医学界新聞

 

連載 これから始めるアメリカ臨床留学

第3回 USMLEにどう挑むか?

齋藤昭彦(カリフォルニア大学サンディエゴ校小児感染症科クリニカルフェロー)


2434号よりつづく

 アメリカで外国人医師が臨床行為を行なうためには,まずECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates)certificateと呼ばれる免許証を取得しなくてはいけない。これを取得するためには,4つの試験に合格する必要があり,その最初の関門が,USMLE(United States Medical Licensing Examination)step1とstep2である。
 この2つの試験はアメリカの医学生も同様に受験する試験であり,合格すると,アメリカ臨床留学がかなり近くなったと考えてよい。アメリカの医師国家試験などと言われると,手ごわい試験という印象が強いが,準備の方向さえ間違えず,まとまった勉強時間がとれるならば,決して恐れることはない。今回はこの2つの試験に対してどのような準備をしていったらよいのか,その概論を述べていくこととする。


USMLEの概要

 USMLEは,Step1,2に分かれ,Step1は基礎医学,Step2は臨床医学からの出題である。Step3は,ECFMG certificateを取得後,研修医になった上で,最終的な州の医師免許を取得する際に必要な試験であり,ここでは割愛する。
 試験の概要であるが,2001年5月現在,日本では,札幌,仙台,東京,大阪,広島,福岡で受験可能である。試験は1日で,指定されたテストセンターに足を運び,コンピュータで受験する。Step1は計350問/420分,Step2は計400問/480分の受験時間が与えられる。問題はマルチプルチョイスである。合格のための最低正解率は55-65%と公表されているが,65%をその最低ラインとしたほうがより実践的であろう。
 出題の内容は過去の,プールされた膨大な問題の中の良問が選択され,受験者に差ができるように難度の低いものと高いものを組み合わせて出題される。また,試験の中には,受験者がどれだけ正解できるかを試す問題も含まれており,採点に含まれない問題もある。要は,今までの問題の統計的処理に基づき,練られた良問が試験に出題されるわけである。

どちらから始めるか?

 日本の医学生は,医学部4年生終了後にStep1,医学部終了前の6年生の時点でStep2を受験できる。いったん医学部を卒業すれば,Step1とStep2はどちらから受験をしてもよいこととなっている。どちらから受験したらよいか,という質問をよく受けるが,医学生ならばStep1から,医学部を卒業した後ならばStep2からを勧める。なぜなら,Step1は基礎医学からの出題で,学生でも十分始められる内容であるし,基礎医学を勉強した記憶の新しい時期に受験すれば,新たな総復習をしなくても済むであろう。Step2は臨床医学の試験であるが,内容は実践的なもので,いったん臨床を始めた医師にとっては,入りやすい内容であろう。
 どちらから始めるかを決めたならば,最初の科目は自分の得意分野から勉強を始めるのを勧める。まずは,相手を知ること,そうするためには自分の精通した分野から入るのが最も抵抗が少ないと思われる。私の場合は,勉強を始めたのが研修医時代であったので,Step2の小児科(Pediatrics)がUSMLEへの入口であった。

英語の壁

 まず私が勉強を始めて思ったのが,医学用語の絶対的知識不足であった。参考書,問題集を読んでいても英単語がわからないのである。単語がわからなければ内容もわからないし,問題も解けない。最初はこのジレンマに大いに悩まされた。
 このようなレベルから入るのであれば,まず最初に英和医学辞書を1冊,買ってみたらどうであろうか?自分がページを開いてわかりやすい,見やすいと思えるもので結構である。私の場合,辞書に一度引いた単語には必ず赤線を引き,その単語を再び引いた時には覚えるように努力した。辞書を引き引きある程度やっていると慣れも手伝ってその頻度は減ってくる。一方,ある程度勉強を進めても依然意味のわからない単語はでてくるものである。そのような時は,文意からその単語の意味を連想した後に辞書を引いたが,逆にそういう単語は記憶に残りやすい。
 これから皆さんが医師として働く上で,英語の文献を読む機会は数限りなくあるわけで,若いうちに医学用語の基礎を勉強をしておくことはきわめて重要である。きっと英語による勉強をしておいてよかったと思える時がくるに違いない。

どのくらいの時間を準備にあてるか?

 一体,どのくらいの時間を準備に費やせばよいのか。これは時間との戦いを強いられる卒業,国家試験に忙しい医学部6年生,一般業務に忙しい研修医にとっては切実な問題であろう。人間は1回覚えたものを実に簡単に忘れる生物である。ここで提案したいのは,試験勉強はできるだけ短期間に集中して行なうことである。そうは言っても大学の講義,試験そして部活動や,日常の勤務があって,そうは簡単にまとまった時間がとれない,という声が聞こえてきそうである。
 私の場合,研修医時代に病院から帰って,寝る時間を削りながら効率の悪い勉強をだらだらと1年ほど続けたが,結果は「NO」であった。これは,典型的なUSMLE対策の失敗例であろう。幸いにも,アメリカに渡り,勉強できるまとまった時間をもらった後,試験に合格することができた。その準備期間は,Step1,2それぞれに約2か月ずつであっただろうか。まとまった時間を取るのはきわめて難しいが,時間は作り出すものであり,集中して準備にかけられる時間を見つけることも成功の道への第一歩であろう。前述した単語に慣れるまでの時間を除いて,それぞれのバックグラウンドにもよるが,各試験に3-5か月集中することができればよいのではないかと思う。もちろん,学生のうちにしっかり長期的な計画を立ててやることができれば,それが理想である。

集中して勉強すべき行動医学と精神科

 USMLEには,日本の医学教育に含まれていない分野からの出題がある。それがStep1では行動医学(behavior science)であり,Step2では精神科(psychiarty)である。両科目は内容に重複するところがあるものの,覚える内容も多く,自分の得意分野の後は,これらの科目に集中することを勧める。
 アメリカの精神科はDSM-IV(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders;4th edition)と呼ばれる,独自の疾病分類が使用されている。精神科を日本で勉強したとしてもそれぞれの疾患の定義などが異なるため,もう一度この疾病分類に基づいた勉強が必要である。また,試験の問題には,その定義を覚えていないと答えられないような問題も出題されており,その疾病分類に精通することは非常に重要と考える。また自分の経験から,この分野の英単語は触れたことのないものが多く,また疾患名も似たようなものが多いため,最初は辞書とのにらめっことなり,英単語に慣れるのに時間を要した。そういう意味でもこの2つの科目は要注意の科目で,また悩まされる科目であることを述べておきたい。

ハングリー精神の重要性

 アメリカで医師として働いていて,自分が日本人である幸せをしばしば感じることがある。それは,自分の帰ることのできる国,「日本」があることである。アメリカで働く外国人医師(IMG; International Medical Graduates)のほとんどは,自国での医師生活を放棄し,新天地アメリカでよりよい医師になる以上に,よりよい生活を求めてやって来る。収入の面で,アメリカでの医師としての生活ははるかに恵まれているようである。母国の家族の家計を助け,永住権をとって家族を呼び寄せ,よりよい生活を実現したIMGに多く出会った。
 日本の場合はどうであろうか。物価の差こそあれ,日本での医師の収入は恵まれており,それなりの生活は保証されている。日本人のUSMLE合格率が,他国に比べてきわめて低いという事実があるが,その理由は英語能力以外にも,アメリカで研修医をする必要性がないことによるところが大きいと思われる。すなわち,他国の医師のように自分の家族の生活がかかっているのと,まあちょっとやってみようというのでは,そのハングリー精神が違うのである。連載第1回(2429号)の冒頭に述べたが,「どうしてもアメリカでの臨床トレーニングをやってみたい」,この夢を持つことが,成功の第一歩であることは言うまでもない。
 まとめると成功への鍵は,USMLE準備のための「まとまった時間を見つけること」,そして繰り返すが,「大きな夢を持つこと」である。次回は,より具体的なStep1の勉強法について述べることとする。