医学界新聞

 

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


リスクマネジメント教育に不可欠な1冊

書きたくなるヒヤリ・ハット報告
体験から学ぶ看護事故防止のツボ
 川村治子 著

《書 評》小原圭子(国立療養所南九州病院看護部長)

 医療事故防止を考える時,事故の原因とその分析,状況,リスクの評価が大切である。人は事故の原因を分析する時,自分たちを納得させる論理で行ないたがる。そこでは科学的思考,論理的思考とは違う論理に従った思考に陥りやすい。また一度結論が出てしまうと,それ以上の原因追究をしなくなってしまいがちである。それを防いでくれるのがこの『書きたくなるヒヤリ・ハット報告-体験から学ぶ看護事故防止のツボ』である。

病院全体で事故防止に取り組む

 私たち看護婦は古くから報告制度を持っている。このヒヤリ・ハット報告は,組織全体(病院全体)で事故防止に取り組むための情報提供や,職員1人ひとりのリスクに対する意識づけの大きな武器となる。著者である川村先生に,1年間病院職員への教育とリスクマネジメント部会での事例検討の指導をいただいての実感である。本書をもとにした当院での取り組みを紹介したい。
 看護婦が書いたヒヤリ・ハット報告のリスクの原因分析と処理・対応を検討する場合,看護部門のみでは解決できないことが多々ある。そこで当院では,医師・看護婦・薬剤師・臨床検査技師・放射線技師によるリスクマネジメント部会を設立した。特に医師の指示に基づく看護業務の領域では,部会の全メンバーで話し合うことで,それぞれの専門的な知識をもとにした判断ができるようになり,事故防止のための視点が養なわれ,スムーズな解決に結びつくことが多い。
 また,職員が報告をしてよかったと実感し,かつ報告がどのように事故防止に活かされたかをわかってもらうために専任のヒヤリ・ハットマネジャーを置いている。ヒヤリ・ハットマネジャーはスピーディに,しかも原因分析と処理・対応を,広報紙などを通じてフィードバックしている。
 本書に1例として掲載されているヒヤリ・ハット報告書の書式を実際に使用して2年目になる。週に約30例の報告書が提出されている。この報告書には,収集担当者と当事者がリスク要因,リスク評価(重大性,緊急性),リスク対応を記載することになっている。これらはそれぞれの職場で検討されるので,事故防止への意識向上とリスクに対するセルフモニター,チームモニターとして活用されている。
 本書の最後には,全国から報告された約2800事例をもとに,看護婦が最優先で取り組むべき注射事故について業務プロセスとエラーの内容で整理したエラーマップが示されている。このエラーマップは,リスクマネジメントマニュアルの再検討と業務の見直しにきわめて有用である。
 本書は,医療事故に対する川村先生の情熱的な取り組みをもとに,ヒューマンエラーの視点,危険要因別の分析,改善すべきシステム上の問題などが個々の事例をあげて具体的に整理されている。リスクマネジメント教育には欠かせない書である。
A5・頁128 定価(本体1,500円+税) 医学書院


米国の現状を驚愕しながら知り,明日の日本を考える

アメリカ医療の光と影
医療過誤防止からマネジドケアまで
 李 啓充 著

《書 評》大島弓子(山梨県立看護大教授・看護学)

米国医療の現状を的確に伝える

 21世紀を迎えて,看護を取り囲む周辺の動きは20世紀のそれよりも,早くなる気配が濃厚である。われわれは正しい情報をいち早く捉え,その対策を立てることがさらに必要になってきていると思われる。
 本書はアメリカにおける医療の現状を丁寧に伝えてくれるものである。『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院刊)に続いて「週刊医学界新聞」に連載された『アメリカ医療の光と影』に,数本の別論文を加えて単行本化されたものだが,連載時から興味深く読んでいた人も多いと思う。
 アメリカの医療はその是非を問わず,われわれに多くの影響を与えている。したがってアメリカ医療の現実を正視し,その事実が何を意味するかを十分に吟味することで,われわれの周囲で起きている問題の解決を,より確かな方策で立案できると思う。本書は,そのアメリカにおける情報を具体的,かつユーモアを交えて多様な角度で提供しており,さらに,日本の現状に対しての問題提起をも示唆している。
 本書は「医療過誤の現状」「DRG/PPS導入」「マネジドケアの現在」「米国薬剤マーケット」「米国医療周辺状況」「患者アドボカシー」の6つを主なテーマとして構成されている。

患者/家族を大切にする医療とは

 I 章はアメリカにおける医療過誤の現状についての記述であるが,筆者の語り口は興味深い。本質を語るのに実際の事例は具体的でわかりやすく,かつ,その他の思いをイメージさせてくれる。7歳の「ベン・コルブ」君の例もそうである。彼は耳鼻科の再手術で生命にリスクの高い状況ではなかったと思われたが,手術室から生きて還らなかった。医療過誤と思われるこの状況に対し,この医療施設は迅速に,かつ,徹底した原因の究明をし,その説明をまず第1に家族に行なった。この対応は,苦しみ悲しんでいる家族に誠実な姿勢と受け止められた。医療過誤はややもするとうやむやにしてしまおうとする傾向があるが,大切なことは患者や家族にとって「正しいことをする;to do the right thing」ことであるとしている。真に患者/家族を大切にした医療を行なうということはこういうことだと著者も指摘しているが,筆者もそう思う。
 また,医療過誤防止に「Who?」ではなく「Why?」が大切なことも上げられている。この章の他の具体例も非常に興味深く,思わず,日本の現状との対比を考えながら目を皿のようにして頁をめくってしまう。
 V 章の「米国医療周辺状況」では「市場原理に揺れ動く米国産科医療」の話題が述べられている。この中で,マネジドケア由来のドライブスルー出産では,思わずアメリカで出産した友人の辛い体験談を思い起こしてしまった。アメリカ生活に満足している彼女ではあるが,産後すぐの退院に「日本での出産が羨ましい」と嘆いていたからである。また,公的医療保険メディケイドを使って出産する低所得層が「安定収入源」とみなされ,その患者獲得のために施設を整備する話題はブラックユーモア的であり,アメリカの医療経済の現状を端的に表していると考えさせられた。
 アメリカの医療経済事情はわが国にとって対岸の火事ではない。しかし,このことをわれわれ医療に携わる者でさえ,十分に感じているとは言えない。ましてや現在の医療保険に身近に携わることのない人々にとって,このようなアメリカの現状を驚愕しながら知っておくことは,今後の医療や生活の課題をどう乗り越えていくのかを考える上の警鐘となると思う。カタカナと略語が多く,「ポケッタブル用語事典」のようなものがあると,さらに読みやすいとは思うが,医療者はもとより,多くの人にぜひ,読んでもらいたいと思う1冊である。
四六判・頁268 定価(本体2,000円+税) 医学書院


これから病院実習に出る看護学生にお薦めしたい『ミニ辞典』

カルテを読むための
医学用語・略語ミニ辞典

浜家一雄 編

《書 評》田渕和雄(佐賀医大教授・脳神経外科学)

 このたび,医学書院から岡山済生会総合病院副院長,浜家一雄編『カルテを読むための医学用語・略語ミニ辞典』が刊行された。このポケットサイズで全212頁の『ミニ辞典』は,前半の「医学用語」と後半の「略語」との2部からなり,医学用語として繁用される医学英語約5300語,略語およそ2200語を収載している。

良質な医療提供のために不可欠な医学用語の理解

 通覧して感じることの1つは,収録用語を周到に厳選し語数を極力抑制することによって,編者がコンパクトかつ実践的な用途を意図していることである。医学の進歩とともに診断や治療はもとより,看護や介護の手段も多様化した今日,医師やナースをはじめ,コメディカルスタッフを交えた医療チームにおける十分な意思の疎通は,良質な医療を提供するうえで不可欠である。そのためには,まず医学用語を正しく理解しておく必要がある。この『ミニ辞典』は,もともと編者が看護学校で医学英語の講義を長年担当した経験と,看護学生が病棟実習などの場面で,記載されたカルテの内容が理解できずに困惑している姿を目の当たりにしてきたことに端を発して企画された必然的なものである。
 この数年,わが国でも社会のカルテ開示への要望が高まりつつあるが,患者さんや家族にとってもカルテの情報を知るためには医学用語の理解が前提となる。最近,カルテはすべて日本語で記載すべきという意見も一部では聞かれるが,情報化,国際化の流れが激しく,しかも日進月歩の医療の世界では現実的とは言いがたい。
 ところで本学附属病院では開院以来,「1人の患者さんに1つのカルテ」方式が採用されており,病状経過の記載欄には医師やナースはもとより,病棟実習中の医学生も書き入れるため,この『ミニ辞典』はサイズも価格も手頃なことから,病棟実習をスタートしたばかりの看護学生には大いに活用されるのではないかと思われる。以上のことから,このほど時宜を得て刊行された本書を,看護学生,ナース,その他のコメディカルスタッフにとどまらず医療事務に携わる方々にも広くお薦めしたい。
新書判・頁212 定価(本体1,200円+税) 医学書院