医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


精神科臨床看護の輝きをまとめた実践書

精神疾患・身体疾患の併発と看護
吉田佳郎,平澤久一,長谷川雅美 編集

《書 評》粕田孝行(碧水会長谷川病院・看護部長)

 昨今,初老期うつ病,老人性うつ病が多く入院してきている。また入院患者の高齢化による身体疾患への看護,慢性に移行した患者の身体管理と精神病院という臨床の場での変化はめまぐるしい。一時期の対人関係を基軸にしたかかわりだけでは,患者の安全確保は困難なものとなってきている。すなわち,精神疾患は精神の座標だけではなく,常に身体疾患を念頭に入れてのケアリングが重要となってきている。その際の福音書的存在として『精神疾患・身体疾患の併発と看護』が臨床に長く携わっていた看護者たちによって上梓された。

豊富な事例による展開

 内容は,「精神疾患に併発する身体疾患への対応」,「身体疾患・併発の看護」,「身体疾患に伴う精神症状」,「身体疾患に伴う精神症状の看護」,「リエゾン精神看護」の5つのサブテーマによって展開されている。それぞれが豊富な事例によって展開され,理解しやすいものになっている。
 例えば,「糖尿病を併発した患者の看護」を開くと,まず「事例」の紹介と「入院後の経過」が簡潔に紹介され,読者に事例のイメージ化がしやすくなっている。そして,「治療」に触れられ,「看護過程」として,まず事例の「アセスメント」とその際の「情報分析の視点」がコンパクトにまとめられている。この部分に目を通すだけで,精神病と糖尿病を併発する患者へのアプローチの視点が理解できよう。
 次に「目標」,「実践」,「評価」が書かれ,初心者にもわかりやすい内容と構成になっている。最後に「看護のチェックポイント」によって,看護アプローチでの留意点が明確になるような編簒になっている。
 全編が簡潔で,読みやすく,わかりやすい。思念と雑念を綴った昨今の看護の本とは一味違う。臨床ならではの輝きを感じた1冊。やはり,臨床にいた(いる)人々が書いた本であり,実践の書となっている。臨床現場であるナースステーションの片隅で読むにふさわしい本である。
A5・頁208 定価(本体2,800円+税) 医学書院


医療者の「考える」能力を磨くための哲学入門

考える看護 ナースのための哲学入門
Jan Reed,Ian Ground 著/原信田 実 訳

《書 評》服部健司(群馬大助教授・医哲学,医倫理学)

 類書を見ない本である。英国の看護学者と哲学者による共著が,適任の訳者を得て上梓された。「哲学入門」とは題されているものの,専門的な知識をただ羅列しただけの哲学の教科書とは異なって,かなり実践的な一書となっている。
 本書のキーワードは,「消極的になれる能力」である。英国の詩人キーツの言葉であるらしい。それはもちろん,もの怖じしたり,優柔不断になったり,考えても仕方ないと諦めて慣習に従う,といったマイナスの能力のことではない。問いや悩みの卵を,いらいらしてかち割ったり,放り投げだしたり,他人まかせにしないで,自分で抱き温めつづけ孵化させることはどうやったらできるようになるのか。本書が全篇を通じて説き示しているのはこの一事である。現場で複雑な問題に多々直面する医療者に,冴えた手と温かい心の他に,「考える」能力が強く求められることは言うまでもない。しかし,無用な思考のもつれを避け,特定の立場に足元を取られることなく,建設的にきっちりと考えるためのトレーニングを積ませてくれる本というのはそうあるものでない。本書の狙いはまさにここにある。こけおどしや箔をつけるための哲学ではなく,自分で考える力を磨くための哲学の入門コースである。
 著者らの語り口はやさしく,難渋な哲学用語もまったくといってよいほど出てこない。それでいて本書のレベルは決して低くない。そこで本書を読み進める上でのコツのようなものを書いておきたい。

哲学する楽しさ

 まず第1章を一番後回しにすること。正しい議論の運び方の手練手管を丁寧に指南してくれる第2章も飛ばしてしまって,早速,第3章以降の,興味ある章にいきなり入られることをお勧めする。看護の知はどこから得られるのか,経験はどれだけ確実なのか。科学とは何か,看護は科学か。心とは何であり,患者が人格であるということはどういう意味か。倫理上の板ばさみにどう向き合えばよいのか。保健・医療サービス上,限りある人的・物的資源をどう分配したら公平と言えるのか。さらには医療現場における言葉の使用の問題。そして,本書の総括とも言える,職務遂行型の「オールドナーシング」と,個人のニーズに寄り添う「ニューナーシング」のそれぞれに対する批判的考察。いずれの章のどこから読みはじめても,そこにはものの考え方のヒントと哲学する楽しさがちりばめられている。
 はじめに,類書がないと書いた。人名が冠されるような看護理論や特定の哲学の立場を強調したりしないで,多様な考え方を展望し,争点を明らかにするバランス感覚のよさ,あるいは著者らの誠実さ。いささか表層的な昨今の医療「倫理」ブームのさなかに,その根であるところの「哲学」に向かう姿勢。そして訳書ならではのありがたい追補であるが,日本語で読める参考文献の充実ぶりは特筆に値する。訳者の並ならぬ力の注ぎようがここからも十分にうかがい知れる。
 英国ではこんな教育がなされているのか,と思うと,医学科で医倫理学と哲学・倫理学を担当し,今春からは保健学科大学院の授業も受け持つようになった教員として少しくやしい気持ちになる。これ以上にもっと工夫をこらしたコースを組み立ててみたいとも思う。もっとも,本書の原著が世に出てまだそれほど経っていない。推せば,かの国でも看護や医療を哲学と結びつけて考えようという試みは緒についたばかりのようである。この意味で,私たちは本書を通じて,臨床に即してものを考えようとする営みの,世界の第一線に身を置いているのだということを自覚してよいのではないか。本書から消化吸収できる事柄は多くあるが,私たちはさらにその先をめざしたいと思う。
 タイトルには「看護」とあるが,本書の射程は狭く看護のみにとどまるものではない。医療教育者は言うまでもなく,ものを考えることが好きだ,きちんとよく考える方法を学びたい,けれどもいきなり哲学書に向かうには抵抗がある,という臨床現場の医療者の方にご一読をお勧めしたい。もし志を同じくする仲間が集まって,輪読会のようなものが開かれ,対話や質疑のやりとりのうちにゆっくりと読まれるとしたら,それはもう,本書の持ち味がこの上ないやり方で活かされるに違いない。
A5・頁292 定価(本体2,400円+税) 医学書院


最初の一歩が出しにくい研究法の水先案内人

保健・医療のための研究法入門
発想から発表まで

Diana M. Bailey 著/朝倉隆司 監訳

《書 評》川島みどり(健和会臨床看護学研究所長)

 人間をケアする立場から,本当に知りたいことを探すのは至難である。それは,情報量の多さからくるというより,これまでの学問のありようからきているような気がしている。つまり,あまりにも専門領域別に分断され過ぎてしまっていて,それらを統合して,必要な知識とするのが難しいというわけである。こうした状況下で,学問として後発であるだけではなく,複雑で流動的な変数を持つ人間の営みを対象にしている看護研究は,どのような方向性をめざせばよいだろうか。その道筋は多様であり,伝統的な方法では行き詰まる場合が少なくない。年を重ねても初心者の域を越えられないジレンマを感じる一方で,無限とも言うべき臨床での疑問の数々や,実践家の経験知の根拠を明らかにする必要を痛感する日々である。
 本書は,そうした思いに応えるかのように,医療・保健・看護そして健康やヒューマンケアに関連した領域において,未知の事象を自ら明らかにする方法を,研究という手法を用いて丁寧に述べている。何よりも,現場の実践家の目を大切にしつつ,発想から発表までに起こりうる研究上の諸問題を,くまなく丁寧に取り上げているのがうれしい。しかも,最初からこれという狭い方法を決めてしまうのではなく,まず多様な研究方法を概観した上で,自分が今,知りたいことを明らかにするのに相応しい方法を選択できるようにとの配慮がある。

専門職の研究のために

 看護学が実践の学問であることを承知しつつも,そして,臨床の場が研究の宝庫であることを感じながらも,最初の一歩が出しにくいのは,「研究」をことさら難しく考えてしまうことにもよるが,せっかく着手しても,迷路に踏み込み,ぬかるみで足を取られる場合も少なくない。着眼点はすばらしいのに,方法のまずさを指摘されて嫌気がさしてしまうのもよくあることだ。そこで,初歩的な探求心をつぶさないために,本書の各章には,水先案内人のようなワークシートがついている。著者の投げかける質問に答えていくうちに,自分の疑問の整理ができ,厄介なハードルを自然に越えられる仕組みがつくられている。
 シートは章尾にあるが,最初にざっと目を通して,自分の問題意識がどの辺にあるかを確かめた上で本文を読み,さらにシートに戻るとよいだろう。個人の研究プロセスにも,グループワークにも活用できると思う。著者は作業療法の専門家であるが,タイトルに示されているように,健康領域に携わるすべての専門職の研究のために書かれている。入門書としては,かなりレベルが高く,1人でこれを読破するのは,かなりの決意が必要だと思う。できればゼミや学習会で討論しながら読むと身につくだろう。読み終えたらまずは研究に取り組もう。研究それ自体優れて実践的なのだから,方法に対する知識を持っただけでは何も始まらない。
 訳者の多くが看護系であるため,用語も従来の訳書にありがちな難解さはない。わからないことだらけの現場の多くの事象を知っていることに変える喜びを味わいたい,多くの看護職者の一読をお勧めする。
A4変・頁293 定価(本体5,400円+税) 協同医書出版社