医学界新聞

 

【インタビュー】EBNの基本を押さえる

阿部俊子氏(東京医科歯科大学大学院)に聞く


 「EBM;Evidence-Based Medicine,科学的根拠に基づいた医学」という言葉を最初に使い始めたのは,マクマスター大学のD. L. Sackettらのグループであり,1991年にアメリカの内科雑誌に同グループの1人が「EBM」とのタイトルで著した論文から,それまでの「臨床疫学」という言葉にとって代って広がりを見せてきた。
 日本では,1997年ごろから医学・看護学の場で急速に取り入れられるようになり,近年看護界においては「EBN;Evidence-Based Nursing」という言葉が使われるようになってきた。また,最近ではEBNはさらに「EBP;Evidence-Based Practice(実践)」として語られる場も増えてきた。しかしながら,このEBM/Nを研究発表の手法として安易にとらえる傾向も多く見られることから,昨年,広井良典氏(千葉大)が本紙に,「エビデンスとは何か-科学史から見たEBM」を著した(本紙2000年3月27日付,2381号)。氏は,「EBMの意義」や「看護に求められるEBMの理解と実践」などの視点から,EBMの概念や考え方に誤解があるのではないかとの警鐘を鳴らしている。
 本号では,改めて「EBN」について,その意味するところ,基本的なとらえ方などを,日本の看護界にいち早くEBM/Nを紹介,『基本からわかるEBN』(日野原重明監修,医学書院刊)の執筆者でもある阿部俊子氏(東京医科歯科大)に話をうかがった。


EBNは,最良のケア提供手段

阿部 1995年に雑誌「Evidence-Based Medicine」(BMJ Publishing Group)が発行,1998年には同社から「Evidence-Based Nursing」も発行されたように,EBM/Nは世界的に注目を集めています。EBMというのは,「これまでの経験や直感といった病態生理からの推論である仮説に依存していた医療」を,「科学的根拠に基づいて行なう」というものです。看護も基本的には同じ考え方で,経験や直感で行なっていた看護のあり方が,「科学的根拠に基づいた看護」へと転換することです。EBMとEBNのどこに違いがあるかとすれば,専門的視点です。基本的に臨床で生じる問題項目に医学と看護とでは大きな違いはありません。
 Sackettは,医師は診断をするけれども,看護の場合は診断そのものではなく,看護の問題点を「看護診断」として出していくとしています。もう1つは「治療」ですね。医師はそのまま治療ですが,看護においては「看護治療=ナーシングセラピー」として,のように相違点を指摘しています。
―― 看護実践の場では,まだまだ「経験・直感」が「看護」そのものと尊重されている傾向があるように思えますが。
阿部 そこに大きな誤解があるのですね。EBM/Nというのは,目の前にいる患者さんに対し最良のケアを提供するための手段です。研究におけるベストプラクティスだけではなく,臨床者の専門性(知識,技術,さらには患者の個別性-価値観も含めて-を見出して,それを臨床適応できること),患者の価値観(好み,心配,期待などの個別的なもの)を取り入れるということです。

表 臨床上の問題から見たEBMとEBNの違い
EBMEBN
therapy
diagnosis
nursing therapy
nursing diagnosis
『基本からわかるEBN』(医学書院)p.68より

EBNを臨床でとらえるためには

阿部 コクラン共同研究の中では,EBM/Nは,科学的根拠としてのエビデンスを「集める」,「使う」,「作る」と3つに大別できるとしています。これは,研究の場合「集める」ですが,臨床の現場においては「探す」と置きかえられるでしょう。
 臨床現場でEBM/Nをどう実践するかは,Sackettらは,(1)問題を明確にする,(2)文献を探す,(3)研究結果の信頼性と妥当性を検証する,(4)最良の研究成果を看護実践に応用する,(5)評価するという5つのステップをあげています。小山眞理子氏(前聖路加看護大)の説明では,常にこのプロセスを踏むことはなく,順番が前後することもある,としています。
 またSackettは,看護職の臨床目標の1つに「患者の主観を尊重し,疾患とヘルスケアについての患者の体験に対し理解を示し,ケアすること」をあげ,看護の専門性が大きく関与することを示唆していますので,EBM/Nはむしろ看護の現場でこそ活かされるものだと思います。しかし,自分たちのしている看護業務そのものが,本当に適正で必要なものであったのかという論議が十分でなかったと思います。
 それから,今臨床で困っていることはないのに,「なぜいまさら」とも言われますが,例えば膀胱洗浄は,「感染予防にはならない」という研究結果があります。そのようなエビデンスがあるのですから,患者さんに無用な苦痛を与えて,さらに看護業務を忙しくする必要はないのです。それから,剃毛は「しないほうが感染率は低い」という結果が示されています。でも剃毛をしている病院はいまだに多いですね。
 一方でエビデンスがあるからといって,患者さんに無理強いをするのもEBNではありません。最新のエビデンスを患者さんに適用していくかという時に,臨床の最善のものは何であるのか,技術だけでなく知識を含めた専門性,知らないことはできない,できないことはしないということ,それから「患者さんの価値観」,これを無視してまで,研究に基づいたベストプラクティスだからということでエビデンスを適用することはできませんね。

標準化を視野に入れて

―― 臨床のナースがEBNを使うためには,何から始めればよいでしょうか。
阿部 エビデンスを探す環境が整えられることが大切です。今はインターネットなどで情報入手が簡単にできます。エビデンスを検索してくれる人の存在と,アクセスできる環境は必要です。さらに,臨床でエビデンスを探して,ベストプラクティスを個々人がチームとしてかかわり行なうという,医療者の行動変容ですね。その流れから言えば,今,病院がいろいろの意味で大きく変わろうとしていますから,それに便乗して変化する要素はあるでしょう。
 そのためには,現場管理者の理解が必要で,経営者からのトップダウンは影響力が大きいでしょう。一方,ボトムアップも必要で,そのバランスも重要ですね
―― メリットは何でしょうか。
阿部 医療に関してのコンセンサスが取れるというのが,最大のメリットでしょうか。これは,看護職の間だけでなく,実習での学生もそうですし,医師との関係においてもそうですね。そのコンセンサスを得るためには,標準ケアが必要でしょう。「医療の標準化」は,均一化ではなく,すでに経験してよいということがわかっているものや方法を標準化して,知識の再利用,経験の有効活用を行なうということです。ケアの質には,卓越したことができる,バラツキがない,失敗をしない,という大きな3つがあるかと思います。この中で,標準化することでクリアになるのが,バラツキのないケアと,失敗のないケアです。
 エビデンスを取り入れることが標準化に必要なのは明確なのですが,そこでいつも議論となるのが,「スタッフがものを考えなくなるのではないか」ということです。考えないスタッフは標準化にかかわらず考えない傾向にあります。さらに,エビデンスを標準ケアとしてマニュアル化することで個別性が出にくくなるとの指摘もありますが,実は逆で,標準化があったほうが個別性は出しやすくなり,チーム医療も達成しやすくなるのです。これは看護だけで考えるのではなくて,医師の指示や,PT,OTはどうかかわるのかなど,チーム医療を進める中で,何が患者さんにベストなのかを話し合うツールにもなると思います。
―― どうもありがとうございました。