医学界新聞

 

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何のための医療面接か?-OSCEへの問題提起

今井裕一(秋田大学第3内科),豊島 至(秋田大学第1内科),佐伯晴子(東京SP研究会)


はじめに

 OSCEとは,Objected Structured Clinical Examinationを省略した言葉であり,日本語では「客観的臨床能力試験」と訳しているが,一般的に「オスキー」と呼ばれている。具体的には,医学生や研修医の臨床能力を診察技術面と同時に医療面接(メディカル・インタビュー)によって評価している。詳細については,本紙でもすでに何度か特集記事が組まれている。
 診察技術面については,モデル人形を使用することも可能であるが,医療面接に関しては,シミュレイテッド・ペイシェント(模擬患者;以下SP)の方の協力がないと実施不可能である。
 カナダでは医療面接を含んだOSCEがすでに医師国家試験に採用され,米国でも検討中であり,将来わが国でも実施される可能性が高いことから,全国の医学部で最近,急に行なわれるようになってきた。秋田大学でも2001年7月14-15日に実施した(写真)。その際に感じた点をまとめ,全国の皆さんへの問題提起としたい。

 さて,その前に本年度実施された第95回医師国家試験について触れておきたい。本年3月17-19日の3日間で行なわれた今回の医師国家試験から,問題はすべて回収され,非公開でプールされることになった。しかし受験者たちが記憶した問題(全問)を復元する作業が行なわれ,必修問題については,医学評論社からすでに出版されている。今年の必修問題73(95F33, 34)に医療面接の問題が出題されている(資料1)。それは,「患者への質問の様式(資料2)」を問う問題である。
 出版社の正解は,33がe, 34はdとされている。上記の復元が正しく,かつ問題作成者の正解と医学評論社の解が一致しているものとして検討してみよう。
 なお,秋田大学で実施したOSCEの医療面接でも,学生の多くが「その症状はいつから始まって,その後どんなふうになったか詳しく教えてください」という質問をしている。

資料1 第95回医師国家試験 必修問題73
(『95<再現>医師国家試験問題解説書・必修篇』[医学評論社]より改変)
問題文 23歳の女性。初診時の医療面接で,以下の会話がなされた。
医師(1) 「――さんですね。私は,○○です。今日はどうなさいましたか」
患者 「頭が痛くて困っているので診てもらおうと思ってきました」
医師(2) 「そうですか。じゃー,その頭痛がいつから始まって,その後どんなふうになったか詳しく教えてください」
患者 「ええ,高校生の頃から時々頭が痛くなっていたのですが,最近数ヶ月はたびたび激しく痛むもので,ひどい時には会社を休まなくてはなりません。そんな時は,吐き気もあります」
医師 「会社を休まないといけないのでは,大変ですね」
患者 「ええ,そうなんです。もう何とか治してほしいと思います」
医師 「わかりました。できるだけのことはしたいと思います」
患者 「先生,私何か悪い病気にでもかかったのではないでしょうか」
医師(3) 「心配なことでもあるのですか」
患者 「例えば,脳腫瘍とか」
医師 「脳の悪性腫瘍を心配しているのですね」
患者 「―――」
医師(4) 「じゃー,頭痛の性状,部位,および随伴症状について教えてください」
患者 「―――」
医師(5) 「頭痛は,ずきずきするような痛みですか」
患者 「はい,そうです」

問 医師の質問のうち,closed questionはどれか(95F33)
a  (1)    b  (2)    c  (3)    d  (4)    e  (5)

問 この医療面接の評価で正しいのはどれか(95F34)
a  医師がもっと主導権を持って会話を進めるべきである
b  難解な医学用語は用いられていない
c  共感的態度で接している
d  この仕方ではよい信頼関係は得られにくい
e  調査的態度で接している

資料2 患者への問いかけ方(厚生省健康政策局総務課監修,柳田邦男編集『元気が出るインフォームド・コンセント』[中央法規]より)
中立型(neutral questions):1つの答えしか要求しない質問型。たとえば,氏名,住所,生年月日,職業などである。質問された患者が動揺せずに返答できるという意味で中立なのである。
閉鎖型(closed questions):患者から「はい」あるいは「いいえ」の答えを要求する質問型。たとえば,「お腹は痛いですか?」とか「吐き気はありましたか?」とか「吐きましたか?」などであり,患者がそれ以上の内容について答えられない。
開放型(open-ended questions):患者の自由な答えを求める質問型。「どのように頭が痛いのですか?」とか「どうすると症状が軽くなるのですか?」「他に具合の悪いところはありませんか?」 患者の心が開き,心の中へ入りやすくなる。


【問題提起 I】
 「その頭痛がいつから始まって,その後どんなふうになったか詳しく教えてください」という質問は,はたしてopen-ended questionなのでしょうか?

 そのような質問を頻繁に受けるSPの方の印象を聞いてみると,「どのように答えてよいのか,正直言って返答に困ってしまう」という回答が多い。この質問は,「その頭痛がいつから始まったのでしょうか?」という比較的closedな質問と「その後どんなふうになったか詳しく教えてください」というopen-ended questionの2つの部分で構成されている。closedとopenの2つの相反する姿勢の質問を受けた患者さんは,二重拘束メッセージとして受け止め,自由でないclosedな印象を持つことになる。その結果,質問を発した医師を開かれたコミュニケーションをとりにくい相手とみなしてしまい,患者と医師の関係は,医師の思惑通りには進まず,ぎこちないものとなってしまう。さらに,「詳しく」という言葉は,一見自由に話させるような印象があるが,実は事実関係を正確に述べることを強要しており,単純にopen-ended questionとは言えない姿勢である。前述の国家試験の医師が,どんどん泥沼に落ちていった理由はその点にある。

【問題提起 II】
 なぜこのような,ぎくしゃくした会話になるのでしょうか?

 実は,『平成13年医師国家試験出題基準』の中にOSCEの参考資料として添付されている「医療面接の評価のためのマニュアル」(資料3)が存在し,その中で,「その症状について,いつから始まって,どんなふうになったか,詳しく話してください」と尋ねるのがベストで2点,「その症状について,もう少し詳しく話してください」は1点,すぐに閉鎖型の質問を連発すれば0点と記載されている。
 各大学で行なわれているOSCEでは,この評価法に則して,学生も評価者も忠実に実施しているのだとしたら,良好な医療者・患者関係をめざしたOSCEの医療面接が,結果的に全国規模で画一的な新種の「マニュアル化された困った医者」を作り出す事態を作っているように思える。

【問題提起 III】
 「じゃー,頭痛の性状,部位,および随伴症状について教えてください」という質問は,open-ended questionなのでしょうか?

 患者さんは,「性状」(正常,政情,清浄,成城),「部位」(ブイ,V),「随伴症状」(ズイハン?)という用語をまったく理解できない可能性があり,そのような用語を用いた質問自体が「情報の共有化」という語義であるコミュニケーションを拒絶していると言える。通じない用語を連発された患者は文字通り心をclosedにしてしまう。通じない,難しい,わからないという困惑は,身体具合の不調からくる不安とは別の,相手の医療者に対する引け目を感じさせ,自由に自分のことを語ること(Narrative)ができなくなるのである。
 以上のような医師の質問で患者が返答に困るよりは,まだ「頭痛は,ずきずきするような痛みですか」という形の上でのclosed questionのほうが,声のトーンやまなざしなどの非言語メッセージの組み合わせによっては,むしろopenに感じられるであろう。
 つまりclosed questionのほうがはるかに良好な医師・患者関係が築けそうなのである。open-ended questionは良好な関係を築くので好ましい質問で,closed questionはよくない質問であるという単純なパターン化は大きな誤りであると言える。

【問題提起 IV】
 なぜこのような質問をすることになったのでしょうか?

 仮にこの問題文のように「頭痛の性状,部位,および随伴症状について教えてください」と質問する医師や学生がいるのだとしたら,これも「医療面接の評価のためのマニュアル(資料3)」に起因している。「部位を聞けば1点,性状(重いような痛み)を聞けば1点,随伴症状を聞けば1点」と記載されているので,その言葉通りに学生は忠実に質問しているのである。
 医師国家試験に出題された意図が,単なる「質問の分類taxonomyを記憶していること」を質したものであるのか,コミュニケーション不足の現状を鋭く批判したものなのか不明であるが,何をもってopen-ended question,closed questionと定義するのかしっかりと議論する必要がある。出題者は「yes」or「no」を尋ねるものをclosed questionと単純に判断しているようだが,果たしてそれでよいのか? 日常生活で返答に困り会話が断絶する質問こそclosed questionではないだろうか? すなわち国家試験問題の(2),(4),(5)の質問は,少なくともopen-ended questionではないと感じるが,そうすると解答できなくなってしまう。おそらく常識的な多くの受験生は大変迷ったことと思う。

今後の対策

 このようにopen-ended question, closed questionという用語の定義すらあいまいな上に,「医療面接の評価のためのマニュアル(医師国家試験出題基準)」が1人歩きし,実際に医師国家試験で出題されたり,今後の臨床実習開始前の全国共用試験で使用されたりする事態を,私たちは憂慮している。これらは全国的な規模で行なわれるものであるため,今後の医療への影響力も大きい。早急に内容の改善が必要であると考える。学生はマニュアル(評価法)を非常に気にし,さらに最終的には,医師国家試験の基準で勉強の態度と方向を大きく変える。今このマニュアルが医学生・研修医の診療姿勢を規定しつつあると言っても過言ではない。
 医療面接のコミュニケーションは何を目的とするのか,そのために何をしなければならないのか,各質問や言葉かけの意味は何か,という基本を習得しない限りは,表層的な言葉ならべに終わってしまうであろう。面接という医師と患者のダイナミックスのどこを,何を持って評価すべきかについて,もっと広く議論するべき時期に来ていると思う。
 良好な医療者・患者関係をめざしたOSCEの医療面接が,このままでは,結果的に「信頼に結びつかない医療面接」が全国のあちこちで展開されるという,逆効果に終わる危険がある。OSCEに関心のある全国の皆さん,「医療面接」をより充実させるために一緒に対策を考えましょう。