医学界新聞

 

Vol.16 No.9 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Oct

地域医療・家庭医療が君を呼んでいる!!


 1つのデータがある。1961年,Kerr Whiteらが「成人1000人のうち1か月に疾病や傷害を経験する患者の数」を示したものだ。それによれば,1000人のうち,「1回以上疾病・傷害に罹患する患者」は750人,「医師を受診する患者」は250人,「入院する患者」は9人,「他の医師に紹介される患者」は5人,「大学病院に紹介される患者」はわずか1人である。
 プライマリ・ケアの重要性を訴え,その教育を推進する伴信太郎氏(名大総合診療部教授)は,折りに触れてこのデータを紹介し,特殊な患者が受診する大学病院の専門医療に偏ることなく,日常の健康問題の大半に対応できる幅広い能力を持つ医師を育成する必要性を訴える。
 近年,このような問題意識は,地域医療の第一線を担う医師や家庭医,そして医学教育に取り組む一部の大学教員に共有され,夏休みなどに合わせて,地域医療や家庭医療,プライマリ・ケアなどの学生向けセミナーが行なわれるようになった。
 本号では,その中から,(社)地域医療振興協会主催の夏期セミナー,学生主体で行なわれる家庭医療学研究会・夏期セミナーを紹介する他,地域の第一線でEBMを実践する名郷直樹氏へのインタビュー,学生の診療所実習を応援する内山富士雄氏へのインタビュー,学生による診療所実習,米国家庭医療実習のレポートを掲載し,「地域医療・家庭医療特集」とした。


■地域医療を見る,知る,考える

 さる8月22-24日,(社)地域医療振興協会主催の夏期セミナーが,岐阜県揖斐郡など,同協会が管理運営する全国の医療施設で開催された。
 本セミナーは,全国の医学生(4年生以上)を対象に地域医療(特にへき地)の実態を体験し,地域医療への理解を深めてもらおうというもの。普段,あまり地域の第一線の医療に触れる機会のない医学生たちに貴重な機会を提供している。
 積極的な地域医療の展開と医学教育の取り組みで知られる,岐阜県揖斐郡北西部地域医療センターでのセミナーを取材した(12-13面に関連記事)。


 「生活全体を見ながら,患者さんの抱えている問題を解決するために,医師だけでなく,さまざまな専門職,あるいは地域全体が,力を合わせて取り組んでいる。その姿に感銘を受けた」
 セミナーに参加した学生たちは,このような感想を述べる。地域医療の生の姿には強いインパクトがあるようだ。

患者さんを丸ごとを診る

 「地域でしか教えられないことがある」。学生を迎え入れた指導医,山田隆司氏(同センター長)と吉村学氏(久瀬村診療所)はこう口を揃える。3日間で行なわれる本セミナーのプログラムでは,大学病院では体験できない,生活上のことも含めて,患者さんを丸ごと診る医療に触れることができる。「その人全体を診ること。身近で診ること。長く診ること。これが大切だ」と山田氏は言う。

地域の持つパワーに圧倒される

 診療所を訪れる患者さんたちと交流する「待合室実習」,多様な患者さんの問題への医師の具体的対応から学ぶ「外来実習」,老人保健施設での「回診」,「デイケア送迎」,「入浴・食事介護実習」。さらには,直接患者さんの生活の場を見る「訪問診療実習」や「患者さんの自宅改造評価の見学」など,本セミナーのプログラムは,患者さんとの触れ合いや,地域での医療・福祉の生の姿を見ることに重点を置いている。
 また,揖斐郡を含む西濃地区の「ふるさと福祉村」構想についての勉強会も持たれたが,プロジェクトを推進する地域の人々との交流から,「地域の持つパワーに圧倒された」と学生たちは驚きの声を漏らした。
 地域の人々に協力してもらう教育が,ここにはある。そこで学んだ学生たちの中には,「地域の中で生きる医師になる」と気持ちを固めた者も少なくない。

待合室実習で患者さんと談笑する学生
「初対面でとても緊張したが,患者さんのほうから話題を見つけてくれた。患者さんに『受け入れられる』という経験をしたような気がする」(宮崎医大4年武居裕子さん)
訪問診療実習
丘の上にある患者さんの家へ登っていく
 

訪問診療実習
96歳で1人暮らしの老人宅を訪問。いろいろな話を聞く。「独居の高齢者や,高齢者同士で介護し合う家庭が増えている。医師はどう取り組むべきなのか,関心が深まった」(宮崎医大5年上田亜紀さん)

外来実習
「Historyから何を考えますか?」診療の実際に触れながら吉村氏からの指導を受ける秋元和美さん(宮崎医大5年,左)と寺沢冨久恵さん(筑波大4年,右)


■家庭医になるために――学生・研修医自ら議論

 さる8月3-5日の3日間,茨城県のつくば市で第13回家庭医療学研究会 医学生・研修医のための夏期セミナーが開催された。このセミナーは,学生自ら(同研究会学生・研修医部会)が企画・運営するのが特徴で,全国から家庭医療,地域医療に関心を持つ多数の医学生・研修医が参加した。
 特に,最終日に行なわれたセッション「家庭医になるために-ミクロ近未来予想図」でのシンポジウム(司会:倶知安厚生病院精神科 土田正一郎氏)は家庭医を志す1-2年目の研修医と,家庭医療に関心を持つ5-6年生がシンポジストを務め,それぞれの立場から現在の医療・医学教育への問題意識や家庭医療の将来について,活発な発言が行なわれた(参加者によるセミナー全体の報告記事を14面に掲載)。


 1人目のシンポジストとして発言した松川哲也さん(名大6年)は,総合診療部での実習プログラムを中心に名大での臨床教育を紹介。クリニカル・クラークシップ,外来実習,診療所実習,身体診察,EBM等勉強会などでの自らの経験を語り,特に診療所実習については,
(1)大学病院とは異なる幅広い問題を抱える患者層を見ることができた
(2)生活の場から患者さんの問題点を捉え,それをいかに解決するか,学ぶことができた
(3)重要な他職種との連携を認識した
などの利点を指摘し,「大学病院の中だけにいると本来特殊なその環境が当たり前のものに見えてしまう」と述べ,地域で学ぶことの重要性を強調した。

家庭医の要素は医師として不可欠

 続いて発言した伊藤淳さん(横浜市大5年)は,「途上国への国際協力」という自らの興味から,次第に臨床医として「災害援助」に関わりたいという希望を持つに至った自らの関心の変遷を述懐。さらに,「医師としてどのような能力を具有すべきか」と考えた時,「自分が小児科医だとしても,目の前に倒れている老人に対応できなくてはならないのではないか。つまり,どのような医師になるにせよ,家庭医の要素は必要だ」との考えを述べた。

家庭医をめざす研修に喜び

 一方,研修医の立場から発言した平山陽子氏(ほくと医療生協研修医1年)は,家庭医の養成を意識したほくと医療生協での研修プログラムや,研修医2人に指導医が1人つくという充実した指導体制などを報告。家庭医としてのよきロールモデル,藤沼康樹氏(同生協北部東京家庭医療学センター所長)のもと,同生協の1年目研修医4人は全員家庭医志向であり,「同じ目標を持った仲間がいることが,充実した研修の日々につながっている」と述べた。
 そして,研修で一番うれしいことは,「患者さんの持つすべての問題に全力で取り組めること」などと話し,家庭医としてのトレーニングに励む喜びを語った。
 また,中村明澄氏(国立病院東京医療センター研修医2年)は,自らが研修先を選んだ理由として,「外来研修の仕組みがよくできている」,「教育に情熱を持つ上級医がいる」などをあげ,同センターの特徴を紹介。同センターには家庭医養成のプログラムはないものの,「(教育を重視した環境があれば)自分のやりたい方向に研修内容を変更することもできる」,「家庭医とは(医師としての)アプローチの仕方であり,必ずしもその養成プログラムを持つところで研修をしなくてもよい」との持論を展開した。中村氏は,さらに,「(家庭医の専門性が確立している)米国に留学しなくても,意欲があれば日本でも家庭医になれると思う。『Made in Japan』の家庭医が育ってもよいのではないか」との思いを述べた。
 参加者の中には間近に研修先の選択を控えた者も多く,身近な存在である医学生や研修医からの率直な発言に大いに刺激を受けた模様だ。日本では未だ家庭医の専門性が確立していないだけに,家庭医療に関心を持つ医学生のために,同研究会の果たす意義は大きい。