医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


体性感覚の世界的モノグラフ

〈神経心理学コレクション〉
タッチ

山鳥 重,他 シリーズ編集/岩村吉晃 著

《書 評》酒田英夫(聖徳栄養短大教授)

 ショパンのワルツを思わせるような軽やかなタイトルの本である。その名のように流れるような読みやすい文章であるが,内容は深く世界にも類を見ない体性感覚の最高のモノグラフである。

30年間の体性感覚研究を集約

 著者は,サルの手を中心にした30年間の研究のすべてをこの1冊に集約して大脳皮質体性感覚野の情報処理についての一貫した考えを1つの物語として展開している。
 第1章で,「タッチとはアクティヴタッチのことである」と述べ,von Freyに代表される点状刺激に反対して,手で自由にさわることによって生じる対象の知覚を重んじたKatzの研究がその糸口を与えたことを述べている。
 “Active Touch”という題の国際シンポジウムは,1977年にブルゴーニュワインの中心地であるフランスのボーヌ市で開かれた。著者は,そこで手でさわった物が丸いか四角いかを識別するニューロンが体性感覚野にあることを発表して大きな反響を呼んだ。これが体性感覚野の情報処理が単純な受容野から次第に複雑な対象の知覚に至る階層的な処理であるという著者の考えの出発点であるが,同時にそれは体性感覚系神経生理学の権威で並列分散処理を主張するV. B. Mountcastleのグループとの長い論争の始まりでもあった。
 第2章「タッチの生理学」では,そのMountcastleが支持した「関節の位置感覚は関節受容器による」という考えが実は誤りで,筋受容器が関与していることを示すヒトでの実験を紹介している。自らの足を切開して,筋肉が引張られると関節が曲る感覚(位置覚)が起こることを証明したMcCloskeyの実験は,読者に強い印象を与える。このMcCloskeyは,また自らの脚に筋弛緩剤を動脈注射して重さの感覚が脳から筋肉に送られる指令のフィードバック(遠心コピー)に依存することを示した人でもある。
 第3章「タッチの大脳表現」では,著者の研究の中心課題である大脳皮質体性感覚野(S I)における情報処理のプロセスについて論じている。皮質と体表の関係は点対点ではなく点対面になっていて,3b野での1本の指の小さい受容野から,1,2野の多指型の受容野へと階層的な処理が進むというのが主な話の筋である。ここで著者が述べている「受容野の形には意味がある」という「機能面」の概念は,HubelとWieselが視覚野で発見した単純細胞や複雑細胞による輪郭の検出とは違って,体性感覚野に独特のものである。その発見のきっかけとなったネコの体性感覚野の実験で,さまざまなポーズで違った面が触れるという図のモデルは,著者が杉並に住んでいるころ飼っていた猫である。
 第4章「痛み,痒み,温度感覚,内臓感覚の大脳表現」では,痛みや温度感覚などの大脳表現について述べ,痛覚の中枢はどこにあるかという大問題を論じている。著者自身が最近研究を始めた第2体性感覚野(S II)をはじめ多くの候補があるが,S I,S II,島,前帯状回,頭頂連合野(7b)などがネットワークを構築して,痛み刺激が引き起こす多彩な脳活動にかかわっているという研究の現況がよく示されている。
 第5章「手の運動と体性感覚」では,MottとSherringtonのサルの脊髄後根切断による手足の運動障害の実験に始まり,伝導路である後索の切断による運動異常について述べたあと,体性感覚野の損傷によって起こる運動障害の原因を解明するために著者が行なった,ムシモール注入による機能ブロックの研究について詳しく述べている。ビーカーやロートに入れた小さな餌を栂指と示指で摘まみ取らせると,他の指が縁に引っかかって巧く掴めない症状や,閉眼するとりんご片を見つけられない症状から,知覚障害が運動障害をもたらしている,というごく自然な結論が導き出された。さらにヒトの症例でサルの実験で用いたのと同じ容器を使って同じような症状を観察することによって,これまでさまざまな議論を呼んだ肢節運動失行の原因について明確な解釈を下している。

アクティヴタッチの論究

 第6章「さわる,さわられる」では,この本のテーマであるアクティヴタッチについて論じ,重さの感覚に代表される運動指令の遠心コピーの役割を証明するMcCloskeyの実験や,サルの2野で能動的な関節の動きに先行して発火する遠心コピーのニューロンなどを紹介している。そして,著者自身のデータから,体性感覚野の中でより連合野的な2野に物の形や材質の特徴に反応するニューロンがあることを述べ,四角いものと丸いものを区別する2つの対照的な形識別ニューロンは,サルが自分で能動的に対象を握った時にのみ発火したと述べている。これぞアクティヴタッチを象徴するニューロンである。材質の解析と運動の分析が不可分に結びついていることを示す例として,サルが毛足の長いブラシや著者のひげを触ったときに発火したニューロンがあったというくだりには,思わず笑いがこみ上げてくる。
 第7章「認識の基盤としての体性感覚」では,自己意識と身体像の脳内メカニズムについて論じている。「自己意識とは結局,物理的な存在としての自分,つまり自分の身体を意識することです」というのが30年の研究の結果として著者が得た結論のように思える。「身体像は自分を中心にした空間(自己近接空間)の認識と共通で自己認識の基本はやはり体性感覚なのです」と述べている。
 長い間はっきりわからなかった身体像の局在が浮かび上がってきたのは,入来篤史氏との共同研究によって発見された,体性感覚と視覚の両方に反応する多感覚ニューロンの特異な反応の観察による。手に触覚受容野を持ち,手の周囲に視覚受容野を持つニューロンの反応が,サルに道具の熊手を持たせ,それで餌を取る動作を繰り返し訓練すると変化して,視覚受容野が熊手の先まで広がるというのである。身体像の概念をうちだしたHeadとHolmsがかつて,女性が自分のかぶる帽子の羽根飾りの先まで身体のイメージに取り込まれていると言った逸話を思い出させる興味深いニューロンである。このようなニューロンは,頭頂間溝の背側で2野と5野の境界付近にあるので,ここに身体像と身体認識の領域があることはほぼ間違いないと思われる。
 第8章に付録のような形で,「体性感覚系の基礎知識」が記されているのもユニークなスタイルである。面白いストーリーを読み終えた読者が確実な科学的知識として記憶に貯えるには,充実した文献リストとともにぜひ必要な章である。主に体性感覚系の神経解剖学について簡潔にまとめてあるが,体性感覚野の細胞構築の項で一般によく使われるBrodmannの地図ではなく,Economoの地図を記載しているところに著者の見識が現れている。Brodmannの地図では,52の領野が並列に並べられているが,Economoが5つの基本形に分けた地図は,それぞれのタイプの領野の機能的役割について多くの示唆を与えてくれる。それはしばしば見過ごされているが,著者の大脳皮質における階層的情報処理の考えによく合う所見である。

新しいパラダイムを確立した研究

 以上のように,著者は30年にわたる体性感覚野の独創的な研究から,3a,3b野から1野,2野,5野と進む階層的情報処理のプロセスの全貌を明らかにし,それによって触覚認識と身体認識が生まれることを検証した。この業績は視覚におけるHubelとWieselの仕事を超えるもので,大脳皮質における感覚情報処理の研究に新しいパラダイムを確立した画期的な研究である。その意味で,この本は神経心理学の分野の人たちだけでなく,脳研究に携わるすべての人に一読をおすすめしたい。
A5・頁296 定価(本体3,500円+税) 医学書院


在宅におけるリハビリ・ニーズに応えるマニュアル

〈総合診療ブックス〉
ホームケア・リハビリテーション基本技能

石田 暉,前沢政次 編集

《書 評》片山 壽(片山医院)

 介護保険の導入により生活における障害を支援することの中に,大きくクローズアップされてきたのが利用者のQOLを最重視する自立支援の理念であり,個別のニーズとしてリハビリテーションの領域が明記されるようになってきた。しかし,こうしたケアマネジメントの標準化とともに,在宅における利用者のリハビリテーションのニーズは大きく顕在化してきたが,まだ本質的なリハビリテーションの視点を十分にケアプランに反映できるケアマネジャーは少ないのが現状である。
 この点はアセスメントの習熟と関連知識の集積を待たねばならないが,現実にこの分野のサービスとして対応する職種は必ずしも理学療法士や作業療法士ではなく,訪問看護婦やヘルパーが日常のサービス提供の中に盛りこんでいる場合が多い。

在宅医療・ケアスタッフが身につけておくべきリハビリ手技

 この点は,医療面を担当する主治医のリハビリテーション分野に対する理解も不均一な中で,やや積み残し部分として在宅医療・ケアの弱点となってきた経緯がある。
 本書は,ケアプランに則り在宅の現場で利用者の残存機能の維持向上に努める医療・看護・介護のスタッフが,基本的な技能として身につけておくべき,いわばリハビリ手技を含めた機能回復に向けての実践の理論が,「評価」「基本技能編」「実例編」と,あらゆる角度より簡潔にまとめられている。
 脳血管疾患などにおける個人の身体機能の喪失は,健常者の身体に障害を持つ者に対するある種の偏見の裏返しともいえる思考も影響して,大変複雑な心理的過程を経てゆくものであるが,本書には在宅ケアにおける留意点や心理的なアプローチにも言及しており,完成度の高い内容である。
 本書では,ホームケアにいわば限定した形式で,在宅における多様な身体・精神機能障害に対処する方法論を基本技能として示しているので,利用者への均一なリハビリテーションプログラムのスタンダードのマニュアルとして,多彩な職種の関係者による活用が大きく期待される。
A5・頁204 定価(本体3,700円+税) 医学書院


長い歴史的な筋ジス研究の積み重ねの集大成

筋強直性ジストロフィーの治療とケア
厚生省精神・神経疾患研究委託費 筋ジストロフィー患者のQOLの向上に関する総合研究班(班長=岩下 宏) 編集・発行/川井 充 責任編集

《書 評》埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院長)

 筋強直性ジストロフィーは常染色体優性遺伝をとり,筋強直(ミオトニア)と筋力低下を主症状とする進行性の疾患である。筋症状だけでなく,内分泌異常(糖尿病,陰萎),白内障,前頭部脱毛,免疫異常,中枢神経系症状などをみる全身性の疾患である。分子生物学の進歩により,遺伝子はクローニングされ,その遺伝子産物はミオトニンキナーゼとよばれている。しかし,まだその機能は十分に解明されていない。

充実した患者ケアの記述

 本書では上記のような病態に関することも紹介されているが,なによりもユニークなことは患者のケアについて大きなスペースが費やされていることである。本症が全身性の疾患であることからもわかるように,本症患者のケアは教科書レベルの記載からはとても行なえない。本書中の患者ケアに関する記載は世界にも例をみないものであり,医療関係者が筋強直性ジストロフィーの患者に接したとき,その医療的,社会的ケアについてどれほど役立つかはかりしれないものがある。
 日本には27の国立病院・療養所に筋ジストロフィー病棟が設置されている。入院患者はデュシェンヌ型がもっとも多く,次に多いのが筋強直性ジストロフィーである。このような筋疾患専門病棟を国が持つシステムは世界的にあまり類をみない。厚生省(現・厚生労働省)は筋ジストロフィーの研究を推進するため,昭和46年(1971年)に「進行性筋ジストロフィー症の病因と治療に関する研究」班を発足させ,その中に臨床班(班長=山田憲吾教授)ができて臨床研究が進展してきた。この研究班は通称筋ジス研究第4班として医師だけでなく,看護などコメディカルの人たちが手を取りあい研究を進めるユニークな班となっている。この班では,筋強直性ジストロフィーに関するプロジェクトチームも形成され,その成果は患者に還元されている。以上のように長い歴史的な研究の積み重ねが本書への集大成となって表れている。著者は国立病院・療養所の職員に限られているのは当然のことであるし,また国立の施設で働くものの誇りでもある。今まで実際に行なわれてきた臨床研究の結果に基づいた記載であるので(これこそevidence based medicineである),どのような筋強直性ジストロフィー患者に接しても対処できる強みがある。例えば患者の咀嚼,嚥下,栄養に関することで苦慮する時でも,教科書にはない実際面での対応法が記載されている。
 責任編集の責をまっとうされた川井充氏は国立療養所下志津病院,国立精神・神経センター武蔵病院で直接多くの患者に接してきたからこそ,このような企画,立案ができて本書の完成に至ったのであろう。その努力に心から敬意を表する。本書は慢性疾患を持つ患者のケアという点で,筋疾患を専門としない医療関係者にも参考になることが多い名著として推薦する。
A4・頁272 定価(本体3,300円+税)
発売 医学書院


「物語」の力を探る試み

〈シリーズ ケアをひらく〉
あなたの知らない「家族」
-遺された者の口からこぼれ落ちる13の物語
 柳原清子 著

《書 評》細谷亮太(聖路加国際病院部長・小児科)

親の話にのめり込む

 「遺された者の口からこぼれ落ちる13の物語」という副題がついているこの本の「はしがき」で著者は,《「がんターミナル期の家族」というテーマのもとに調査をくり返し,データをまとめて,研究会で説明してみたが,参加メンバーからは首をかしげられ,指導教授からは,「言わんとしていることがよくわからないし,人に伝わらない」と言われ,それが1つのきっかけとなって,家族の語ったことばで,家族の姿を描き,「家族の困難性」を浮きぼりにしてみようと思った》という趣旨のことを述べている。
 「子ども」を見送った親の話,「配偶者」をなくした人の話,そして「親」をなくした子どもの話がそれぞれに分けられて何篇かずつ載せてある。そして最後に大家族の中での何人かの死を,家族のうちの何人かに語らせてある。
 私は小児がんを専門に仕事をしてきたので,「子ども」を見送らなければならなかった親の話にいちばんのめり込んだ。小さいうちになくなった子の話,成人してからなくなった子の話,どちらもとてもうまくまとめてある。実際,私が在宅のターミナルケアを行なった男の子のご両親も,この本の中に登場して話をしている。その子の章は読んでいて,またもう一度ご両親からお話をうかがっているような気さえした。

書き分けの難しさ

 しかしこの著者のねらいがすべて成功しているわけではない。1例ずつ話してくれた人は違う人なはずなのに,そんな空気の違いがあまり伝わってこないのだ。家族それぞれの言葉をそのまま読み手に伝えるということの難しさを感じる。もう少し,著者の思いを,プロローグの部分にだけではなく,エピローグ風にうしろにもくっつければ,症例ごとのめりはりがついたかもしれない。
 書き分けの難しさをもっとも感じさせることになったのは,最後の章「旧家」である。でも著者はプロの書き手ではないのだから,これはいたし方のないことである。それよりも著者がどれだけの時間を悲しみの淵にいる人々と過ごしたかに注目したい。

話を聞くことがなぜ「ケア」になるのか

 以前,ノンフィクション作家の柳田邦男氏が,自死なさったご子息と家族のことについて書かれた『犠牲(サクリファイス)』という作品が文春文庫になったときに,ご依頼に応じて解説を書いたことがあった。
 その作品の中で柳田氏は《がんのターミナルケアの場合は,何日,何か月というゆるやかな「時間」の経過の中で,家族はそれぞれに物語をつくり,現実を受け入れてゆく。「彼はこういう運命を背負って生きてきたんだ」という物語を》と述べておられる。
 解説の中に私は《「なぜ,あの子が」という問いに答えるのは困難である。これを解決するのには,それぞれの親が,十分な時間を使って,それぞれの物語を見出すのが,1つの方法であると柳田さんは考え,それを本著を書きあげることで実行している。賢明な方策である》と書いた。
 ともあれ,著者がこの本を上梓したことで直接的,また間接的に物語のとっかかりをえた遺族は多いはずである。そして,こういうふうに話を聞いてあげることが,本当のケアになるということに思いあたった医療者も少なくないはずである。
A5・頁200 定価(本体2,000円+税) 医学書院


脳MRI正常解剖アトラスと神経機能解剖が1冊に

脳MRI 1.正常解剖
高橋昭喜 編著

《書 評》前原忠行(順大教授・放射線科学)

 この度,秀潤社から『脳MRI (1)正常解剖』が上梓された。
 編著者は,東北大医学部放射線診断科の高橋昭喜教授で,他に同施設から3名,秋田県立脳血管研究センターから4名など,9名の分担執筆者による共著である。

著者の思いを実現した書

 序文によると,本書の完成にはまる3年を要したとのことで,「自分自身のための脳のMRIアトラスと肉眼的な神経解剖を中心とした本が手元にあったらいいんだがなあ」という思いを実現する目的で,自分自身のために書いたそうである。
 帯にも「もう何冊も解剖書を開く必要はありません」と記載されているように,脳MRI正常解剖アトラスと神経機能解剖が1冊にまとめられたのが本書の大きな特徴である。
 内容の構成を見ると,全体では287頁からなるMRI解剖の解説書としては従来にない大作で,本文は,部位別に「1.大脳皮質」,「2.大脳白質」,「3.基底核・間脳」などの10項目に分けて記載され,さらに,「11.小児脳の発達」,「12.加齢による変化」など,小児や高齢者で見られる正常脳の加齢変化に関した項目を加えている。
 また,「13.神経機能系の覚書」という最後の項が本書の心髄とも言える部分で,感覚系,運動系,言語野,辺縁系,自律神経系に分けて詳細な伝達経路やそれに伴う臨床症状や症候群などがきわめて簡潔な箇条書としてまとめられている。この項に記載されている情報はきわめて重要で,日常の読影業務で臨床情報を参考にMRI画像を読影する際に本当に役立つものと思われる。この部分だけでもコピーさせていただいて,私の施設の神経放射線診断学を志す研修医や若手医師に配布する許可を得たいものである。
 この種の正常解剖アトラスでは,目次や索引が十分に整っていることも必須である。本書では,全体の7%に相当する20頁が索引にあてられており,英文索引が約1,200項目,和文索引が約1,450項目と,きわめて充実した検索情報を与えてくれる。ただし,紙面節約の都合からか,索引の文字サイズが7ポイント程度と小さいために,私のような老眼の始まった人間にはいささか識別に苦労を強いられる難点も否めない。
 解剖学的特性からか,項によって難易度に若干の差があり,全体的には研修医や一般放射線科医よりは神経放射線診断学を志す人や神経内科,脳神経外科など神経疾患専門家が対象読者となるものと考えられる。  いずれにしても日常診療の場で中枢神経系疾患のMRI画像診断に携わる方々には,この1冊を常に手元に備えておくことで,単なる形態診断のみでなく,機能面を含めたより深い読影力の向上に必ず役立つものと考え,心から推薦できる教科書である。
B5・頁288 定価(本体9,500円+税) 秀潤社