医学界新聞

 

第54回日本胸部外科学会開催される

「胸部外科-21世紀への招待」をテーマに


 第54回日本胸部外科学会が,北村惣一郎会長(国立循環器病センター総長)のもと,さる10月3-5日の3日間,大阪市の大阪国際会議場,他で開催された。
 本学会は,メインテーマを「胸部外科-21世紀への招待」(欧文では“Welcome to The Thoracic Park in The 21st Century”-映画「Jurassic Park」をもじって)と題して,医療倫理,医療事故訴訟,安全管理,治験的外科治療のあり方,感染対策問題など,胸部外科医が責任をもって管理運営しなければならない種々の課題を議論する場となった。
 学会では「私の努力目標」と題した会長講演の他,上記の課題を踏まえたシンポジウム「胸部悪性腫瘍の悪性度,浸達度から見た手術手技の選択」「21世紀の胸部外科が直面する諸問題」「末期的重症心不全の外科治療」が,ビデオシンポジウム「左室流出路・大動脈基部再建術」「呼吸器外科,食道外科におけるEndoscopic Surgery」が企画された。一方,パネルディスカッションは,「Marfan症候群の心血管病変に対する外科治療」「胸部外科領域の再生医療」「CABGにおけるグラフト材料の選択と工夫」などが行なわれ,多数の参加者を集めた。
 また同会場では,欧文のメインテーマを冠した学術企画展示も企画。各種の人工心臓や,低侵襲性が期待されるロボティックサージェリーの展示,ヒューマノイドロボットのデモンストレーションなどに多くの参加者を集めた。なお,同展示は学会2日目に市民に公開された。


■胸部外科領域の再生医療

臨床応用へのストラテジー

 2日目に行なわれたパネルディスカッション「胸部外科領域の再生医療」(司会=京大再生研 清水慶彦氏,国立循環器病センター 中谷武嗣氏)では,今後の展開が期待される再生医療に焦点を当てて,胸部外科領域における研究の動向を6人の演者が概説した。
 最初に小島宏司氏(マサチューセッツ大)が,羊のnasal septumから採取した軟骨細胞と,生分解能ポリマー(PGA)を用いて軟骨チューブを作成。そこで同様にnasalから採取した上皮細胞と結合させて,ヌードマウスモデルでのtissue engineered tracheaを作成し,肉眼的にも組織的にも実際の気管に類似したものが完成したことを報告した。
 続いて洞井和彦氏(京大)は,血管新生や骨再生などの作用を有する増殖因子basic fibroblast growth factor(bFGF)と,細胞移植の手法を用いて,(1)胸骨の再生,(2)虚血性心筋症モデルに対する細胞移植,(3)肺高血圧に対する血管新生効果などの多岐にわたるアプローチを紹介。bFGFを蛋白質レベルで局所に徐放を行なうことで,bFGFの骨再生・血管新生効果が得られたこと,細胞移植に関しても,一定の効果が得られたことを報告。そして最後に,細胞移植については,バイオ心筋細胞のみでは効果が得られないことから,ES細胞を中心とした細胞移植が今後の課題になってくるのではないか,と指摘した。また増殖因子については,今後は他の因子を用いることも検討すべきとした。

重症心不全に対する再生医療的アプローチ

 大野暢久氏(トロント総合病院)は,重症心不全でも特に拡張型心筋症に焦点を絞って報告。凍結保存技術を応用し,骨格筋のサテライト細胞と,血管平滑筋細胞をそれぞれ凍結保存した後に心筋症ハムスターに移植して効果を比較。これにより,心拡張と左室機能の改善が認められたこと,さらに骨格筋細胞のほうがより効果が認められたことを明らかにした。
 富田伸司氏(国立循環器病センター)は,骨髄細胞を用いた重症末期心不全に対する心筋細胞移植研究を通して,環境因子として予測される心筋細胞との直接接触の骨髄細胞への影響を検討した。その結果,心筋細胞との混合培養が骨髄細胞の分化・同期収縮を誘導したことを報告した。
 さらに内藤洋氏(奈良県立医大)は,ES細胞をin vitro で心筋細胞に分化させ,in vivo でラット心筋梗塞モデルに対する細胞移植を行なったところ,移植後30日目で細胞の生着と新生血管の形成を認めたことを確認。心筋梗塞に対する細胞移植において,ES細胞由来の心筋細胞の有用性を示した。
 竹谷哲氏(阪大)は,肝細胞増殖因子(HGF)を用いて,重症心不全に対する心筋再生療法,心筋梗塞に対する血管新生療法,筋細胞移植および遺伝子治療の併用,さらにtissue engineeringを用いてシート状の心筋細胞グラフトを作成するなど,多岐にわたる新しい治療戦略を紹介した。
 最後に指定発言として,濱野公一氏(山口大)は,1999年から開始の臨床試験,冠動脈バイパス手術予定の患者で,バイパス不可能な領域を有する6例の患者に,自己骨髄細胞を用いた血管新生治療法(Bone marrow cell implantation; BMCI)の早期成績を報告。本治療法は,従来の方法では効果が得られなかった患者に有効と考えられるとした。
 フロアを交えて討論の後,最後に司会の清水氏は,「再生医療はまだ10年足らずの領域だが,かなり臨床まで迫っている。どの細胞を使っていくかである。ES細胞にはがん細胞が入ってしまうことが懸念されるが,今後の研究の進歩が期待される。いかに臨床医が危険性と安全性をチェックして,臨床へと進めていくかが今後のポイント」と,議論を締めくくった。


●21世紀の胸部外科医が直面する諸問題

胸部外科医に求められるあり方を模索

 シンポジウム「21世紀の胸部外科が直面する諸問題」(司会=JR東京総合病院 古瀬彰氏,聖マリアンナ医大 長田博昭氏)は,過去50年という短い期間に長足の進歩を遂げた本領域が抱える諸問題を提示し,求められるあり方を模索するとの目的で企画された。内容は学問的・技術的側面のみならず,社会,教育,経済的側面から多角的な討論が行なわれた。
 米国の胸部外科のリーダー的存在であるブルース・ライツ氏(スタンフォード大)が,米国の胸部外科の最近の動向から日本への提言をした後,井村裕夫氏(総合科学技術会議)は,日本における科学技術政策の方向性を示した。2001年から始まる第2次科学技術基本計画の概要を説明するとともに,21世紀の科学研究の重要な骨格をなすと考えられるポストゲノム研究の方向性について解説。特に今後はプロテオミクスと構造ゲノム学の発展がポイントになると指摘した。また内科医として胸部外科に望むこととして,(1)侵襲の少ない手術法の開発,(2)QOLを重視した医療(健康寿命),(3)ポストゲノム研究の応用,(4)外科手術のEBMの4点をあげた。

胸部外科領域の医療事故・紛争

 続いて,社会医学の側面から中島和江氏(阪大社会環境医学)は,「胸部外科領域における医療事故および医事紛争の概観」と題して登壇。米国のデータとして「当領域は全医療事故の40%を占めるが,過失そのものは少ない傾向にある」と分析した。氏は,これからの医療事故防止には,(1)個人の能力向上への努力,(2)チームワーク・トレーニング,(3)病院単位での医療の質マネジメント,(4)健康政策(health policy)に対する研究の発展が重要と示した。
 一方,坂本徹氏(東医歯大)は,胸部外科関連の医療費における課題を提示。「人工臓器における心臓外科治療の社会的側面」と題して口演。特に障害程度1級認定妥当とされる人工ペースメーカー移植や人工弁置換術を例に,身障者1級の総数の推移,経済情勢,補助経費などを分析・検討したところ,年間約1兆円の経費が補助・減免で使用されるという予測結果が出たことを報告。また氏は,「人工臓器の安定性を説明して,安易な身障者1級登録を避けるという方向性を模索し,現行の身障者の増加を招くような医療体系を再考して,財源の有効な利用法を検討すべき」と提言した。
 さらに,希望者が激減している胸部外科領域について,当の医学生・研修医はどう捉えているのかを検証すべく,森下清文氏(札幌医大)は,胸部外科臨床実習を希望した医学部6年生にアンケート調査を施行。その結果から,いくつか改善すべき点が浮かびあがったが,中でも「教育制度の充実」を回答者全員があげたことを強調した。
 最後に川副浩平氏(岩手医大)は,「学会の再起動は専門医制度から」と題して,特に医療の質評価について学会が担うべき役割を示唆した。
 すべての口演の終了後,「生命倫理」,「外科臨床試験の活性化」,「医療事故」,欧米においては既に進んでいる「データベースシステムの構築」,「診療報酬のあり方」,「専門医制度」,「胸部外科医志望者の減少問題」の7つの課題について,特に学会としてどのように取り組む必要があるかを検討した。