医学界新聞

 

印象記

第8回C型肝炎ウイルスおよび
関連ウイルスに関する国際会議

鈴木哲朗(国立感染症研究所ウイルス第2部・肝炎ウイルス室)


 第8回C型肝炎ウイルスおよび関連ウイルスに関する国際会議(8th International Symposium on Hepatitis C Virus and Related Viruses)が,さる9月2-5日に,仏・パリで開催された。3年ごとに開かれる国際ウイルス肝炎および肝臓病シンポジウム(International Symposium on Viral Hepatitis and Liver Disease)が臨床研究に関する発表が中心であるのに対し,原則的に年1度世界各地で開かれる本会議は,C型肝炎ウイルス(HCV)に関する最新の基礎研究の成果が集約的に発表される。また,ウイルス学的に近縁なフラビウイルス,ペスチウイルスについても研究報告され,特に複製増殖機構などHCVより研究の進んでいる分野については,HCVと比較対比させながら討論される。参加者,発表演題数は年々増加の一途を辿っているが,オーガナイザーの1人Pawlotsky博士のオープニングリマークスによれば,本年の参加者は約800人とのことで,演題数は口頭発表75題,ポスター発表349題であった。昨年同様に10セッションに分かれ,その分類もほぼ例年通りであったが,本会議の第1回から設けられていた“Epidemiology”のセッションが“Viral Dynamics and Evolution”に置き換わったことがユニークであった。
 HCVが発見されて以来,血清および分子疫学はHCV研究の1つの柱であり,HCV遺伝子の多様性,遺伝子分類,感染経路など数々の研究成果が年余にわたって報告されてきたが,最近ではHCV遺伝子の解析研究の中心が,抗ウイルス薬投与,外科的手術といった肝疾患治療に伴うHCVの消長,quasispeciesの構成変化の同定などに移ってきているためであろうと思われた。例年同様,口演発表は1か所で行なわれ,それに隣接してポスター発表会場が設置されており,各発表を効率よく網羅的に見聞きすることができるようアレンジされていた。

Viral Dynamics and Evolution

 第1日目はこの“Viral Dynamics and Evolution”から始まったが,この中で特に筆者の興味をひいたのは,培養細胞でのHCV RNA複製系に低濃度のインターフェロン(IFN)を長期間作用させ,IFN抵抗性を獲得したHCVクローンを樹立したという発表であった。このHCV RNA複製系は,2年前の本会議でドイツのBartenschlager博士らが発表した実験系で,HCV遺伝子のうち構造蛋白領域を薬剤耐性遺伝子に置き換えたRNA(subgenomic replicon)を合成し,細胞へ導入して抗生物質存在下で培養することにより,HCV遺伝子複製機能のある細胞を選択するという方法である。前述の報告は,IFNなど宿主の抗ウイルス応答により,HCVの適応性変異(adaptive mutant)が獲得され得ることを示したものであるが,この発表に代表されるように,本年の特徴はsubgenomic repliconを利用した多岐にわたるHCV研究が一斉に報告されたことである。それはウイルス非構造蛋白の機能解析から非翻訳遺伝子のRNA複製への影響,さらに抗HCV薬の効果,作用機序研究などに及び,その有用性の高さを改めて実感した。

Pathogenesis and Carcinogenesis

 第2セッションは“Pathogenesis and Carcinogenesis”であった。この領域では他のライフサイエンス研究と同様に,近年cDNAマイクロアレイを利用した発現解析が盛んに行なわれている。培養細胞からトランスジェニックマウス,チンパンジー,ヒト肝組織までさまざまな検体でHCV感染または抗原発現に伴う細胞遺伝子の発現変化が報告されている。3日目の“Virus-Cell Interaction”のセッションも含めると,口頭,ポスター発表あわせて10題近い演題でマイクロアレイによる遺伝子発現プロファイリングの成績を紹介していたが(我々の研究室も含めて),その解析結果はHCV発現または感染系により異なっている。
 まさに玉石混交と言うべきかもしれないが,「どの細胞遺伝子変化がHCVの病原性に重要であるか?」という根本的な疑問に答えるため,膨大な情報をどのように用い,何を引き出すのか,今後の展開が楽しみである(他人事ではないが……)。

レクチャー,ワークショップ

 2-3日目は朝8時から夜7時過ぎまでプログラムが組まれていたが,HCVおよび関連ウイルスに関する発表以外に,“Dendritic Cells and Immune Intervention”,“Lessons from HIV”といったレクチャー,ワークショップが開かれた。
 樹状細胞は高い抗原提示能を有し,一次免疫応答においてナイーブT細胞を活性化し得る唯一の抗原提示細胞として知られている。樹状細胞はHCVの感染免疫においても重要な役割を果たしていると考えられているが,今回この樹状細胞に関する基礎免疫学的なレクチャーを聞くことができたのはとても有意義であった。
 また,HIVのワークショップでは,viral dynamicsや抗ウイルス薬への耐性機構などに関するHIV研究のこれまでの流れ,現況などが紹介された。HCVに関する発表では,subgenomic repliconを使った解析法の確立により,NS3からNS5Bといった非構造蛋白に関する研究が活況を呈していたように思われた。例えば,依然としてその機能解析が十分に進んでいないNS5A蛋白の細胞内小胞体への標的機構を解析した演題では,細胞内局在を規定するシグナル配列が,ウイルスRNA複製にも重要であることが示された。また,NS5B(RNAポリメラーゼ)各モチーフ内のアミノ酸置換,あるいは3’非翻訳遺伝子の変異がRNA複製へ及ぼす影響も詳細に解析された。驚くべきことにHCVゲノムの3’末端は1塩基の欠損,置換または付加が生じると,劇的にその複製効率が下がることが明らかとなった。

Model Systems

 この他,“Model Systems”のセッションでは以下のような新たな動物モデル系が紹介された。 (1)プラスミノーゲンアクチベーターを発現するSCIDマウスにヒト肝組織を移植しておき,HCV陽性血清を腹腔内投与すると肝組織でHCV感染が成立した。さらに,そのマウス血清を新たなマウスに投与し二次感染を確認した。 (2)HCVに最も近縁のGBV-Bは,シシザルの一種タマリンに感染させると急性肝炎を引き起こすことが知られていたが,今回タマリンの初代培養肝細胞系にGBV-B陽性血清を添加することでGBV-Bの感染,増殖が成立することが示された。
 現状では依然としてチンパンジー以外のHCV感染実験系は確立しておらず,これらのモデルシステムは抗ウイルス薬の評価などに利用されるものと期待される。GBV-B増殖細胞系では,実際にHCVプロテアーゼ阻害剤の評価が可能であることが示された。また,このセッションおよび“Translation and RNA Replication”のセッションではsubgenomic repliconを発展させ構造蛋白領域も含んだいわゆるfull-length repliconに関する報告があった。いずれもHCV RNAおよび抗原発現は確認されているものの,subgenomicの場合に比べ複製効率は低いようである。また,おそらく多くの参加者が期待(あるいは心配?)したHCV粒子産生とその感染実験については結局データを示されずに終わった。

HCVワクチン

 最終日はワクチン,抗ウイルス薬に関する研究と感染免疫についての発表が行なわれた。ここではHCVワクチンの開発研究に関する2題を紹介する。
 米国カイロン社のグループは2種類のclinical candidateについて報告した。1つはE1/E2蛋白を持続的に発現するCHO細胞株からE1/E2ヘテロダイマーを精製し,アジュバントとしてMF59を加えたものである。これをチンパンジー10頭に接種しておき,HCV陽性血清をチャレンジしたところ,9頭で肝炎発症の予防が認められた。このE1/E2ワクチンについては来年から臨床実験に入る予定とのことであった。もう1つのcandidateは細胞性免疫の誘導を狙ったもので,大腸菌で発現,精製したコア蛋白にアジュバントとしてコレステロール,リン脂質などからなるImmuno-Stimulatory Complexes(ISCOMs)を用いている。アカゲザルを用いた実験から細胞傷害性T細胞,ヘルパーT細胞の活性化に関する成績が発表された。
 一方,HCVのウイルス様粒子(VLP)をワクチン化する試みが,米国NIHのLiang博士のグループから報告された。HCV構造蛋白遺伝子を組み込んだバキュロウイルスを感染させた昆虫細胞から調製したVLPをマウスに投与すると,細胞性および液性免疫が誘導される。この効果は,粒子構造をとらない各精製蛋白を用いた場合に比べ顕著に上昇することから,VLPの有用性が強調された。HCVワクチンの開発研究は,ウイルスの多様性,変異しやすさなどのため,必ずしも順調に進んでいるとは言えない。「どのようにして多様なHCVクローンを広く感染防御するか?」「免疫応答能をさらに長期間持続させるにはどうすればよいか?」など依然として解決せねばならない課題は多い。しかしながら,前述の発表また遺伝子導入法の進歩により免疫誘導の上昇したDNAワクチンなどの研究成果は,今後の感染予防用ワクチンあるいは治療を目的としたポストインフェクションワクチンの開発に寄与するものと期待される。
 次回の本会議は来年7月に米・サンディエゴで開かれる予定である。RNA repliconに代表される培養細胞実験系の開発は,HCVの複製増殖機構の理解と抗ウイルス薬など,治療法の開発研究に有力な手段を与えた。これらの研究は着実に進展していくであろう。また動物実験モデルの開発も進んできており,病原性の分子機構に関する研究も新しい展開を迎えるかもしれない。HCV研究からますます目が離せなくなってきた。
 最後に,今回の会議への参加にご援助いただきました金原一郎記念医学医療振興財団にこの紙面をお借りして,心よりお礼申し上げます。