医学界新聞

 

インタビュー 大道 久氏(日本医療機能評価機構・評価委員長)に聞く

「患者の安全」をいかに確保するか

――日本医療機能評価機構が果たす役割


 米国ではJCAHO(医療施設評価合同委員会)という第三者機関が,各医療施設の評価を行ない,医療の質の確保に実効をあげている。日本でも,「医療事故防止」が国民の大きな関心事となる中,日本医療機能評価機構の果たす役割が注目されるようになった。同機構で評価委員長を務める大道久氏(日本大学医学部教授・医療管理学)に,特に「患者の安全確保」の観点から,病院機能評価事業の現在と今後の展望について話をうかがった。


―――医療事故防止が国民的関心事になる中,日本医療機能評価機構(以下,評価機構)が果たす役割が注目されています。
大道 1985年に病院機能評価事業の検討が始まった時から,私たちは「患者の満足と安心」(第5領域)という項目領域名を用い,さらに97年に事業を開始してからは,実際に評価の中に位置づけています。「患者満足度」というものは,医療のアウトカム評価の最終的なものと言えますし,患者さんが安心して医療を受けられるように,「事故のない医療」をめざすことはもちろん重要です。評価機構はこれらのことに先駆的に取り組んできたと言えます。
 しかし一方,現実にここ数年報道されているような医療事故をめぐる状況を鑑み,事故防止に取り組むためのより有効な評価審査の枠組み,あるいは具体的な評価項目の体系化が求められるようになってきたのも事実です。新たに開発されてきた手法なども取り込みながら,評価の項目体系をしっかりと見直す必要があります。現在,多くの認定病院が更新審査を迎える2002年度から,新しい評価体系を導入すべく,具体的な評価項目の見直し作業を進めています。

医療事故を防止するための評価

―――医療事故防止のために評価機構が行なう評価とは?
大道 まず,現行の評価活動の中から説明いたしますと,直接的に事故防止についての取り組みを評価するのは,先ほど触れた「患者の満足と安心」という領域です。その中で,医療事故が起こってしまった時に,その状況をしっかりと把握して,院内レベルでの報告を行ない,事故の原因やプロセスをしっかり検討して,これを2度と起こさないための事故防止対策や対応がとられているかを評価します。つまり,起きた事故の把握と,院内の組織的な報告の流れに乗って報告をして,事故防止に向けた,より具体的な対応をとれるかということが,まず問われるということです。
 さらに,これを徹底させるためには,医療事故までには至らなかったけれども,事故を起こしかねないニアミスないしはインシデントと言われるようなものについても組織的な場(事故防止委員会やリスクマネジメント委員会などと呼ばれる場合が多い)を設定して,そこで報告することが大切です。収集した情報については共有しつつ,分析することです。事故防止に結びつけられるような方策というものが出てくるはずですから,それを組織的に行なうべきです。また,「リスクマネジャー」と呼ばれる事故防止管理責任者を配置することなどについても問いかけをしています。
 これらのことについては,すでに病院機能評価の項目体系の中に入っています。これが,不十分であれば,これについて特段の配慮を促がすという仕組みでなされています。

どのような組織的取り組みが必要か

大道 医療事故を起こす直接的なきっかけを,「ヒューマンエラー」か「システムエラー」かと捉えることがあります。これは,起こした人間個人の直接的な過誤,あるいはエラーによって医療事故につながるものと,病院という組織が持っている仕組みや対応が不備だったために生じてしまうものとに分かれるということです。
 病院機能評価事業では,「システムエラー」がまず対象となります。そこで問われる組織的取り組みで重要なのは,やはり教育研修です。インシデント・リポート,場合によっては起こってしまった医療事故を教訓にして,何に配慮すべきか,何を重視すべきか,というようなことを,繰り返し病院内に徹底させる機会を持つことです。医療事故にかかわる教育研修を行なっているのか,いないのか。それはどのようなものか。いつ,何回,何を行なったかなどを見せてもらうことになります。
 そしてもう1つ,診療の責任体制はどうなっているか。例えば,担当医が明確になっているのは当たり前のことですが,病院の実情をみると,複数の医師が入れ替わり立ち替わり患者の受け持ちになっていることはあり得る話です。また,医師がその場を離れる時に代替医がいるのかどうか,医師の所在は明確かどうか。即刻駆けつけるべきところ,3分,5分はおろか,15分,1時間かかってしまったというようなことがよく報道されます。緊急時に主治医への連絡が本当に把握できていて,指示がしっかり出るのかどうかということは,責任体制の中で非常に重要です。また,それと裏腹に,医療事故は医療を提供する側と受ける側とのコミュニケーションが不十分だと非常に深刻になります。医療側としては一生懸命やっているつもりでも,患者側がそうは受け止めていない場合はよくあります。それがいわゆる医療過誤訴訟などにつながるのです。
 これは,事故の後のさまざまな経緯,推移の状況によりますが,これらについても適切に対応することが,組織医療の中で大変重要です。病状,そしてこれからしようとしている治療の方法,その選択肢等々のいわゆるインフォームド・コンセントをしっかり行なうことは,適切な医療を提供する上で,医療事故防止を含めてきわめて重要であり,これについてもしっかり評価させていただきます。
 また,組織医療として重要なのは,残念ながら医療事故を起こしてしまった時の対応です。これは,いま言ったことと大いに関係するのですが,事故を起こしてしまった時に,特に要請しているのは,まずは患者さんに十分に説明をして,状況を曖昧にしないことです。もちろん隠蔽をするということは,きわめて不適切であるという受け止め方をします。したがって,事故を起こした時の患者さん・家族への対応には,特段の配慮・留意をして評価・審査をしています。

準備進む新評価体系

大道 評価機構が行なっている「医療事故防止」のための評価活動について,主なポイントをお話してきましたが,来年度からの実施に向けて現在,評価項目の改定作業を行なっているところです。現在の「患者の満足と安心」という領域は「患者の権利と安全の確保」(新第2領域)と施設・設備管理やアメニティ等を含む療養環境を対象とした「療養環境と患者サービス」(新第3領域)に再構成される予定です。このうち新第2領域では,インフォームド・コンセントを定着させるための体制整備や患者への心理的支援を重視することになります。また,この1-2年の深刻な事態を受け,「患者の安全確保」という言葉を初めて盛りこみ,より一層,医療事故防止に関わる評価・審査を強化する方向で検討を進めています。

病院機能評価の意味

―――評価機構の課題と今後の展望は?
大道 当機構がすでに認定した469(2001年4月16日現在)の病院でも,現実には医療事故は起こります。その時に,機構としてどういう対応をするかが問われます。「1件でも医療事故が起これば,認定は取り消すべきだ」,「審査時にかつて医療事故があったということであれば,認定すべきでない」という考え方もあります。このような考えの整理が,ここ数年,大きな問題となってきたのです。
 私たちの考え方はこうです。病院機能評価事業というのは,自発的に病院が審査を受け,それにより病院の問題点を明確にして,病院はその改善に取り組み,評価機構はそれを支援し,助言を行なう。このような流れで実施され,これを契約に基づいて有償で行なっているわけです。
 つまり,病院自身の改善へ向けた取り組みの有効な手法として位置づけられるものですから,契約する前の段階で起こされた事故,医療過誤訴訟については,これがあるから,認定証の発効や審査結果内容が変わるとか,審査のプロセスで何か特別な対応をするということはしません。あくまで,審査が開始された時点以後を問題にします。したがって,「医療事故をこれまでに何件起こしていますか」,「医療過誤訴訟を,いま何件抱えてらっしゃいますか」というような評価項目はありません。
 また,評価機構が審査結果を公表しないことについて,ある種の批判を繰り返し受けていますが,事業の趣旨からすれば,それなりの背景があるのです。白黒をはっきりさせ,黒となれば社会的な非難を受けて,その病院には社会から退場していただくべきだという考えがありますが,もし,それをするならば行政が行なうべきです。
 医療事故というのは,何も直接的な原因があって起こるばかりではなく,その背景にはさまざまな要因があります。医療事故を起こさないように,基本的にはすべての病院が全体として水準を向上させることが,結果として医療事故の減少にも寄与するのです。そのためにはまず,多くの病院に「審査・評価」を受けていただきたい。「ともかく良し悪しをはっきりせい」「悪い病院はご退場いただこう」というような発想は,理解はできても,現段階では必ずしも得策ではありません。なぜならば,9千あまりの病院の中で,いま受審の契約が済んだのは700病院を超える程度です。かなり普及しているとはいっても,全体で10%まで達していないわけです。
 こういう状況の中で,一生懸命やりたいという意向があって手をあげて,評価料も支払った病院に,「認定もできないような悪い病院ははっきりさせろ」ということだけを言っても,これは考え方として不十分です。それでは,まだ受審もしていない8千の病院はどうするのか,ということです。様子眺めをしていて,受けないで済むなら受けないほうがよいと思っている病院が,まだ多いわけです。

受審数は急増,今後の成果に期待

大道 そういう中で,事業は始まってまだ4年目とはいいながら,この3月から評価機構の認定を広告できるようにもなり,「認定を受けないとまずいのではないか」という感覚が医療界に強くなってきました。受審数は急増しており,去年は概ね当初の倍増です。受審した病院数の実績を示すと,初年度が125病院,2年目125病院,3年目が130病院で,2000年度には190病院を超えました。本(2001)年度の予定は250病院以上です。認定書の期限が5年ですから,2002年には,最初に受けた病院の更新審査が始まりますから,たいへんな数になります。
 陳腐な言葉ですが,受審すると病院が見違えるようによくなります。問題解決にはきわめて有効なのです。組織の意欲というものを束ね,示された具体的な項目の中で,「できていないのはこれこれ」と言われれば,それを何とかしようというのは,当事者にとって至上命令です。受けた以上は組織のメカニズムが働きますから,間違いなく一定の水準に達します。
 そのような意味では,いま,患者の安全確保はもちろん,医療の質の向上へ向けて,少しずつではあるけれども,動き出しつつあるという手応えを感じ始めているところです。
―――ありがとうございました。