医学界新聞

 

〔連載〕How to make <看護版>

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 薬物治療学研究室)


2437号よりつづく

〔第2回〕新GCPで薬害から患者を守れ

 日本でも新GCP(Good Clinical Practice;医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令)に基づき,看護婦,薬剤師が中心となりCRC(Clinical Research Coordinator;治験コーディネーター)として,製薬会社と患者さん,医師の間に入って治験を円滑に進行するため日々努力しています。しかし,今後医療が自由化されると,ビジネスとの境界が不明瞭となっていく危険性もあります。今回は,ビジネスとの狭間で大学のアカデミズムを貫こうと奮闘した1人の女性について紹介したいと思います。

後発新薬-ゾロの薬

 アメリカの薬局に行くと,同じタイプの薬が異なったメーカーから異なる値段で販売されているのに気づきます。しかも倍以上に値段が違ったりします。また,薬用量が日本と比較して極端に多くて驚くこともあります。アメリカの製薬会社は特許で守られていますが,期限が切れるとゾロの薬(後発新薬)が販売されるようになります。
 ライバル会社は,その薬の化学式しか入手できないために製造過程を知りません。よって製造方法の相違から吸収や代謝,排泄が異なり,同じ薬用量を用いても薬物動態や臨床効果が違ってしまうという可能性は十分あります。しかし,アメリカでは薬理学的に等価,すなわち同量の薬剤を含んでいれば同じであるとみなしていますから,同じ血中濃度,同じ臨床効果までは要求していません。そういった状況なので,安い薬を服用すると効き目が極端に悪かったりします。
 患者側としては,どの薬が最も効果的であって副作用が少ないかを知りたいところですが,企業側としては他のライバル薬より劣るというデータのリークは死活問題であり,ぜがひでも抑えようとします。最近,甲状腺ホルモン製剤をめぐって企業と大学人の間でバトルがありました。

ブーツ社とカリフォルニア大学の攻防

 最初の合成甲状腺製剤であるシンスロイドは,1938年に販売開始となり,現在の基準に則ったデータを必要としませんでした。年間600億円の売上のある薬でしたが,他の甲状腺製剤も販売されるようになると,それらの効果の比較を求める声が高まってきました。そこで1987年に,シンスロイドの製造企業ブーツ社は,カリフォルニア大学サンフランシスコ校のベティ・ドン薬学博士(女性)にその比較研究を依頼しました。その結果,「シンスロイドの薬剤当たりの甲状腺ホルモン含有量が他の新薬と比較して高い」という,ブーツ社側にとってはよい結果を得ることができました。そこでブーツ社は,彼女に研究費をつけて薬物動態,臨床効果などを含む他社製品との比較研究を引き続き依頼したのでした。
 しかしながら,彼女は1990年に「比較した4つの薬の効果は同じである」という結論に至りました。当然ブーツ社側はデータを痛烈に批判し,紙面発表を阻止しようとしました。一方ドン博士側も,「研究データは正当である」として抗議したのです。この闘いは,ブーツ社と大学との闘いにまで発展しました。ブーツ社は,「患者選択基準に問題がある」「実験手技の信憑性が低い」「統計が間違っている」「倫理的問題をクリアしていない」など,諸々の点で難癖をつけて論文発表を阻止しようとしました。
 結局は,ブーツ社の言い分を一部受け入れた形で1994年「JAMA」(アメリカ医師会雑誌)に投稿の運びとなりました。薬剤の半減期を考慮しながら,キャリーオーバー効果が生じないように工夫するなど,よくデザインされ優れた薬効評価の研究でした。さらに,彼女はカバーレターに「ブーツ社は,われわれが逐一データを送り,数多く会合を持ったにもかかわらず,とても結果に対して批判的でした。よってブーツ社の関連の者が査読にあたらないようにお願いします」と書き加えたのです。
 この論文は5人の査読官(そのうちブーツ社の相談役も含まれていた)に送られ,一部訂正の後に受理され,翌年1月発行の予定となりました。ところが,今度はドン博士が突然論文発表を取り下げたいと言い出したのです。その理由は,最初に彼女がブーツ社と研究契約を結んだ際,「この研究で得られたすべての情報は秘密であり,これを公表する時は製造元の許可を必要とする」という記載にサインをしていたために,企業側がこれを理由として大学を相手取り訴訟を起こすと言い出したからです。そして大学側は,博士に論文を取り下げるように要請しました。その当時,このような記載はまれで,博士は熟読せずにサインをしてしまっていたのでした。
 学術研究の発表は,大学の基本原理であり,中立が保たれなくてはなりません。しかし,博士が契約を結んだ段階で問題があり,中立を保ち論文発表できないのであれば,研究費をもらって研究するべきではなかった,という批判が大学内部でも起こりました。しかしそれは後の祭りです。またブーツ社はJAMAに博士と研究を批判する手紙を送りつけました。さらにブーツ社のメイヤー博士は,ドン博士に何の通達もなく,博士たちのデータを使用しつつも,解釈を変えて反対の結論を出し論文発表してしまったのです。メイヤー博士は「Am J Therapeutics」の編集委員であり,自分の雑誌に掲載するという手を使ったのです。
 1996年にこれらの事実が「ウォールストリート・ジャーナル」に載り,問題が再浮上しました。FDA(Food and Drug Administration;米・食品医薬品局)はこの記事に着目し,メイヤー博士の論文に対して「甲状腺製剤の半減期が7.6日なのに48時間しか検討していないのはおかしいのではないか」と批判。これに対してブーツ社は,「この論文はこれらの薬剤が同じであることを証明しようとしたものではなく,異なることを証明しようとしたものなので,48時間でも構わない」と反論しました。また「薬効が同じであることを言うには,より多くの人に対してより長期に観察しなければ結論できない」とも付け加えました。
 しかしながら,FDAはブーツ社に対し「シンスロイドを実際の薬効以上に評価している」として厳重注意の判決を下しました。最終的にブーツ社側は分が悪いと悟り,大学と交渉して一部修正を加え,ドン博士の論文は,1997年になり当初より7年後れて「JAMA」に発表となったのでした。

アカデミックフリーダムは大学の本質である

 企業は利益を追求する機関であり,大学は真理を追究する場所です。ですから二者の間には目的に開きがあり,公表に関するポリシーは当然異なる可能性があります。おそらくお互いは「自分こそが正しいことをしている」と考え,信じて疑わなかったことでしょう。
 通常,製薬会社は新薬を宣伝する際に他社との比較データを出して高い優位性を示します。しかしこれにかかわる医師は,大方を差し引いてデータ解釈していることが多いように思います。ところが,大学の出したデータであれば,しかもインパクトの高い雑誌に掲載された論文であれば,「信憑性が高い」として扱うでしょう。
 すなわち「大学はアカデミックフリーダム(学問的公正)に基づいて研究する」ことが前提となっているからこそ,データの信憑性が高いのです。このアカデミックフリーダムを失った時,大学としての存在価値も消失するのではないでしょうか。
 よりよい医療を患者さんに提供することが私たちの努めです。新しい薬もよいものであれば,できるだけ早く病める人々に使うべきです。しかし,新しい薬がよいものであるか否かは,使用してみないとわかりません。またある患者さんには有効でも,別の患者さんには薬害を引き起こすかもしれないのです。そこにジレンマが存在します。そこで,統計学によって新薬を科学的に評価することが,少しでも薬害を減らし,少しでも早く良薬を必要としている人々に届ける最良の方法なのです。
 そのために医療を知る看護婦が,CRCとして必要とされています。