医学界新聞

 

21世紀の「臨床薬理学」がめざすもの

小林真一氏(第22回日本臨床薬理学会長・聖マリアンナ医大教授)に聞く


■「日本臨床薬理学会」と「臨床薬理学」

「日本臨床薬理学会」の歴史的経緯

――先生が今回学会長を務められる「日本本臨床薬理学会」は今年,日本医学会に加盟なさいました。最初に学会の沿革と「臨床薬理学」の概念・意義についてお聞かせいただけますか。
小林 この学会の前身である「臨床薬理学研究会」は,動物実験による薬理学的知識はヒトで確かめられた上で臨床に応用すべきであるとの立場に立って,科学的基盤に立脚する薬物治療学をめざし,また新薬の臨床評価の重要性を認識して,1969年に設立されました。翌1970年から機関紙「臨床薬理」を発行しています。その11年後の1980年に研究会を発展的に解消して,「日本臨床薬理学会」が設立されました。初代会長は木村栄一先生でした。
 学会設立後の特記すべき活動としては,(1)「臨床薬理シンポジウム」の開催(1980年より年1回開催。日本学術会議薬理学研究連絡委員会との共催),(2)海外研修制度,(3)「臨床薬理研究振興財団賞」授与,(4)第5回世界臨床薬理学会議の開催(1991年,59か国から約2300名参加),(5)認定医制度(1991年発足)および認定薬剤師制度(1995年発足),(6)「臨床薬理学講習会」開催(1995年より年1回),(7)標準テキスト『臨床薬理学』(医学書院)刊行(1996年),(8)「臨床薬理学用語集」刊行(1999年)などが上げられます。(表参照)

表:日本臨床薬理学会の略史
1969 臨床薬理研究会設立(初代会長:砂原茂一氏)
1970 同研究会機関紙「臨床薬理」発刊
1972 自治医科大学に臨床薬理学教室開設(海老原昭夫氏)
1975 臨床薬理研究振興財団設立
1980 学術会議薬理研連臨床薬理シンポジウム開催
1980 日本臨床薬理学会設立(初代会長:木村栄一氏)
1980 日本臨床薬理学会海外研修制度発足
1989 旧GCP公表
1991 日本臨床薬理学会認定医制度発足
1992 第5回世界臨床薬理学会議(横浜,清水直容会長)
1995 日本臨床薬理学会認定薬剤師制度発足
1995 ICH・3(横浜)
1997 新GCP公表
2001 日本医学会加盟
〔日本臨床薬理学会編『臨床薬理学』(医学書院刊)より一部改変〕

「臨床薬理学」とは?

小林 先ほども申しましたように,臨床薬理学はヒトにおける科学的根拠に基づく薬物治療の基盤となる学問です。日本臨床薬理学会では,臨床薬理学の定義を「薬物の人体における作用と動態を研究し,合理的薬物治療を確立するための科学」としています。また,近年のゲノム解析の伸展によって,臨床薬理学にもヒトゲノム情報が必須になってきました。ゲノム解析は個々の遺伝的背景を網羅的に把握し,薬物作用の個体差をその情報に基づいて説明することを可能にします。その結果,個を対象とする薬物療法(オーダーメイド医療)が実践できるようになります。
 さて,他の学問領域と同様に,臨床薬理学の領域も「研究」,「教育」および「社会的活動」に大別して考えてみましょう。

「研究」について

小林 臨床薬理学における研究はヒトの組織を使用して研究する分野,またヒトに薬物を投与して臨床試験をする「薬物動態学」,「薬力学」,「臨床薬効評価学」の3分野からなっています。
 薬物動態学は,薬物血中濃度を適切なモデルによって数理的に記述し,体内における薬物動態を解析することを目的としています。薬物動態は病態によって修飾を受け,さらに遺伝子多型(主としてSNPs)に基づく個体差や人種差も存在します。高齢者・小児・妊婦などの特殊患者や心疾患・腎疾患などの各種病態などでの薬物動態やSNPsに基づく薬物反応性の個体差について研究する学問領域です。最近では薬物相互作用の問題も注目されています。
 ヒトにおける薬力学は,薬物の生体に対する作用・副作用を主に検討します。しかし,薬物の作用も臨床的効果というより,薬理作用メカニズムに近い作用の検討になります。
 臨床薬効評価学は,他の臨床試験と同様に,臨床試験の科学性と倫理性を確保した上で,薬の有効性,安全性を評価する学問です。大規模臨床試験や新薬開発の第2相から市販後の第4相の全段階。また研究者が自主的に実施する臨床試験などです。
 以上のことを整理・統合して科学的な証拠に基づく薬物投与設計を行なうことが臨床薬理学の主な研究領域です。

「臨床薬理学教育」について

小林 次に,臨床薬理学教育についてですが,申し上げるまでもなく,医師・薬剤師・看護婦への臨床薬理学教育は,合理的な薬物治療をチーム医療として担う次世代を育成するためにも重要なことです。
 日本臨床薬理学会では,先ほど申し上げた日本学術会議薬理学研究連絡委員会との共催で「臨床薬理シンポジウム」や学会主催の講習会などで臨床薬理学の水準向上に努めています。さらには,医薬品開発に必須の臨床試験(治験)を円滑に推進し,かつ治験の質を確保するために,治験を支援する治験コーディネーター(CRC)の養成も急務です。世界的趨勢に対応するために,本学会では近々,このCRCを養成し認定すべく準備を開始しています。

「社会的活動」について

小林 本学会の社会的活動とは,医薬品の臨床試験の実施・指導などと,薬物投与設計,薬物中毒への対応などが主ですが,それ以外にも,行政や製薬業界への助言などがあります。
 わが国では今まで臨床試験に関する種々の問題や副作用への対応の拙さが指摘されてきました。しかし,最近ではよい薬が出てきたり,また新薬開発の重要性が社会に認識され始めたこともあり,臨床現場のみならず,一般社会においても臨床薬理学の重要性が認識されるようになり,本学会の積極的な関与が必要とされます。

■「臨床薬理学」をとりまく環境

CRCについて

――次に,臨床薬理学をとりまく環境についてお聞きしたいのですが,まず,先ほどお話に出ましたCRCについてですが,いかがでしょうか。
小林 最近ではわが国においても,治験を確実に,しかも質を高く実施するためには,CRCの協力なくしてはできないと思っている医師は多いです。また,被験者となった患者さんのCRCに対する評価は非常に高いことがわれわれのアンケート結果からも明らかです。つまり,CRCなしでは治験ができない状況であり,CRCの養成が急務となっています。
 しかし,わが国の現状での問題点もあります。薬学部というのは本来,臨床の場面において患者さんに十全に対応できる薬剤師を養成することが目的であるはずです。しかし,残念ながらわが国の薬学部の教育は臨床で役立つ薬剤師の教育をしてきませんでした。極端に言えば,ややもすれば基礎教育に専念し過ぎて,「臨床」つまり患者さんを忘れてしまったように思います。
 患者サイドからみれば,医師であろうと薬剤師であろうと,自分たちのことを考えてくれる医療者です。そこで私はCRCという役割を薬剤師が臨床に出る一つの突破口と考えています。CRCは日本では,主に看護職と薬剤師がなっています。薬剤師というバックグラウンドを持った人と,看護職というバックグラウンドを持った人が同じ職種を担うことになったわけで,わが国ではまったく新しいことです。そういう面で私が望んでいることは,今回の学会のサブテーマにもある「患者主体の臨床薬理学」ということです。患者さんの立場から「医師-患者関係」というものを考えると,看護婦は患者サイドに立っているのに,どうしても薬剤師は医師の側に立っているように見えるわけです。CRCとしては薬剤師も患者さんの側に立たないといけないと思いますし,薬剤師がもっと臨床の場に出てもらうことは重要なことです。

「ICH」と「新GCP」について

――「ICH」と「新GCP」についてはいかがでしょうか。
小林 新しい医薬品の開発のためには臨床試験が必要であり,その実施基準がGCP(医薬品の臨床試験の実施に関する基準)です。GCPの骨子は,(1)治験は治験依頼者と医療機関の契約によって実施する,(2)施設内治験審査委員会(IRB)の機能が強化された,(3)被験者が治験に参加する際のインフォームド・コンセントの充実,(4)モニタリング・監査の実施,(5)治験に関する記録の保存などに集約されます。
 また,新薬の開発に関する国際化の動きとして,ICH(International Conference on Harmonization)があり,日米欧の三極間で臨床試験の基準のハーモナイゼーションが行なわれ,ICH-GCPとして合意を得ました。そして,このICH-GCPを基にして日本のGCPが改定されました。
 新薬を開発できる国というのは限られます。莫大な研究費がかかりますし,先端科学技術が必要です。そのように限られた国が,大きく言えば世界の60億の人々の健康を保持し,守っているわけです。これこそは平和的な国際貢献であって,私に言わせれば,わが国はもっとこの分野で誇ってよいと思います。
 ところが,残念ながら日本で新薬を作っても,日本ではなかなか思うように臨床試験ができません。ここが大きな問題です。これは,マスコミにもわれわれにも大きな責任があると思います。

「空洞化」現象と医薬品の不適切使用による医療事故

小林 わが国の医薬品の臨床試験の現状を見ると,臨床試験について社会の理解を得られていないため,臨床試験の際にインフォームド・コンセントが取りにくい,などの理由から臨床試験が行なわれず,海外で行なわれています。いわゆる「空洞化」現象として社会問題となっています。
 また,最近は医薬品の不適切な使用による医療事故が発生し,社会の大きな関心を集めています。事故には至らなかったが,事故に至る危険性があったもの,いわゆる「ヒヤリ・ハット報告」を含めると,医療事故の約半数は医薬品の不適正使用に関連しているものと考えられます。
 「空洞化」現象を改善し,医薬品関連の医療事故を防止するためには,医薬品,臨床試験,薬物療法がいかに重要であるかを,医療関係者のみならず,広く国民に周知徹底させることが必要です。
 自分たちのことは自分たちでやるのだ,ということをどのように啓発するか。医療関係者が突破口になるべきでしょう。「市販薬」であろうが,「治験薬」であろうが,患者を治すための道具としてはまったく同じことです。ただ,治験薬を使用する場合には,インフォームド・コンセントを得て治験を行なうだけです。新GCPになって,同意が取りにくくなったとよく聞きますが,聖マリアンナ医大の同意取得率は9割です。決して,そういうことはありません。

■「第22回日本臨床薬理学会」について

「会長講演」について

――お話をお聞きしまして,今回のメインテーマが「臨床薬理学 21世紀のスタート」であり,サブテーマが「患者主体の臨床薬理学」とされた理由はよくわかりました。会長講演「わが国の臨床試験の発展をめざして」に関してはいかがでしょうか。
小林 ひと言で申しますと,患者さんにとって,また薬物治療にとって必要なEvidenceを集積するためには臨床試験が必要であり,その環境整備が大切だということです。
 臨床試験は,(1)治験,(2)臨床試験,(3)臨床研究,に分類されますが,わが国では治験のことばかり問題にされています。しかし,実際には「大規模臨床試験」や「臨床研究」が非常に脆弱です。特に基盤となるべき「臨床研究」を充実させないと意味がありません。そのためには,被験者となる患者さんの協力が必要であり,臨床薬理学に対する社会の理解が大切です。
 わが国の現状では「治験は製薬会社の商品を作るための過程」とか,「医師・研究者の業績のため」と思っている一般の方々が多くいます。その結果,それらの製薬会社,医師にはなるべく協力したくないと感じているかも知れません。しかし,われわれ薬理学を志している者が治験に協力し,臨床試験を実施するのは「より効果的に,より安全に薬物治療をする」ためのデータを出すためなのです。今までの臨床研究に問題がなかったとは言いませんが,21世紀のスタートの年に「患者さんのための研究をしますから,どうか患者さんも協力して下さい」というメッセージを社会に贈りたいと思います。

プログラムの特色

――その他にどのようなプログラムを組まれましたか。
小林 詳細は下記をご覧いただくことにして,まず,招待講演者をアメリカからでなく,EUから招待したことです。多くの国の寄り合い所帯ですから,おもしろい意見をお聞かせできるのではないかと思います。
 また,「ICH E-11と小児臨床試験」というシンポジウムを企画し,小児の臨床試験を取り上げてみました。これまでは,新薬を開発する時は,成人のデータを揃えるだけで,小児の臨床試験は行なっていませんでした。さらに言うと,小児の臨床試験はやりにくいのです。まだ保険適応が取れていない薬は,今回のサブタイトルである「off-label」,つまり「適応外」になります。この問題をどのように解決すればよいか。これは重要な課題です。
 このシンポジウムに,「小児科学会」や「小児臨床薬理学会」の方の参加もお願いしています。この課題を解決するために今後は一緒に研究を進めようという方向も出るかもしれません。

「日本臨床薬理学会」の今後の展望

――最後に,「日本臨床薬理学会」の今後の展望についてお伺いしたいのですが。
小林 「EBM(Evidence-based Medicine)」ということが,近年,注目されています。ご存知のように,EBMは「入手可能な範囲で最も信頼できる根拠を把握した上で,個々の患者に特有の臨床状況と患者の価値観を考慮した医療を行なうための一連の行動指針」とされています。
 EBMを実践する上で必要な根拠を提供する最重要な手段は,臨床試験であるわけです。その点からも,臨床試験の伸展を最重要課題として取り組んでいる本会が,わが国のEBMの発展と定着に寄与するものと思います。繰り返しになりますが,われわれが臨床研究をするためには,絶対に患者さんの協力,社会の理解が必要であり,そのためには患者さんにとって,もっとわかりやすい説明をわれわれは心がける必要があるということです。
――どうもありがとうございました。
(おわり)

●第22回日本臨床薬理学会開催案内


 第22回日本臨床薬理学会が,「臨床薬理学 21世紀のスタート」をメインテーマに,「患者主体の臨床薬理学」をサブテーマに,きたる12月14-15日の両日,横浜市のパシフィコ横浜において開催される。
 主なプログラムは以下の通り。
●招待講演
Implementing the New European Good Clinical Practice Directive-Opportunities and Challenges
(Kjell Strandberg氏・Department of Clinical Pharmacology Karolinska Institute Hudding Hospital, Sweden)
●会長講演:わが国の臨床試験の発展をめざして(聖マリアンナ医科大学・小林真一氏)
●教育講演
(1)ホルモン補充療法:HRT-その中高年女性ヘルス・ケアにおける役割
(東京医科歯科大学・麻生武志氏)
(2)抗癌剤の臨床開発における薬物動態の寄与(国立がんセンター東病院・佐々木康網氏)
●シンポジウム
[1]医薬品開発に臨床薬物動態試験のはたす役割

(1)“医薬品の臨床薬物動態試験について”の概要/(2)臨床薬物動態試験実施における現実的問題/(3)医薬品におけるPopulation Pharmacokinetics(PPK)の意義:PPKは今後の臨床開発において不可欠な試験である/(4)Population Pharmacokineticsの実際/(5)薬効評価と薬物動態試験/(6)PK/PDモデリングの将来展望:前臨床試験の橋渡し
[2]治験の質の向上とCRCの役割
(1)被験者エントリーの促進/(2)被験者ケアの充実/(3)信頼性の高いデータの確保/(4)治験チームのコーディネーション/(5)CRCの育成と認定
[3]臨床薬理学におけるPharmcogenomicsのインパクト
(1)ファーマコゲノミクス分野におけるインフォマティクス技術/(2)抗癌剤のファーマコゲノミクス/(3)精神科領域におけるファーマコゲノミクス/(4)医療を変えるファーマコゲノミクス
[4]ICH E-11と小児臨床試験-小児off-label問題解決の道筋は?
(1)先行する欧米における現状/(2)ICH E-11について/(3)小児科学会・小児臨床薬理学会の立場から/(4)製薬企業の立場から/(5)行政の立場から
[5]治験の現状と将来:国際化時代に向けて
(1)治験の現状と将来/(2)臨床研究への取り組み/(3)国立大学病院における現状と展望/(4)私立大学病院の現状/(5)Current Conditions of Clinical Trails in Korea
[6]生活習慣病治療薬-付随的作用と予後
(1)生活習慣病の薬物療法と予後/(2)スタチン系薬の抗炎症作用/(3)血管内皮細胞機能に対する作用(スタチン系薬,エストロジェン,レニン・アンジオテンシン系抑制薬,カルシウム拮抗薬)/(4)利尿薬・α1遮断薬の代謝に対する影響と予後
[7]精神分裂病薬物療法の新しい展開
(1)精神分裂病治療における定型抗精神病薬,非定型抗精神病薬/(2)非定型抗精神病薬の陰性症状,認知機能障害への効果/(4)非定型抗精神病薬の血漿中抗D2活性,抗5H2A活性
[8]薬物療法におけるリスクマネジメント
(1)行政の立場から/(2)医師,病院管理者の立場から/(3)薬剤師の立場から/(4)看護職の事例報告から
◆連絡先:〒216-8511 神奈川県川崎市宮前区2-16-1 聖マリアンナ医科大学薬理学教室
 TEL(044)977-8111/FAX(044)975-0509
 URL=http://www.marianna-u.ac.jp/gakunai/pharmacology/gakkai/home.html