医学界新聞

 

医療の質を保証する国際標準を議論
――医療版 ISO の国際ワークショップ

西野 洋(亀田メディカルセンター・メディカルディレクター補佐,ISO品質管理責任者,神経内科部長)


■ISOと医療

ISOとは?


西野 洋氏
連絡先:nishino@kameda.or.jp
 医療の質を評価し,高めるための方策が,医療を提供する側,受ける側,そして社会にとっても,最近大きな関心事となっている。ISOはInternational Organization for Standardizationの略であり,1947年に設立された国際組織で,本部はスイスのジュネーブにある。主として,製造業界において,製品の品質管理のために世界的な基準として策定されたものであり,日本でも近年は導入を検討しない企業がないと言ってもよいほどのブームである。さらに,最近では,製造業のみならず,サービス業にも導入する動きがあり,マクドナルド,ディズニーランドなども導入している。しかし,医療界では導入実績が非常に少ない。著者の勤務する亀田メディカルセンターは昨(2000)年,ISO9001の認証を受けたが,大規模な病院としては,日本で初めての部類に入るであろう。

医療界に特化した国際標準

 医療の質の問題は世界的に注目されており,アメリカを中心に,ISOを導入することで,医療の質を維持,向上させようと動きが出てきた。今回,1994年版のISO標準(ISO9001:1994, ISO9004:1994)が6年ぶりに改定され,2000年版のISO9001:2000, ISO9004:2000となり,昨年の12月に正式に発表された。この改定と並行して,医療界に特化した国際標準を念頭に置いて,「ISO9004:2000 Quality Management Systems-Guidelines for process improvements in healthcare organizations(以下,本稿では医療版ISO9004ガイドラインと略)」が作成されつつある。今回は,本(2001)年1月18-19日の2日間,デトロイトにおいて,この医療版ISO9004ガイドラインの案を正式に認めるかどうかを検討する,ITA(International Technical Agreement)ワークショップが開催され,著者もこれに出席する機会を得た。今回のワークショップには,ジャマイカ保健省,オーストリアの赤十字社,スイスの開業医,トルコの軍病院,アルゼンチン医師会など,世界20か国から約150名前後の参加者があった。日本からは,日本規格協会理事の若井博雄氏,京大教授の今中雄一氏(日本医療評価機構を代表して),そして私の3人が出席していた。

米自動車業界がドラフトを作成

 ワークショップは座長のR. Shaughnessyのユーモア溢れる挨拶で始まった。次に,今回の医療版ISO9004ガイドラインのドラフトを作成した経緯について説明があった。一見奇妙なことだが,今回のドラフトを作成したのはアメリカのビッグスリーを中心とした自動車業界AIAG(Automotive Industry Action Group)であった。ゼネラルモータース(GM)のBruce Bradleyは,GMは巨大な人数の被雇用者(=被保険者)を抱える組織であり,被雇用者の医療に要する費用は毎年40億ドル(約4000億円)にのぼること,また,医療の質の問題によって,毎日従業員1人が死亡するというショッキングな話をしていた。AIAGは,自動車製造における質の向上にISOが大きな役割を果たしたことに自信を得て,Healthcare Project Teamを創設して,医療界にも応用しようと,今回の医療版ISO9004ガイドラインのドラフトを作成したのであった。ASQ(American Society for Quality)のHealthcare Division Initiative GroupもAIAGと共同して作業にあたったとのことである。

■紛糾した議論,そして国際標準への熱い期待

 ワークショップの初日は,世界からの参加者が6グループに分かれて,ドラフトの検討を行なった。私が振り分けられたのは第4グループであり,ドラフトの中のセクション5.2利害関係者のニーズおよび期待から6.8財務資源の項までを議論した。午後の1時半から始まり,熱心な討論が延々と続き,終わったのは,夜の8時であった。

基本的な問題でつまづく

 2日目は,前日のグループ討議を全体会議で発表して,全体討論となった。午後の1時半から,全体討議が始まり,改定されたドラフトを検討し始めたが,patientという表現を,clientとするか,customerとするか,あるいはpatient/clientとするかで紛糾した。この時,参加者の1人が立ち上がり,こんな基本的な問題でつまづくようでは全体でagreementに到達することは困難であるし,また,今回のITAのやり方そのものが,TMB(Technical Management Board;技術管理評議会)の規定に反すると意見を述べた。これをきっかけとして,座長が休会を宣言し,座長と主催者たちが善後策を協議した。
 30分後に全体会議が再開し,ドラフトの討論は中止されることが発表され,善後策が全体で検討された。その結果,今回のワークショップで出された意見を主催者側で集約し,10日以内にWeb上に提示し,60日以内にワークショップ参加者が同僚など関係者の意見も考慮して,意見を述べて投票し,これで採決されることが決定した。また,採択された場合には,さらに1年後に見直しをすることも採決された。この決定の後に,オーストリアからの参加者を含め,多くの人が,ぜひこの努力を継続して,形にしてほしいという要望が出され,国際標準としての医療版ISO9004ガイドラインに対する熱い期待が感じられた。

世界的に遅れている医療の質の標準化

 日本でもそうであるが,アメリカでも医療界へのISOの浸透はきわめて遅れている。この理由は,関係者の話を総合すると,(1)ISO自体があまり知られていない,(2)アメリカでは,JCAHOなどの団体から認証されることが存続に不可欠であり,ISOにまで手が回らない,(3)ISO9001:94が製造業を強く意識していて,医療界の人々がとっつきにくかった,などが原因だろうとのことであった。しかし,参加者の中からは,アメリカの3つの病院においてISOを導入して,非常に改善がみられたとのコメントがあり,少しずつ広まっているという印象であった。今回の会議中でも,アメリカで左右の足を取り違えて手術をした話だとか,オーストリアで,経管チューブにつなぐべきものをIVHのラインにつないでしまって死亡した話などがあり,日本と状況が似ているというか,世界的に医療の質が問題となっていることが強く感じられた。
 果たして,今回検討された医療版ISO9004ガイドラインが採択され,発表されるかどうかは微妙である。順調に推移すれば,3月末に投票の最終結果が出る予定なので,5月にISOのホームページをチェックすれば判明するであろう。また発表された後に,これが最も大切なことだが,世界中の医療機関が,各々の医療の質を高めるために採用するかどうかによって,意義が決定づけられるであろう。医療の質を保証する国際標準がない現状に鑑みると,採択されれば非常に早い時期に国際標準となる,というのが私の印象であった。とにかく,世界的に問題となっている医療ミス,医療の質の問題を解決しようとする姿勢がひしひしと伝わってきた会であった。
*付記:本稿は「アイソス」2001年3月号の記事に加筆したものである。