医学界新聞

 

〔座談会〕

失語症臨床-日本と英国の現状から語る


佐藤ひとみ氏(司会)
(浴風会病院,ロンドン大学)

カレン・ブライアン氏
(ロンドン大学)

半田理恵子氏
(桜新町リハビリテーションクリニック)

種村 純氏
(川崎医療福祉大学)
(通訳=櫻井千尋氏 
     昭和大学藤が丘リハビリテーション病院)


■失語症臨床を取り巻く現状

失語症とは

佐藤 「失語症」は,脳の損傷(主に脳血管障害)によって引き起こされる言語機能の障害です。日本における失語症のリハビリテーション(以下,リハ)は,1960年代から行なわれてきました。しかし,それを専門的に行なう職種が,国家資格(「言語聴覚士」)という形で社会的に認知されたのは1999年です。
 今回は,右半球の言語機能検査(The Right Hemisphere Language Battery,1995)の著者で,ロンドン大学のSpeech and Language Therapist(英国における言語聴覚士の名称,以下SLT)の養成コースで教鞭をとっておられるブライアン先生にもご参加いただき,失語症臨床の現状を,日英の比較という観点からお話しいただきたいと思います。
 まず,失語症とはどのような障害なのかを述べておきたいと思います。失語症と間違われやすい言葉の問題には,運動障害性構音障害があります。これは,舌や口唇などの発語器官に麻痺や運動障害があるために生じる発音の障害で,「聴く,話す,読む,書く」という言語機能の障害である失語症とは異なります。また失語症は,痴呆と同様の知的な障害と誤解されることも少なくありません。中には痴呆を併発する方もいますが,基本的には失語症の方々の場合,知識や記憶などは保たれています。これら2点が,まだ十分には理解されていないと思います。失語症は,手足の麻痺などの身体的障害と異なり目に見えない分,理解されにくい障害と言えます。私たちは自分の考えや気持ちを表現する道具として「言葉」を使いますが,失語症はそこがうまく働かなくなってしまう機能障害です。
 このため失語症は,対人的コミュニケーションにおける深刻な問題を生じさせ,「自分であるという感覚」の危機的状況すら個人にもたらしかねないのです。したがって,失語症の回復を最大限に引き出すには,単に言語機能の改善に対するアプローチだけでは十分とは言えません。失語症患者の心理-社会的側面を理解し,その適応的回復をめざす働きかけが重要になります。

失語症リハビリテーションの流れと問題点

佐藤 では,日本における失語症臨床の現状について,半田先生からおうかがいしたいと思います。
半田 言語聴覚士は資格化されてから日が浅く,その意味では,日本における失語症のリハは未整備な部分が多いことを前提にお話したいと思います。
 例えば,脳卒中の患者さんは,まず急性期病院に運ばれます。そこに言語聴覚士が勤務していれば,早期から対応可能です。しかし,そうでない病院も多く,適切な治療を受けられない患者さんがたくさんおられるの,というのが現状だと思います。
 また,入院期間の制限により,患者さんはしばらくして別の病院へ移らざるを得ません。最悪の場合は,十分なリハを受けることなく,急性期から直ちに在宅へ戻ることもあります。一方,昨年(2000年)制度化された「回復期リハ病棟」では,最高6か月間のリハを行なうことが可能です。これはまだ数が少ないのですが,そのようなプロセスを経て在宅へ戻る場合もあります。
 また,外来でのリハや,地域に失語症の方を長くケアする施設──例えばデイサービスやデイケアなどがあれば,そこでフォローされることもあります。
 しかしながら,そのような場所は十分ではないために,約20年前に,失語症の患者さんたちが自主的に,「失語症友の会」を結成されました。日本においては失語症の当事者の皆さんが長期のフォローを担ってきたという歴史があります。
佐藤 英国の状況は,いかがですか。
ブライアン お話をうかがうと英国と似ている点が多いですね。
 すべての急性期病院には言語療法サービスがありますが,日本と異なるのは,脳卒中の患者さんすべてがすぐに急性期病院に入院するとは限らない点です。入院する場合は,在宅でみることができないほどの重症の方に限られています。英国では病院に入院するには一般開業医(GP)の紹介が必要です。これは全国では統一しています。また残念ながら,急性期の病院におるSLTの数は少なく,サービスを受けることが難しくなっています。
 急性期を過ぎるとサービスの種類が広がります。例えば外来や地域の施設でのプログラムに参加したり,また在宅や訪問看護でも可能です。しかし英国全土を見ると,セラピーの量に相違があります。失語症の患者さんは,大体半年から2年間のセラピーを受けると思います。日本と同様に,「脳卒中協会」,若年で脳卒中を受けた患者さん中心とする「ディファレント・ストロークス」や,失語症の方たちを中心とした「スピーカビリティ」という民間団体もあります。これらのグループは,地域に支部を設け,サービス改善を促す活動をしています。
佐藤 英国のSLTは,病院等に勤務しなくても,プライベートにセラピーを行なうことが可能です。そのあたりを少し説明してください。
ブライアン 英国にはナショナル・ヘルス・サービス(NHS)があり,税金の一部分として間接的にヘルスケア費を払っていますが,ヘルスケア自体は無料です。しかしながら,ヘルスケアは金額によって制限されています。政府は以前よりヘルスケアに予算を割いていますが,その効果が日常的ベースで明らかになるまでには長い時間がかかります。
 少数ですが,プライベートに仕事を行なっているSLTがいます。そして,言語セラピーのサービスを,国以外の例えば「脳卒中協会」や「アルツハイマー病協会」など,地域の民間団体からの援助によって受けられることもあります。
種村 日本の現状では,言語聴覚士の数は増えていません。厚生省がまとめた将来推計では,必要な数を現時点で9000から1万人程度と推計していますが,それに対して現在ではその30%程度ではないかと思います。
半田 言語聴覚士の制度化の結果として,言語療法の診療報酬の点数が上がることが望ましかったのですが,残念ながら昨年の時点で変化はありませんでした。また,本来なら言語聴覚士の施設ごとの配置基準もあるはずですが,それも決まりませんでした。せっかく資格ができても,各施設での雇用には至らなかったのです。そのため,いまだに失語症の方が適切なリハのルートに乗りにくいという実態があります。

失語症臨床家の養成・資格制度

佐藤 最近のデータによると,1965年当時,わが国で失語症臨床が行なわれていたのは9施設で,臨床家は24人だったそうです。その20年後の1985年でも約400施設,失語症臨床家の数は700人に満たな状態でしたが,昨年では1485施設で2427名が失語症臨床に携わるようになっています。種村先生,日本における失語症臨床とその臨床家の養成はどのような歴史をたどってきたのでしょうか。
種村 このような成人に対するリハ,特にスピーチ・リハが日本で開始されたのは1961年です。当時,長野県の鹿教湯温泉療養所(現在の鹿教湯病院)で,笹沼澄子先生(現・国際保健医療大)を中心に,Schuell先生(アイオワ大)とかSarno先生(ニューヨーク大)をお呼びして,はじめて刺激法の訓練が導入されました。
 その後,1964年に九州労災病院の永江和久先生(故人)が「ミネソタ・テスト(Minnesota Test for Differential Diagnosis of Aphasia)」を翻訳され,訓練を開始したのと同じ年に,伊豆韮山温泉病院で「スピーチセラピー・クリニック」が開始されました。そこでは,竹田契一先生(現・大阪教育大)がアメリカから帰国され,刺激法ばかりでなく,もう少し機能的な考え方で訓練が進められ,そのあたりから広まっていったと言えます。
 この3つの施設は,多くの研修生を受け入れるなど,当初は教育的な役割も果たしていました。その後,教育制度が開始され,また国立リハセンターの前身ができたのもこの頃です。
ブライアン 英国では言語セラピーは50年以上前に創立されました。Royal College of Speech and Language Therapistsという,SLTの専門職としての結束を維持し,その養成の標準(基準)について監督するSLTの協会があります。SLTのためのコースを有している大学は14校あり,毎年約500人の学生はそのコースを受けることができます。
 そして,SLTになるためには,専門の学位を取得する必要があり,実際の臨床を行なうためにはRoyal College of Speech and Language Therapistsが発行する証明書を得る必要があります。
佐藤 英国の場合,一律の試験を受けて国家資格を取得する日本の制度とは大変異なりますね。わが国の失語症臨床家の養成は,言語聴覚士法の施行後どのように行なわれるようになったのですか。
種村 日本には現在,(1)高校卒業後の3年課程の専門学校,(2)高校卒業後の3年課程の短期大学,(3)4年制大学,(4)大学卒業後の2年間の専門学校,という4種類の教育制度が併存しています。また現実にはあまり行なわれていませんが,大学で指定された科目を履修することで国家試験の受験資格を与える「科目指定」という制度もあります。
 今年の4月からは大学6校,短期大学2校,専門学校30校と,6大学中,3大学が大学院を有しており,2大学で博士過程も始まりました。
ブライアン 英国ではSLT養成には,1つは3-4年の学部課程,もう1つは言語学や心理学などの関連した学位を持っている場合に2年間の大学院課程の2つがあります。後者の場合は延長も可能です。
 また,学生が学位を取得し資格を得てから,1年間グラデュエートとしての登録で雇用され,指導教官による個人指導を受ける場合もあります。そして,これが十分になされれば正規の登録になります。
 卒後トレーニングや修士号のコース,さらに博士号を取るコースがありますが,これは大学によっても少々異なります。例えば私のカレッジでは,「ヒューマン・コミュニケーション」という修士号や,一般的な「ヘルスマネジメント」などの修士をとることも可能です。

養成コースの教育内容

種村 教える項目については,「専門科目」と「専門基礎科目」と大きく2つに分けて考えています。前者は,言語障害に関する科目で,後者は基礎医学,臨床医学,言語学,心理学や社会福祉などで,臨床医学の中には神経内科,精神医学,耳鼻咽喉科学,口腔外科学,形成外科学などが含まれます。
 専門科目は,(1)失語症を含む高次脳機能障害,(2)発達障害,(3)音声,嚥下,構音,(4)聴覚障害と,大きく4つのカテゴリーに分かれています。実習については12週間,480時間を最低限としています。
ブライアン 英国における養成コースの内容は,Royal College of Speech and Language Therapistsによって指定されています。各コースは,内容が充実したものかどうかを5年ごとに評価されます。そのため全国のコースはよく似ています。言語学,音声学,心理学や言語研究の方法論に関連する医学が中心分野になります。これらの科目にそって,理論的知識の応用が重要視されています。例えば言語学の場合,言語学的分析を利用する動きがあり,臨床言語学の要素も含まれています。専門教育は,4年間を通して理論的研究とが徐々に統合されていくのです。学生たちは,クリニックでデータを収集し,それを分析することによって理論的知識を応用することが課題とされます。このような統合が非常に重要になるのです。さらに,学生はコースにおける一連の実習で,自分の専門性の発展をプロファイルします。行なった仕事や症例報告などの自分のプロフェショナルな進歩を,ポートフォリオ・システム(専門教育や卒後の専門性発展の見取り図として用いられる,関連情報の集積)でみることができます。
佐藤 ブライアン先生が強調されたように,SLTの専門教育は応用科学としての学問であり,関連する学問領域を統合して教育する姿勢が英国の特徴ではないかと思います。私自身英国の大学院で学びましたが,理論的でしっかりとした枠組みをもって,それを応用する力がなければ臨床はできないという考え方で,教育がなされている印象を強く受けました。

■失語症臨床へのアプローチ

3つのアプローチ法

ブライアン 失語症臨床にはさまざまなアプローチがあり,最近では認知神経心理学の影響により,セラピーの目的をはっきりさせ,仮説検証,目標設定に重きをおく傾向があります。また,言語聴覚士は自分が行なったセラピーの結果を証明することが必要です。
 言語機能のプロセスのどの部分が障害されているかを明らかにするためには,認識神経心理学,あるいは神経心理学的なプロセスが鍵になると思います。
 もう1つ,「機能的アプローチ」(functional approach)が中心となります。現在,「会話分析」というアプローチが大きく発達していますが,これは日常生活の中で,患者さんは実際にどの程度の会話ができるのかを,よく患者さんのケアをする人と一緒に,その評価を行なうものです。
 それから3つ目は,もっと広い見方や立場から,患者の心理社会的な問題点へのアプローチです。例えば雇用と患者さんの権利や,障害者の利益となる権利なども含んでいます。このように,機能障害,能力障害,社会的不利というWHOの分類に基づくアプローチは一般的です。これは患者さんの障害をみるだけではなく,もっと機能的なニーズもみるために役に立つガイドラインです。
佐藤 英国では現在,言語機能障害に対しては認知神経心理学的アプローチが盛んです。これは失語症状を記述的に評価するのではなく,言語処理過程における機能障害のレベルを推定できる心理言語学的評価を行ない,その結果に基づいて機能改善に有効と考えられるセラピーを実施します。そして,そのセラピー効果についても臨床家自身がチェックし,個々の患者さんに適切なセラピーを模索していこうとするアプローチです。
 また,コミュニケーション能力の改善に対する働きかけについては,「会話分析」の手法が臨床で適用できるように様々な提案がなされています。日本の場合はいかがでしょうか。
種村 基本的な考え方は同じと思います。歴史的には,最初は刺激法から始まって,それからプログラム学習の考え方になりましたが,最近では,認知心理学的な分析法がかなり広まっています。しかし,会話分析についてはまだ少数です。
佐藤 失語症の患者さんに基本的な事柄をインタビューした結果から,実際にその方が日常の場面でどのくらいの会話能力,あるいはコミュニケーション能力をお持ちなのかを予測することは,容易なことではありません。
 そこで英国では,1つの方策として「会話分析」を行ないます。これはテープレコーダやビデオで普通の会話を録音します。なぜビデオかというと,障害の重い失語症者の方の場合には発語が少ないために,ビデオを撮って,その時の表情や非言語的な反応も分析します。失語症の患者さんの「コミュニケーション能力」は,患者さんの言語能力だけでなく対話者の応答も影響しますので,両者の会話を分析するのです。会話する時の患者さんの特徴や,対話する側のどのような手掛かりや反応でコミュニケーションが促進されたかなどを,普段の会話場面からとらえるんですね。

生活の場面に入って

半田 先ほどお話があった機能的,生活,そして社会的側面という3つのアプローチを考えた時,日本では,例えば生活場面における言語聴覚士の関わりは,まだ十分ではありません。
 1つの突破口として,病院の言語聴覚士が,訓練室だけでなく,病棟に出かけて,その中での患者さんのコミュニケーションの状況を分析したり,周囲の方とのコミュニケーションのあり方を指導するといったことが,少しずつ始まっています。
 現在,私の勤務するクリニックでは,在宅訪問を通して,退院後の患者さんが生活の中でコミュニケーションに関して困っていることを分析して,実際にご家族がいる自然な状況の中でリハを行ないます。さらにご家族への指導もし,その方が生活する環境を整備するというアプローチを開始しています。 ブライアン SLTが患者さんを日常生活の中で考え,彼らのコミュニケーション・ニードに配慮することはとても大切です。
 現在英国では,SLTが使うソフトウェア・システムを開発し始めています。これは,患者さんのどの点を分析すべきかをビデオからすばやく判断し,治療戦略に役立てるものです。また,SLTは失語症の患者さんと,患者をケアする人や,関連団体の方々と一緒に働くことで,多くの人に啓蒙することが可能です。
 病院や地域センターに勤務する場合は,SLTが病棟スタッフとチームを組んで一緒に働くことで,どのようにコミュニケーションを取っていくかについて,こうしたスタッフの理解を促すことも可能です。
佐藤 患者さんの家族はもちろん,他の医療のスタッフや介護をする方々に,コミュニケーションの取り方を具体的に助言することは,失語症の方たちにとってのよりよいコミュニケーション環境を作る上で不可欠です。これは患者さんにとっては大変切実な日常的問題といえます。

失語症への理解を深める

佐藤 失語症のことや,失語症の方たちの抱える問題について,患者さんの周囲の方々ばかりでなく,多くの方たちに理解してもらうことは大事だと思います。英国ではこの点については,どのようなことがなされているのでしょうか。
ブライアン 英国の場合も,学校教育で失語症が教えられることはありません。先述した団体は,失語症について子どもたちに話をしようとしています。しかし,一般市民が失語症を理解するには,ほど遠い状況にあると言えます。
 最も多いのは,高齢者ケアに携る方たちや,医師の理解をさらに得るといったように,まず医療に携る人々にもっと失語症の知識を持ってもらうことです。
半田 周囲のスタッフが失語症をあまりよく理解されていなかったために,困った例を経験しました。ある失語症の男性で,高齢で脳梗塞になり,在宅に戻られたかなり重度の方でしたが,内科のかかりつけ医が,残念ながら失語症を十分に理解されていなかったのです。
 かな文字の「50音表」がありますね。その先生は,50音表を使って言葉の練習をしなさいという指示を出されていたのです。しかしこれは,失語症の患者さんとコミニケーションをとるために適当な方法ではないのです。この場合は,訪問看護婦さんを通じてその先生に報告書を送って,修正をはかりました。
 もう1つよく見られるのは,地域のデイサービスやデイケアなどで,職員の方が痴呆と失語症との違いをよく理解されていないために,コミュニケーションがとれないことから,失語症の方を痴呆のグループの中に入れてしまうケースがあります。そうなると,失語症の方は孤独になってしまい,サービスに行くのをやめてしまうことがあります。このような誤解が多いことは重大な問題です。
 現場の中で言語聴覚士は,職員への働きかけや,関係各位に報告を出すなど,きめ細かな活動が求められています。もちろんそれ以前に,デイサービスなど各施設に言語聴覚士がいないことも問題だと思いますが。
佐藤 失語症臨床は,失語症の患者さんやそのご家族だけへのアプローチに限定することなく,患者さんにとってのコミュニケーション環境という視点を持って,個々のケースに対応することが大切ですね。
ブライアン 失語症の方の治療にあたるSLTは,様々な治療へのアプローチを利用できることが必要であると同時,患者が持っている能力にも焦点を合わせ,その代償となるような能力を利用したり,また患者さんとケアする人の立場を配慮して,彼らのニーズや,どのようなセラピーがいちばん適当なのかを理解することが必要なのです。そのためには,SLTと患者さんが,広い意味のパートナーシップを持つことが大きな意味を持ちます。
 ちなみに私たちは現在,レジデンシャル・ホーム(英国の老人福祉施設)での介護者のためのトレーニングプログラムを検討しています。このような施設には,さまざまな形でコミュニケーションに問題があるご高齢の方がいらっしゃいます。ですから介護者の方への基本的なトレーニングを提供し,コミュニケーション障害の高齢者にどのような方法でアプローチするかというプログラムを探っているのです。
 また,SLTが他の専門家と一緒に働く場合に,彼らがセラピーを見学できることも大切です。その様子をみることで,効果的なコミュニケーションモデルや,ある患者さんに対する特定のモデルを提供することは大変重要なことだと思います。
 最近ではSLTも,他の専門家のトレーニングにも参加し始めています。私自身も医学生たちに,通常のコミュニケーション・スキルに加えて,聴覚障害あるいは失語症などの障害者へのコミュニケーション・スキルを教えています。
 最近,英国では,医学的な障害とは異なる,社会的障害モデルに基づくムーブメントが起こり始め,障害を持つ人を社会全体で守っていくことが重視されるようになっています。コミュニケーション障害に関しては,市民が高い意識の持つことが理想ですが,実現にはまだまだです。しかし障害の社会モデルは,そのような議論を開く出発点になります。

患者とのパートナーシップ

佐藤 失語症の患者さんは,心理的に孤立しがちです。日本人の患者さんの場合,「情けない」とか,「なんでこんなにダメになったのか」という自分を責める言葉をよく聞きます。そういう患者さんの心理的な状況,あるいは情動をきちんと理解しながらアプローチしていかないと,失語症の回復を最大限に引き出すことはできません。私は,日常の対人的コミュニケーションは,情報の伝達というより,「気持ちのやりとり」だと思っています。
半田 難しい問題ですね。「障害の受容」という言葉は,割合によく使われますが,安易なものではありません。また治療者がいくら経験を積んでも,患者さんにとっては初めて体験する障害なのです。言語聴覚士は患者さんに出会うたびに同じスタートラインに共に並んで,目標を見つめ,解決していきます。そういう意味で,「共に歩んでいくパートナー」でありたいと思います。
佐藤 同感です。「気持ちのやりとり」が失語症の患者さんと臨床家と間にできますと,発症から長期に経過した時点からのセラピーであっても,驚くほど回復するという方もおられます。
種村 私も関わっている研究で,発症した年齢によって失語症の経過がまったく異なることがあります。言語機能の回復自体が発症年齢によって大きく異なり,また社会生活も大きく異なります。これを含めて,失語症といっても,例えば若年層か,熟年男性か,あるいは主婦か,高齢者であるのかによって,基本的に社会心理的な立場で考えて,その人の言語機能を含めた人生の質を調整するという考え方があってよいのではないでしょうか。その件に関して,最近はいくつかデータが出ているようです。
佐藤 人とのコミュニケーションは,私たちが生きていくためにはなくてはならないものです。したがって,人生のどの時点で失語症になったのかということが,個々の患者さんにとっての失語症の問題に大きな影響を及ぼします。
半田 今のお話に加えて,失語症の方の長い人生の中で,まわりの状況変化の中でよい方向に向う場合と,逆に環境の違いによって途端にコミュニケーションの困難が生じてくるということが多々あるように思います。例えば,若い失語症の女性が,お子さんが幼稚園に入学したことをきっかけにクリニックに来る方もいます。失語症は軽症ですが,環境の変化が大きな心の問題とコミュニケーションの壁を作ってしまったのですね。
 そのような人生のさまざまな場面で生じる問題に,臨機応変に対応することが重要であると同時に,患者さんと長くつながっていくことが大事だと思っています。

■失語症臨床の展望

パソコンと失語症

佐藤 コミュニケーションは失語症の方たちだけのキーワードであるばかりでなく,「情報化社会」といわれる今の時代におけるキーワードといっても過言ではないと思います。日本でもパソコンは大変普及し,それを背景に「失語症回復のためのプログラム」というソフトも幾つか市販されております。ここでは,失語症臨床の将来を展望する1つの窓として,パソコン機器の利用が失語症の回復に有効なのかについて,種村先生からコメントいただけますか。
種村 1つは,訓練の道具としてのパソコン機器がありますが,まだ日本ではそれほど経験がありません。発語失行に対するプラクティスなどはとても助かるという利用者の意見があります。もちろん,十分な管理が必要なのですが。
 それから,宿題をパソコンでやるということもあります。また,言語聴覚士の個人訓練との併用は,一部の施設で始まっています。これは便利ですし,年齢もあるでしょうがパソコンが好きな患者さんもだんだん増えてきました。そういう意味で幅広く使うことは可能です。
 それからパソコンではかな漢字の変換が必要となるために,失語症の人が通常の意味でのパソコンの機能や,インターネット,Eメールを利用しにくいことが問題です。しかし,これは一部の患者さんに限られますが,非常に熱心な人は左手だけで一生懸命にキーをたたき,それが長期的な回復に結びついているという事例もあります。私自身もパソコン通信で患者さんの訓練を2例ほど行なっています。
ブライアン コンピュータは使える道具だと思いますし,個別の患者さんに適切に使わなければなりません。コンピュータを使用する前に,本当にこの方の利益になるのかという細かい評価をしなければなりませんし,また,その患者さんに適したプログラムをデザインする必要があります。
 現在,英国では,言語聴覚士が在宅の患者さんを遠隔地でモニターする研究をしています。インターネットで宿題を送ることができたり,それから,患者の状態をモニターしたり,課題をもっと難しいレベルに変えたりするなど,コンピュータはただ単なる宿題以上のことを可能にします。
 しかし,研究はまさに始まったばかりで,おっしゃるように,失語症の患者さんすべてにすぐに効果があるわけでないことは確かです。

臨床家に課された課題

佐藤 では最後に,今後の失語症臨床に関してのご意見を,お1人ずつお願いしたいと思います。
半田 いま大きな病院から小さなクリニックに移り,失語症の方,またはコミュニケーション障害の方が住んでいる地域や自宅という,生活に近いところで仕事をするようになり,大変やりがいを感じています。今後もこの中で,少しでも患者さんの生活の質が高められるように,共にその問題解決にあたっていく者として,地域で仕事ができるといいなと思っています。
種村 私も半田先生と同様です。失語症の回復は,他の身体的な障害と比べて,とても時間がかかります。そういう方に対して,保険制度も含めて長く言語聴覚士が関わるべきだ,ということを強調したいと思います。
ブライアン われわれは今後,専門性を発展させ,セラピー方法を確立する努力を続ける必要があります。また言語セラピーが達成できることは何かについて,人々によりよい認識を促すことも必要です。さらにコミュニケーション障害を抱える人々が遭遇する困難について,ヘルスケアにおいて,またより広い社会的場において,人々に理解してもらう努力をすべきですし,効果的なコミュニケーションを促進する対策を講じなければなりません。
佐藤 日本と英国の社会-文化的背景は異なりますが,失語症の方たちが「言葉を取り戻す」ために専門家としてどれだけ支援できるのか,その専門的アプローチを練り上げていく努力をしていくことは,共通の課題だと思います。
 この座談会では,失語症臨床は,失語症者の患者さんだけでなく,会話の相手となる周囲の方たちへの働きかけによって失語症の回復をめざし,また,患者さんの心理-社会的な側面を含めて,失語症の問題について一般の人々の認識を高めていくなど広い視点からアプローチしていくことが肝要である,というお話に至ったかと思います。
 本日はどうもありがとうございました。