医学界新聞

 

「IT時代と医学教育」を基調テーマに

第33回日本医学教育学会開催


 近年,「国立大学の独立法人化」や「国立医科大学の統合」などの問題をはじめとして,高等教育については多くの議論が話題になっている。
 わけても医学教育に関しては,「21世紀における医学・歯学教育の改善方策」や「医師国家試験出題基準の改定」,「同試験へのOSCE(客観的臨床能力試験)の導入」,「卒後臨床研修の義務化」などの課題が医学・医療界のみならず,広く社会一般からも注目を集めている。特に,「卒後臨床研修義務化」に関連して,「研修医の実態」がマスコミなどでも報道され,社会問題化したことは記憶に新しいところである。
 そのような折りに,第33回日本医学教育学会大会が黒川清大会長(東海大学医学部長)のもとで,さる7月27-28日の両日,東京のシェーンバッハ・サボーにおいて開催された。
 今大会は21世紀最初の大会にふさわしく,「IT時代と医学教育」を基調テーマに掲げ,UCLAのL.A.Wilkerson教授による「Faculty Development:Preparing for Changing in Medical Education」,ならびに黒川大会長による「医学教育のリフォーム:新世紀への挑戦」の2題の特別講演が行なわれた。
 また,基調テーマに沿ったシンポジウム「情報技術による医学教育の変革」,セッション「ITなど新しい教育方法の活用」,さらにシンポジウム「医学教育と生命倫理」,ワークショップ「Evidenced-Based Medicine実践コース」の他,126題に上る「一般・要望演題」の発表など,例年にも増してユニークなプログラムが企画・実行され,500名を超える過去最高の参加者を得て盛会裡に終幕した。

2面および9面に関連記事掲載)


■「医学教育のリフォーム:新世紀への挑戦」

「グローバル・スタンダード」を求めて

 15年におよぶ滞米経験を持ち,また現在は臨床医として初の「日本学術会議副会長」という要職にある黒川大会長は,今大会の開催に当たり,独自の観点から次のようにその抱負を述べている。
 「21世紀を迎えて,医療と医学教育と社会のあり方が大きく変わってきており,『プロ』を育てるべき医学教育と研修は大きな転換期を迎えている。これは,わが国だけの問題ではないが,日本の歴史的,社会的背景もあって,アメリカ,カナダを中心とした医学教育の大きな転換が20-30年前から,また一部のヨーロッパの国でこのような動きが5-10年前から起こっているのに比べれば,わが国では医学教育を担当する医学部の当事者自身が,自発的に内容にまで踏み込んだ改革はほとんどなされていない」。黒川氏はさらに続けて,「しかしながら,医学部や病院を囲む環境が動いているからこそ,本学会の活動が,ここ数年,急速に活発になってきている。このような周囲からの変化への圧力は,いわゆる『グローバル・スタンダード』を求めて,一層高まるものと考えられる。次の世代のためにも,本学会が“よい素材”を“よりよい医師”とすべく,高等教育の一環としての医学教育の改革へ貢献できるように努力することが期待されている」と強調している。

「変化できないこと」こそを問題とすべき

 黒川氏は,特別講演「医学教育のリフォーム:新世紀への挑戦」で,このモティーフを基にして,次のような分析を展開した。
 医学教育を含めて,現在,「教育」が大きな課題と話題になっている理由は何か。
 それは「交通手段の発達」と,電話やファックス,また最近のインターネットの普及がもたらした「情報の国際化」によるところが大きい。『globalization』の時代を迎えて世界は急速に狭くなり,多くの人々が国境を越えて情報を共有し,価値観を共有し,より優れたものを要求するようになったからである。
 医療を担当する医師も,この例外ではない。「情報の国際化」によって,(1)国民への情報公開,(2)個人の権利と自意識の向上,(3)医師と患者をめぐる環境の変化,などが起きているが,それらに対する対応は遅れている。しかし,さらに重要なことは,これらは「医学教育」に限ったことでないことである。つまり,これまで日本を動かしてきた「政治」,「行政」,「企業」などのあらゆる分野にわたる行動規範や社会構造が,この国際時代にマッチしない部分が多く,なおかつそれが認識されているにもかかわらず,変化できないことである。

「21世紀の医療体制の基本事項」と5つのM

 近代日本の歴史的背景と世界の動向を考察してみると,日本人の価値観や精神構造は,長く続いた「鎖国」の間に築かれた「閉鎖性」に起因するところが大きい。さらに医学教育分野に限れば,その後の明治維新によって導入された「近代日本の医学制度(ドイツの制度)」による高等教育が,その基本理念を等閑(なおざり)にして,ひたすら「講座制度」,「教授の権限」,「学位制度(Habilitation)」などの形骸に寄っており,その遺制が現在まで続いている。
 翻って現代を省みると,第2の「黒船来航」の時であり,「21世紀の医療体制の基本事項」として,次の事項が指摘される。
(1)高齢化社会と疾病構造の変化
(2)グローバル・スタンダードをめざした,優れた臨床能力と人格を持った医師の育成:生涯教育と研修の能力(「知識」「技能」「心」)が必要であり,「縦割りの村社会」から脱却するためにも,「他流試合」を組み込んだシステムの構築が急務
(3)質のよい医療と体制
(4)適切な資源の配置と利用
(5)経済原理に即した競争原理の構築:「純粋社会主義的」な従来の医療制度からの脱却
 以上のように論じた上で,最後に黒川氏は「今後の医療には,5つのM((1)Market,(2)Management,(3)Molecular biology,(4)Microchip/Media,(5)Moral)と“国際スタンダード”が要求される」と結んだ。