医学界新聞

 

〔学会印象記〕

Qualitative Health Research Conference 2001

野地有子(札幌医科大学教授)


アジア初の質的研究に関する国際学会

 看護および保健医療分野における質的研究は,ここ10年の間に国際的に活発になってきています。この中心的な学術活動を推進してきている,Qualitative Health Re-search学会(International Institute for Quali-tative Methodology;IIQM, URL=http://www.ualberta.ca/~iiqm/)の第7回学術集会が,さる6月26-29日の4日間,Kyung Rim Shin学術集会長(梨花女子大教授)のもと,韓国・ソウル市の梨花女子大学看護学部において開催されました。今学会は,アジアで初めての開催ということもあり,西洋に対する東洋の思考スタイルの特徴が浮きぼりになる内容でした。
 参加者は,世界20か国から約150人に加えて,韓国国内からの参加者が集まり,梨花女子大学の学部生や大学院生もスタッフとして大勢参加しました。また,日本からの講演発表やポスター発表なども多くみられました。

東洋の文化にこそ必要な質的研究

 主な基調講演をみると,Janice M. Morse氏(IIQM理事長)の「保健医療分野における質的研究の21世紀におけるチャレンジ」では,質的研究によって健康と病気の理解や,病むことに対する人々の反応などについての理解を深めてきているものの,まだまだ実践とのリンクが十分ではなく,研究方法もインタビュー・データに偏りすぎているという点を指摘。その上で,急務の研究課題として,「環境からの影響を観察するデータなども含んだ,多文化における病むことに対する行動のパターンと文化に適したケアの開発」をあげました。
 また,Yeon Jip Chang氏(ソウル女子大教授)は「メディテーション」について講演し,牧牛図(禅の修業段階を描いた10枚の図)を紹介。自分探しと健康に関する,とても印象深い講演でした(牧牛図に関する参考図書:河合隼雄著「ユング心理学と仏教」,岩波書店,pp67-111,1995年)。
 Shin会長は,「更年期女性の身体変化の経験」についての現象学的アプローチの研究成果を紹介。韓国女性は更年期を嵐と捉え,身体変化の経験では,女性の身体は根っこのようで最後には何も残らないと感じていることなど,韓国の画家が描いた女性像のイラストを交えて述べた講演は圧巻でした。米国で16年間仕事をされた経験をもとに,韓国の看護界における理論と現実のギャップを指摘し,「東洋の思考や韓国の文化に根ざした看護の取り組みを発展させていくためには,質的研究が有効である」とまとめました。看護および保健医療にとって,社会文化的な背景への深い理解や質的研究の必要性がよく示され,会場からも賞賛の声が多くあげられました。

日本に国際支部開設の期待も

 シンポジウムには,老年学,心理学,教育学,医学,保健学の分野からのスピーカーが一堂に会し,「質的研究の課題」について論じ合いました。そこでは,特定の状況における経験の意味の重要性や,「臨床家は正しい方法で誤ったことをしており,研究者は誤った方法で正しいことをしている」ために,「臨床と質的研究のリンクが必要である」ことなどが討議されました。
 IIQMの国際支部は,本部のある北米(米国,カナダ)のほかに,韓国,メキシコ,南アフリカ,オーストラリア,イスラエル,ブラジル,オランダの7か国にあり,各国の代表が登壇し,その活動内容を紹介しました。韓国では,Shin会長のもとに,IIQM韓国支部の活動がなされており,教育・心理・看護などの領域が集まって,年2回のカンファレンスと雑誌発行,月1回の研究会などの活動について報告されました。日本の,友永進氏(山口大)と中国看護協会長も登壇を求められ,日本と中国に国際支部開設への期待が寄せられました。
 口演発表188題,ポスター発表55題は,テーマごとに発表。方法論,哲学,教育,健康,栄養,現象学,グラウンデッドセオリー,加齢プロセス,コミュニケーション,家族介護,がん,病気の子ども,精神保健,女性保健,死についてなど多岐にわたりました。発表会場は小さな教室で,マイクを通して意見を述べる必要もなく,演者を囲み熱心な討議が交わされました。
 本学会の特徴の1つに,学会前後の丸1日かけて行なわれるワークショップの存在があげられます。今回は,(1)フォーカスグループ・インタビュー,(2)エスノグラフィ,(3)現象学,という3つのワークショップが開催され,いずれも多くの参加者を集めました。
 開会式や閉会式後のレセプションでは,韓国の食文化や服装の文化にも触れる機会となり,関連学会の情報交換なども熱心に行なわれました。街に出ると,日本語も英語もほとんど役に立たないのですが,言葉が通じない割に,不思議と西欧諸国で感じるあの威圧感は感じられませんでした。
 今回の学会参加では,イスラエルの文化人類学者,オーストラリアの作業療法科学者など,同じテーマに関心を持ついろいろな方々とのネットワークづくりができました。また,梨花女子大学の学生との交流も心あたたまるものがありました。
 エネルギーあふれるリーダーのもとに,看護の新しい世代や新しい研究方法が確実に育っていくのを実感できた学会でした。
(本学会への発表参加には,平成13年度の札幌医科大学学術振興会国際交流研究者派遣助成を受けました。貴重な機会をいただき,お礼申し上げます)