医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


高齢者ケアの長年のノウハウを多くのイラストで詳述

高齢者ケアの考え方と技術
六角僚子,柄澤行雄 著

《書 評》亀井智子(聖路加看護大助教授)

 本書は高齢者ケアに携わる看護婦としての長年かつ豊富な経験と知識,ならびに高齢者ケアを担う看護・介護職員への教育経験に基づいて書きおろされ,具体的なケアのノウハウを多くのイラストとともに示しながら,1つひとつのケアの背景にある意味をも著した,高齢者ケア従事者のためのテキストである。

高齢者ケアに不可欠な内容と技術

 内容は,「高齢者の生活を支えるために」,「高齢者の生活を支える援助」,「高齢者が豊かに生きるために」,「高齢者の生活を支えるサービス」の4章から構成され,読者には人間としての高齢者の理解を促し,環境,姿勢,動作,食事,排泄,清潔,衣,睡眠・休息,観察,感染症と褥創予防,救急時の対応,記録,リハビリテーション,アクティビティ,セクシュアリティ,別れの作法など,高齢者ケアに必要不可欠な内容と技術について意味づけ,ケアの方法や手順,ワンポイントアドバイスを含めて経験豊かな著者ならではの記述となっている。
 また,本書の特徴は,非常に平易な用語を用いてやさしく書かれている点であり,保健医療福祉のいずれの専門職であっても理解しやすい内容となっている。
 高齢者ケアには,学際的チームアプローチが不可欠であり,そのためにはいずれの専門職であっても共通に理解できる用語を用いることが重要である。本書では,この点に十分配慮されたものとなっている。

生活の質を視点とした高齢者ケア

 もう1つの特徴は,生活の質に配慮している点であり,いかに薫り高く潤いのある人間としての高齢者の生活を援助していくかという視点で書かれている点である。
 在宅や施設,医療機関で高齢者ケアに携わる専門職,専門職を志している学生,そして家庭で高齢者を介護する家族にとってもケア技術を理解するために示唆に富んだ1冊である。
B5・頁232 定価(本体2,400円+税) 医学書院


「ああ,こういうことだったのか」

看護のための精神医学
中井久夫,山口直彦 著

《書 評》春日武彦(都立松沢病院医長・精神科)

いつも不可欠で不十分
――精神医学における言葉

 医学のうちでも,精神科ほど言葉を重んじる領域はめずらしいだろう。われわれは患者や家族の発する「言葉」に耳を傾け,表情や仕草や行動を言葉によって記載し,言葉によって整理を行ない,見立てや対処について言葉を用いて考え,そして治療のうちでも言葉を最も有力な手段として活用する。言葉は時にメスであり,聴診器であり,安心感を与える毛布であり,薬剤そのものである。
 にもかかわらず,いかに言語化の困難な事象が精神科には多いことか。
 言葉によって大切なニュアンスが切り落とされたり,決して核心へ至ることなく近似値としてしか機能しない「もどかしさ」を,医療者も患者も稀ならず痛感させられる。患者が言語新作とか文字新作といった突飛なことをする背景には,そのような伝達不能なものをいっぺんに表現したいといった性急な欲求が見て取れるかもしれない。
 医療者サイドに立てば,記録をするにせよ,何かをスタッフに伝えたり教えるにせよ,研究をするにせよ,平易かつ喚起力にあふれた言葉で表現することの難しさに直面させられることは,日常茶飯事であろう。その苦しさから逃れるべくいたずらに専門用語を乱発して自分自身すらを誤魔化してみたり,哲学用語を用いてますます晦渋な思考に陥ってみたり,思想家もどきのステレオタイプな言い回しに逃げがちとなる。平易に語れぬものは,とかく権威主義にすがったり強面を気取りたがる。まさに本書と正反対の姿勢である。

「信じられなければ念じよ」に心を動かされる

 本書を適当に開いてみよう。すると,例えば「急性分裂病状態を無理に『理解』する必要はない」と言い切る文章に出会う。そして,「しかし人間は理解できないものでも包容することはできる」とつづき,その包容とは広い意味での母性であり,「ただ,『母性』にも『副作用』がある。それはきつく包容しすぎて,窒息させることである」。
 また「(急性分裂病状態の)患者に対する時は,どこかで患者の『深いところでのまともさ』を信じる気持ちが治療的である。信じられなければ『念じる』だけでよい。それは治療者の表情にあらわれ,患者によい影響を与え,治療者も楽になる」とも書いている。※引用は本書134頁より
 評者は,ここで「信じられなければ『念じる』だけでよい」といった書きっぷりに込められた矜持に心を動かされるのである。
 下手をすれば揶揄の対象ともなりかねない表現を綴った裏には,長い臨床経験によって培われた自信と,治療に対する熱っぽさと,あえてそのように語るだけの必然性がうかがえる。平易でありつつ陳腐に陥らぬためには,読者の共感を引き出すに足るだけの悪戦苦闘の体験が求められるだろう。
 文章に喚起力を持たせるためには意外な視点と豊穣な語彙が必要とされ,脆弱な思考力や曖昧な記述は退けられねばならない。すなわち,力強さがあふれていなければならない。

書物を読むことの根源的喜び

 経験を重ねた節目に読み返せば必ず新しい発見があり,「ああ,こういうことだったのか」と納得のいく瞬間を味わえるところに本書の深みがあり醍醐味がある。禅問答では役に立たないし,ハウツー本では充実感を欠いてしまう。
 うまく言葉にならない事象や漠然とした感触,微妙なニュアンスを明快な言葉で表現してもらうと,そのこと自体によってわれわれの視野は広がり,思考が活性化される。書物を読む行為の根源的な喜びが,本書には備わっている。
B5・頁326 定価(本体2,800円+税) 医学書院


わが国の医療保険に関する深い理解と洞察

ケアエコノミクス 医療福祉の経済保障
岡本悦司 著

《書 評》小林廉毅(東大大学院教授・公衆衛生学)

時宜を得た待望の書

 介護保険の導入によって,医療と高齢者福祉の垣根が低くなる一方で,医療経済学の研究対象も個々人の純粋な経済行動から,社会の制度面の分析へとその比重を移しつつある。このような時期に出版された本書はまさに待望の書であると同時に,時宜を得たものと言えよう。
 本書は全11章,約200頁の構成である。まず,最初の数章は,わが国の医療費の規模や中身の分析に費やされている。分析のツールとして,ジニ係数や経済統計の正しい見方などが紹介されているところが新鮮である。そして,医療費・財源問題から医療保険へと話が進んでいく。わが国の医療保険における保険料の決め方,異なる保険間の財源調整,医療機関への支払い方式などに関する平易な解説に加えて,それらの抱える問題点についても詳しく述べられている。わが国の医療保険に関する著者の深い理解と洞察力を示した本書の中心的部分である。中盤後半にかけて,医療機関の経営についての章があり,著者の医学,法学双方のバックグラウンドが活かされている。最後の数章は介護保険,今後の改革の道筋,医療・介護領域におけるレセプト情報活用など,エビデンスに基づく政策立案の重要性とケアエコノミクスの役割についての議論が展開される。

専用ウェブサイトを用意

 さらに「序」にもあるように,インターネットの専用ウェブサイトが用意されていることが,本書の1つの特色である。しかし,実際に読んでみればわかることだが,ウェブサイトを参照しなくても,本書はそれだけで完結した書物として十分に成立している。専用のウェブサイトを構築した著者の熱意もさることながら,このように膨大な領域を約200頁の分量にまとめた著者の力量にも拍手を送りたい。
 本書は専門的な内容をコンパクトにまとめてあり,また文章もたいへん読みやすく,医療と介護の経済学および制度論に関心を持つ医療関係者や,これからこの分野の勉強を始めようとする人にぜひ勧めたい1冊である。
A5・頁208 定価(本体2,800円+税) 医学書院