医学界新聞

 

《特別編集》

書評特集・消化器関連

肝癌のラジオ波焼灼療法   
胃と腸アトラス I,II   
ヘリコバクター・ピロリ除菌治療Q&A
肝腫瘍の造影ハーモニックイメージング   
内視鏡所見のよみ方と鑑別診断 上部消化管
EBM医学英語論文の書き方・発表の仕方   
内科レジデントアトラス   
統計学入門 第7版


注目を集める肝癌治療の画期的手法

肝癌のラジオ波焼灼療法
沖田 極,小俣政男 編集

《書 評》工藤正俊(近畿大教授・消化器内科学)

普及するRFA

 『肝癌のラジオ波焼灼療法』が医学書院より発刊された。沖田極,小俣政男両巨頭による編集であり,肝癌の局所治療を行なう者にとっては,誠に待望の書である。
 ラジオ波焼灼療法(RFA)の装置が,医療器具として認可されたのは1999年2月のことであるので,臨床応用が開始されてわずか2年余りでの発刊である。本法がいまだ保険適用となっていない現状を考えると,きわめて異例のことである。いかにRFAが本邦において普及し,また現在注目を集めているかがうかがわれる。序文ならびに第I章にコンパクトにサマライズされているがごとく,肝癌の局所治療の進歩は,急速かつ実にドラスティックである。現在,肝癌の診療においては診断と治療の両面の進歩が相まって,肝癌患者さんの予後は急速に,また確実に改善されつつある。肝癌が早期にさえ発見されれば,10年生存を議論し得る時代に入ったと言える。
 長期生存を得るための第一歩は,もちろん,できた癌を確実に「取り除く」(resectionあるいはablation)ことである。これまでの,例えばエタノール局注療法においても,緻密にまた熱意を持って取り組めば,大型肝癌の局所根治的制御も可能ではあった。しかしながら,これについては名人芸的な要素も多く,また,その取り組む情熱もなみなみでないものが必要であった。その点では,PEITやPMCTは施行者の技術に依存し,スタンダードな結果の出る手技とは言い難かった。それに対し,RFAは万人が安全かつ確実に癌を取り除く(ablation)ことを可能にした点で,画期的な手法と言える。また,これまで「癌を確実に取り除く」という点で,ゴールド・スタンダードであった切除と比べても,侵襲性の点ではきわめて低く,この点においてRFAは大きなメリットを有する。そのようなことから,結節型の小型肝癌(2cm以下?3cm以下?)については,RFAが局所制御のファースト・チョイスである,というコンセンサスが得られる日もそう遠くはないかもしれない。もちろん,この点については反論もあると思われるので,切除との比較試験がぜひとも必要である。
 本書の誕生は,このRFAが肝癌治療の主流となるであろうことをいち早く見抜かれた沖田先生,小俣先生の深い洞察力の結果生まれたものであり,かつ肝臓学会のリーダーとしての懸念の表明でもあると思われる。つまり,RFAの安全性が強調されるあまり,初心者がこの治療を安易に始めることへの警鐘としても本書の出版の重要性があることを明言されている。本書にはまた,現時点で医療用具として認可されているRFA装置の3機種の概要,特徴,適応や合併症を余すところなく記載することにより,きわめて適切な入門の書となっている。編者のお2人は,本法の有用性のみならず,誤まった使用による重篤な有害事象の発生こそが,RFAの普及に陰りをもたらすことを第1におそれ,本書を企画されたものと思われる。筆者もこの点については,全面的に賛同するものである。

肝癌局所治療のバイブル

 筆者は,一般病院に長く勤務していたために,学問的に直接指導を受けた「師匠」と呼ぶべき人が身近にはいない。むしろ沖田極,小俣政男両教授には直接あるいは間接的に多くの薫陶を与えていただいた。その意味で私にとっての「師匠」は,この両教授である。一般論としてイメージされるかつての古きよき時代の医学部教授というのは,私にとっては遠い遠い大きな山のような存在であった。今でも両教授に対する私の尊敬の念は同様であるが,そのようなことよりも,何よりも私がこの両先生に対して深い畏敬の念を禁じ得ない点は,それこそ基礎研究から臨床まで,そして消化器から胆肝膵に至るまで,はたまた,ゲノムからRFAまでを広い領域にわたって精通し,その最先端から問題点までをほぼ的確に把握し学会を主導しておられる,ということである。ともすれば,基礎研究に片寄りがちで「臨床は一寸」といった一昔前の「医学部教授像」と一味も二味も異なっている。誠に,われわれ凡人にとっては,驚異的としか思えない存在であり頼もしい限りである。そのような両教授の編集による本書は実に実用的で,的を得た読みやすいものとなっている。本書はRFAの入門書として,また局所治療の必携の書として,全国の肝癌治療を行なう施設の医師に必然的に広く読まれる肝癌局所治療のバイブルになるであろうことは想像に難くない。
B5・頁104 定価(本体5,500円+税)医学書院


20世紀におけるわが国の消化管疾患診断の集大成

胃と腸アトラス I,II
『胃と腸』編集委員会 編集/八尾恒良 責任編集

《書 評》寺野 彰(獨協医大教授・消化器内科学)

『胃と腸』誌掲載例を中心に典型的,代表的症例を体系的に整理

 

 本書は,『胃と腸』誌に掲載された膨大な症例の中で典型的かつ代表的な症例を体系的に整理し,上部消化管を中心とした上巻「I」と,下部消化管を中心とした下巻「II」に分けた大部の書である。
 本書の特徴は,貴重な各症例をレントゲン,内視鏡,そして病理学所見を有機的かつ統合的に理解すべく編集されていることであろう。最近軽視されがちなレントゲン所見が消化管疾患の全体的把握のために,いかに重要かを示しつつ,かつあくまでも局所的,表面的観察にとどまる内視鏡所見の限界を示し,近年の内視鏡至上主義に警鐘を鳴らしているようにもみえる。
 さらにこれら臨床所見も結局は病理診断に依存することになるのであるが,しかしそれも絶対的なものではなく,あくまでも両者の統合的理解の下に診断は成り立つものであることを示している。
 本書に採用された症例の各写真は見事なものであり,さすがに選りすぐった専門家の手になるものと感心させられる。症例によっては,やや古いものもあり,ファイバースコープ写真も多いのであるが,稀な疾患の場合にはやむを得なかったのであろう。欲を言えば,各疾患の初めに記載されている病態の項がもう少し詳しければ,若い消化器医には便利であろうと思われる。
 参考文献も推敲の上,必要最小限のものに抑えられているが,ここに採用された論文はそれだけ評価の高いものと言えるのであり,読者はぜひ原著に当たられるようにお勧めする。

21世紀を担う消化器専門医が座右に置くべき名著

 筆者が読んでいる時に感じたことの1つに,編者は本書の読者層をどこに置いたの だろうということがあった。もし,比較的若い層に焦点を当てたのであれば,症例の中にははたして典型例と言えるであろうかというものもあり,若干の注意が必要であろう。典型例などはとっくに卒業している層には,ひねった感じの症例や,随所にちりばめられたきわめて稀な症例が大いに参考になると思われる。また,編者も序文で述べておられるごとく,癌に関しては,本書のような体系書では満足のいく記載は不可能であり,近いうちに別の形で刊行されることを期待したい。
 いずれにせよ本書は,20世紀におけるわが国の消化管疾患診断の集大成とも言えるものであり,21世紀を担う消化器専門医が座右に置くべき名著と言えるだろう。
I:A4・頁388,II:A4・頁412
各定価(本体12,000円+税)医学書院


現場のニーズに応える除菌治療

ヘリコバクター・ピロリ除菌治療Q&A
榊 信廣 著

《書 評》藤原研司(日本消化器病学会理事長/埼玉医大教授・第3内科)

保険診療として認められた除菌治療

 日常の診療において真に役立つ医学書は少ない。医学書院から発刊された榊信廣著の『ヘリコバクター・ピロリ除菌治療Q&A』は,この数少ない医学書として評価される。
 ヘリコバクター・ピロリは,消化性潰瘍や胃癌の原因となり得る特殊なグラム陰性桿菌として世界中で注目されてきた。その除菌治療が,消化性潰瘍を対象としてこのたび保険診療として認められた(2000年11月)。それだけに,この除菌治療の実際とヘリコバクター・ピロリ菌をめぐる基本知識に広く関心が集まるのは必然で,医療現場ではマニュアル的な解説書が必要となろう。

豊富な経験と見識の高さからの内容

 医学書は,多くの場合,編集者によって企画され,基礎編から臨床編にわたって多数の著者によって記載されるので,内容の細部においては一貫性に欠けることがある。また,医学の立場が強調され,医療面からの内容は必ずしも十分でない。そのため部分々々が参考書として役立つことがあっても,座右の書としては活用できない医学書が多いのである。
 榊信廣氏は,長年にわたりヘリコバクター・ピロリ菌の基礎研究に携わるとともに,臨床の現場でその意義の解明に取り組んできたわが国の草分けである。その豊富な経験と見識の高さから,頻回にわたって全国各地での講演を行なうこととなり,その都度に数多くの医師,コメディカルからの質問を受け,現場のニーズを体験することになったのである。今回,ヘリコバクター・ピロリ除菌療法の案内書として単独の執筆により本書を出版されたのも,同氏をおいてはできなかったことである。
 本書は,除菌療法の基本から感染の検査法,さらにはヘリコバクター・ピロリ菌の基本知識,消化性潰瘍治療の基本,当該菌が関連する他の病態にまで,必要な内容が実践的な立場から簡潔に記載されている点に特徴がある。しかも,あらゆる医療従事者に役立つような内容構成となっている。実例として症例提示しているのも理解を助けている。
 本書こそが,新しい時代の要請である医学と医療との調和を著書として示したものであろう。
A5・頁160 定価(本体3,000円+税)医学書院


肝癌の早期診断に貢献する造影法を解説

肝腫瘍の造影ハーモニックイメージング
工藤正俊 著

《書 評》神代正道(久留米大教授・病理学)

最先端の肝画像診断法

 肝癌診断・治療のめざましい進歩は,各種画像診断の発展・普及によることは論を待たない。本書は,導入されて2年に満たない最先端の肝画像診断法である造影ハーモニックイメージングのすべてについて述べたものであり,これから本法を始めようとする人,すでに用いている人,さらには肝臓に興味を持つ病理医にとっても,肝の結節性病変を血流動態から理解するのに欠かせない書と言える。
 著者の工藤正俊氏は京都大学医学部を卒業後,早くに象牙の塔を離れ医療の最前線で数多くの肝癌患者の診断・治療に当たる一方,CO2造影超音波やカラードプラにより早期肝癌の血流動態について多くの新知見を内外に明らかにし,肝癌の早期診断に多大の貢献をしている。著者は近畿大学にヘッド・ハンティングされ,わずか2年の短期間でゼロからスタートした教室を有数の消化器内科教室に築き上げ,さらに超多忙にもかかわらず本書を上梓されたことで,筆者は改めて著者への畏敬の念を強くしている。
 本書の強みは,多くの生検例や切除例の検討に基づいた著者の肝結節性病変,特に早期肝癌や境界病変の組織形態についての正確で豊富な知識と,それらの画像診断によるダイナミックな血流動態についてのエビデンスの積み重ねにある。そのことが,著者が動注造影エコー法を肝結節性病変の画像診断のゴールド・スタンダードとみなす信念の裏づけともなっている。

今後の発展が期待される造影方法

 本書の内容についてみると,造影ハーモニックイメージングの各論に入る前に,造影エコー法についての著者の信念,動注造影エコーによる各種結節性病変の基本的な血流動態,肝癌の発生・進展過程と血流動態,さらに著者の血流診断についての信念を述べ,本書が単なる画像診断法の解説書ではないことを明らかにしている。
 各論では最初に,造影ハーモニックイメージング法の造影剤の基礎,投与法と各種造影モード,ハーモニックイメージングの用語解説,同法の原理が述べられ,これから本法を始める人,あるいは初心者にとってきわめてわかりやすい導入部となっている。
 次いでハーモニックパワードプラ,コントラストイメージング,pulse inversion harmonic imaging,coded harmonic angiographyなどの各法の原理,使用上のコツとポイント,症例提示による解説,さらに本書の主体をなす造影ハーモニックイメージングによる各種肝結節性病変の鑑別は実用的であり,現在すでに本法を用いて診断に従事している人に,多くの情報,ヒントを与えるものである。さらに現在主としてダイナミックCT,あるいはMRIに拠っているいる肝癌の治療効果判定,特にLipiodol TAE後の効果判定における造影ハーモニックイメージングの有効性に触れ,近い将来,本法がダイナミックCT,MRIに取って代わることを予言している。また,本法誘導のもと肝癌組織内の血流評価を正確に行なうことによって,より効果的な穿刺治療が可能になることを述べている。
 最後に,本法が肝臓のみならず,胆嚢および膵臓の腫瘍診断にも応用可能なことを示唆して本書を締めくくっている。
 今後,造影ハーモニックイメージング法は,新たな造影剤の開発や機器の改良により,さらに大きく発展することは間違いなく,本書は肝腫瘍診断に携わる者にとって必携の書となるであろう。
B5・頁224 定価(本体12,000円+税)医学書院


待ち望んだ内視鏡診断の必読テキスト

内視鏡所見のよみ方と鑑別診断 上部消化管
芳野純治,浜田 勉,川口 実 編集

《書 評》多賀須幸男(多賀須消化器科内科クリニック)

 一言で評すると,上部消化管の内視鏡検査に携わる医師,特にこれから取り組もうとしている者から研修を終わって独り立ちしたばかりの医師には,強力な味方となる必読のテキストである。精読をして,上部消化管の内視鏡歴40年以上の小生も,大いに教えられるところがあった。カンファレンスに参加する時間がない開業医は,診断レベルを維持するため,常に座右に置いて参照するべき本である。

編著者たちの思いを込めた1000枚を超す内視鏡写真

 全体の3分の2を占める【所見からみた診断へのアプローチ】の章に,研修医や開業医にいつもつきあっている著者たちが,おそらく最も教えたい,ぜひとも伝授したいと思い続けてきた部分が,1000枚を超す内視鏡写真を示して詳細に解説されている。
 序文に「徹底的に所見を中心に据えた」とあるが,内視鏡診断のテキストとしてこの本がすばらしいのは,浅い陥凹を呈する病変,深い陥凹を呈する病変,ひだ集中を主体とする病変,ふくらみが悪い病変,巨大ひだを呈する病変といったように,内視鏡所見別に整理して,それぞれに属する病変の自験例の写真を洩れなく蒐集しているところである。おそらくたいへんな時間と労力を要したものであろう。
 従来のテキストは,ややもすると見つけたことを自慢するような微小な病巣やめずらしい病変に偏りがちであったが,本書には目をそむけたくなるような進行した病変や,おそらく初心者が戸惑うであろう近接して写した胃潰瘍の大きな病巣なども掲載されていて,これが本当の教科書であろう。

「内視鏡所見から診断する」姿勢を貫く

 必要な場所には親切な解説やシェーマが 添えられ,一部にはX線写真やEUS像,マクロおよびミクロ像も示されている。しかし著者らはあくまでも「内視鏡所見から診断する」という姿勢を貫いていて,生検をしないとわからないというコメントは何処にもない。明記はされてはないが,すぐに生検をする現在の風潮に活を入れたいという著者らの意気込みに脱帽する。しかし次に生検診断の基本的知識と考え方の章が30頁あって,ぬかりのない配慮がなされている。
 最後に気がついたことを記すと,食道の章にもいま少し紙数を割いていただきたかった。多数の症例の中には説明に疑問を感じる箇所が2,3あるが,改訂の際にご一考いただきたい。
 近頃高価な医学書が多い中で,12,000円の書価はたいそうリーズナブルである。本書は,待ち望まれていた上部消化管内視鏡のテキストである。
B5・頁336 定価(本体12,000円+税)医学書院


論文を書こうと思った人にとってはまたとない手引き書

EBM医学英語論文の書き方・発表の仕方
Warren S. Browner 著/折笠秀樹 監訳

《書 評》田嶼尚子(慈恵医大教授・内科学糖尿病/代謝/内分泌)

 私事になって恐縮だが,私はここ数年,1編も自ら原著論文を書いていない。教室員に論文を書くように言い続けても,自ら書かないのでは「唇寒し……」そのもので,話にならない。そこで,長らく追跡調査をしてきた国際共同研究の成果が最近まとまったので,一念発起して,ファーストオーサーとして論文を書くことにした。
 そのような折も折,本書の書評を依頼された。願ってもないことである。パラパラと頁をめくっているうちに,著者になる権利の章にいき当たったので,真っ先に読みだした。納得できることばかり書かれている。いわく「著者になる必要条件を決めるのは,他のことに比べたら簡単である」仰せのとおりである。知的貢献度のなんたるかを理解し,「著者になれる人となれない人の違い」をよく読んで,これに沿えばよいのだ。しかし,現実はどうだろう。国際共同研究の場合はともかく,アメリカ流のこの考え方をそのまま日本に導入できるのだろうか。しかし,若い研究者のモチベーションにつながるのは間違いない。ファーストオーサーになれない場合でも,きっと,何とか3人目までの著者として名を連ねられるよう努力するだろうから,論文の質の向上につながるのではなかろうか。

「こんなに親切な教科書が他にあるだろうか」

 この章を読み終えて,ようやくこれが拾い読みをしてよい本ではないことに気づいた。そこで,襟を正して第1章から読み始めた。英語であれ日本語であれ,論文を書こうと思った人にとってはまたとない手引き書である。臨床研究を始める時,結果の解析に行き詰まった時,説得力のあるポスターを作るのに迷っている時,口演発表を前にして不安な時,書き上げた論文を何とか一流雑誌に載せたいと願っている時,また,論文の査読を依頼された時,この本が傍らにあれば,とても安心できる。
 さらに,論文を書く時,発表する時に守るべき原則のみならず,陥りやすいピットフォールをあらかじめ指摘し,それをどうやって回避するか微に入り細にわたり述べていることもありがたい。こんなに親切な教科書が他にあるだろうか。とても厳しいが,教育者としての温かさに満ちた先生が側についていてくれるようだ。

基本に流れるEBMの考え方

 本書のもう1つの特徴は,EBMの考え方が基本に流れているということである。若い研究者がこのような本に親しんでいれば,知らず知らずのうちにEBMの考え方に傾いていくであろう。そうあってほしいという願いをこめて,折笠教授は邦題に“EBM”という言葉をつけ加えられた。日本からエビデンスを発信できる日が確実に来るためにも,研修医や若い医師はこの本に親しんでいただきたい。
 翻訳書には,時として,イライラするほど読みにくいものがある。一体どのくらい原著のエッセンスを伝えているのか疑問に思い,翻訳書などないほうが著者の名誉が傷つかないのではないかと思うことすらある。しかし,この本は違う。読んでいてとても心地よい日本語である。監訳者の折笠教授のお力と,この本に懸けた熱意があってこそなしとげられたのだと心から敬意を表したい。多くの方々がこの本を手にし,ここから学ばれることを切に願う。
B5・頁248 定価(本体3,200円+税)医学書院


Snap diagnosisにかかせないアトラス

内科レジデントアトラス
岡田 定,西原崇創 編集

《書 評》松村理司(市立舞鶴市民病院副院長)

現場にうずもれるclinical pearls

 10年以上も前になるが,名にし負う沖縄県立中部病院の当時の研修委員長であられたTalwalker先生と,日本の卒後臨床研修体制の問題点について話し合う機会があった。多年にわたりその要職につかれ,その後に「日本の卒後臨床教育の美質と気まぐれさ」を語り,論文に書かれている1)ぐらいなので,こちらが教えられるところはきわめて多かった。かなりリラックスして話し合えたので,勢い余ったついでに聞いてしまった。
 「では,この中部病院の研修の水準は,アメリカと比べてどうですか?」回答は即座であった。「スタッフの数が全然足りません。医者が忙しすぎます。もったいないことに,clinical pearlsがうずもれてしまっていますよ。この規模で現在の臨床水準を維持するなら,アメリカじゃ3倍のスタッフが要りますよ」。日本の医療体制は,ごく部分的には豪華だけれど,全体として安普請の様が拭えないのは,まさにこのあたりの状況だと思われる。個人の能力・資質・努力の範囲をはるかに超えているのだ。
 3年前に京都大学医学部総合診療部の臨床教授に推薦された。教室を主宰される福井次矢先生と運営について話し合った際に,「地域医療に携わる私たちの臨床現場には,いわば手つかずのclinical pearlsがごろごろしています。アカデミックな手法でぜひ発掘を!」と私。「そうなんですよね。聖路加国際病院にだって,たっぷり眠ってますよ」と,聖路加出身の福井先生。
 前置きが長くなってしまったが,その聖路加国際病院がclinical pearlsの一部を開陳してくれたのが,この『内科レジデントアトラス』である。「すでに出版されている『内科レジデントマニュアル』や『内科レジデントデータブック』を相補するアトラス」であり,「皮膚・粘膜,眼,画像,血液,細菌の5つの分野から,診断特異性が高く,遭遇することの多い所見だけが厳選」されている。

臨床の秘宝を開陳

 実際に週末を利用して通読させてもらったが,コンパクトで内容もおもしろく,とてもためになった。内科研修医だけでなく,中堅の指導医にも十分役立つ。Faculty developmentがもてはやされ,教育の目標や型が異様に強調される昨今だが,臨床研修には指導医の臨床力こそが必須である。いわば模範演武ではなく,実技が不可欠なのだ。少々不格好だとしても,臨場感と中身が要るわけだ。内科もますます専門化し,知識の深化と分断が目立つが,このアトラスにまとめられているような知識は,中堅指導医一般の達成・維持目標でありたい。
 具体例をあげて,もっと推薦の辞を続けたいが,巻頭での日野原重明先生のいつもながらの格調に接すると,屋上屋を架す思いがする。「在来の日本の内科レジデント教育は,眼で見たat a glanceのデータを的確に捉える訓練が乏しく,ある場合は無駄な,ある場合は手遅れの他科専門医へのreferralとなりがちであった」。
 確かにsnap diagnosisの妙味は,感度と特異度が瞬間に勘案されたきらりと光る身体診察と簡便な検査に多くを負う。
 聖路加国際病院とて,この日本の医療制度の下にある以上,内科スタッフの陣容があり余るというわけではあるまい。その中での岡田定先生らの編集のご尽力は察するに余りあるが,研修制度の面でも歴史のある病院の宿命かとも思われる。誠に勝手ながら,今後もさらなる秘宝の開陳を,読者の1人として期待したい。
1)Talwalkar Y. B.:Virtues and Vagaries of Postgraduate Medical Education. 神経治療学,10(6):545-552,1993
B6変・頁276 定価(本体4,000円+税)医学書院


わかりやすく,統計学のエッセンスが凝縮

統計学入門 第7版
杉田暉道,杤久保 修 著

《書 評》奥田研爾(横市大医学部長)

読者に利用されて30年

 今回改訂された『統計学入門』は,実に30年近くもの間,多くの読者に利用されてきたものです。かくいう私も学生時代これを使い,統計学を学ばせていただきました。もとより数学的な知識はあまりなく,難しい理論などはよくわからなかったので,一番わかりやすく書いてある本をと思いあれこれ探したところ,この本が最もエッセンスが凝縮されていると思い,選びました。後日になり,主に杉田暉道先生が書かれていることがわかり,さらに親しみが湧き,現在になっても統計的な処理が必要な時にはこの本を参考にさせていただいています。パソコンが普及し,複雑な計算も過去に比べれば簡便になり,急速に必要となってきた「多変量における統計分析」の項が杤久保先生により追加されましたが,今までと同様,多くの人にわかりやすく統計学に関する必要最低限のことが簡潔に書かれていると思います。

長く愛された由縁-“感じ”に訴える

 この種の本の多くは,数式や,細かい字でいろんな公式などが書かれており,数学の素養がないものにとっては買ってもあまり内容がわからず,自分の身につけづらいものでした。しかし,本書は“感じ”に訴えるようにと杉田先生が初版序で述べられている通り,説明も専門家でなくともわかりやすく書かれている点が長く愛されてきた由縁でしょう。本書は,公式を重要度を識別しやすく巻末にまとめる,など工夫も凝らされ,持ち運びにも便利な大きさで,大変重宝なものであります。
 私自身は,お2人の著者ともよく存じておりますが,やさしくかつ正確で平易な説明を両先生ともモットーになさっており,学ぶ者に対する温かいお人柄がうかがわれます。今回の改訂版は,学生や医師にとって,必ずや大変有用な座右の書となると確信しております。
A5・頁184 定価(本体2,400円+税)医学書院