また逆に自発性の低下など,受傷前の人格とまったく別人のように変化してしまった症例に遭遇することが少なくない。このような患者は,自宅や職場に復帰しても今までと違う自分自身に戸惑い,また職場でも今までの仕事ができないために,結局退職することになってしまう。
 本書は,このような脳外傷患者のリハ全般についてわかりやすく解説したものである。さらに,最近進歩した医学・医療の中でも病態像や治療方法が確立されていない領域であるために,読者にできるだけ理解してもらおうとする努力がうかがえる。

事例により脳外傷患者の問題点を解明

 本書の第1,2,3章で,まず「脳外傷」,「リハ・プログラム」,「リハ・スタッフ」について簡単に説明し,第4章で「事例」という項目をとり,本書の約3分1の頁数を割いている。この章で具体的な症例を提示し,読者に脳外傷患者のもつ問題点をわかってもらおうとする意図がまさに的中した組み立てとなっている。
 症例は,運動機能障害や高次脳機能障害などの医学・医療面のみならず,家庭での問題,学校・職場復帰してからの問題などを含み,個々の患者のもつ障害の複雑さを浮き彫りにしている。
 第5章であらためて「脳外傷に関する知識」を整理し,第6章で「高次脳機能障害と解決方法」(いまだ完全に解明しきれない部分があるのは当然であるが)を理解しやすく「Q&A」の形式で解説している。
 そして,第7章では「付録」として,脳外傷の評価法に関する一覧を載せることにより,現時点で,わが国で行ない得る脳外傷のリハに関しての情報を網羅するものとなっている。
 本書は,大橋先生お1人で完成されたものではなく,先生を囲む多くのリハ医療関係者や患者友の会の執筆協力を得ている。しかしながら,ここまでリハ・チームを作りあげた大橋先生がおられて初めてなし遂げられた力作である。
 脳外傷や高次脳機能障害患者に関心のある者には,座右の書とすべきものと考える。


B5・頁184 定価(本体4,500円+税)医学書院


著者のリハ医療に対する熱情が伝わる入門書

リハビリテーション医療入門
武智秀夫 著

《書 評》豊永敏宏(九州労災病院・リハビリテーション科)

 「介護保険導入によって,リハビリテーション(以下リハ)という用語が一般的となり,訪問リハ・在宅リハなどと広く膾炙されるようになった。武智先生が序で述べられたように,ここでの“リハ”という用語は,今日まで科学として発展し,多くの先人たちが積み上げてきたリハ医療(医学)とは違うものではなかろうか? こんなに安易に使われている現在,“リハ医療”と“リハ”のアイデンティティ(住み分け)を明確にしておかなければ,本来リハ医療のめざすものとは違った方向にいくのではなかろうか? また,転院がリハゴールであるとする風潮も,この危機感を加速させているのでは?」-著者は,これらの流れを直観的に感じ取り,本書を著されたものだと推察します。私も常日頃,あまりにも混同されたリハ医療に戸惑うこともしばしばです。

リハ医療とは

 「そもそもリハ医療とは,社会復帰(職場復帰,場合によっては家庭復帰)を目的として,Dr・PT・OT・ST・PO(義肢装具士)・MSW・臨床心理士・看護婦など各職種の人たちが叡知と技術を駆使し,科学性と人間性をもって障害レベルを上げようとする,科学的に裏づけられたものである。一方,高齢者の保健・福祉の現場など一般に使われている,いわゆる“リハ”という用語は,精神・身体障害の現状維持を目的とするものである」-前者より後者のほうがリハの要素が大きい,と2つの違いを明確に著者は指摘しています。このようにリハ医療とリハとの境界をはっきりさせ,各々にアイデンティティをもたせようとした,著者の慧眼と努力に脱帽いたします。また既存の関係書籍で軽視されている,社会復帰に関する事象や社会保障,社会問題までを,多角的な視野に立って述べられています。
 私見ですが,将来のリハ医療には,科学性と人間性の両輪のバランスが重要であり,それぞれの基本に立ち返る姿勢とより科学性をきわめようとする努力が大切ではないでしょうか。

著者独特の語りかけによる内容

 また本書は,用語の解説が明確な言葉で説明されています。例えば,「障害とは○○である。リハ(医療)で要る心理学は△△で十分である」と,そこまで断定していいのかと思うほど,方程式の解答のように明快に答えているのも特徴です。両者の区別を見事に断定する厳しさに加え,内容がシャープであるにもかかわらず,読みやすいのは著者独特の語りかける口調のせいでしょう。さらに退屈させないのは,独特の書体とともに,つとに有名な博学多識の比喩が随所に出没し,医学書としては,めずらしく肩の凝らない本となっています。
 ご多忙の中,治療現場からの経験に加え数多くの専門書を読まれ,「リハ医療とはこのようなものだ,リハとは違うんだ」と日頃の感性の吐露を,今時の若いリハ医療関係者に向けられています。リハ医療に興味のある者はこのくらい(といっては失礼だが)は理解し,保健・医療・福祉の現場に立ってほしいものだ,との熱情が伝わります。
 これを読んでわからなければリハ医療はやめなさい,とでも言いたくなるほど,自信をもって用語の解説書・ハンドブックとして第一に勧めたいリハ医療入門書です。
A5・頁128 定価(本体1,800円+税)医学書院


臨床家から高い評価を受け続けるマニュアル改訂第3版

失行・失認の評価と治療 第3版
Barbara Zoltan 著/河内十郎 監訳/河内 薫 訳

《書 評》大橋正洋(神奈川リハビリテーション病院・リハビリテーション科)

 本書の第1版がわが国に紹介されたのは,およそ20年前のことである。以後本書は,脳卒中患者の失行・失認などの症状を理解し,治療プログラムを作成するためのマニュアルとして,わが国のリハビリテーションスタッフから重用されてきた。

対象を広げニーズの変化に対応

 1976年の初版原著の題名は,『Perceptual Dysfunction in the Adult Stroke Patient;A Manual for the Evaluation and Treatment』であった。しかし今回翻訳された第3版では,原著題名が『Vision, Perception, and Cognition:A Manual for the Evaluation and Treatment of the Neurologically Impaired Adult』に大きく変わっている。題名からも,第3版は成人脳卒中だけでなく,脳外傷などによる成人脳損傷者へと対象が広げられたことがわかる。
 原著者であるZoltan氏は,第2版から執筆に参加し,第3版は彼女の単著となっている。Zoltan氏は,北カリフォルニアで活動している作業療法士で,神経学的リハビリテーションの分野で教育,研究,臨床に20年以上の経験を持っている。したがって第3版には,Zoltan氏の考え方が強く反映されている。しかし同時に第3版は,20年間における神経心理学的研究の成果が取り込まれており,また対象を脳外傷者などへ広げることによって,リハビリテーション医学におけるニーズの変化にも対応している。

整理された記述方法

 訳者序文によると,第3版の最も大きな特徴は,第1章で「評価と治療に関する理論」が展開されていることだという。しかし難解な理屈が多くなったという印象ではなく,対応方法を治療的アプローチと適応的アプローチに二分するなど,問題を明確にしようとする工夫に注目すべきである。第2章は,「脳損傷者の高次脳機能障害に関わる評価の諸問題」が解説されている。第3章以降,本書で扱われている症候を列記すると,「視覚情報処理技能に関連した障害」,「失行症」,「身体図式障害」,「視覚弁別技能障害」,「失認症」,「見当識・注意・記憶」,「実行機能障害」,「失計算」である。これらの章について,全編ほぼ共通の様式で記述が行なわれている。すなわち,まず対象とする症候が解説され,ついで代表的な評価法,治療的アプローチ,適応的アプローチが順に示される。整理された記述方法は,本書をマニュアルとして利用する人間にはうれしい配慮である。
 訳文も平易であり,監訳者,訳者の第3版にかける意気込みが感じられる。このあたりも20年間にわたって,この著書が内外の臨床家から高い評価を受け続けた理由と考えられる。
B5・頁208 定価(本体3,800円+税)医学書院


脊髄損傷患者指導にうってつけの本

脊髄損傷 第2版
日常生活における自己管理のすすめ

徳弘昭博 著

《書 評》吉永勝訓(千葉大病院・リハビリテーション部)

合併症を予防する患者自身の姿勢が重要

 かつてたくさんの脊髄損傷患者が,褥瘡感染からの敗血症や尿路感染に起因する腎不全などにより,受傷後早い段階で命を落としていた時代があった。その後の医学的リハビリテーションの進歩により,これらが原因で亡くなる患者は激減したが,現在でも脊損患者は,多様な合併症と背中合わせの状態にいることに変わりはない。病院から社会復帰を果たす過程やそれ以降の長い人生の間,患者にとって最も重要なことは,患者自らがこれらの合併症を予防する姿勢を身につけることであり,一方脊損患者治療に従事する医師や医療スタッフには,合併症予防に対する正しい知識とその方法を,退院までに患者に指導する義務がある。
 『脊髄損傷 日常生活における自己管理のすすめ』第2版は,この際の患者指導に用いる教科書としてまさにうってつけの本である。初版は1992年に発売されたが,この本を知ってから私は自分の病院で脊損患者が退院するまでには,必ず患者に本書を紹介して購入して読んでいただき,退院後の生活に役立ててもらってきた。
 初版以降の9年間に,特に介護保険の出現による社会福祉制度の変化や新しい治療薬の出現などもあって,今回の改訂に至ったと思われるが,第2版ではこれらの変更・加筆に加え,座圧の研究や3次元コンピュータグラフィックスを用いた家屋改造支援など,著者の病院で行なわれている患者指導に役立つ研究の一端も紹介されていて興味深い。

豊富な見識と患者への優しい熱い思い

 本書の特長は,第1に脊損患者にとって必要な基礎知識とすぐに役立つ情報が満載されていることで,その内容は,「脊髄損傷と合併症」,「日常生活上の注意点(性生活を含む)」,「身体機能の維持法」,「車いす」,「社会での自立」,「社会福祉制度」,「職業復帰」,「食事と栄養」,「薬剤と副作用」,「健康チェック」など多岐にわたる。
 第2には,平易な文章で書かれていて図表がたくさんあり,患者や家族に読みやすいように工夫されている。これらのことからは,脊損医療現場で長年たくさんの患者さんと接してこられた著者の,豊富な見識と患者への優しく熱い思いが感じられる。
 著者の徳弘昭博先生は,1988年に西オーストラリア州のローヤル・パース・リハビリテーション病院に留学された頃から,現在副院長を務められている吉備高原医療リハビリテーションセンターに所属され,この本の基になった同センター内の脊損患者自己管理マニュアルを作られたそうである。私も含め多くの日本人医師が留学し,感銘を受けたローヤル・パースの徹底した合併症予防システムを経験されたことが,本書執筆の何らかのきっかけになっているのではないかと拝察している。残念ながら当時お世話になった同院脊損センターのBedbrook先生やGriffiths先生はすでにこの世を去られたが,このような脊損センターが現在でもなお数少ない日本では,特に,本書のような脊損患者指導に役立つ本が必要である。
A5・頁248 定価(本体3,400円+税)医学書院


見事に結実した脳卒中患者への親身な援助と工夫

脳卒中ことはじめ 第2版
山口武典 編著

《書 評》北野邦孝(松戸神経内科院長)

 このたび,山口武典先生の編著になる『脳卒中ことはじめ』の第2版が出版された。山口先生は現在,国立循環器病センター名誉総長という名誉職にあるが,長年にわたって脳血管障害(脳卒中)の基礎的ならびに臨床研究の先頭に立たれ,日本の脳血管障害研究・治療の第1人者として活躍されてこられた。

患者主人公-小丸呑平さん

 山口先生は,私の最も尊敬する神経内科医のお1人である。その理由の第1は,実はきわめて奇異なことに,最もポピュラーな神経疾患である脳血管障害に,多くの神経内科医が本気で取り組んできたとは言えない状況の中で,先生は一貫してその基礎研究,臨床に携わってこられたことである。
 ある朝,「心房細動がもとで左中大脳動脈の心原性脳塞栓症を起こし,右片麻痺・失語症となった58歳の小丸呑平さん」を主人公として,脳卒中という疾患の病態,症状の診方,必要な検査や脳血管障害を起こす危険因子の問題,急性期治療,リハビリテーションから家庭での介護までがていねいに書かれている。
 脳卒中になってしまった1人の患者さんが,より豊かな生き方ができるようにという親身な援助のあり方や指導は,本当に具体的で,患者さんの立場から考えて“困る問題”の解決への多くの工夫や提案は見事である。家族に対しての行政サービス,介護保険にも触れながらの家庭での介護の指導も現実的である。一言で言って本書は,患者さんや介護者に対して真に“優しい”ところがうれしい。これが,私が山口先生を尊敬する第2の理由である。

最先端の研究結果をやさしく解説

 山口先生のもとで,本書を作り上げられた6人の共著者の方々にも拍手を送りたい。第1版同様,適切でうまく描かれた漫画やイラスト,そして今回はCT,MRI,脳血管撮影像などがふんだんに取り入れられて構成されており,非常にわかりやすい。漫画やイラストが多いからと言って,単にやさしさ受けを意図したものでないことは,一読していただくとよくわかる。それどころか,本書に一貫して流れているものは,一流の,そして最先端の研究の結果を総動員して,脳血管障害の診断・治療・リハビリテーション・家庭復帰をめぐる問題をやさしく解説しようとする意欲である。
 例えば,病態・治療論からみると一過性脳虚血発作の重要性,完成型脳卒中のうち,アテローム血栓性梗塞(血栓性機序,塞栓性機序,血行力学的機序),ラクナ梗塞,心原性脳塞栓症などの考え方や治療法の選択の問題などは,実は脳血管障害に関する最先端の研究成果を基礎としている。
 本書は「まえがき」の中で,「患者さん自身,家族や介護にあたる方,看護婦さん,研修医などを読者対象としている」と書かれているが,神経内科専門医にもぜひ一読をお勧めしたい。言うまでもなく脳卒中は,神経内科専門医にとって最も頻度の高い重要な対象疾患であるばかりでなく,障害を持った患者さんの家庭生活までを見据えた一貫した医療の思想が,今日強く求められているからである。
A5・頁256 定価(本体2,800円+税)医学書院


溢れる臨床失語症学の基礎づくりをめざす意欲と情熱

臨床失語症学 言語聴覚士のための理論と実践
佐藤ひとみ 著

《書 評》長谷川恒雄(日本失語症学会名誉会員)

認知神経心理学的手法から迫る

 著者は長年,失語症の臨床と研究に従事しロンドン大学のDepartment of Human Communication Science大学院の修士課程を修了して,現在,博士課程に在籍している研究者である。失語症者の障害を言語障害のみでなく,心理・社会的障害を含む全人的障害として一貫した治療と対策を行なうことの重要性を述べ,各章にわたって認知神経心理学的手法の必要性,理論,事例について解説している。各章の終わりの注と巻末の資料は,臨床家や研究者にとって貴重な知識である。
 第1章では,失語症の概要を述べ,言語機能と社会的文脈が相互に作用している立場から「臨床失語症学」を提案し,治療の原則,新たな認知神経心理学的手法,会話分析を紹介している。
 第2章では,失語症の回復機序について神経生物学的機序,神経心理学的基盤,回復の要因,回復の予測,言語機能の回復の測定,回復過程,改善パターンなどについて文献による詳細な検討に著者の研究成績を加えて述べている。
 第3章では,失語症状の評価は言語機能の評価ばかりでなく,認知神経心理学的障害の構造を知ることが大切で,治療については言語情報処理を基礎に作業仮説を立てて行なう必要性を述べ,いろいろな手法を紹介するとともに今後の課題に触れている。
 第4章では,コミュニケーション能力を促進するためには,言語機能の改善ばかりでなく非言語的認知機能の改善が重要であって,これを促進するためには普通の会話が有用,有益である点を指摘し,その理由を説明するとともに具体的な手法,会話分析,評価について述べ,さらに治療に必要な条件や留意点を詳述している。
 第5章では,失語症者が心の傷が癒えて幸せを求めて活動するプロセスの中で,心理的支援や社会との接触を支援することの必要性を述べ,心理的障害からの立ち直りには絵画,書道,会話グループの活動などが有効であることや,失語症者とこれを支える人の相互作用の重要性を,事例を通じて解説している。

情動情報を加えた新たな研究の必要性

 あとがきでは,著者は重ねて「臨床失語症学」に触れ,理論と臨床が組み合わされた科学であることを主張するとともに,今後は,認知情報ばかりでなく情動情報を加えた新たな研究の必要性について述べている。
 以上,本書の内容を簡単に紹介したが,著者は失語症の臨床に認知神経心理学的知識を採り入れ,「臨床失語症学」の基礎づくりをめざす意欲と情熱が溢れていて,内容は精緻ですばらしい。失語症を学ぶ学生,臨床家,特に言語聴覚士,研究者に推奨したい著書である。近年,脳科学の研究の進歩には目を見張るものがある。著者は今後,脳科学の各領域の知識を導入して一層の研究を推進され,「臨床失語症学」の確立に向かって歩みを続けられることを期待する。
A5・頁292 定価(本体4,000円+税)医学書院


音声素材による時宜にかなった失語症訓練教材

言語聴覚士のための
失語症訓練教材集 [ハイブリッドCD-ROM付]

立石雅子 編集

《書 評》種村 純(川崎医療福祉大教授・感覚矯正学)

言語聴覚療法の普及

 言語聴覚療法の普及とともに言語のリハビリテーションのマニュアル化が進んでいる。失語症治療の2大流派である行動変容法に立つ治療者でも,刺激法に依拠する者でも,実際に個々の症例に適切な課題を選ぶ点では結果として相違がなくなっている,とも言われる。少数の専門家が議論する理論よりも,多数の臨床家が日々開発する方法論が求められる時代なのである。
 本書は,この意味で誠に時宜にかなった出版物である。まず何よりも素材がCD-ROMで提供される点はありがたい。電子化された情報は加工も容易で,これだけの数の絵素材があれば,ずいぶんいろいろと新しい教材を作ることができる。今まで失語症の教材というと紙に書かれたものであったのが,今回は音声素材が含まれている点も,本質的に有意義である。
 教材を1つひとつ見ていくと,新しい課題を多く工夫して作成していることがよくわかる。これらの課題には基本的で,よく用いる課題と,特殊な症例にしか用いない課題とが含まれている。課題には自然な形式と人工的な形式とがあり,例えば絵の呼称や構音練習などは自然で,患者さんに受け容れられやすいが,音韻を抽出する課題や漢字の偏と旁をならべる課題などは,日常生活で行なうことがなく,患者さんの受け容れがよくない場合がある。特殊な課題を受け容れてもらうためには,患者さんが自己の言語障害を理解する必要がある。訓練は,それを行なう主体である患者さんが納得して自ら積極的に行なうのでなければ効果が上がらないのであり,人工的な課題を実行してもらうのはそれだけ難しい。

望まれる教材のCD-ROM出版

 書評者としては,この教材集をどれだけの人が適切に使いこなせるか,についていささかの危惧を抱いている。基本的な課題の適応は,失語症検査の結果に基づいて決定することができるが,その他の課題の適応には基礎資料がない。この点は今後の検討事項であろうが,1つここで忠告できることは同じレベルの課題でも患者さんの反応は一致しないことが多く,この問題が適当だろうと推定しても合わないことがある点である。合わない課題の訓練は患者さんにとってとても辛く,われわれの仕事は,一歩間違えばいじめのように患者さんを傷つけることもあることを肝に銘じてもらいたい。逆に言えば,適切な課題を選ぶ選択肢が増えたことはよろこばしいかぎりである。もう1点は,課題の組み合わせ方である。私見では,できる課題とできない課題で,その両者に共通の言語素材,例えば同じ単語を組み合わせることが基本となる。そして異なった課題で同じ単語を想起するためには,その単語の意味が明確になっていることが必要である。そうした工夫は,この教材集でもちろん可能であり,書評者の注文は教材集自体にあてたものとは言えないのだが,読者がそのような工夫ができるかの保証がなく,教材集のみが1人歩きしてしまうことは心配である。意味レベルの課題が少ないのもちょっと気になる。今の時代であるから失語症者自身,あるいはそのご家族がこの本を買われることもあるかもしれない。課題間の関連づけについての解説が,もっとあってもよかったと思われる。
 今後も教材研究は進むであろう。教材自体が数多くCD-ROMで,出版されることを望む声があがるであろう。海外では,認知リハビリテーションの課題集のCD-ROM出版も活発である。マルチメディアの威力を示せる分野であり,今後の発展がさらに望まれる。
B5・頁120 定価(本体4,700円+税)医学書院


高齢者外来診療で必ず役に立つヒントがみつかる1冊

〈総合診療ブックス〉
高齢者の外来診療で失敗しないための21の戒め

宮崎 康,佐藤元美 編集

《書 評》和座一弘(松戸市・わざクリニック)

 『高齢者の外来診療で失敗しないための21の戒め』は,まず編者2人の対談から始まる。編者に共通する地域医療に対する思いが,対談の端々に披露される。「医師も看護婦も,在宅というのは,本当に医療の根源を皆が考える農場」といった考え方,「高齢者から社会人としても人間として学ぶ姿勢」などの大切さが熱っぽく語られる。さらには,「健診を病気のラベリングから,健康になるチャンスとして捉えること」や,「その人らしさを保ちながら,最後は思う存分わがままな最期を迎えてほしい」と編者たちが語りかける。まさにこの「21の戒め」は,長年の地域医療の現場で培ってきた土壌から生まれてきたものだと実感するのである。

症例に学ぶ有効な戒め

 さて,代表的な症例(失敗例)から,有効な戒めが引き出される。これらの中から,私が実践の臨床の現場で役立ちそうな印象を受けた例をあげてみたい。
 外来で,「歩きにくい」,「手足のしびれ」などの訴えはきわめて多いのであるが,この際,脳梗塞や糖尿病など以外に,頚髄症を考慮に入れる点は,重要な視点である。その際に注目すべき所見として,具体的にslow finger openingや,cervical lineなどをあげているが,実践的ですぐに使えるものだ。

悩む老年期痴呆とうつ病の鑑別

 また,老年期痴呆とうつ病の鑑別は,実際多くの場合,悩む点である。発症様式や,「物忘れの訴え」の有無など,着目点が明快に述べられていて参考になる。治療法も,具体的薬剤があげられていてありがたい。
 また,高齢女性に対するホルモン補充療法や,エストロゲン補充療法も最近注目されてきたが,これらの治療法の説明も有用である。
 その他,Prochaskaのモデル,パーソナルコンピュータを利用した筆談などまだまだあるのだが,これ以上は読者の皆様に確認していただきたいと思う。日々の外来診療の中で,役に立つヒントが必ずみつかる1冊である。
A5・頁208 定価(本体4,000円+税)医学書院