医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


他に類をみない肝転移の好書

肝転移-メカニズムと臨床
磨伊正義 編集

《書 評》小川道雄(熊本大教授・外科学)

 悪性腫瘍と良性腫瘍の決定的な相違は,悪性腫瘍が浸潤能,転移能を持つことである。転移はリンパ行性,血行性,播種性に大別されるが,腫瘍外科医は血行性転移,播種性転移に対しては絶望感を抱いていた。しかし最近は,特に血行性転移に対して手術を中心に放射線療法,化学療法,免疫療法などを駆使して,果敢に戦いが挑まれるようになった。しかしながら血行性転移の治療成績の飛躍的な向上は,なお達せられていないのが現状である。

視野に入ってきた肝転移の治療戦略

 金沢大がん研の磨伊正義教授の編集された『肝転移-メカニズムと臨床』は,血行性転移のうちでも最も頻度が高く,しかもその治療戦略が視野に入ってきた肝転移に的をしぼった書籍で,他に類をみない好著である。
 肝転移に関連して臨床医が抱く疑問を,今思いつくままにあげてみると,なぜある臓器の癌が,あるいは分化度の高い癌が肝臓へ転移しやすいのか,原発巣よりはるかに大きい肝転移をみることがあるが,増殖速度が原発巣と肝転移巣で異なるのはなぜか,肝転移の成立経路(経門脈性,経動脈性,リンパ行性)によって,転移機構に相違があるのだろうか,相違があるとしたら治療方法も変わってくるのだろうか,などがある。

多数のイラストによる平易な解説

 本書の半分は肝転移の基礎編であるが,この基礎編でこれらのほとんどについて納得のいく説明がなされている。また転移の分子機構,遺伝子,血管新生,細胞外マトリックス分解,接着分子,分子標的治療の章は,肝転移のみならず,他の血行性転移の成立機序を理解するのにそのまま役立つように,高度の内容が多数のイラストとともに,平易に解説されている。転移のマルチステップのどこで阻止すればよいのか,特に転移研究を行なっている臨床系の大学院生にはよいヒントになろう。
 一方,臨床編では,現時点で用いられている肝転移の予知,診断,治療の方法がまとめてある。さらにここには,近い将来に臨床応用が期待されるものもあげられている。
 本書の特徴として,明解でしかも統一のとれた記載,わかりやすい多数の図表の他に,用語解説がある。重要な用語がそれぞれの章で取り上げられ,専門家以外にもわかるように解説されており,理解に役立つ。また編者の磨伊教授のご性格なのか,本書では評価のまだ定まっていない直近の文献を取り上げるのは避けられているが,肝転移の臨床や転移研究ですでに位置づけのなされた重要な文献は,ほとんどすべて網羅されている。
 肝転移は,消化器癌に限ったものではない。消化器外科医のみならず,呼吸器外科医,婦人科医,泌尿器科医,乳腺・内分泌外科医などに,本書の一読をぜひお薦めしたい。1つの臓器の癌の肝転移だけでなく,他の臓器の癌の肝転移の機構,予知,診断,治療を知ることによって,肝転移の診療における視点が大きく変わるのではないか,と考えるからである。
B5・頁240 定価(本体12,000円+税) 医学書院


新世紀に要求される内容を先取りした教科書

標準皮膚科学
第6版
 池田重雄 監修/荒田次郎,西川武二,瀧川雅浩 編集

《書 評》片山一朗(長崎大教授・皮膚科学)

劇的な時代変化に対応し大幅改訂

 『標準皮膚科学』第6版が上梓された。1997年12月に第5版が出版されてから約3年であるが,今回はさらに大幅な改訂がなされている。
 本書はその名の通り,現在の日本における最もスタンダードな教科書であり,学生,皮膚科医の間で広く使われ,確固たる地位を築いている。初版が出版され早くも17年の歳月が流れ,その間に皮膚科学の進歩や学生教育,国家試験,卒後教育の変革にともない多くの教科書や雑誌,専門書が刊行され,それぞれのニーズに合わせ購読者を確保しているが,1冊ですべての要求に応え得る教本は数少ない。その中で本書は記述内容の的確さ,文献,索引の充実度,冠名症候群など,非常にきめの細かい編集と内容により多くの読者を獲得してきたと考えられる。CD-ROMやオンライン検索などの普及,コンピュータによる視覚教育により,皮膚疾患の理解や情報の収集が非常に容易にかつ迅速に行なえるようになった現在では,教科書のありかたそのものが問われており,スーパーローテートの開始や国家試験の大幅な改革など卒前,卒後教育も大きく様変わりしようとしている。そのような劇的な状況の変化を敏感に先取りして,今回の大幅な改訂がなされたと考えられる。

非常に使いやすい質の高いカラー写真

 前置きが長くなったが,第6版を一読させていただき,最もインパクトがあったのは,カラー図譜が大幅に増え(145枚から321枚に),しかも今回初めて採用された症例写真や関連図表が該当疾患の頁に挿入されたことで,初学者のみならず専門医にも非常に使いやすくなっている。用いられている写真も臨床,組織,図表ともに非常にクオリティの高いものが多く,カラーアトラス的な要素も加味されており,編集者の苦労が偲ばれる。
 皮膚科の基本である発疹学の理解にも大いに役立つと思われ,ビジュアル世代の教育に大きく寄与すると考えられる。私が皮膚科医になった頃,教科書に記載された疾患の説明がなかなか理解できず苦労したことを思い出すと,このようなすばらしい教科書を手にすることのできる現在の学生,研修医は羨ましい限りである。また先に述べたように本書のもう1つの特徴として,その索引の充実していることがあげられる。日常診療で診断名や皮膚科用語を思い出せない時やベッドサイドで関連疾患を調べたい時,大変重宝と思うのは小生だけではないだろう。
 内容的には,最近その病態解明の進歩が著しい水疱症が大幅に改訂され,標的抗原や遺伝子異常,最新の治療法も表にわかりやすくまとめられ,皮膚科専門医にも知識の整理に大いに役立つと考えられる。今後,角化症,リンパ腫,色素異常症,皮膚癌など進歩の早い分野でも,このような遺伝子異常や新しい病因論からの分類が可能になっていくものと考えられる。
 本書は,21世紀の皮膚科学教科書に要求される内容を先取りしたすばらしい教科書であり,皮膚科学を学ぶ医師,学生のみならずスーパーローテートで皮膚科研修を行なう他科希望の医師にもぜひ手元において活用していただきたい。
B5・頁636 定価(本体7,900円+税) 医学書院


救急現場での不整脈診断が学習できる実用書

不整脈判読トレーニング
Ken Grauer,Daniel Cavallaro 著/高尾信廣 訳

《書 評》山科 章(東医大教授・内科学)

 先日,5年生にOSCE(オスキーと読む)を施行した。OSCEとは客観的臨床能力試験のことで,筆者の大学では,BSL(ポリクリ)を行なう5年生の最終評価として施行している。いくつかのブースを設け,それぞれのブースで医療面接,心肺蘇生術,眼底検査,神経診察などなどの課題を学生に与え,その臨床能力を評価するのである。今回,循環器は心電図と胸部X線写真の系統的判読と心音聴診を課題にした。系統講義やBSLで心電図についてはそれなりに教えてきたつもりであったが,心電図判読はさんざんであった。系統的判読,すなわち所見を正確にとり,その所見に意味づけをし,鑑別診断していくアプローチができないのである。講義による一方的な教育では,知識は付いても臨床能力,問題解決能力は身に付かないことを実感した。

臨場感のある翻訳

 そう感じていた時に,『不整脈判読トレーニング』と名づけられた訳書が出版された。『Arrhythmia Interpretation: ACLS Preparation and Clinical Approach』という原著タイトル通り,素早い判断と適切な処置が要求される救急の現場で,的確に不整脈診断ができるように学習するために書かれた実用に徹した書である。心電図とディバイダーと系統的アプローチさえあれば,ほとんどの不整脈が解決できるという信念のもとに書かれている。
 4つの質問((1)リズムは整か,(2)P波はあるか,(3)QRS幅は広いか狭いか,(4)P波とQRSに関係はあるか)に対する答えを出すべく所見をとることにより診断へと導く方法を徹底して繰り返している。そうすることによって,自然に不整脈判読法が身に付くようにデザインされている。難解な不整脈理論は避け,できるだけやさしく解説されており,繰り返していくうちに次第にレベルを上げ,難解な不整脈も診断できるような仕組みになっている。また,訳者も日頃,研修医教育をされている先生だけに,臨場感のある翻訳になっている。

高めてくれる問題解決能力

 臨床能力を身に付けるコツは,まず最低限の知識をつけたのち,系統的アプローチに基づいて実践をする。そこで疑問が生じれば,また基礎に戻って学ぶ。こういった知的エクササイズが問題解決能力を高めてくれる。筆者もこれからこういう教育法をできるだけ導入したいと思っている。
 そういった方法を体験したい,あるいは少しは心電図が読めるようになりたいと思っている方々に,ぜひお薦めしたい1冊である。
B5・頁216 定価(本体3,500円+税) 医学書院


エビデンス精神科薬物療法のハンドブック

根拠にもとづく精神科薬物療法
P. G. Janicak 著/仙波純一,他 訳

《書 評》高橋清久(国立精神・神経センター武蔵病院総長)

 本書の原題は『Handbook of Psychopharmacotherapy』であり,訳書の題名「根拠にもとづく」は訳者がつけたもので,原題にはない。しかし,本書には多くの二重盲検試験やメタアナリシスの成績が引用されており,内容的にはまさにevidence-basedである。
 その内容は第一線の臨床家が持つべき必要にして適切な量の情報が盛られており,ハンドブックとしては大変有用である。もちろん,ハンドブックであるから,掘り下げた記述はされていないが,物足りなさを感じる読者は親本である『Principles and Practice of Psychopharmacotherapy第2版』を参照するとよい。

臨床の現場で非常に役立つ

 本書は,一般的原理,薬物効果の評価と関連する臨床的問題,薬物動態学,抗精神病薬の適応,抗精神病薬による治療,抗うつ薬治療の指針,抗うつ薬による治療,電気けいれん療法と他の身体療法,気分安定薬の適応,気分安定薬による治療,抗不安薬および鎮静-睡眠薬の適応,抗不安薬および鎮静-睡眠薬による治療,その他の障害の評価と治療,特殊な患者群の評価と治療の14章からなっている。各種疾患に関して,評価と治療が常に対をなす構成でありわかりやすい。また,薬物療法を基本にすえながら,精神療法,社会的療法,薬物療法以外の身体療法など他の治療法も取り入れることを積極的に薦めている。身体療法としては電気けいれん療法の外,経頭蓋磁気療法,高照度光療法,断眠療法などについても,重要な点を要領よく簡潔に記述している。さらに,薬草療法に関する知見なども紹介されており,著者の幅広い知識と,偏らない公平な立場と,治療に対する真摯な態度がうかがい知れる。本書は臨床の現場で非常に役立つと思われるが,特に有害作用についての解説が行き届いている点は多くの臨床家にとって大変参考になるであろう。抗精神病薬,抗うつ薬,リチウムなどの有害作用が要領よく表にまとめられている。
 本書は米国で書かれたものであり,記載されている薬物にはまだわが国で使用されていないものが少なくない。訳者は親切にわが国で使用しうる薬物はカタカナで,使用されていないものを原文で記載しており,その点は読者にとってわかりやすくなっている。今後,わが国の治験が進めば原文の薬物名がカタカナに変わり,本書の有用性がさらに増すことになろう。
A5変・頁384 定価(本体5,400円+税) MEDSi