医学界新聞

 

 連載

「WHOがん疼痛救済プログラム」とともに歩み続けて

 武田文和
 (埼玉県健康づくり事業団総合健診監・埼玉医科大学客員教授・前埼玉県立がんセンター総長)


〔第26回〕患者とのコミュニケーション(6)
がん患者に真実を伝える-その6

2429号よりつづく

末期患者にはどう対応するのか

 「末期患者にはどう対応するのか」この命題は,多くの医師が自問するところである。末期であっても,患者は残された日々を意味あるものになるよう支援されるべき人格のある存在である。意味のある生存をめざす時,患者は偽りのない情報と,緩和ケアに軸足を置いた医療を必要とする。自分の身体に何が起こっているのかを知ってこそ,自分の生き方が自分自身で決められるのである。
 末期に至るまで,真実を伝えられていなかった患者に遭遇した時が特に問題である。そのような患者が示す,「知りたい」というサインを見逃さず,真実に基づいた情報を,患者が必要とする時に必要なだけ伝える。その上でその時に,真実が伝えられていなかったことへの怒りを,特定の人に向けられないように配慮する。心の衝撃からの回復に必要な生存日数が残されていないため,伝えたことの効用に至らない患者には慎重に対処しなければならない。また,小児患者も患者家族の中の小児も,このような状況にある時は感覚的に何かを感じており,情報から疎外されることや偽りの情報に敏感となる。「子どもだから」と,情報から疎外してしまうことは避ける。

診療情報の継続的提供

 病名や病状を患者に伝えるからには,患者への支援を継続するとともに,診療情報を継続的に提供する責務が生まれる。よく説明され,自分が納得できていても,自分の病気の内容が記載された原簿とも言えるカルテを見たいのが人情である。
 自分が受けている医療に問題があると思ってカルテを入手しようとする人には,法的手段がすでに用意されている。しかし,そういった場合でなくても,医療や人権についての国民の意識が高まり,情報化が推進している今日では,診療情報を本人に提供せよとの要請が強まっている。院内を移動する時に,自分のカルテを患者自身が搬送している「埼玉県立がんセンター」の患者は,自分のカルテを十分に見る機会があったはずだが,そのことで問題が起こったことはなかった。同センターでは,1997年にカルテを本人に見せること(カルテの開示)を制度化し,開示マニュアルも作成した。同じ方針を持つ医療機関が,最近では増えてきているが,欧米などの先進国では,すでに患者本人がカルテを見ることは「権利」として法律で認められている。

国によるカルテ開示の検討

 患者本人へ診療情報を提供することによって,医療従事者と患者との信頼関係が強化され,情報の共有化が医療の質を向上させるべく,「インフォームド・コンセントの理念に基づく医療」を全国的に推進させよう,との考え方が広がっている。患者が自己の医療を確認したいと思った時,その要請に応じて提供される診療情報は口頭による説明で十分なことが多いが,「情報のもととなる記録は見せない」という姿勢では,不信が生まれるだけとなる。
 医師は,適切な説明によって患者の理解を得る努力をするようにと医療法が指示しているが,その延長線上に,「カルテ等診療情報の活用に関する検討委員会」(座長=上智大教授 森島昭夫氏)が厚生省に設けられ,1998年6月には,いわゆる「カルテ開示の法制化」を提言した。法制化されると,「罰則規定が設けられる」と医師は恐れがちであるが,報告書は,「努力目標を示す法律を作る」よう提言した。私も検討委員の1人としてこの法制化に賛成した。提言から,法制化が実現するまでにはかなりの期間を必要とするために,「その間に医療のあり方や医療への国民の期待が大きく変わるであろう」と予測し,私は世界の動きを視野に入れた意見を述べる努力をした。
 検討会の委員は,医師,看護職,法律家,市民を代表する人々などからなり,森島座長の多大のご苦労によってさまざまな立場からの意見が集約され,委員全員の意見が一致した内容の報告書が完成し,各方面から大いに注目された(右「朝日新聞」社説を参照)。
 この報告書においても,カルテを含む診療情報の開示対象者は患者本人であり,本人以外の者からの開示請求については厳格な資格確認が求められている。医療従事者と患者が情報を共有し,患者の自己決定を尊重し,相互の信頼と協力に基づいてよりよい医療を行なうとの観点に立っているからである。また,がん患者への診療情報の提供については,「本人が理解し,判断できる能力がある限り,まず本人への情報提供を原則とすべき」としている。このような提言が実現した背景には,患者の心身両面の苦痛からの解放を可能とした,緩和ケアの発展があることもあげられよう。
 しかし残念なことに,報告書が提言した法制化は,検討会の上位の組織での審議において当分は見送ることになってしまった。法制化に賛成ではない日本医師会は,その代わりに「医師の倫理としてカルテ開示に自主的に取り組む」と宣言をし,マニュアルを作って会員に実施を促している。その展開を見守りたいと思う。
(この項終わり)