医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


入念に配慮されたすぐれた分子遺伝学入門書

ヒトゲノムの分子遺伝学
Thomas D. Gelehrter, Francis S. Collins, David Ginsburg 著/清水信義 監訳

《書 評》阿部達生(京府医大名誉教授・京北病院長)

 このたび,医学書院から出版された清水信義監訳『ヒトゲノムの分子遺伝学』は,初心者にも最先端の内容が十分理解できるように入念に配慮されたすぐれた入門書である。著者の1人Francis S. Collinsらは,1989年ポジショナルクローニングによって白人に多い嚢胞性線維症(CF)の遺伝子をクローニング,塩基配列の決定から機能解析を一挙に行ない,さらに遺伝子診断で白人患者の70%で同じ突然変異(ΔF)が認められることを発見し報告して,世界を驚かせた。デュシェンヌ型筋ジストロフィとハンチントン舞踏病でも,あい前後して遺伝子が単離され,原因となる異常が同定された。これら3つの疾患でなされた研究のストラテジーと成果は,人類遺伝学史上長く記憶にとどめられるものであり,その後に展開したヒトゲノム計画の推進力になったと思われる。

一気に読了したくなる内容

 現在出版されているヒトゲノムや分子遺伝学に関する多数の専門書の中で本書がきわだってユニークな存在であるのは,これらエポック・メイキングな成果をビビッドに再現させて,ゲノムプロジェクトの完成に向けた分子遺伝学の必然的な展開を記述しているからであると思われる。一方,遺伝地図作成に必須な連鎖と組替えの理論やHardy-Weinbergの法則とこの法則を乱す要因など形式遺伝学に関する記述についても,連鎖と連関,創始者効果,連鎖不平衡などなど,耳慣れない遺伝学の用語や多因子病の遺伝子解析に用いられるsib pair methodの解説など,実にわかりやすく記述されている。
 筆者が専門とする細胞遺伝学や癌の遺伝学に関しても,紙面はけして多くないが,非常に重要な知見が有機的にもりこまれているのに驚いた次第である。したがって,最新の教科書でありながら,本書にはかしこまった教科書の枠組みが感じられず,コンテンポラリーで魅惑的な科学物語であるような印象を受ける。読者の多くは,その魅力にとりつかれて一気に読了してみたくなるだろう。
 清水教授らの和訳にはバタ臭さがなく,的確で読みやすい文章になっている。訳書を作る時の苦痛を味わった者として,本書の訳者の方々の苦労に同情し,感謝の意を表したい。分子遺伝学を学ぶ臨床医にとってすばらしい教科書であると言える。
A4変・頁408 定価(本体12,000円+税) 医学書院


上部消化管内視鏡診断実力の倍加に役立つ

内視鏡所見のよみ方と鑑別診断
上部消化管

芳野純治,浜田 勉,川口 実 編集

《書 評》八尾恒良(福岡大筑紫病院長・消化器科教授)

 生物学はBiology,形態学はMorphology,病理学はPathology,放射線学はRadiologyである。-ologyを『Webster's International Dictionary』でみると「a branch of knowledge:SCIENCE」とある。
 しかし,内視鏡はEndoscopyで,-scopyはscrutiny,observationとある。

内視鏡診断医の基本

 内視鏡の基本は“精細にみる”ことのようで,内視鏡検査を始める人には挿入法もだが,とにかく見落としがないようしっかりみろと教え込む。しっかりみても視覚と大脳皮質をつなぐ神経が断線して,病変をみても見えない人もいるが,通常は色調の変化から病変らしいと感じて何でもかんでも生検する人もある。そして,生検した部位は問題ではなく,Group1または2という病理医の返事がもらえれば安心する人も多い。
 言うまでもないが,診断には“みた”所見と病理所見が一致しなければ疑問を感じることが正しい内視鏡診断医の基本と思う。
 内視鏡診断医が個人で経験する症例はたかが知れているので“みた”所見で診断するには,“みた”人によって多数の病変の所見が整理され系統化されることが必要である。
 本書は多数の症例を経験し,今も現役で多数の症例の診断にあたっている超ベテランの内視鏡診断医が集まって,内視鏡所見を整理し系統化し,内視鏡医の実践に資することを意図して作られた本である。
 上部消化管病変が,部位別,所見別に整理されているので,検査医が“みた”所見に応じてその頁をめくれば,鑑別すべき疾患の写真と解説が簡単にみれる仕組みになっている。また,見開きの右の頁を隠して左の頁の内視鏡写真をみた後で右頁をみれば,その正解と解説が記述されているので,自分の診断力や疾病に関する知識を試すのにも役立つ。
 もちろん内視鏡医に必要な基本的事項も簡潔に記載されている。
 Websterの “Science”には,「something that may be studied or learned like systematized knowlege」とも記載されている。本書は-scopy,scrutinyと-ology,knowledgeとを止揚した書とも解釈される。

内視鏡診断学の究極の目的

 内視鏡診断学の究極の目的は,病変の局所局所の所見がどのような病理学的所見から成立しているのか,そしてその所見が内視鏡でどこまで診断できるのかを極めることにあると思う。そのためには,その目的できちんと調べられた病理学的所見と内視鏡所見とをきっちり対比できる多数の症例が必要である。そして,その多数例を整理し,系統化してはじめてscienceの域に達するとも思われる。
 本書に精通され,カンファレンスの症例をその目で眺め,内視鏡学会誌や「胃と腸」をその意図で読まれれば,内視鏡診断の実力が倍加されるものと信じている。
B5・頁344 定価(本体12,000円+税) 医学書院


肝癌撲滅運動の有力戦力

肝腫瘍の造影ハーモニックイメージング
工藤正俊 著

《書 評》沖田 極(山口大教授・消化器病態内科学/日本肝臓学会理事長)

 医師国家試験の合格者発表も終わり,5月も末ともなると病院内には,ついこのあいだまで学生であった連中が白衣の裾を翻し威勢よく飛び回っている。そういう彼らに紹介する本の1つに『インフォームド・コンセント』(ニール・ラヴィン著,李啓充訳,学会出版センター)がある。漫画に代表されるように絵物語が本という時代に育った彼らに「インフォームド・コンセントとは」と大上段に構えたテキストを与えてもまず読まれまいと考え,ラブ・ストーリーも適度に挿入され,そして一気に読み終わればインフォームド・コンセントが何たるかを十分に理解できるのではという配慮からである。斯様に本というものは,時代に即応した形で出版されなければ,たとえ内容がすばらしくても死書同然の扱いを受ける。

わかりやすく解説された原理と手技の実際

 このたび,畏友工藤正俊教授が『肝腫瘍の造影ハーモニックイメージング』という本を出版されたが,本書は活字離れの時代に育った若き医師たちにとっても,挿入された多彩な症例からの鮮明で説得性のある超音波画像と解説図を見終われば,造影ハーモニックイメージングの肝腫瘍の質的診断における重要性を十分理解できるように工夫されている。特に,第1章から第13章までは,ハーモニックイメージングそのものの原理や検査手技の実際がわかりやすく解説されており,本書を読めばすぐにでも検査が始められるという心配りである。加えて,何よりもありがたいのは,この領域で汎用される用語について章を設けて解説されていることで,これは読者にとっては大変便利である。
 かつて,科学の進歩は世界大戦とともに加速されると言われてきたが,平和な時代は必要性が技術革命を興し科学を進歩させる。わが国では,年間3万人を超す患者が肝細胞癌で命を落とし,その予備軍とも言えるC型肝炎ウイルス・キャリアは,200万人を超えると推測されている。つまり,われわれは,“War on HCC”の真っ只中におり,目下肝癌“撲滅”に向け基礎研究者をも巻き込み内科,放射線科,外科,それぞれの“持ち場”で熾烈な戦いを継続中なのである。そして,この取り組みは,日本肝臓学会の肝癌撲滅運動に集約され,必要性は必然性を生み,肝癌の診療に革命的な進歩がもたらされる環境は整えられつつある。
 肝腫瘍の血流動態を造影ハーモニックイメージで把握し,肝腫瘍の質的診断を行なう戦略もこの戦いの中で生まれ,工藤氏がこの分野の旗手であることは,この本を読めば一目瞭然である。コンピュータを駆使したME産業とIT産業の進歩は,驚くようなスピードで超音波診断法そのものを進化させるものと思われる。彼には,日本肝臓学会の若きエースとして今後ともこの領域で獅子奮迅のご活躍をいただき,1人でも多くの患者に福音がもたらされる新しい診断法や治療法の開発に寄与されんことを切にお願いし,この書評の結びとさせていただく。
B5・頁224 定価(本体12,000円+税)医学書院


おもしろく,感動し,そして肩関節の深淵が理解できる

 その機能と臨床 第3版
信原克哉 著

《書 評》玉井和哉(獨協医大助教授・整形外科学)

30年余にわたり日本の肩関節外科をリード

 30年余にわたって日本の肩関節外科をリードしてこられた信原先生の本が,14年ぶりに改訂された。一読しておもしろく,感動し,そして肩関節とはそういうものかと妙に納得する本である。
 それは1つには読者に親しく話しかけるような,ウィットに富んだ語り口のためかもしれない。それに加えて,たとえば反復性脱臼に対するPutti-Platt法の説明の中で,Plattが熱情的なクラシック歌手であったこと,Puttiがムッソリーニを説得してイタリアにリハビリ施設を建設させたことなどが紹介されている。手術の開発者としてしか知らない先達を生身の人間として想像できる楽しさが,本書には散りばめられているのである。

バイオメカニクスを通じて肩の本質を追求

 本書はウィットだけでなく,先生自ら序に記されているように,ドグマにも富んでいる。しかし,それはただのドグマではない。今まで同様,この第3版においても基調をなすのはバイオメカニクスの目であり,ドグマ(のように見えるもの)は実は,バイオメカニクスを通じて肩の本質を追究する姿勢そのものである。その姿勢の強さが感動を呼び起こすのではないかと思う。
 関節が運動器官である以上,バイオメカニクスなしに語ることができないのは当然であるが,本書では,肩のバイオメカニクスの記述に58頁(総頁数の11.5%)を割いている。他のテキストブックと比べてみても,『肩関節の外科』(山本龍二・他編,南江堂,2000)4.0%,『The Shoulder』(Rowe,Churchill-Livingstone, 1988)5.2%,『The Shoulder』(Rockwood and Matsen, Saunders, 1998)6.3%,『Disorders of the Shoulder』(Ianotti and Williams, Lippincott Williams & Wilkins, 1999)10%であるから,本書がいかにバイオメカニクスを重視しているかがわかる。それだけではない。あらゆる疾患や外傷の記載の中に,バイオメカニクスからみた病態の解釈,バイオメカニクスに基づいた合理的な治療指針が息づいているのである。

不思議に満ちた肩の深淵

 信原病院およびバイオメカニクス研究所には,開設以来の膨大な臨床的,基礎的データが蓄積されている。この比類を見ない資料が,おそらくは数多くの共同研究者の努力によって整理され,この第3版に掲載された。信原先生の提唱する腱板疎部損傷の手術成績,これまた先生の独壇場である臼蓋骨切り術の成績はもちろん,三次元解析システムを用いた投球動作の分析や,投球障害についての新しい概念もわかりやすく紹介されていて,流れのよい快適な本になっている。
 頁が2段組になったこと,読みやすい字体が採用されたことも,本書の快適さを増していると思う。表紙の色は初版はサックスブルー,第2版はグラスグリーンであったが,今度はアイボリーブラックである。海は遠くから見ると青く,近づくと緑に見え,深く潜るほど黒くなる。信原先生が今なお不思議に満ちた肩の深淵に潜っていかれたような気がするのは私だけだろうか。
B5・頁560 定価(本体18,000円+税) 医学書院


米国アレルギー診療ガイドの日本バージョン

米国内科学会 アレルギー診療ガイド
プライマリケア医のために

Raymond G. Slavin,Robert E. Reisman 編集/岡田正人 訳

《書 評》古阪 徹(日大・耳鼻咽喉科/頭頸部外科)

単なる翻訳書でなく「日本版」に努力

 本書は,米国内科学会がプライマリケア医のために作成したアレルギーエキスパート診療ガイドの「日本版」である。「日本版」というのは単なる翻訳書という意味ではない。
 原書の優れたところは,各章に典型的な症例がまずあり,実地的に理解していけるようになっていること,理解しながら知識が増えるようにEBMに則って理由づけがされていること,プライマリケアにおいて頻度の多い疾患に絞ってあること,プライマリケア医がどこまで専門医同様のケアが可能で,どのような場合は専門医に紹介することが望ましいかなどが示されていることである。
 しかしながら,原著はあくまで教科書的で,各々のセクションが非常に長くなっており,検索しにくい。また疾患によっては日本と米国との慣習や治療方針が異なるため,単なる翻訳書であったならば日本においてそのまま使用できない欠点があった。
 本書を翻訳版ではなく「日本版」と位置づける理由として,小段落をつけ検索しやすくしている点,日本の慣習と大きく治療方針が異なる場合は,論文を引いて丹念に解説がなされている点,日本で使用される薬剤に直して(近々日本でも発売になる薬剤に対しても),適応,用法,用量などが親切に記述されている点,また,各分野でもっとも信頼のある雑誌を加え重要な最新知見を盛り込んだまさにup-to-dateな日本バージョンとなっている点があげられる。それでいて,大綱はもちろん原著に忠実で世界標準となっているところが訳者の努力の大変さをうかがわせるところとなっている。
 これらの基礎となっているのが訳者の経験であろう。岡田正人先生は,日本の大学医学部を卒業後,米国海軍病院でのインターンを経験し,母校ではない大学病院で内科学を研鑽された。その後ニューヨークで内科専門医となり,さらにエール大学ニューヘブン病院でアレルギー,膠原病,リウマチ学の専門医となられた方である。当時エール大学医学部外科学教室に癌専門医として勤務していた小生は,研究面では癌免疫をライフワークとしていることもあり,免疫学教室にも出入りしていたことから岡田先生と知遇を得るに至った。当時から先生は,臨床だけでなく研究面にも秀でておられ,スタッフとなられた後は,エール大学からPhysician-Scientist Awardを,さらにAmerican College of RheumatologyからはSenior Scholar Awardなど大変名誉ある賞を授与されている。つねに先端をいかれ,活躍の場を世界に求められる先生は,現在,パリ・アメリカン病院のチーフとして,主に在仏日本人の治療に貢献されている。

日米間の慣習の違いを配慮した充実した内容

 医学を修めることは大変なことであるが,このような訳者の経歴により本書は,日米間の慣習の違いにも十分配慮した上で,まことに充実した内容で,読みやすく,しかも理解しやすくなっている。訳者のご努力は大変なものであったに違いない。
 本書は,プライマリケアをめざす内科医だけでなく,アレルギー疾患が,内科,耳鼻咽喉科・頭頸部外科,皮膚科,小児科にまたがる疾患のため,どの分野の医師にとってもアレルギー症状を呈した患者さんを診察する時に役立つものと確信する。本書では症状別,程度別などに対する治療がクリアに表示されている。また,鼻炎用ステロイドスプレーの投与方法に至っては常用量だけでなく,最大投与量,成人にふさわしい薬剤,小児には避けたい薬剤などが実に適切に簡潔に,わかりやすく表示されているように,専門医から見ても実用的かつ高度な内容となっており驚かされる。
 さらに本書は,プライマリケア医のためのアレルギー教科書として非常に優れているばかりでなく,教育に携わる者としては,学生,研修医にもわかりやすい教材として勧められる。また日常臨床に携わる者としては,up-to-dateな実用書としてぜひとも 手元に置きたい1冊である。
A5・頁250 定価(本体3,800円+税) 医学書院


常に臨床への応用を念頭においた呼吸機能検査の教科書

肺機能検査-呼吸生理から臨床応用まで
J. M. B. Hughes,N. B. Pride 著/福地義之助 監訳

《書 評》長尾光修(獨協医大越谷病院教授・呼吸器内科)

 このたび,HughesとPride両博士の『Lung Function Tests』が,順天堂大学呼吸器内科の福地教授と教室員により,『肺機能検査-呼吸生理から臨床応用まで』として見事に翻訳出版された。本書は,Comroe博士の『肺』やWest博士の『呼吸の病態生理』にならぶ名著翻訳である。
 最近の呼吸機能検査はコンピュータ化が進み,検査をブラックボックスとして受け入らざるを得ず,なおさら検査の意味を熟知していることが要求される。
 第1章では,スパイロメトリーと換気力学が,フローボリューム曲線の解釈に気道壁の硬さ(Ptm')を提唱したPride博士自身により,研究と臨床面からわかりやすく解説されている。また,呼吸筋の項では,臨床例を示し解説されている。
 第2章では,ガス交換,呼吸調節,運動負荷が解説されているが,生理学にとどまらず酸素療法にも言及し,看護婦(士)ならびに理学療法士にも十分理解できる内容である。また,睡眠時呼吸障害,小児の発育過程と呼吸機能の問題点が述べられ,数少ない小児呼吸機能の解説書でもある。レスピレーターの使用方法やウィーニング,呼吸筋の評価方法などは,集中治療室の肺機能としてまとめられている。さらに,気道の過敏性試験や咳反射の評価方法,胸部外科手術の術前評価方法が詳しく述べられ,内科医が外科手術の可能性を判定するのに便利である。各種膠原病肺の病態と合併する横隔膜機能障害の記述も興味深い。

わかりやすい翻訳,理解のための工夫が随所に

 本書は,呼吸機能検査の教科書ではあるが,つねに臨床への応用を念頭に置いた解説が特徴である。わかりやすい翻訳に加えて,脚注やBOX番号などが追加され,読者の理解のための工夫が随所にみられる。したがって,本書は,呼吸器科,臨床検査に携わる方々とともに職種を問わず,呼吸の病態生理が関与する肺機能,呼吸療法,呼吸管理に携わる方々にも参考になるものと確信する。
 本書は,Bates, Macklem, Christieの名著『Respiratory Function in Disease』(1971)を彷彿とさせるもので,そのMacklem博士が本書の序文に書いているように,日本においても本書が呼吸病態生理学の再生(ルネッサンス)を巻き起こすことを願うものである。
B5・頁320 定価(本体6,800円+税) MEDSi