第2439号 2001年6月4日


第42回日本神経学会が開催される

新しい世紀の神経学の出発


 さる5月11-13日の3日間,第42回日本神経学会が,金澤一郎会長(東大,写真)のもと,東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催された。
 今学会では「新しい世紀の序章」とのサブタイトルのもとに,脳科学や神経学の特別講演には,最近,最も注目を集める領域である「神経幹細胞」を岡野栄之氏(慶大)が,また「認知記憶の大脳メカニズム」を宮下保司氏(東大)が企画され,多くの聴衆を集めた。また,シンポジウム9題の他,ポスターセッション,教育セミナー,トピックスセミナーなどが行なわれた。
 また同学会では,各種神経疾患の治療ガイドラインを作成すべく「治療ガイドラインAdHoc委員会」を組織し,現在,てんかん,痴呆性疾患,ALS,頭痛,脳血管障害,パーキンソン病と6つの小委員会を設立。学会場では各委員会の活動報告がなされ,早ければ来年には最終案を提出するものもあり,今後の発展が期待される。


 金澤氏による会長講演は,「ハンチントン病の研究から学んだこと」と題して,自身のライフワークであり,1970年代からその研究・臨床に携っているハンチントン病(HD)研究を通して,氏が学んできた神経学の世界を披露。

ハンチントン病-遺伝子の時代

 氏は70年代初め,神経伝達物質GABAを中心に,HDをはじめとする神経変性疾患研究をスタート。その後に,遺伝子解析技術の急速な発展に伴い,HDと遺伝子の関係が注目され始め,1983年にグゼラ博士らが連鎖解析に成功するという,医学史上に残る画期的な出来事を迎える。当時,金澤氏がグゼラ博士に送ったHD患者の検体の中に,臨床症状が乏しく発病者か曖昧なものがあったが,その患者についてグゼラ博士から直接,「本当にHDと思うか」と電話で問われたことがあったというエピソードに触れた。この患者が発病者の場合,連鎖が崩れる可能性があったとのことで,氏は「この時ほど,研究において臨床診断の大切さが身にしみたことはない」と述懐した。
 そして現在,HDに残された問題として,(1)線条体小細胞が選択的に脱落するメカニズム解明と,(2)治療法の開発の2つをあげ,現在,この両者に挑戦していることを明らかにした。その中でもエキシマレーザー・ダイセクター開発や,極微量のmRNAを増幅する超微量RT-PCR法の開発など,単一神経細胞が発現する遺伝子の解析法の開発への取組みを披露。これらの研究を通した将来の展望として,(1)HDの発現を特異的に抑制することによる治療と発病予防の開発と,(2)HDの注意障害の本質を明らかにすること,の2つをあげた。特に(2)については,「注意障害はHDの本質なのでは」と言及した。
 講演の最後にあたり,氏の念願であった,HDの患者と家族の会「日本ハンチントン病ネットワーク(JHDN)」が2000年に発足し,活動を開始したことを紹介して,約1時間の講演を結んだ。
◆JHDNのホームページ
 http://homepage1.nifty.com/JHDN/index.html


■ブレイン・アタックへの新しい治療戦略

 現在,アメリカでは脳梗塞における血栓溶解薬の承認とともに,心筋梗塞を「ハート・アタック」と呼ぶのと同様に,脳梗塞を「ブレイン・アタック」と称し,超急性期治療の重要性が強調されている。2日目に行なわれたシンポジウム1「ブレイン・アタックへの新しい治療戦略」(司会=慶大 福内靖男氏,岩手医大 東儀英夫氏)では,まだ血栓溶解薬が未承認である日本の今後の治療戦略の展望が議論された。
 最初に,「日本におけるブレイン・アタックの現状と将来の予測」と題して,小林祥泰氏(島根医大)が登壇。氏は「日本では血栓溶解薬が未承認のため,まだブレイン・アタック時代ではない」と発言。また自験例からその効果を提示し,早期の認可を訴えた。また日本でのt-PA適応例は年間1万例との推測データや,日本における脳卒中実態調査研究「脳梗塞急性期医療の実態に関する研究」,「脳卒中急性期患者データベースの構築に関する研究(JSSRS)」などを紹介。しかしEBMに必須のデータがきわめて乏しいことから,「全国標準データベース」の必要性を訴え,その構想を披露した。さらに,初の脳保護薬Edaravoneが今年認可されたことを受け,今後の急性期脳梗塞治療には,「『(1)発症後,(2)初診で脳保護薬投与,(3)病院でCTを,可能な限りMRI,MRAで確認し,(4)主幹動脈閉塞があり,梗塞±の場合,(5)発症3時間以内にt-PAによる線溶療法を施行』という戦略が考えられる」と述べた。
 病態の基礎的研究からみた治療のターゲットについて田中耕太郎氏(慶大)は,(1)時間的・空間的視点からターゲットを解析する必要性,(2)フリーラジカル産生が虚血時や再潅流時に顕著であり,細胞内情報伝達系に早期に障害を与えている,(3)フリーラジカルスカベンジャーや抗酸化薬は急性期治療に有用,(4)細胞内情報伝達やprogenitor cellsの誘導・移植などの内因性保護機構の促進に目を向ける必要がある,などを強調した。続いて指定発言として登壇した槍沢公明氏(岩手医大)が,虚血性神経細胞障害のメカニズムを明らかにすべく,比較的軽度の低酸素負荷をかけたPC12細胞を観察し,小胞体ストレスや神経細胞が産生する補体などが遅発性の病態進行に関与する可能性を示唆。またニコチン性ACh受容体α7の過剰発現により,細胞障害を抑制させることにも触れた。

新たな治療法の開発

 内山真一郎氏(東女医大)は,日本で行なわれた急性期脳血栓症患者における抗トロンビン薬アルガトロバンと,トロンボキサンA2合成酵素阻害薬オザクレルの比較臨床試験から,同等の効果が確認されたことを明らかにした。また最近,「GP II b/III a 阻害薬」Abciximab(モノクローナル抗体)に期待が寄せられ,現在,欧米で第 III 相試験(AbESTT)が開始されたことを紹介した。
 最後に,脳保護の観点から成冨博章氏(国立循環器病センター)が登壇。低体温状態における脳保護作用に着目し,患者に「低体温療法」を導入したところ,通常治療と比べて死亡率に有意差が見られ,また発症30分以内であれば病巣が縮小する可能性があると示唆。さらに低体温療法を簡便にした「平温療法」を開発し,これらの効果を検証すべく,「急性期脳梗塞に対する低体温治療の効果に関する多施設共同研究」(JASH)を開始したことを報告した。
 すべての演題終了後,フロアを交えての討論の中で,医療のエビデンスを構築する体制作りを急務とする意見や,また演者の内山氏から「21世紀は,血栓溶解薬と抗トロンビン薬とのコンビネーション治療の時代」との発言がなされるなど,新時代の脳卒中治療をめぐって熱心な議論が展開された。
 なお,次回は田代邦雄会長(北大)のもと,5月29-31日の3日間,北海道・ロイトン札幌,他を会場に開催される。