医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


読むなら,世界標準内科書のHarrisonを!

Harrison's Principles of Internal Medicine
第15版
 E. Braunwald 他 編集

《書 評》市村公一(東海大医学部・6年生),黒川 清(東海大医学部長)

 内科学書のグローバルスタンダード『ハリソン内科学』の第15版である。この新版は新たに90章が追加され,本文も60頁の増加となり,ますます厚みと重みを増している。1巻本のほうは,もはや普通に携行できる限界を越え,desk referenceとして活用するよりないが,しかし,これは文字通り「座右の書」とすべき教科書だ。英語の弱い医学生・研修医には,これだけのボリュームを読みこなすのは大変な作業だろうが,このITとEBMの時代,「英語は読めません」では医師たる資格はない。ここに書かれていることは,今後の診療にあたって「NEJM」や「JAMA」など欧米の一流誌に掲載されるさらに詳細な論文を読みこなす上で,ぜひとも必要な土台となるものである。

一段と充実した遺伝子関連記述

 新版で注目されるのは,遺伝子に関する記述が一段と充実したこと,それに診療ガイドラインの引用であろう。遺伝子に関しては,旧版においてもすでに,例えば本書と並び賞される『セシル内科学』に比べても,さらに突っ込んだ記述が盛り込まれ,そこが臨床の教科書でありながら基礎医学への興味をも喚起し,改めてその重要性を認識させるという本書の大きな魅力の1つであった。この第15版ではさらに進み,主要疾患について「genetic consideration」という小見出しまで設けられるに至った。無論まだまだ未解明な点も多いが,ここに将来の研究テーマを見出す若者も出てくることだろう。ガイドラインと名のつく図表が,数は多くないものの,取り入れられている点も新版の特徴である。もとよりわが国のガイドラインとは異同もあるが,病態の理解に,そして実際のマネジメントに大いに参考になるだろう。
 欧米の教科書がわが国のものに勝る最大の理由は,わが国ではその参考文献から執筆者個人の経験や限られたデータから演繹したと思われる記述が少なくなく,エビデンスとしての信頼性が必ずしも高いと言えないのに対し,欧米ではEBMの理念が徹底し,様々な論文・データが吟味されて信頼性がはるかに高い点にある。本書はこの点でも正にスタンダードであり,その診断・治療の要領は,特に「ガイドライン」という断りがなくても十分にガイドラインたり得るものであろう。最近では研修医になっても医師国家試験の対策本を頼りにしている者が少なくないと聞くが,肉親が病気になれば誰しも専門誌まで調べるだろう。責任ある医療を実践するなら,まずは日頃から本書に親しむことである。

診療現場はデジタル・ディバイドだ

 しかし,教科書だけでは日進月歩の医療の現場に十分に対処できないこともある。医学医療先進国のアメリカでは,日常的にEBMが実践される。EBMは,理論や理屈ではないのだ。以前,「週刊医学界新聞」医学生・研修医版(2000年10月23日付)に紹介した評者の1人である市村の始めたE-mail(koichimura-tok@umin.ac.jp)でのdiscussion groupのmailing list(ML)では,全国750人を超える学生と研修医がベテランの医師を交えて毎日のように情報交換し,学習しあっている。このMLには,アメリカにいる研修医も何人か参加していてときどきすばらしい意見を寄せ,彼我の違いをまざまざと示してくれる。
 ほんの1例では,標準的治療に加えてAldactoneがうっ血性心不全に有効であることが「NEJM」に示されたが,アメリカの診療現場では当然のようにすぐに臨床で実行されているという。日本でこんなことができるだろうか。言い訳ばかり聞こえてきそうである。できない理由はあるとしても,「プロ」の医師は,「なぜできないか」を知っていなければなるまい。「Globalize the Evidence and Localize the Decision」なのだ。またこのMLでの教科書についての議論でも,日本の学生の間でも内科ではやはりHarrisonかCecilだと意見が一致している。学生の時は教科書を読んだり参考にしていても,もはやアメリカでは研修やClerkshipなどの臨床現場では,日常的に新しい情報で改定されている。しかもどこからでもアクセスできるInternetでの「UpToDate」や「MDconsult」が標準であるそうだ。なんという違い!
 日本の医学教育と研修と診療の現場は,世界では「デジタル・ディバイド」になっているのではないか。そんなことさえ知らないのは誰だ?読むなら標準はやはりHarrisonだろう。
 ところで,きたる7月27―28日,東京で開催される第33回日本医学教育学会ではこの「UpToDate」(東海大学の総合内科プログラムでも使っている!)のブースを設置して,製作者のRose博士を招き,デモを行なう。ぜひ参加してください。
A4変・頁2,630(2vol)\22,350(税別),
(1vol)\18,750(税別) 医学書院洋書部扱い


看護を感情労働としての視点で論求

〈シリーズ ケアをひらく〉
感情と看護
人とのかかわりを職業とすることの意味
 武井麻子 著

《書 評》李 啓充(ハーバード大学医学部助教授/MGH・内分泌部門)

感情労働としての看護

 「看護は典型的な感情労働である」,と著者は言う。感情労働とは,肉体労働・頭脳労働に対する言葉であるが,サービスの提供者(看護婦)が顧客(患者)とやりとりする感情に商品価値があることを強調する概念であり,(1)顧客との直接の接触が不可欠である,(2)顧客に安心など何らかの感情変化を起こさなければならない,(3)雇用者が労働者の感情活動をある程度支配する,という3つの特質を持つ。感情労働においてやりとりされる感情には,その適切性について基準(感情規則)があり,その基準からはずれる感情の表出は許されない(感情管理)。日常の業務で悲しみや怒りといった強い感情を抱いた場合でも,患者の目の前で泣いたり,怒鳴ったりするような「感情的な」態度を顕にすることは許されない。悲しみや怒りなどの感情の処理(感情作業)は,看護という仕事には不可欠の部分であり,この処理に失敗すると,「自己欺瞞やうつ,バーンアウト,アイデンティティの危機」などに陥る危険があり,これが感情労働のリスクなのだ,という。
 著者は,看護を感情労働という視点から捉えることの重要性を強調し,感情労働に伴うリスク(感情を押し殺している間に本当の自分を見失ってしまう,など)をいかに防ぐかを論じている。
 評者がこの本を読んで真っ先に思い出したことは,マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタル(MGH)の「ケネス・B・シュワルツ研究所」が行なっている活動であった。
 ケネス・B・シュワルツ氏は,『ある癌患者の手記』(拙著『市場原理に揺れるアメリカの医療』医学書院刊に収載)の著者であるが,進行期肺癌の闘病体験から「医療においてもっとも大切なことは,ハイテク器機とか先進治療とかではなく,医療者と患者の人間的触れ合い」であることを強調した。シュワルツ氏は亡くなる数日前に「よりよい患者―医療者関係を構築するための活動をする機関」の設立を思い立ち,未亡人のエレン・コーヘン女史が氏の遺志を継いで,MGH内にシュワルツ研究所を設立した。コーヘン女史は,同研究所の活動を開始した直後に「患者だけでなく,ケアをする側も悩み苦しんでいる」ということに気が付き,ケアをする側の心の負担をどう軽減するかという研究プログラムを同研究所の活動目標の1つとした。「よりよい患者―医療者関係」を追究しようとする患者の側からの努力が,「ケアをする側の感情労働のリスクを軽減する」ことを主要目標の1つとしていたのだということを,評者は,本書を読んで初めて明瞭に理解したのである。

医師・医学教育関係者も一読を

 また,著者をはじめ,看護教育に携わる方々が「患者との接し方」に関する教育について多大の努力を傾注していることに比較すると,医学部における「患者接遇学」の教育努力は,「限りなくゼロに近い」と言わなければならない。感情労働としての看護のストレスは,「鈍感」な医師たちによってもたらされる部分が大きいだけでなく,医師もまた感情労働に従事していることに変わりはない。看護に携わる方々は元より,医師・医学教育関係者にも本書を一読されることを強く勧めたい。
A5・頁280 定価(本体2,400円+税) 医学書院


歴史に残る畢生の名著

眼の組織・病理アトラス
猪俣 孟 著

《書 評》河崎一夫(金沢大附属病院長・眼科教授)

 一生を研究に捧げた学者の退任を飾るに最も相応しいのは,厚さを競う業績目録集でもなく,名士を連ねた記念講演会でもなく,ましてや豪華な祝賀会でもない。研究成果を著書として後世に残すことこそ最高の退任記念と願う教授は多いが,その実例は希有である。この難事を見事に成し遂げたのが,常日頃から深く尊敬する畏友猪俣孟教授である。

眼科医の願いを満たす快挙

 本書は,10数年にわたる「臨床眼科」誌上の連載を端緒とする。実は,この連載の開始当時から,華麗とも言える見事な組織写真と眼科臨床を念頭に置いた的確な記載内容に深く感動し,「別冊2部を毎号送ってほしい」と猪俣教授に厚かましくもお願いした。以来,毎号欠かさず別冊2部が届けられた。2部はそれぞれ当眼科図書室と小生の自室の書架に綴じて備えてある。「臨床眼科」を毎号購読しながらも,別冊を入手してこれをまとめて綴じたいと思ったのは,とりもなおさずこの貴重な成果を1冊の書物として座右に常備したいとの願いに他ならない。今回の本書の刊行は,多くの眼科医のこの願いをあまねく満たす快挙である。
 本書のずしりとした重みを楽しみつつ繙くと,特に網膜の正常構造の写真の美しさにしばし見惚れる。「真理は美しい」とはかの有名な科学者の至言であるが,その典型例をここに見る。眼科を志す者すべてがまず本書で眼の正常構造を学ぶべきである。
 本書の真価への感動と賞賛は,「病眼の組織」に読み込んでますます高まる。光顕像・電顕像のみに留まらず,臨床診断にすぐに役立つように,それぞれの眼病に対応した眼底写真・外眼部写真まで添え,各項目ごとに臨床に直結した解説のみならず文献まで付し,しかも1項目あたり見開き2頁にまとめる読みやすさ,いずれも読者への著者の誠実で真摯な気配りには心底感服する。眼科専門医制度試験にも眼病理の問題が過去毎年出題されているので,この試験の受験勉強にも本書は不可欠であろう。
 本書を近年稀にみる眼科医必読の書として,万感の確信と,この壮挙を成し遂げた九大眼科一門への深甚の感謝と敬意をもって,推挙する次第である。
B5・頁384 定価(本体28,000円+税) 医学書院


世界のリウマチ病学のバイブル 4年ぶりに改訂

Arthritis and Allied Conditions:
A Textbook of Rheumatology

第14版
 W. J. Koopman 編

《書 評》山中 寿(東女医大附属膠原病リウマチ痛風センター助教授)

 まさにリウマチ病学(Rheumatology)のバイブルである。1940年にB. I. Comroeにより創刊された本著が,J. L. Hollander,D. J. McCartyに引き継がれ,今年,W. J. Koopmanの編集により第14版が4年ぶりに改訂された。
 わが国でもリウマチ病学を研鑽する多くの医師がこの教科書に学んでおり,リウマチ医を本書に最初に出会った版によりHollander世代,McCarty世代,Koopman世代と分けても大きな異論はないのではないだろうか(私はMcCarty世代である)。なお,冒頭で本書をバイブルとしての地位に高めたHollander博士の訃報が書かれている。弔意を表したい。

和書に見られない充実した項目

 本書の特徴の1つは総論が完備していることで,リウマチ性疾患の臨床的評価法,遺伝子検索の戦略など,日本の教科書ではなかなか見られない項目が充実している。
 今回の改訂では,リウマチ性疾患の病因に関与する遺伝的素因やNitric oxideの項が追加され,アポトーシス,慢性関節リウマチ(RA)の病因,骨粗鬆症などの項が全面的に改訂された。治療面では,CO-2選択的阻害薬,抗リウマチ薬レフルノミド,抗サイトカイン療法,骨髄移植療法などが新たに登場した。抗リウマチ薬の多剤投与療法,リウマチ性疾患患者の妊娠が独立した項で詳述されるようになって,臨床的には大変参考になる構成となった。最近発表されたガイドラインも適宜紹介されていて有用である。さらに治療経費にも言及している点はさすがに米国の教科書と感心する。RA治療に要する薬剤費の表があり,メトトレキセートなら月に72ドル(週15mgの場合)であるが,抗サイトカイン療法のエタネルセプトでは,月に1,000ドルを要することが書かれている。抗サイトカイン療法薬が未導入のわが国においても対岸の火事ではないことが実感させられる。
 全体として,第13版に比して図表が減ったのがやや残念である。特に全身性エリテマトーデスの特徴的な皮疹の写真がないのは寂しい気がするが,よりバイブルらしくなったとも言えるのかもしれない。
A4変・頁2,683(2vol)\52,320(税別)
Lippincott Willams & Wilkins


今,すぐ現場で活用できる感染症診療の実践書

レジデントのための感染症診療マニュアル
青木 眞 著

《書 評》源河いくみ(国立国際医療センターエイズ治療・研究開発センター)

 青木眞先生による『レジデントのための感染症診療マニュアル』が,医学書院から発刊された。
 私は,1998年からの約2年間,国立国際医療センターのエイズ治療・研究開発センター(=感染症科)のレジデントとして青木先生のご指導を受ける機会に恵まれた。日本では,消化器科や循環器科などの診療科はある程度の規模の病院にはあるが,臨床感染症科のある施設は少なく,その系統的トレーニングが受けられる場はほとんどないと言っても過言ではないだろう。青木先生は,私が初期研修を行なった沖縄県立中部病院の大先輩でもあり,日本では数少ない米国内科学会認定感染症専門医でいらしたため,感染症診療を専門にしたかった私は,国立国際医療センターでの研修に参加させていただいた。私のような者が書評を書くのは大変恐縮であり,私の研修期間に青木先生から学んだことや,感染症科での回診やコンサルテーションの様子を紹介して書評に代えたいと思う。

感染症科での回診とコンサルテーション

 青木先生の回診は,まず研修医にプレゼンテーションをさせ,その時の問題をあげて鑑別疾患や診断法,そして治療法についてディスカッションを行ない,その症例のトピックスについてミニレクチャーをしてくださるもので,常にその内容は米国において確立されている感染症診療の原則に則しているものであった。その中でも印象に残っているのは,咽頭炎(本文206頁,表74),無菌性髄膜炎(本文163頁,表60)などの日常よく遭遇する疾患でも,多くの重要な鑑別疾患があることを学んだことである。また1年に1回,初期研修医や感染症科レジデントを集めて「感染症診療のプリンシプル」というテーマで,感染症診療の基本的な講義をしていただいた。その内容は,本書の総論の部分に書いてあるように,発熱患者を診る場合には,発熱そのもの,CRP上昇や白血球の上昇などの炎症反応のみに対する抗菌薬の投与は行なわず,感染している問題の臓器を絞り,そこで問題を起こしている微生物を臨床状況から予測し,さらに予測された臓器,原因微生物に基づいて臓器特異性,抗菌薬スペクトラムを考えて感染症治療薬を決定するというものである。レクチャーの最初に,「CRPや発熱そのものはあてにしない」と聞くと,たいていの研修医はびっくりすると思うが,過ちを犯しやすい肺炎(本文211頁,表76)の診断,治療の実例をあげての説明を聞いて納得する。この「臓器特異性に考える」という考え方は,症例の基礎疾患や治療背景が複雑になればなるほど有効な感染症診療のアプローチとなる。
 他科からのコンサルテーションがある時は,感染症科レジデントがその症例のカルテに目を通し患者の診察を行ない,本書の4頁にある経過表を埋めてからアセスメントを考え,青木先生にプレゼンテーションを行なって,アセスメントが適切であるかを判断していただく。経過が長い症例の場合は,症例を把握するのが非常に大変であったが,コンサルテーション症例を見ることはとてもよいトレーニングになった。脳外科からは,脳室内シャントに伴う感染症(本文189頁)や胸部外科から腹部大動脈瘤人工血管置換術後の菌血症(本文270頁)などがあった。このような感染症は,それぞれの手術の術式や解剖,起因菌の特殊性を理解していないと解決できない。そして患者背景が複雑で重症な症例であっても,青木先生のコンサルテーションによって今までの治療が整理され,適切な治療により多くの症例が改善に向かうのを見た。本書には内科領域の感染症に限らず,これらの外科,整形外科,脳外科,眼科,耳鼻科領域の感染症まで幅広く書かれている。

感染症診療のプリンシプルとパールのつまった良書

 青木先生ご自身もHIV感染症の項の冒頭で述べておられるが,現在HIV診療は,臨床感染症の中でめまぐるしく変化している分野である。HIV診療は,最近の抗HIV薬の進歩により入院患者が減少し,外来診療が中心である。青木先生の外来は,最新の情報をもとにしながらの診療であるが,患者さんへの説明は,わかりやすく冗談を交えながらのリラックスした雰囲気であった。本書では,カウンセリングや日和見感染症の診断・治療,そして2000年までの最近の知見をもとにした抗HIV療法,針刺し後の感染予防などについて,本来ならそれらだけで厚い1冊の本となるような内容がコンパクトにまとめられている。
 青木先生は,以前よりベッドサイドで臨床医に指導してきたことを本にまとめたいと言われていた。残念ながら昨年の4月で国立国際医療センターを退職されたが,その後本書が出版され,すでに多くの臨床医に好評である。現在,青木先生は感染症コンサルタントとして,大学病院での臨床指導や市中病院でのHIV外来と幅広く活躍されている。読者の方が実際に青木先生のレクチャーやコンサルテーションを受ける機会も増えている。本書は,青木先生が臨床感染症の深い知識,経験をもとにベッドサイドで臨床医に指導してきたプリンシプル,そして重症感染症患者を救ってきたパールがつまったすばらしい本である。
 本書のタイトルには「レジデントのための……」とあるが,感染症専門医の少ない日本の医療の現場ですぐ活用できる感染症の実践書として,内科だけでなく外科など科を越えて,臨床感染症を扱うすべての医師に活用していただくことを願う。
A5・頁576 定価(本体6,000円+税) 医学書院