医学界新聞

 

〔座談会〕

高次脳機能障害者へのリハビリテーション

認知リハビリテーションを中心に


本田哲三氏(=司会)
東京都リハビリテーション病院
副院長

大橋正洋氏
神奈川県総合リハビリテーション
センター部長

種村留美氏
京都医療技術短大助教授
作業療法学

中島恵子氏
東京都リハビリテーション病院
臨床心理士


■高次脳機能障害とは何か

本田 本日は,最近注目を集めている「高次脳機能障害」の患者さんに対して,医療ができることは何かを考えていきたいと思います。
 最初に,高次脳機能障害がなぜ注目されているのかについて,私のほうからお話しさせていただきます。これは私見ですが,1つはfunctional MRI(fMRI)など画像診断や,コンピュータ技術の発達,さらには脳科学の進歩の影響があると思います。また,社会の変化が高次脳機能障害をより際立たせているのではと感じています。例えば,患者さんが復職しようとしても,従来のような製造業,農林業に仕事の場がなく,サービス業等におけるコンピュータ関連の仕事などが増えてきています。高次脳機能障害をはじめとする,身体的に問題はなくても脳機能に障害のある方は,その種の仕事には向かないと思われます。また核家族化から,家族による介護が難しい環境もあると思います。
 このようなことが,現在,高次脳機能障害がこれほど注目されるようになったことの一因かと思います。
大橋 加えて,高次脳機能障害のリハビリテーション(以下,リハ)自体は,20年ほど前から脳卒中の失語症の人や半側無視などの問題に取り組んでいました。しかし,救急救命医療が進歩して,溺れた後の低酸素性脳症でびまん性の脳損傷や,交通事故の脳外傷を受けた方など,以前なら命を落としていたような方が命は取りとめ,脳が広範囲に損傷されたがための症状を残してしまうことが起こってきました。
 もちろんその中には,身体機能障害の重い方たちもいますが,身体機能障害はほとんどなく,いろいろな種類の認知的な問題を後遺症として残してしまう方たちが増えています。その方たちは年齢も若く,仕事や社会とかかわりをもつ必要があります。
 このような方たちに対する医療や職業のためのリハや福祉が,現時点では十分ではなく,何をどう考えどう対応してよいかわからないのが現在の問題と思います。

2つのタイプの脳機能障害

種村 脳血管障害等から生じてくる高次脳機能障害と,頭部外傷から生じてくる障害とは,それぞれ異なります。脳血管障害の患者さんは,入院からリハを受ける方が多いですが,一方,頭部外傷の方は,脳外科で手術した後,身体的な麻痺がない場合はリハにかからずに退院するケースがあります。つまり,高次脳機能障害について知らされずに,ご本人やご家族は後で困ることになるのです。同じ高次脳機能障害であっても,この2つのタイプによって違うと思っています。
本田 このたび,東京都では高次脳機能障害者の実態調査を行ないました。その結果,東京都全体で高次脳機能障害者の数は約4200人と推定され,そこでいくつかのことが明らかになりました。
 1つは,約8割の方が脳卒中による方でした。必ずしもすべてを把握しているわけではなく,もっと脳外傷の方がいる可能性はありますが,一応こういう数字が出ています。そして,ほとんどの方が福祉の窓口等にかかわりをもっていません。そういうネットワークから落ちてしまっている方が大変多いと実感しました。

制度上の不備の谷間に

大橋 この問題は,制度上の不備の谷間にあると当事者の方たちが主張され,それに対してメディアや行政が,東京都の調査もその1例だと思いますが,いろいろな対応を開始したところだと思います。
 今後,いろいろな変化が起きてくるのではないかと思います。2001年度から厚生労働省が「高次脳機能障害モデル事業」を3か年計画で全国10か所の地域に委託して,評価方法や対応,地域の資源をどのように活用するかを示す事業が始まります。
 その他にも昨年,運輸省が交通事故後の脳外傷の方たちへの障害認定の問題に関する専門家の検討会を作り,今年1月から新しい認定システムを作って対応を始めています。

高次脳機能障害の患者像

本田 高次脳機能障害を診断して対応するための,医療従事者に必要な知識・対応について,大橋先生,いかがでしょう。
大橋 医療を提供されていない高次脳機能障害の人がたくさんいることが問題です。びまん性広範囲の脳損傷を受けて意識障害が長く続いた方は,仮に身体機能や感覚に麻痺がなくても,学校や職場へ戻ったり,あるいは家族との間に問題が起きる可能性があります。これはぜひ,脳外科をはじめとする急性期医療に携る方たちに知っていただきたいことです。
 高次脳機能障害があるのかどうか,またそれが実際に問題になるのかどうかを判断する専門職が少ないことも問題です。合併症もなく医学的介入の必要がなくなった人には,「命が助かってよかったですね」と家に帰しますね。しかし,意識障害の期間が長かったり,最初の意識水準が低かった方には,その後に何か問題が起こる可能性があることを,ぜひ医療職の方に知っておいていただきたい。そして,そのような問題を評価できる施設へ,患者さんを紹介してほしいですね。
本田 医療職の中でも,高次脳機能障害は一般的知識ではなく,見落とされているところがあります。脳外科,神経内科,精神科,リハ科を含めて急性期医療の現場の方にわかっていただきたいことですね。

高次脳機能障害と診断したら

大橋 「自分を的確に表現できない」,「情報を処理できない」といった症状は,高次脳機能障害以外でも起きる可能性があります。脳損傷による高次脳機能障害であるかどうかは,医学的な情報,例えばケガをしたか,どの程度のケガだったのか,画像所見はどうだったかなどの経過で診断がつくと思います。
 その次に,ご本人の認知機能のうち,どの部分がどのくらい具合が悪いのかをみるために,臨床心理士などが神経心理学的検査を行なう必要があると思います。しかし,今の日本では,神経心理学的検査の結果を的確に解釈できる専門職の数が少なく,またそのような専門家の育成も不十分だと思います。
 ところで神経心理学的検査だけで,高次脳機能障害がある患者さんの社会適応性を判断できるかというと,無理だと思います。これを適切に判断するには,患者さんの周りの方がご本人の様子をみて,「こういう時にこういうことができなかった」「こういうところでは上手にできるのだけれども,場面がこう変わったらパニックになってしまった」などの行動観察をしていただく必要があるでしょう。ただ,行動観察はその手順などが確立されていないので,ご家族の印象に頼ることになり,妥当性を欠く場合も考えられます。神経心理学的検査にもたくさんの種類があり選択が難しいことが問題ですが,行動観察も,客観的妥当なやり方で記述する方法が今のところないというのが問題です。

見えない障害? 障害の三重苦

中島 高次脳機能障害そのものの程度や種類を,医療診断機器で判別するのは難しいです。高次脳機能障害であるかどうかと,それがどういうものかを評価・診断する手段が求められていると思います。
本田 私はつねづね「高次脳機能障害者の三重苦」と言っていますが,「外見ではわからない」,「本人が自覚しにくい」,そして「ある状況にならないと見えてこない」という特徴があります。
種村 例えば,高次脳機能障害の方に知的機能検査「WAIS‐R」をしますと,まったく問題ない場合があります。しかし,社会生活では自分では行動できないことが,社会や仕事に戻って初めて明らかになります。例えば,電車の事故で会社に遅れてしまう時に,それをどう会社に伝えてよいのかがわからずにパニックになってしまい,会社に行けずに自宅に戻ってしまうということなどです。そういう細かい問題は,なかなか検査上ではつかめません。
中島 この場合,「遂行機能障害」が多いようです。これは約束を守るとか,どうしたら効率的にできるか,という見積もりができないことなどがあげられます。さまざまな認知の要素の全部をコントロールするタワーの部分がうまくいっていないのですね。WAIS‐Rはいろいろな能力の局所の部分を拾っていますから,その時には現れないことがあります。検査をする側がよく吟味して解釈していかなければ間違ってしまいます。

神経心理学的検査の適応と限界

本田 中島先生,心理の立場から神経心理検査の適応についていかがですか。
中島 大事なことは,バッテリーには限界があること,その検査がすべてを拾うわけではないことです。しかし,核としてWAIS‐Rはよくできた検査だと思います。ただ,患者さんの反応の数値という点ではよいのですが,その時に患者さんが見せた表情や態度,反応の仕方によって,疑問に思ったところには別の神経心理の検査を行ないます。注意の検査,前頭葉の検査と,視覚認知の検査と,記憶も加味して総合的に判断していくことが必要です。
 そして最も大事なことは,患者さんの脳機能は,正常に動いている機能と,傷害された機能の間にどのくらいの乖離があるのか,また傷害された機能がどのくらい正常な能力を阻害しているのかという状況を把握することです。
 評価は,数値にとらわれずに,その時の検査者が被験者の反応や状況を理解しながら総合的に判断することが必要です。そこには性格反応があって,器質的な問題なのか,それとも心理的反応によるものなのかも見極めなくてはいけません。
本田 結果の数字だけではなくて,本人のやり方の観察など,細部までを含めての評価ですね。
中島 そうした上で,治療のターゲットを決めていきます。
 障害分類で分けると,心理部門が主に扱う内容は機能障害レベルだと思うのです。ですから,早い時期に認知機能への治療・介入が必要で,その部分には神経心理の評価が必要になってくると思います。

実生活の中での問題

本田 医学的所見,神経心理検査,行動観察の中で,最も欠けているのは,高次脳機能障害者の方が実生活場面でどのような障害を呈しているかをみることです。
 今回,都の調査では,ADL(日常生活動作)よりもIADL(手段的日常生活動作)の障害,その中でも特に金銭管理や,銀行・役所の仕事が最も難しいという結果が出ました。今後は,IADLのどういう項目の障害があるのかを医療スタッフが的確に把握して,そこに質問を投げかけて問題点を捉えていく知識も必要となるでしょう。
種村 作業療法では日常生活に密着した面をみるので,ご本人やご家族から細かく情報収集をします。例えば,お箸や食器の扱い方から始まって,IADLにあたる金銭管理,服薬管理はどうか,切符が買えるかというところまで含めて,情報を集めます。
 それを基にして,患者さんの症状の核を捉えるための評価を選択していきます。知能や認知,行為,記憶,注意という下位項目にわたってピックアップして検査をしますが,それでもなかなか拾えない症状があります。それは,実際に社会スキルについて,体験を含めた検査を行ないます。

■認知リハビリテーション

本田 このような高次脳機能患者に対して認知リハを行ないますが,これは,第1次・2次世界大戦の戦傷による脳障害者のために,ゴールドシュタインやルリアといった精神医学者による理論と治療に端を発しています。1970年代から,アメリカのクラインが言語療法と理学療法を参考にして,行動変容を併せて,脳損傷者の再訓練等を始めています。70年代後半から80年代にかけて,脳外傷のリハが合流し始めたという流れです。
 最初に,認知リハの概念ですが,1980年にギヤヌトゥスが,「認知リハとは,知覚,記憶,そして言語障害を治療し,救済するため考案されたサービス」と述べています。近年,その概念は広がってきて,例えば1999年にローリングは,「獲得性の脳損傷後の認知機能および認知関連機能の変容をめざす体系的なプログラムである」と言っています。内容は,機能回復や代償的手法の訓練に加えて,精神治療,職業カウンセリングおよび訓練,各個人の家族カウンセリングまでを含めた包括的なプログラムに発展してきています。
 日本では,最初は失認・失行のリハという形で導入され,それが高次脳機能障害のリハとして,広がりつつある,と考えています。
大橋 『Archives of Physical Medicine and Rehabilitation』誌に「Evidence-based Cognitive Rehabilitation」という文献(Arch Phys Med rehabil vol.81, Dec 2000)があります。これは過去10年間における認知リハについての多数の報告や論文から質が高いと思われる29の論文を解析し,「認知リハは効果がある」と結論したものです。ただし,効果は特定の分野の問題に限って現れており,認知リハと言われている中に効果がないものもありそうだ,と言っています。
 認知リハとは,(1)もともと本人が持っていた行動のレパートリーの中から,障害を補える部分を強化する,(2)新しいやり方を身につけ,障害を代償する,(3)環境を変化させたり,道具を使うことで新しいやり方を覚えてもらう,(4)機能障害が治らなければ,その状態に適応する方策を身につけてもらう,などのことが書かれています。
 効果については,対象を脳卒中の方と脳外傷の方の2種類に分けて,特に効果が高かったのは,劣位半球症状による半側空間無視に対して視覚空間認知を改善させること。それから失語症など,優位半球損傷の脳卒中の方における言語の問題や,脳外傷などのびまん性脳損傷の場合に,失語症ではないが上手にコミュニケートできない人のコミュニケーション・スキルの改善,さらに記憶の代償に効果があった,という結果のようです。その他にも,注意障害の治療に効果がありそうだと書かれています。
 逆に効果がないのは,コンピュータの画面上で認知訓練をすること,つまりセラピストが介入せずにコンピュータだけに任せておくものはやめなさいと,とのことです。

患者のアウェアネスを高める

本田 先生方は臨床にいらして,認知リハの効果についてどのようにお考えになっていますか。
種村 高次脳機能障害の患者さんのアセスメントを適切に行ない,その下位項目で障害されている部分と残存部分をよく把握した上で,よい機能を使ってリハをすると効果が高いということです。それはルリアが「機能再編成」という観点から述べています。
 それから,アウェアネスを高めることも大事であると考えます。例えば,半側無視の患者さんに関してはアウェアネスが低下しており,患者さん自身の注意を高めていかないと,いくらこちらが介入していても,なかなか改善が見受けられないこともあります。
本田 「アウェアネス」とは,自分の障害の自覚(認知)という意味ですか。
種村 そうです。自分が左側を無視していると洋服を着れないとか,左側の髭をそることができません。患者さんの「左側を見忘れるんです」という言葉だけでなく,それらをどうやって改善したらよいのかを自らのアウェアネスを高めてもらわなければいけません。こちらがいくら言葉で説明しても,患者さん自身が気づかなければ意味がないのです。
本田 「アウェアネス」は,認知リハのキーワードになるような気がしますね。
中島 私も認知リハで最も大事なことは,「病態認識の意識づけ」だと思っています。例えば身体的なことは動機づけができます。しかし,高次脳機能障害は目には見えないために,自分の病態への意識がなく,なかなか動機づけがしにくいのです。
 病態の認識や自覚を促がすためには,毎回,訓練のフィードバックを行なうことで,自分が思っているよりも弱くなった能力に気づけるように訓練のねらいを説明し,うまくいかない点に気づいてもらいます。それを言語化してもらうことで,自分の言葉を通して内在化できるのではないかと考えています。
本田 それに伴う種々の情緒的な反応などが起こってくると思うのですが,そのあたりはいかがですか。
中島 個別の認知リハ訓練はストレス場面になりますが,そこを克服するには,このトレーニングで少しでもよくなるのではないかと,よいイメージを持つことですね。
 訓練は患者さんが意識的に取り組めるように,少しでもよくなった点は言語化して伝え,はげまし,楽しく行なうことを心がけることが大切です。
 セラピストは,プログラムを作り,援助者であり,専門家ではありますが,リハは患者自身が実践を通じて自分を良くするしかありません。ですから,認知リハでは「これで,この部分の能力が少しでも回復するのではないか」というイメージを持ってもらうことが大事です。トレーニングを続けてみて,1か月前の自分を振り返った時に,「このくらい良くなった」と認識することが大事なのです。

高次脳機能障害の10の症状

注意障害
中島 注意障害も軽度から重度まであり,また一般的には,(1)注意の持続,(2)選択性(どのくらいミスなくやれるか),(3)注意の分割(2-3のことが同時に注意をそらさずにできるか),(4)転換性(スムーズに他の課題に注意をうながせるか)の4つの側面から対応します。
 各側面の障害の程度に合わせたプログラムを作っていくことが大事ですね。またその時に,どの注意障害の側面が弱いかを考えて,入っていく。(1)の課題からだけでなく,(3)の注意の分割の課題から入ったほうが,軽度の方はよい場合もあります。
本田 注意障害のタイプや重症度によって,対応がまた違うのですね。
中島 例えば作業療法士によるIADLやADL訓練のどの動作にも注意機能が前提となります。まずここに焦点をあてて認知リハのアプローチをかけていきます。

●高次脳機能障害の10の症状
(1)半側空間無視
(2)半側身体失認(身体の認識の障害)
(3)地誌的障害(場所の認識の障害)
(4)失認症
(5)失語症-コミュニケーションの困難
(6)記憶障害(健忘症候群)-記憶と学習の困難
(7)失行症(動作と行為の障害)
(8)注意障害-注意力・集中力の低下
(9)遂行機能障害(前頭葉障害)
(10)行動や情緒(感情)の障害

記憶障害
中島 私自身は,記憶障害は大変難しい障害だと思っています。それは,非常に訓練効果が領域特異的だからです。心理室,作業療法室といった場面では,また,担当のセラピストとは「記憶力が落ちているので,そのための訓練をする場所,担当のセラピスト」との病識が促されても,日常の生活場面で自分が記憶障害であることを意識できているかは,判定しにくいところです。
 ですから,病態の意識づけは大切です。少しでも自分に疑問があって,ふとした場面で記憶が落ちていることに意識が戻った時,そこで「メモ取っておこう」という動作につながることが,最大のゴールではないかと思っています。

遂行機能障害
中島 遂行機能障害の場合は,本田先生とご一緒に,自己教示法(見通しの言語化),問題解決法(ある規則性に気づいて説明する),身体運動セット転換法(ビデオを見ながら動作転換する)の3つのプログラムを組んで,その効果をみています。これは効果が上がる方もいるし,そうでない方もいらっしゃいます。後者の中には,重度の記憶障害があることが,現在わかってきているところです。
本田 記憶障害にもタイプがあるということですね。側頭葉型,間脳型,大脳基底障害型などのタイプによって対応が違っていて,側頭葉障害の方は,「病識=アウェアネス」を比較的持ちやすく,代償的な手続きや手帳等が使いやすいようです。
 ただ,全体の注意の訓練はできたとしても,記憶機能を直接に改善することは難しく,結局,代償的な使用法が中心になっているというのが,私どもの今の印象です。

高次脳機能の評価法

本田 われわれは,今まで人間の最高次の脳機能であり,改善困難だと考えられてきた遂行機能の直接訓練を試行しています。その結果,確かにWAIS‐R等で改善する部分があります。もちろんそれが即,生活場面に反映して,社会復帰につながるわけではありませんが,機能障害の回復には可能性が残っているのではという印象を持っています。
 認知リハの効果は,先ほど大橋先生もご紹介されましたが,米国の先行研究もありますが,このあたりは今後,日本でも実証すべき分野だと思います。
種村 認知リハの効果を明らかにする必要がありますね。また日本には高次脳機能障害の方に対する評価バッテリーが完全に揃ってなく,それが難点だと思っています。Attention process Training,Behavioral Assessment of Dysexecutive Syndrome,Rivermead行動性記憶テストなど,諸外国には有用な検査がありますが,これらはまだ日本語訳が販売されておらず,どの病院でも容易に使えるわけではありません。どの評価バッテリーを使ったらよいかわからないというのが,現状ではないでしょうか。
中島 高次脳機能障害の神経心理学は専門的になって,普通の人にわかりにくいところです。家族でもある程度のチェックができるような,日常生活の行動評価が大事になると思います。そういう時に,評価をする人がしやすいような行動評価が,日本にほしいですね。
種村 行動評価「REHAB」は簡単でグラフ化できるものです。この評価用紙を見た時に,頭部外傷の患者さんに内容的にも応用ができるのではないかと思いました。

■高次脳機能障害者のために今,何が必要か

本田 今後の高次脳機能障害者への対応に関するお考えを伺いたいと存じます。
 最初に,医療面・福祉面での体制作りですが,これはほとんど現在はゼロに近い状態です。
大橋 対象が脳卒中の高齢者の場合,もう一度仕事や学校に戻ることはあまりありませんが,問題は年齢の若い方です。身体障害はそれほどないが,記憶,遂行機能などに問題が残った場合には,急性期に病院の中で行なう対応だけでなく,その後のライフステージに沿って高次脳機能障害から起きてくる問題を,誰かが一緒になって考え,支えていくことが必要だと思います。
 急性期の脳外科的な治療が終わって,リハ病院に入院された方へのリハ病院の役割は,専門家が,どういう障害が残っているかきちんと診断・評価して,その情報をご家族に伝えてあげることだと思います。
 それから,先ほどの注意障害がある場合,認知的な訓練で解決すれば,退院した後の生活にかなり役に立つと思います。こういう援助を病院でできますよということを,世の中に情報発信することが必要です。

医療だけでは限界がある

大橋 しかし,病院の中で解決できることには限界があります。病院を退院してから職場や学校で,高次脳機能障害が原因で問題が起きた時,学校や職業リハの専門家,あるいは福祉の方たちに,問題を解決する方法を検討してもらわなくてはなりません。すなわち医療職以外の専門家にも,高次脳機能障害とその人々への援助方法をわかっていただくことが必要ですね。
 その時に情報を提供するのは,もしかしたら医療職かもしれません。できれば判断・診断できる専門家が基幹病院にいて,継続的にご本人の変化を診断し,求められるなら,その情報を地域の専門家の方たちに提供していくことも必要でしょう。
本田 高次脳機能についての医療の知識や,知識に富んだ作業療法士やワーカーが,福祉施設との橋渡しをして,その場で知識を啓蒙していくことでしょうね。
大橋 誰かがやらないといけないですからね。

患者の受け皿を探す

大橋 しかし,「患者さんをどこへ紹介したらいいのか」という話になると,現在,それがないのが問題なのでしょうね。
本田 先述の都の調査を基に,今年から「高次脳機能障害者診断マニュアル(仮称)」を作成しているところですが,その中には紹介先の病院のリストが含まれています。臨床心理士,言語聴覚士,作業療法士がいる病院をリストアップして,とりあえずそこにつなげようということです。マニュアルを作って,医療・福祉の窓口の方に使っていただこうという動きが行政で出ています。
種村 患者さんから,「高次脳機能障害に対するリハを行なう施設や相談窓口がどこにあるのかわからない」という声が多く寄せられています。それに応えるべく日本作業療法士協会でも,日本全国の作業療法士がいる病院に,高次脳機能障害のリハを行なっているかという調査を企画しています。
大橋 失語症やコミュニケーション・スキルなどには言語療法士が対応しており,その職種がいる病院を探せばよいのでしょうが,病院の中にいる臨床心理士は,まだ数が少ないようですね。
 しかし,病院以外の施設で働いていらっしゃる臨床心理士は多い印象はあります。いわゆるリハ病院では作業療法士がいらっしゃいますが,すべての作業療法士が高次脳機能障害に興味を持って,きちんと評価できるかというと,これもよくわかりません。
種村 臨床心理士は病院に1人いるかいないかと少ないですね。臨床心理士がいらっしゃれば検査をお願いできるし,臨床心理士がなさらない検査は作業療法で,と分担ができますし,介入についても,お互いに相談できます。
 作業療法士も,1日に一定の人数の患者さんに対応しなければなりません。しかし,高次脳機能障害の患者さんは,マンツーマンで行なうため,時間がかかることから,十分な対応ができていません。
 なるべく高次脳機能障害の患者さんに還元できるような生涯教育プログラムを,病院の中でも作っていただきたいと思っています。
中島 心理学科は基礎と臨床に分かれていて,基礎系には大脳生理学,神経心理学,知覚心理学,認知神経学があります。臨床系はカウンセリングが中心で,心理学ではカウンセラーをめざす人がとても多いようです。養成プログラムの中で,神経心理や認知心理に重きを置かれていないのが現状です。一口に臨床心理士といっても高次脳系障害がわかる者は,実際は少ないかもしれません。
大橋 認知リハはカウンセリングとはまったく違いますね。診断をはっきりつけて,この問題に機能的な立場から介入していくことでしょうから。臨床心理士の方が認知リハに関わるのであれば,ぜひ人材を教育して専門家の数を増やしていただきたいですね。
本田 今後は各病院,施設において,各職種が役割分担し,その現場にあったシステムを構築することが,現実的な対応ということになるのでしょうか。
大橋 病院では診療報酬制度の問題があって,入院期間も制限されています。実際に治療して報酬がもらえる職種も限られています。1日に対応できる人数も決まってしまいますから,高次脳機能の人たちに,どういう職種が,どのくらいの時間をかけなければいけないかを,きちんとデータを出していく必要があります。
 それで診療報酬制度が改正されるかどうかわかりませんが,今のままでは,こういう問題を持つ方に病院が対応する場合,それぞれの病院が一生懸命やろうとしても,経営上や人員配置の問題など限界があります。ですから,現実に高次脳機能障害者を治療できる病院が少ないと思いますね。
種村 障害の特性によって,診療報酬も変えていただけるとよいですね。

身体障害者手帳

本田 先ほど,基幹となる心理職が十分に働けるような保険制度面での保障が必要というお話がありました。他に重要な点がありましたら。
種村 行政制度の問題ですが,高次脳機能障害者の身体障害者手帳取得という問題があります。
本田 それは大きな問題ですね。従来,高次脳機能障害は,精神障害の中に入れられて,失語症は身体障害の中に入っているので,そのあたりに矛盾があります。種村先生ご自身は,高次脳機能障害者の将来の障害者認定についてどうお考えですか。
種村 精神障害者保健福祉手帳が,高次脳機能障害,いわゆる「若年性痴呆」という形で取得できるようになりましたが,これでは限界があります。例えば身体障害で利用されている更生援護施設やデイケア・サービスなどが一切使えません。これは本当に大きな問題で,家族の心理的負担がとても大きいのです。高次脳機能障害の患者さんは行動面での問題が大きいことから,24時間付き添っている家族にとって,患者さんが昼間過ごせる場所が必要です。しかし現在のところ,そういう施設はまったくありません。
 諸外国には,高次脳機能障害,脳外傷のグループホームなどが見受けられますが,日本にはまだないのが現状です。
本田 都の調査でも,身体障害者と高次脳機能障害者を比べた場合,高次脳機能障害者のほうが家族の負担が大きいことが明らかになっています。そういう方たちの受け皿が,障害者制度から抜け落ちていますね。
種村 就業リハにしても,高次脳機能障害の方は,精神障害者保健福祉手帳をお持ちの場合は身体障害者雇用枠で雇用できません。
大橋 ここにきてやっと,高次脳機能障害の方の声が行政等に届き,施策などに反映され始めたことを,先ほど述べました。しかし,肝心なのは,医療機関に,高次脳機能障害の問題が理解されて,対応に反映されるのかどうかです。よい方向で反映されるとよいと思っております。
本田 本当にそうですね。本日はありがとうございました。
(終了)