医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


医療現場での検査の位置づけ,意義に応えるハンドブック

臨床検査データブック 2001-2002
高久史麿 監修/黒川 清,春日雅人,北村 聖 編集

《書 評》金川克子(石川県立看護大学長)

 本書の初版は,「1997-1998」年版であり,2年ごとに新しい項目を加えて今回は第3版(「2001-2002」年版)として発刊されたものである。
 編者の序にも述べられているが,昨今の医学教育や臨床研修改革への圧力と大きな流れの中で,医療の現場での検査の位置づけや意義が問われるようになっていると考える。

敬遠したい患者診ずして検査のみに頼る臨床

 さらに編者は,臨床医の本当の腕の見せどころは,「検査にあるのではなく,検査をする前にその検査の必要性と予測される結果の根拠と確率を無意識にでも知っていることである」と指摘しているが,看護職,患者の立場からみても,患者診ずして検査(データ)のみに頼る臨床は敬遠したいものである。
 さて,本書の構成は,「臨床検査の考え方と注意事項」,「検査計画の進め方」,「検査各論」,「疾患と検査」からなっている。
 検査各論は,生化学,内分泌,血液・凝固・線溶系,免疫血清,感染症,腫瘍・線維化マーカー,癌遺伝子,尿,糞便,細胞診,血液・尿以外の体液,薬物・毒物等,多岐の検査が網羅されており,150名にもおよぶ専門家によって執筆されている。
 医療の場には臨床検査は不可欠であるが,検査づけ,薬づけにしないためにも,データ判読の基本や臨床検査をする根拠,臨床検査における医療者と患者の関係,基準値・基準範囲等の正しい利用方法,医療保険や診療報酬との関連,遺伝子診断の概念の項目等は,臨床検査に先立って大いに役立つものである。
 また,むだのない効果的な検査のために,「検査計画の進め方」の項を基に必要な検査内容がわかりやすく解説されている。
 患者の立場からは,医師,看護職からのわかりやすい説明を受けて,必要な検査がそれほどの苦痛や負担なく実施されることを願うものである。
 臨床検査は,病気の正確な診断のためには必要であるが,患者に信頼される医師,看護職をめざすためにも,本書は絶好のハンドブックである。
B6・頁850 定価(本体4,700円+税) 医学書院


人への思いが凝縮した「ケアの元気ぐすり」

<生きいきケア選書>
老人ケアの元気ぐすり

稲川利光 著

《書 評》大田仁史(茨城県立医療大学附属病院長)

 著者の稲川君とのつきあいは,1984年に広島で開催された「全国地域リハビリテーション研究会」が始まりだと思う。当時,彼は理学療法士で,その会では三好春樹,鳥井浩司,安永道生,村上重紀君など,大勢の傑出した理学療法士や作業療法士と出会った。またその頃,彼が「辛く苦しい訓練でなく,明るく楽しいリハビリを」という主張をこめて提唱した「E・T」(Entertainment Therapyの略)という新語が老人ケアの世界で話題となり,1988年に福井で「第1回ET学会」が旗揚げされた折,稲川君は「博多にわか」のおもしろい芸を見せてくれた。
 その後,彼は医師をめざして香川医科大学に入り,医学生時代にも「四国老人ケア研究会」を結成して老人の地域ケアにかかわっていたが,私はその第1回大会に招かれて講演した際,「おむつ外し」をテーマにした寸劇仕立てのプログラムで,彼におむつ外しに挑戦する老人の役をもらったりしたのを覚えている。
 余談になるが,四国・高松にはわが家の先祖の墓があり,東京の私ども家族はたびたび墓参もかなわぬので,彼に墓守りを頼んだ。よく面倒を見てくれて,92歳になる母親は彼に本当に感謝している。
 本書 II 部には彼の生い立ちが述べられているが,医学生時代の貧乏ぶりはいまの時代では相当なもので,その苦心の貧乏対策は直接聞くと笑い出してしまう。本人は辛かっただろうが,聞くほうにはほとんど漫談に近かった。それは彼の人柄による。彼は情に厚く,心豊かで芸達者。それにとびっきりやさしい。しかも40歳になって医者になるほどの元気もある。しかし年には勝てず,暗記物が多い医者になる苦労をイヤと言うほど味わった。それを支え続けたのは実は奥さんだ。「おじいちゃん子,おばあちゃん子」だったので,一面甘えん坊のところがあるが,今は奥さんに甘えきっている。本人はそう思っていないだろうが,外から見ていると微笑ましくもある。

ユニークな著者の人柄と魅力が一杯

 本書には,そんなユニークな経歴をもつ稲川君の人柄と魅力が一杯詰まっている。
 本書は2部構成で,それぞれ10章で構成されている。I 部は,理学療法士時代から病院・地域で積み重ねてきた「遊びリテーション」などの人間味あふれる先駆的な実践のケアレポートで,前に勤めていた病院や現在勤務している病院でのお年寄りや患者さん・家族との出会いが記されている。今の医療に欠けている人間への分け隔てのない関わりの大切さが,登場する1人ひとりを通して深い思いで書かれている。10章(関わりが生への意欲を支える)に登場する「塩田さん」というおばあちゃんの話は何回も聴かせてもらった。そのたびに涙をさそわれ,また心が豊かになる。この塩田おばあちゃんとの関わりに彼の人に対する思いの本質が凝縮しているように思う。
 医者になった彼を,故郷・福岡市から遠い伊豆逓信病院(現・NTT東日本伊豆病院)に勤めるようにと誘ったのは私だが,1人ひとりの患者さんに学びつつすばらしい医者に育っているので安心だ。
 II 部は,理学療法士を経てリハビリ医として再出発するまでの紆余曲折の半生を通して,人の生き死にへの関わりや,ケアすることの意味を問う自伝的なエッセイである。先にも少し述べたが,貧乏の中でも天真爛漫に育てられたのであろう。それは彼の今の生活ぶりや子育てぶりに反映しているように思う。愛する祖父母が貧しい医療環境の中で無念の亡くなりかたをした姿が,いまなお彼の目蓋に残り続け,それがリハビリテーションへの気持ちをかりたて,エネルギッシュな診療,やさしさを生む原体験になっていることがよくわかる。
 稲川利光が医者を越え,人間として大きくなっていく姿が楽しみである。
B5変・頁200 定価(本体2,000円+税) 医学書院


日常への内面的探究

考える看護 ナースのための哲学入門
Jan Reed, Ian Ground 著/原信田 実 訳

《書 評》小玉香津子(名古屋市立大学看護学部長)

 『考える看護』という書名が誤解を招くのではないか,心配である。行きあたりばったりではなく計画的に運ぶ看護を“考える看護”と呼んだいっときがあったからである。問題解決プロセスを使う看護をそうみなす向きもあったのではなかったか。本書の体を表わしているのは,副題「ナースのための哲学入門」であろう。

ナースのための哲学的思索の手引き

 そう,本書はナースのための,哲学的思索の手引きである。1人は,大学の看護教員,もう1人は教養教育担当者であるらしい著者らは,「哲学が役に立つこと」を説き,「どんなことが哲学するということなのかを実際に見せること」を試みている。
 なぜ,哲学か。それは,知識を所有し,もっぱらそれを使って外面的,解決的に行為することの限界を越え,知らないという状態で心を広く開いて内面的,探究的に行為する,つまり哲学する,そうした態度あるいは精神が人間の条件であることをわれわれが忘れがちな現代だからである。
 なぜ,「ナースのため」なのか。それは,看護の現場ではまさに,何かを知っているよりも,いまだ知られないものに自分を開いているほうが,あえて言うが,有用だからである。看護する日々には,経験の意味を問わずにはいられない出来事が目白押しであり,内面的,探究的に行為するのがナースの本分と言ってよいほどだからである。
 ナースを哲学的思索に案内しようとして設定されたはずの本書の枠組は,「好ましく」ランダムである。9つの章がそれぞれほとんど独立しており,読者はどの章から読んでも,とりあえずどの章かだけを読んでも,それなりの道筋で「哲学」に近づくことができる。
 1章「看護と哲学-概観」。「ナースが抱く問いは……本質的に哲学的な問い」であること,それらが調査や研究では解決できないのはなぜか,が語られる。「早わかり哲学の歴史」つきで,ウォームアップのこと。2章「論理,議論,判断」。哲学的思索の方法論である。3章「知識について」。すなわち理論について,である。ソクラテス,プラトン,デカルト,下ってあのナイチンゲールに色濃い経験論者らから実存主義者らまでに,「知識とは」をたずね,さて,「看護の知識の特性は」と読者を引きつける。以下,サイエンス,心,モラル,政治,言語の各々についてと章は続き,これらを哲学がどう説明するか,看護の場合の論点は何か,が示される。
 最終章のタイトル,「オールドナーシングとニューナーシング」は「意訳」のようなのだが,これは看護史上19世紀と20世紀を分ける表現であること,また,このような新旧ナーシング対比は1960年代からリディア・ホールなどによって問われてきていることから,筆者は異和感を覚えた。しかし,ナースにとっては身を入れやすい問いの立て方である。この章には,知ることをもって満足せず,根本を考えようと誘う著者らの声がひときわよく通っている。世界は白でも黒でもなく灰色に満ちていて,答えを出せばそれはすぐ問いに変わるナースの日常への内面的探究をここに見ることができる。
 各章ごとに参照文献ともっと知りたい人のための文献,それらのうちの邦訳のあるものが付され,加えて訳者推薦の参考文献,そのほとんどが入手容易な新書か文庫,という読者への格別の心配りを特記しておきたい。
A5・頁292 定価(本体2,400円+税) 医学書院