医学界新聞

 

〔印象記〕

第2回世界リーシュマニア会議

河津信一郎(国立国際医療センター研究所・適正技術開発移転研究部適正技術開発研究室)

はじめに

 世界リーシュマニア会議(WORLDleish:ワールドリーシュ)は,国際寄生虫会議(ICOPA)の前会長M.Ali Ozcel教授を代表とするワールドリーシュ組織委員会が主催する,4年に1度の世界会議である。1997年に第1回大会がトルコのイスタンブールで行なわれて以来,今回のギリシャでの大会が2回目の開催となる。
 ギリシャ神話のクノッソス迷宮で有名なクレタ島・Hersonissos(ヘルソニソス)で5月20-24日に開催された“ワールドリーシュ2”は,前回を大きく上回る盛会で,オーラル235題,ポスター257題,合わせて約500の演題が,3日間びっちり朝8時から夜9時までのスケジュールに組まれていた。
 「リーシュマニア症」をテーマとするものとしては,過去最大規模の学術集会となり,大会参加者も世界各国から約500名を数え,わが国からも高知医大の橋口義久教授をはじめ8名が参加した。
 今大会では,他の国際学会であまり話を聴く機会がなかった中東地域の研究者の参加が目立ち(特にイランの研究者は20名ほどがツアーを組んで参加していた),同地域でのリーシュマニア症の現状について最新の情報を入手する機会を得たことも特記したい。
 学術プログラムの内容も充実しており,基調講演の他に,分子生物学,生化学,免疫学,疫学,臨床薬理学等,各分野でのトップランナーによる7回のレクチャーが,一般講演およびワークショップの合間に盛り込まれていた。一般演題およびラウンドテーブル形式のワークショップは,細胞分子生物学,進化と分類,免疫学,臨床薬理,診断,ワクチン,疫学,レゼルボア動物,節足動物ベクター(サシチョウバエ)の9つのカテゴリーに分割され,1日の日程の中で3つのカテゴリーが3会場にて同時進行する形式にアレンジされていた。
 単一疾病に関してこれだけのコンテンツになると,その情報量は厚い専門書の最新版1冊分にも匹敵し,疲れはしたものの,大変「お得な学会」であった。筆者は,細胞分子生物学,臨床薬理,診断,レゼルボア動物,節足動物ベクター(サシチョウバエ)の5つのカテゴリーを中心に演題を聴取したが,基調講演と特に印象に残った2つのワークショップに関して,所感を交えながら,その概要を解説したい。

リーシュマニア症とは

 リーシュマニア症はleishmania属原虫を病原体とし,媒介昆虫であるサシチョウバエの刺咬によって伝播する。リーシュマニア症は,世界的に温帯および熱帯地方に広く分布し,病原原虫種の違いから,旧大陸型と新大陸型に,また主たる症状から皮膚型,皮膚粘膜型および内臓型に大きく分類される。ヒトへの感染の多くは,イヌなどの家畜や,齧歯類,イヌ科の野生動物とサシチョウバエとの間に形成された原虫の生活環の中に,ヒトが入り込むことによって起こる。ヒトの内臓リーシュマニア症(カラアザール)は重篤で,患者は死亡する場合もある。レゼルボア動物(保虫宿主)であるイヌ,齧歯類での症状も内臓型,皮膚型の形態をとるが,それらは一般に,ヒトで流行している病型とは一致しない。
 WHOは世界から撲滅すべき6大感染症の1つに本症をあげている。日本には媒介者となるサシチョウバエが生息しないため,リーシュマニア症の流行地とはなっていないが,輸入症例の報告が散発的にあることから,日本においても注意すべき輸入感染症の1つと言える。治療には5価アンチモン剤(わが国では希少医薬品のPentostam・8244・)が第1選択薬となるが,インドなどでは薬剤耐性の原虫が報告されており,新規化学療法やワクチンの開発が待たれている。

基調講演-A“Leishmaniac Manifesto”

 シカゴ医大のKwang-Poo Chang教授による基調講演のテーマはA“Leishmaniac Manifesto”直訳すると「リーシュマニアック宣言」ということになる。「リーシュマニアック」は,Chang教授が数年前からよく使用している造語で,リーシュマニアに魅せられた人たち,つまりリーシュマニアの研究者を意味している。
 リーシュマニア症は世界の88か国で流行し,その地域に生活する約3億500万人が感染の危険に曝されている。同地域では少なくとも1200万人の感染者が存在し,また年間約200万人がリーシュマニア原虫に新たに感染していると推定されている。このうち約150万人がカラアザールの患者とされている。カラアザールが治療なしでは致死性の感染症であることを考えると,この数字はマラリアでの年間推定死亡者数200万人に比して決して少ないとは言えない。
 Chang教授の言葉を借りれば「……にもかかわらず,リーシュマニア症はリーシュマニアック以外にはあまり注目されない感染症」とのことである。Chang教授はリーシュマニア原虫の細胞生物学およびリーシュマニア症の診断法やワクチンの開発研究について最新のレビューを行なうとともに,その進むべき方向性についてもいくつかの提言を行なった。そのうちの1つが,リーシュマニア症対策におけるマルチラテラルな取組みの必要性である。すなわちタイトルの「リーシュマニアック宣言」には,各国のリーシュマニアックが一堂に会する世界リーシュマニア会議で,参加者の連帯感を鼓舞する意味合いが包含されていたのかもしれない。

経口抗リーシュマニア薬

 臨床薬理ワークショップの中で最も印象に残ったのは,経口抗リーシュマニア薬Miltefosineの開発研究・治験を紹介したラウンドテーブルであった。
 病気紹介の部分でも触れたが,リーシュマニア症の治療にはすべての病型に対してアンチモン剤が第1選択薬となる。WHOが推奨する5価アンチモン剤の使用法は,20mgアンチモン/kg/day30日間となっている。WHOの同レジメでは,5価アンチモン剤による初回治療コースで症状の改善を認めない場合は,ペンタミジン,アミノサイジン,アムホテリシンBあるいはリポソームアムホテリシンBなどの第2選択薬に移行することになっているが,これら薬剤の流行地域(開発途上国)での使用には経済的な問題がある。
 しかし,最大の問題はこれらの薬剤が注射薬であることで,例えば,医療設備が不備な僻地の患者さんにアンチモン剤を1か月間連続して注射することはきわめて困難と考えられる。これらの実状を考えると,安全で安価な経口あるいは塗布抗リーシュマニア薬の開発が現在最も望まれていることになる。
 標題のワークショップで取りあげられた新規経口抗リーシュマニア薬Miltefosineはすでに治験の段階にあり,インドでのカラアザールを対象とした治験成績と,南米(コロンビアとグアテマラ)での皮膚リーシュマニア症を対象とした治験の成績が紹介されていた。この薬はいずれの病型にも奏功するようで,副作用も少ないとのことなので,早期の実用化を希望するところである。同経口薬については,近年南西ヨーロッパで多発しているリーシュマニア原虫とHIVの同時感染(このケースでは通常のカラアザールでは原虫が検出されない消化管にも病変が及び,それに対応した臨床症状が観察される)を対象とする治験も行なわれており,やはり好成績が報告されていた。

ノミとり首輪

 節足動物ベクター(サシチョウバエ)のワークショップで最も印象に残ったのは,ノミとり首輪によるサシチョウバエ対策のラウンドテーブルであった。
 ノミとり首輪であるから,当然イヌのリーシュマニア症を予防する話である。首輪に塗り込められた脂溶性デルタメスリンが脂質の膜となってイヌの体躯の全体をカバーすることによって,サシチョウバエを含む節足動物からの吸血をブロックする,とのことであった。
 なぜ,イヌのリーシュマニア症が大切なのか?それにはおそらく2つの理由が考えられる。
 第1の理由は,イヌのリーシュマニア症自体が,南西ヨーロッパにおいて,獣医師がケアすべき疾病として認知されていて,治療薬や予防法開発の対象となり得るからである。第2には,こちらのほうがより重要であるが,南西ヨーロッパおよびトルコなどの地中海沿岸諸国,中国あるいは南米諸国では,イヌがカラアザールのレゼルボア動物となっていて,ヒトでのリーシュマニア症の疫学を理解する上で無視できない存在となっているからである。
 1950年代の初頭,中国では揚子江北側の12省で53万人のカラアザール患者が記録されていたが,その後約10年間の取組みでこの流行をコントロールした経緯がある。この時に効果的であったと評価された対策の1つに,レゼルボア動物であったイヌの淘汰があげられている。レゼルボア動物であるイヌの淘汰は,特に南西ヨーロッパや地中海沿岸諸国では動物愛護などの観点から,現在ではあまり現実的でないのが実状である。そうなるとイヌのリーシュマニア症を積極的に予防する手法が必要になるわけで,「ノミ取り首輪」が,まさに安価で安全,さらには手間のかからない理想的なツールとなるわけである。

おわりに

 なお,筆者は進化と分類のセッションで「PCRと制限酵素切断を組み合わせたリーシュマニア原虫分離株の簡易分類法」について,オーラルならびにポスター発表を行なった。PCRの標的とした遺伝子はP36というリーシュマニア属原虫で広く保存された遺伝子で,この増幅産物を特定の制限酵素で切断してそのパターンを比較することで,未知の分離株をヒトでの病型に関連した4つのグループに区別することができる。この技術をサシチョウバエやレゼルボア動物由来株に応用することで,疾病流行地域の疫学的背景を明らかにすることができる。特に南米と中東の研究者から,「簡便で実用的な技術」との評価をいただいた。
 閉会式では,組織委員会代表のOzcel教授がワールドリーシュの運営方法について,会場に向けて直接意見を求めた。ここでは,学生やフェローが参加しやすいように次回から若手研究者向けの旅費の助成を行なうことが採択された。開会式,基調講演,閉会式と,全体を通して,参加者全員で「リーシュマニア症」を考えることができた今回の大会は,筆者にとって,そしておそらくは大部分の参加者にとって価値あるものであったと確信している。
 末筆ながら,今回私に本学会参加のための助成を与えてくださった金原一郎記念医学医療振興財団に謝辞を申し上げます。