医学界新聞

 

〔鼎談〕

21世紀の早期大腸癌診断をめぐって


<司会>
丸山雅一氏
早期胃癌検診協会理事長

工藤進英氏
昭和大学横浜市北部病院教授
消化器センター長

田中信治氏
広島大学助教授
光学医療診療部長


■20世紀の消化管診断学を振り返って

国際比較について

丸山〈司会〉 本日は,「21世紀の早期大腸癌診断をめぐって」というテーマでお話しいただきたいと思います。すでに21世紀の声を聞きましたが,わが国はこの分野では多くの面で貢献しています。しかし,それにもかかわらず国際的には認められないという苛立ちを感じておられる方も多いと思いますので,最初に消化管診断学の国際比較考察をしてみたいと思います。
 まず一番若い田中先生から,率直な印象をお聞かせいただけますか。
田中 ここ数年,多くの若い先生方が外国に行ったり,英語論文を書くようになってきましたが,消化管病変の診断学や治療学は,日本が最も進んでいると思います。これまでは,外国へ出て行き,主張する努力が足りなかったのではないかと思います。
丸山 ところが,消化管の癌に話を限定すると,食道癌についても大腸癌についても,アメリカの教科書的な本には,日本がアピールしていることがあまり記載されていないですね。
田中 彼らは,形態診断が弱いのだと思います。EBMを重視し,prospective studyに基づいたデータを信用しますが,極端な言い方をしますと,そのデータを形成している個々の症例は,われわれ日本人が見たら,かなりひどいものも入っています。特にアメリカは,個々の症例の形態診断がしっかりしていないような気がします。
工藤 アメリカの形態診断が弱いのは,X線内視鏡診断と病理が対応しないからではないかと思います。彼らは,日本の病理学者や消化管診断医がしてきたような努力,つまり共同作業をしていないですね。
丸山 「日本にはシステムがない」とよく言われますが,そういう意味ではむしろアメリカのほうがシステムがないのかもしれませんね。日本のように,「診断・治療・病理」というように,角度を変えて見る違った職種の人たちが一堂に会して議論することはなさそうですね。
工藤 ヨーロッパでもそういうコミュニケーションはほとんどないですね。
丸山 雑誌を見ていても,放射線領域にしても内視鏡領域にしても,それぞれが独立しています。その点,例えば消化器の総合雑誌『胃と腸』(医学書院発行)のように,「レントゲンもあり,内視鏡もあり,病理もあり,さらには外科もある」という雑誌はアメリカにはありませんね。
工藤 ないですね。その点でも『胃と腸』は,いかなる学会雑誌よりも日本ではよく読まれていますし,貢献は大であると思います。私も医師になりたての頃からの読者で,投稿しようと一生懸命勉強しました。
 ご存知のように『胃と腸』は,以前は『胃』だけで,『腸』は小さな文字でした。欧米人は「胃の形態学は日本にやらせておけばよい」という感じでした。現在は,『腸』が大きくなっています。大腸癌は欧米人の罹患率が高いですから,早期癌の形態という問題などを欧米人も無視できなくなったわけです。現に少しずつ牙城が崩れ,日本の意見に賛成しようとしている人たちがだいぶ出てきています。
丸山 確かに『胃と腸』は,オピニオンリーダーとして計り知れない役割を担っていると思います。

早期癌の比較考察

丸山 さて個々の問題に移りますと,早期癌の研究は,欧米でもやはり最初は胃癌の研究から始まりました。1940-1950年代のアメリカは胃癌による死亡者が大変多く,当時の教科書には「early cancer」という言葉がたくさん出ています。
 ところが,それがどういうものかという定義が書いていないのです。こういうところは欧米の特徴ですね。
工藤 ドイツもそうです。以前は胃癌が非常に多かったけれども,今はほとんどないです。実際にドイツでもアメリカでも,「早期胃癌」という概念がほとんどありませんし,早期胃癌を見つけたという報告や話題もほとんどありません。
 これは時代の流れとでも言うべきものであって,たまたま日本から「早期癌」という概念が出てきましたが,同じ「早期癌」という言葉でも,以前とはまったく違うものを言っていたわけだと思います。
丸山 論文だけでなく教科書の話をしますと,現代流に言えばEBMとしてある程度証明されたことが教科書に記載されているはずです。しかし,例えばSivakの新しい「内視鏡」の教科書に工藤先生は大腸の部分を,そして食道の部分はオランダのTytgatが書いていますが,あの内容は日本のレベルで言うと,30年ぐらい前のことですね。食道の内視鏡に関しては,わが国からも多くの英文論文が出ているのに,それらが,一切取り入れられていない事態に私は非常に疑問を感じます。
工藤 大腸の II c型もそうですが,彼らがそういう症例を実際に見つけていないから,出したくとも出しようがないのですね。
田中 見たこともないものは信じられないからなのでしょう。
工藤 食道の早期癌は,日本が発表したものしか見たことがないのですね。
田中 保険制度の問題などがあって,欧米では患者さんが進行した状態で受診するので,早期癌が診断されることは非常に稀だということもあるのではないでしょうか。
 その点日本では,例えば胃の集団検診においては,「ペプシノゲン法」や「間接X線法」によって癌の死亡率を減少させています。しかし問題は大腸です。もちろん大腸癌罹患率が増えているからかもしれませんが,これだけ皆さんがポリペクトミーを繰り返しても,大腸癌の死亡率は一向に減りません。そういう点に対して,アメリカ人は「無駄なことをやっているのではないか」と批判するのだろうと思います。それは工藤先生がよく言われるように,「意味がないポリープを取っているからだ」という意見にもつながるかもしれません。
工藤 少し前にハーバード大学に行き,この「医学界新聞」に長期間連載を寄稿されている李啓充先生とお話ししました。
 李先生は内分泌学がご専門なのですが,「消化器分野は,日本が最も進んでいる」とおっしゃっていました。ボストンで消化器を専門とする人たちに聞いても,「皆さん,日本に行って勉強したいと言っている」とのことでした。これだけをとっても,日本の消化器診断学は世界のトップであるという認識を皆さんがお持ちになっていると考えてよいようです。
丸山 「比較考察」という面から,どうしてこのようなことになるのでしょうか。
田中 やはり言葉の問題があると思いますが,それに加えて日本人がアピールしたり主張する仕方が下手だからなのではないでしょうか。
工藤 『胃と腸』や『内視鏡学会誌』など読んでいる人はごく一部ですね。

「癌の定義」の相違

工藤 アメリカは消化器診断において早期癌を見つけられないので,変えようがないのだと思います。自分たちで見つけられるようになれば,変わってくると思いますが,いかがでしょうか。
丸山 自分たちのしていることが最高だと思い上がってしまうと,そこでシステムは作動しなくなります。私はそれがアメリカの悪しき現状だと思います。
工藤 それはアメリカだけではなく,日本でもそうではないでしょうか。変革するには,かなりのエネルギーが必要だと思います。おそらくアメリカも,あと10年以内で大きく変わると思います。その証拠に,WHOの癌診断の改訂版に大腸の II c型の症例が載りました。私はかなり頑強に主張したのですが,本来ですと,見たことがないと拒絶するのですが,今回はすべて載せてくれました。
 アメリカで講演すると,「そういうのを見せられると,確かにそういうものだと思う。しかし,いま現実にアメリカ医療の中にはまったくないわけだから,もしそれを認めて皆で探そうということになると,訴訟の問題が出てくるから,政策的にも一般的には認めることができない」というような言い方をされます。こうなると,サイエンスの会話ではないですね。アメリカの医療は,かなり政策的な要素があります(笑)。
丸山 彼らはことあるごとに,「われわれには,National Polyp Studyがあるから」と言いますね。しかし,あのインデックスに使っている症例はセントマークスとメイヨ・クリニックです。すべて10mm以上のポリープで,しかも「m癌は癌としない」といったようなことが含まれています。
 要するに臨床のドグマとサイエンスの目的がすりかわっている中で,なおかつポリープだと決めつけているわけです。良性だと思っているわけですが,理論的には中にm癌がたくさん入っている可能性があります。そのm癌が癌になったと思えば,かなり怪しくなるのではないでしょうか。
 そういうところを,私は田中先生の年代の人たちに論駁してもらいたいと思っています。あれはデータさえ揃えば,いくらでも論駁できます。
 まず1つは,「m癌を癌とする」という前提に立たなければいけません。何となれば,プラクティスのドグマであればそれはよいのですが,癌は粘膜下層から出るものではありませんから,「粘膜から発生した癌を,癌と言うにはどうしたらよいか」というのが科学的な思考であって,「粘膜から発生した癌は,癌とは言わない」というのは臨床医学のドグマですよ。
工藤 そうですが,ただ粘膜癌をすべて「癌」と言うと,例えばその粘膜癌が本当に進行癌に行くのかどうか,ということはわからないですね。
丸山 それは,あのスタディの背景の最大の弱点だと思います。使っているものがすべて10mm以上のものですから。
田中 そういう意味で,欧米にわれわれのデータを持っていくためには,日本の病理診断基準がバラバラであるのは大きな問題ですね。このような状況で,日本人がm癌を規定しようというところにかなり無理があると思います。
工藤 そうですね。欧米で勉強した人たちには,「m癌を癌と言わない」というような風潮がありますが,日本で勉強してきた人はm癌を癌と言います。
 また,折衷案のようなウィーン分類や以前と変わらないWHO分類が出て,まちまちになっています。

■わが国の20世紀における消化管診断学

1980年代を契機として

丸山 話題を日本の20世紀の消化管診断学に移しまして,早期大腸癌診断の歴史を振り返ってみたいと思います。
 私が『胃と腸』に「大腸早期癌のX線診断」を書いたのが1970年です。その年の第56回日本消化器病学会総会で「胃を除く消化器の早期癌」というパネルディスカッションがあり,食道と大腸と胆膵が話題になりました。これをまとめたのが『胃と腸』の私の論文です。
 その時は,もちろん工藤先生の「陥凹型」はまったく意識にはなく,大腸では早期胃癌の隆起形の概念でほとんどはまとめることができると確信し,論文を発表したのです。この考え方を大腸癌研究会に持っていくと,「大腸はそういうものではない」と批判されたものです。
 工藤先生が早期陥凹型癌の論文を書かれる前でしたが,その後陥凹型があるのではという目は少しは持っていました。その頃,子宮癌で放射線治療をした人の直腸にできたほとんど純粋な陥凹型で,ほんの少し固有筋層に入っていたものがありました。放射線直腸炎では直腸粘膜が非常に萎縮して,粘膜下層が浮腫状になって独特な場になってしまう。そういうところから出てくる癌は少し肉眼形態が違っていて,陥凹型があるのではないかなと考え,一所懸命検査した時代がありました。70年代の後半あたりですが,陥凹型は1例も見つかりませんでした。進行癌になると,肉眼形に特徴はほとんどないですよ。そうしているうちに,狩谷先生が陥凹型を1977年に最初に発表しました。本当に純粋な陥凹型です。
工藤 家族性大腸腺種症(FAP)ですね。
丸山 そうです。ただ,FAPでしたので一般化されませんでした。
 その後,辻仲,長谷川,森山,志田などの症例が80年代に出てきます。工藤先生が発表なさったのは1985年でしたね。
工藤 ええ,早期胃癌研究会です。それから,1986年の『日本内視鏡学会誌』に複数で出しましたが,複数で出したのはそれが最初でした。
丸山 それからもう1つ歴史的なことは,西澤護先生が実体顕微鏡で見つけた微小病変についての論文で,これも1985年です。大腸癌で手術した標本の癌ではないところをすべて実体顕微鏡で見ると,小さな形の平坦・陥凹型がたくさん見つかるという論文でした。
工藤 あの時は,II bということで出していましたね。
丸山 そうですね。日本が大腸癌診断の発想を変えたのは,80年代の半ば頃と考えてよいでしょう。田中先生はその頃は何をなさっていましたか。
田中 私が大学を卒業したのは1984年です。当時はどうすればトータルコロノスコピーがうまくできるかということが学会で議論されていました。
 私が初めて内視鏡を持ったのは1986年ですが,ヘリコバクターの登場で「胃」が蘇ったのと同じように,大腸が工藤先生の II cで蘇ったという感じでした。
丸山 80年代の半ばはすごくアクセントのついた年で,武藤徹一郎先生が平坦隆起型(small flat elevation)を『胃と腸』に出したのが1984年です。ところが,その辺りで混乱が起きてしまいました。武藤先生は陥凹型を1例も出してないにもかかわらず,外国では「平坦隆起型は陥凹型を含む」というように理解されたわけです。
工藤 そこで誤解が生じましたね。外国は平坦型も陥凹型も見たことがないから,一緒になってしまったのです。
 武藤先生が発表された1984年の『胃と腸』に,私も「sm浸潤度分類」という論文を書いています。当時sm癌を調べると,II a+II cがかなりあることはわかっていましたが,武藤先生は平坦型ということで II aを取り上げました。しかしその時は,「癌化率が高い」と武藤先生は言ったのですが,その後次第に癌化率が低くなり,現在は平坦型には癌がほとんどないというのが常識ですね。
丸山 田中先生は,それに関してどのようにお感じになりますか。
田中 現在は皆さんが外国へ発表したり,論文を書いていますが,病変の肉眼分類自体がまだバラバラだから混乱を招いているのだと思います。
丸山 そうしたものを既成のものとして見て,短期間に自分の頭の中を整理することができたのでしょうね
田中 それでも,II c型を初めて見つけるのに何年もかかかりました。まだ,皆さんが真面目に「秋田の風土病」と言っていた時代ですから。
丸山 いや,あれは茶化して言ったわけですよ(笑)。
田中 しかし,半分は悔しがって言っていたところもあるとは思います(笑)。

「ノーベルフォーラム」について

丸山 カロリンスカ研究所に行った時に,Slezak博士が冒頭に「日本では『秋田症候群』と言われたらしい。ヨーロッパでも,『カロリンスカ・シンドローム』と言われた時代があった」という話をしていました。
工藤 確か1990年頃に,ノーベルフォーラムを開いた時ですね。
丸山 そうですね。日本から内視鏡で仕事をするためにカロリンスカ研究所に行かれた方が最も多い時代でした。純粋の陥凹型はあまりありませんが,II c+II aがかなり見つかっているわけです。
工藤 大腸癌のノーベルフォーラムがカロリンスカで開催されましたが,その時「昔はこういうのは『秋田病』と言われていたけれども,今はスウェーデンにもある」とストックホルムの新聞にかなり大きく出たことがあります。
 それから,丸山先生が責任編集をなさった『胃と腸』で最初に II cを特集しました。 私はそこに3例出しましたが,先生の独断と偏見で,最もII cらしい順に順番をつけて,私の症例が第1番に選ばれました。「企画が早すぎるのではないか」というコメントもありましたが,あれは非常によかったですね。II cというものがあることが,特集として初めて世の中に出たわけです。
 ドイツのStolteは,『胃と腸』のあの号のすべての論文を引用しています。たぶん,あれを読んで驚いたのでしょう。彼は病理医ですから,II cがないかどうか自分たちの標本を見直したら,「日本だけではなくドイツにもある」という論文でした。
丸山 そうですね。ヨーロッパはわれわれの考えていることを早く認知していたわけですね。英語で「Why can't we, Japan can(日本ができることを,われわれはなぜできないか)」というのがヨーロッパでは1つの合い言葉になっています。

■今後の方向性:21世紀の早期大腸癌診断をめぐって

「de novo cancer」について

丸山 次に,今後われわれは何をめざしていくべきか,ということを考えてみたいと思います。
 特に80年代に,武藤先生も書いていますが,「high risk of early invasion」ということですね。要するに,われわれが見つけた陥凹型や平坦型が,本当に「early invasionのリスクが高い癌なのか」ということです。つまり,小さな進行癌に発育進展する可能性はどうなのか。
 それから,水掛け論であるところの,de novoに発生する癌は一体どうなのかといったようなことを,これから発信していかなくてはならない。あくまでも陥凹型とか平坦型というのは材料ですから。
田中 存在はすでに証明したわけで,これからはその意義づけですよね。
丸山 そうですね。それがどういう役割をはたしているのかを発信していかなくてはならないと思います。それは田中先生の世代にかかっているわけですが,その抱負を語ってください。
田中 かなり多くの施設からたくさんのデータが集められているわけですから,バイアスのかかっていない集団で,どのぐらいの頻度で,またどのぐらいの確率で浸潤し進行癌へ進展するのか,癌の死亡率にどれだけ寄与しているか,ということを証明することが非常に重要だと思います。
工藤 中村恭一先生が「de novo cancer」という概念を強調されましたね。II cがほとんど見つかっていない時期に提唱された慧眼は,驚くべきものがあります。
田中 私には,学問というより1つの哲学のような気がするのですが。
工藤 そうですね。“大腸癌の構造”は,その哲学をまとめたもののでしょう。あれは非常にインパクトがあったと思います。
 De novo cancerが概念としてあるから,それに合ったものということで,西沢先生の論文の実体顕微鏡の仕事があったわけです。私自身は,そういうものは内視鏡でどのように見えるのだろうか,ということが頭の中にずっとあったから,そういう症例に当たったのだと思います。中村先生の「de novo cancer」の概念,それから西沢先生のpitでの II bの仕事は2人で協力して成し遂げた仕事です。そういうことがあったから,結果として臨床サイドで小さな II cやinvasive cancerが,しかもde novo cancerが見つかったのだと思います。
田中 少し水を差すような質問ですが,陥凹型イコールde novo cancerではないですよね。
工藤 同じではないけれども,陥凹型はde novo cancerの代表だと思います。
田中 de novo cancerが多いと思いますが,陥凹型のadenoma(腺腫)もありますね。
工藤 腺腫とか癌というのは,人間がただ決めているだけですから。
田中 そうすると,ポリープを含めて大腸にはadenomaがなくなります。異型度の低い陥凹型をすべて癌にしてしまえば。
工藤 肝臓癌でそういうことがありました。以前はadenomaだったのが,経過を追っていくと癌になることがわかって診断基準が変わりました。低段階のadenomaがcancerに変わって,いまはそれをすべてcancerと言うようになったのです。だから,現在の病理診断学基準ではadenomaと言っても,それが短期間に進行癌になればcancerと言うべきです。

教科書に見るcarcinoma de novo

丸山 carcinoma de novoについては,私は教科書的な書籍の記述にこだわるのです。
 Bockusの『Gastroenterology』を見ていると大変興味深いのです。入手できるもので,3回改訂されていますが,ある時期から突然,「adenoma carcinoma sequence」に変わってしまいます。おそらく,Morsonが『Gastrointestinal Pathology』に書いて以来だと思います。Morsonの「polyp-cancer sequence」が最初に出てくるのは1966年の版で,次の1972年の『Gastrointestinal Pathology』で集大成をしているのですね。それ以後のBockusには,すべてMorsonのものが入っています。
 それまでの主流はAckermannの『Surgical Pathology』で,例えば1974年に出た版の中で,「平坦で腺管が縦にすだれ状に固有筋層に入っているsmall de novo cancer」という記載があります。それからAckermannの系統でもう1つ,del Regatoという人が筆頭編集している『Cancer』というモノグラフには,日本の陥凹型病変と同じものが載っています。Bockusが突然「adenoma carcinoma sequence」に置き換わったのは謎ですね。どうしてそうなったのか,私にはまったく理解できません。
田中 Adenomaと癌の病理組織像は,統一された完全な線引きができていないように,その組織異型度は連続的なものです。科学的に見れば,adenomaと癌という診断基準があるならば,それが同一病変内に共存していない限り言えないわけです。adenoma carcinoma sequenceとかde novoと言いますが,de novo cancerももともとはadenomaであったものが癌に置換したものかもしれません。水掛け論になりますが,粘膜にできた腫瘍を癌と定義すれば,すべてがde novoになるわけです。臨床で問題なのは,そういう哲学と科学的なデータがごちゃ混ぜになっていることです。
 例えば,工藤先生が「陥凹型イコールde novo」と言われるのなら,先生の集計データの中の陥凹型はすべて癌でないといけないと思うのです。
工藤 「adenoma」と言っているのは,現在の診断基準がそうだからです。しかし,adenomaと言えている部分が,将来もずっとadenomaであるとは思っていません。
田中 それは今後,証明しなければいけませんよね。
工藤 それはそうですが,陥凹型が発見されてから,それまではすべてadenomaとしか診断されないようなもので,sm癌に入っているものもかなりたくさんあるわけです。ですから,その事実が出れば,診断基準を変えなければだめですね。
 私どもの施設のデータでは,adenomaが60%ぐらいで,m癌がほとんどなくsm癌が多いですが,そういうデータはありうるわけはない。m癌の診断ができずに,adenomaからsm癌になってしまうからおかしいのです。

日本人が啓蒙しなければならない

丸山 それは,客観的なエビデンスとしていわゆるmissing linkなのか,それとも発想を変えれば解けるmissing linkなのか,という問題です。その証明すらできていないわけです。
工藤 発想を変えなければだめです。今の診断基準が正しいという前提のもとでは,この問題は解決できません。
田中 HE標本による組織像の読み方,偽浸潤の評価,それから分子生物学的なマーカーを使った手法などを駆使して,病理の先生が決着してくれないと困りますね。
工藤 そうですよ。
丸山 しかし,われわれが何か主張しなければいけないのではないでしょうか。科学上の理論は,最初は観察可能な事実を積み重ねていって生まれるわけです。その際に必要なことは,あくまでも個々の症例の積み重ねですが,逆にある理論に合う症例を見つけて証明しようとして,理論が症例を作り出すようになってしまうところがありました。
 例えば,ある症例を分析してある法則性を見出そうとすると,こういうふうになるのではないか。しかし,それはあくまでも仮説ですね。その説でもって,今度はこれに合う症例は何かというように,理論から症例を追い求めていく臨床医学の次の段階にいま入っているわけです。その具体的なものが,(1)de novo cancerは本当にあるのか,また(2)early invasionのリスクが陥凹型は高いのか,それから(3)小さな進行癌の始まりは陥凹型か平坦型か,という問題です。
工藤 証拠がいろいろ出てきていますね。小さいうちにsm癌に入っているのが多い。あるいは進行癌の内でも,以前はほとんど見つからなかったmp癌を便潜血反応陽性で見ると,ほとんど2cm以下のボールマン2型になったものが内視鏡で見つかるようになってきました。
 そういう事実を組み合わせていくと,de novo cancer II cがクローズアップされるのはわかるのです。ただ,すべてが診断されているわけではないので,その辺りはある程度推測ではあるのですが,日本で行なわれた研究であることは確かです。それが欧米ではまだほとんどなされていないので,21世紀は日本人がそれを啓蒙する責務があるのではないかと思います。

「prospective study」について

田中 欧米では『New England Journal of Medicine』や『Lancet』に,内容的には日本で当たり前のことでも,prospectiveにしっかりstudy designが組んであれば載る,というのが基本的な考え方でしょう。
 そういう中で,日本人の臨床データを外国に持っていく場合,エビデンスで証明されたことと,speculationとして日本人が思っていることをごちゃ混ぜにして主張すると,彼らは信用しないと思うのです。そこをきちんと分けて戦略を組み立てていかなければいけないと思います。
工藤 武藤先生も「戦略を考えろ」とよく言っていますね。
丸山 ただ,prospective studyと言っても,倫理規定と抵触します。例えば,よく言われるRCT(Randomized Control Trial)も臨床医学においてはほとんどできないのが現状でしょう。そこを捨てて,バイアスをどのように防ぐかというような数理統計的な手法を用いることでいいと思います。ただ,あくまでもそこはspeculationだと言われないようにするためのテクニックだと思うのです。
 1995年にBondが『Gastrointestinal Endoscopy』に「平坦型は欧米ではlittle clinical significanceである」と書いていますね。
工藤 BondはNational Polyp Studyの宣伝マンです。あのデータをベースにして講演をしています。
 私も4,5回一緒にシンポジウムに出たことがあります。私は「拡大内視鏡を使ってpit patternを見れば,ポリープは取らなくてよい」と言うのですが,次に彼が出てきて「ポリープは取らないと癌になる」とまったく逆のことを言うわけです。
 アメリカと日本の代表がまったく内容が違うことを言うわけですから,聞いている人はびっくりします。彼も私もお互いの講演を何度も聞いていますし,終わるとお互いに握手してニコリとします。
 お互いに基本のデータが違うからどうしようもないのです。
丸山 しかし,little clinical significanceとは,傲慢を絵に描いたみたいですね。
工藤 そうですね。しかし,現在のアメリカでは,事実がわかっていないからそうなるのでしょう。20世紀はそうでしたが,科学は進歩していきますから,必ず世界的によいものに収束していくでしょう。
 いずれ欧米の人も,早期癌を見つける時代が必ず来ます。
丸山 アメリカ医学で,陥凹型を見つけることができるでしょうか。
工藤 それは,われわれの努力にかかっていると思います。アメリカの大腸癌の死亡率は非常に高いし,患者さん自身が不幸です。そういう面からも,アメリカは変わらなければいけない。それを促進できるのが,現在の日本の消化器病学だと思います。
 アメリカのトップの内視鏡医は,ポリープを見つけるとすべて取るのです。取っているうちに,他にまた見つかる,するとまた取る。そういうことを続けて,いつまでも内視鏡検査が終わらない。しかも,彼らは必死になってよいことをやっていると思っているのです。
 私たちは,あれは少し拡大観察をすれば取らなくてよいとわかるので,何のために無駄なことをしているのだろうかと思ってしまいます。患者さんのことを考えれば,「何をか言わんや」という感じです。そういうことを見ると,知らないということは大変なことだと思います。それを知らないからって,他人事のように黙っていては駄目で,知っている人は教えてあげないといけない(笑)。そう思います。
丸山 特に消化管に関しては言えば,われわれはそれまでにないものを,最初に見たわけですので,それをどのように世界各国に向かってアピールするかという技術が必要です。その点で工藤先生の体験は貴重ですが,1人だけでは駄目です。田中先生のような年代の人が,その外堀を埋める形で仕事をしていかれのがよいと思います。
工藤 田中先生もブラジルで II cを見つけていますよ。

今後の課題

丸山 ところで,今後の課題についてですが,どのような戦略が必要とお考えですか。
工藤 わが国で消化器診断が世界に先駆けて発展した理由は,村上忠重先生や白壁彦夫先生という偉大な先人がおり,その後に武藤先生や丸山先生という人たちが引き次いで啓蒙されたということがあります。
 それともう1つの大きな要因として,内視鏡機器を始めとする日本の医療機器メーカーがもたらした貢献は計り知れないものがあります。世界の85%ぐらいのシェアを占めています。これは日本企業の偉大な貢献だと思います。機器の世界は急速に進歩します。
 われわれも試行していますが,深部の組織が内視鏡で透けて見えるのです。しかも倍率は1000倍ですから,いわばバーチャル・バイオプシーですね。表面だけではなく,核も見えるし,組織もわかる時代になっています。
 これからはさらに進歩するでしょう。いずれ生検が必要とされない時代もすぐ来るでしょうし,現在のような形がいつまでも続くことはないですよ。その結果,内視鏡診断学も大きく変わると思います。
 それから,カプセル内視鏡もあります。小腸ではそれが実用化されています。
田中 若い年代の者として危惧するのは,医療経済の破綻がそういう雰囲気に水を差さなければよいと思うことです。
工藤 そうですね。診断学の向上が治療と結びつく。これまでは,診断力がないから,すべてのものを取る,という時代でした。しかし,今後は質のよい診断をして適正な治療をする時代になってくると思います。
田中 それが医療経済に貢献するかもしれないですね。
工藤 そう思います。現在は大腸の進行癌の手術も,第1選択は腹腔鏡下手術です。この間,学会で一般演題を聞いていて,本当に隔世の感があると思いました。以前は,mp癌までは許されていたのですが,現在は他臓器浸潤でなければ腹腔鏡下の手術が第1選択です。
丸山 それは国際的な傾向ですか?
工藤 そうです。特に日本は技術面の水準が高いから,そうなるのでしょうね。
田中 外科だけでなく,内視鏡治療も進歩しています。大きさや深達度に関する適応が拡大されつつありますし,無用な外科手術をしなくてもよい時代が実現しつつあります。特に,sm癌に関しては,従来のsm2に相当するいわゆるsm-massive癌にも一定の条件つきで拡大されつつあり,現在,大腸癌研究会の「sm癌取り扱いプロジェクト研究会議」で大腸癌取り扱い規約を改定すべく検討中です。また,分子生物学の臨床応用に関する研究も進んでおり,内視鏡治療後の新たな根治度判定基準が模索されています。実地臨床応用もそう遠くないでしょう。
 このような治療の進歩に伴い,既存の細径超音波プローブによる超音波や拡大内視鏡観察においても,機器のパワーアップ,新しい応用の仕方などが各施設で検討され,学会で発表されています。また,Virtual colonoscopyや,工藤先生が先ほどおっしゃったカプセル内視鏡の進歩・実用化もめざましいものがあります。既存の診断手法と組み合わせることにより,どんどん新しいmodalityが開発されるでしょう。
 ただ,癌の内視鏡的切除に関しては,われわれが生きている間には,大腸内視鏡技術が不要になるとは思っていないのですが………。
丸山 腹腔鏡下手術は,大腸に限るわけではありませんが,大腸の分野が最も進んでいるわけですね。
工藤 そうですね。大腸の分野が最も進んでいるように思います。学会においても,大腸に関心が集まっています。
丸山 胃よりもリンパ節の処理が簡単なせいもあるかもしれませんね。少なくとも腸間膜上の処理でできる割合がかなり高いわけでしょう。
田中 そうですね。胃のリンパ節は腹腔鏡では十分に郭清できないそうですから。
工藤 大腸はフリーなところがありますし,リンパ腺もある程度限局していますから。
丸山 とりとめもない話に終始しましたが,本日は有意義な話題を自在に話していただきました。
 どうもありがとうございました。
(おわり)


●欧米で II cが発見されない理由
 欧米人には,大腸癌の頻度が高い。多くの欧米人はそのことに大きな関心を持っている。しかし,早期大腸癌の考え方はそれほど一般化していないし,II cを中心とした早期大腸癌を自分たちの力で発見することができないでいる。
 その理由として考えられることは, (1)日本人・アジア人と白人・西欧人とでは,人種が異なり,遺伝子的にも異なるために,大腸 II cがないから,(2)欧米人の内視鏡診断のポイントがポリープ診断にのみ偏っており,日本がなしたような内視鏡診断学のパラダイムの変換がなされていないから,
 のいずれであろうと思われる。しかし,筆者自身がフランス,スウェーデン,アメリカ,ブラジルで II cを発見できた事実や藤井らがイギリスで発見した事実からして,欧米人が II cを発見できないのは,後者の理由からであることは確実であろう。

●II cを見つけるための決め手
(1)淡い発赤などのわずかな色調の変化に敏感になる。
(2)観察時に空気を入れすぎない。腸管内の空気量を変化させた動的観察を心がける。
(3)腸管壁の変形,白斑に注意する。
 以上はこれまでも繰り返し述べてきたポイントであるが,最も大切なことは II cの存在を常に念頭に置き「何としても発見しよう」とする術者の熱意であろう。
 「求めよ,さらば与えられん」の心意気が必要である。

(工藤進英著『大腸内視鏡治療』〔医学書院刊〕より)

●切除する必要のないポリープ
(1) I または II 型pitを呈する炎症型ポリープや過形成ポリープ
(2)5mm以下の隆起型あるいは II a(+dep),II bで,不整のない III L pitを呈する病変
(3)高齢者においてはLST顆粒均一型に代表されるようなsm癌がきわめて稀な腫瘍
 pit pattern診断に代表される内視鏡診断の進歩によりover polypectomyの時代は終焉したと言える。
(『前掲書』より)

●分類とは
 かつて白壁彦夫先生は,「表面型大腸癌-肉眼分類を考える」(『胃と腸』,29巻1号,1994)において,形態分類について以下のように語っている。
 「みれどもみえずの時代から,微小なものまでみえる,また,微小な II c型の癌,II b型の癌もみつけた,という1984,1985年の工藤の業績から時を経た。臨床の診断感覚も高められ,診断自身も深められた。休むことなく刺激しあった1991年から1992年にかけては,研究業績が噴出した。(中略)
 臨床でも病理でも,分類は大きな役割を演じ評価された。分類は,どれくらいの程度のものに役立つのかという,うたい文句,セールス・ポイントがなくてはならないのである。早期胃癌の分類の各型を言えば,即,早期癌なのである。癌ではないと,診断が外れることが少ないのである。ところで大腸では,分類を話しあい,決めることに手間取り,決断しきれないうちに,すでに,胃の諸型を使っている現状である」
 見た目の分類が重視されるが,見た目ほど見る人により,見るポイントにより異なるものはない。
(『前掲書』より)