医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療事故をシステムの問題として改善する視点を提示

ヘルスケア リスクマネジメント
医療事故防止から診療記録開示まで
 中島和江,児玉安司 著

《書 評》山浦 晶(千葉大附属病院長)

 まず著者らの高学歴に驚く。お二人とも,国内で少なくとも2つの大学を卒業し,中島氏はハーバード公衆衛生大学院,大阪大学医学部大学院博士課程を修了,児玉氏は司法研修修了後,シカゴ大学ロースクール修了,ニューヨーク州司法試験に合格とある。
 中島氏は留学中に,医療過誤保険会社(Harvard Risk Management Foundation)で2年間の実践的な経験を積み,大きな医療事故をつぶさに見る機会を持たれたことは,その後の活動に大きな影響を与えていると思う。私が国立大学病院長会議の常置委員長として「医療事故防止方策に関する作業部会」に出席する折に,中島氏の豊富な経験を拝聴し感嘆したものである。中島氏の執筆や発言の内容は,単なる机上の空論でなく,常に実践に基づく強いインパクトをもっている。
 わが国においては,1999年1月に起きた「患者取り違い事故」がきっかけとなり,メディアも医療事故を大々的に取り上げることとなった。
 医療界も医療事故の予防には,最大の努力を試みるものの,なかなかその効果が目に見えて上がらないのが実状である。このような現状にあって,本書の果たす役割はきわめて大きい。

医療事故は「ヒューマンエラーの科学」

 わが国においては,医療事故を「ヒューマンエラーの科学」としてとらえ,かつ「医療のシステムの問題」として改善しようという認識が十分でなかった。そのためにわが国における基盤となるデータが乏しく,本書ではアメリカで積み重ねられた知見が,わかりやすく紹介し解説されるのはたいへん貴重である。

医療事故を生きた教材として改善のエネルギーに

 中島氏が自ら驚嘆された,アメリカにおける「医療事故を生きた教材としシステム改善のエネルギーとしてしまう風土」を,十分に本書に感じることができる。
 医療の世界に呼吸をするものにとって,この著書は必読と言えよう。タイムリーな出版を大いに歓迎したい。
B5・頁224 定価(本体2,800円+税) 医学書院


日本の医療・看護ケアのレベルアップと効率化に貢献

エビデンスに基づくクリニカルパス
これからの医療記録とヴァリアンス分析
 高瀬浩造,阿部俊子 編集

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院名誉院長)

 『エビデンスに基づくクリニカルパス―これからの医療記録とヴァリアンス分析』と題したB5判,136頁のクリニカルパスの有効使用のテキストがこのたび医学書院から刊行された。
 クリニカルパスの方式は,1985年にカレン・ザンダー女史により開発され,わが国にも早速輸入され,過去5年の短い期間に急速に広がることとなった。
 これは日本のように少数の看護定員の中で,標準的な,しかし最もup-to-dateな医療を医師,その他の医療職とともにチームを編成して行なう上では,診療録作りのシステムとしては非常に都合のよい方式だと思う。

パスのアウトカムを高める手法

 この方式で看護を効果的に行なうための記録のフォームをつくる,また医療ないし看護行動をチェックし,その評価を行なう,これらのことは単純なプライマリ・ケア医療の場合,数少ない病院の定員の枠であれば,さほどの訓練は必要ない。しかし医療の質をさらに高めてよき成果(アウトカム)を狙うためには,このシステムの上にエビデンス(科学的証拠)に基づいた指導を加える必要がある。
 本書はクリニカルパスの初心者向けに書かれたガイダンスではなく,すでにある程度のクリニカルパスの基礎知識と実践の経験のある者が,ヴァリアンス分析からどのようにクリニカルパスをレベル高く用いてパスのめざす成果(アウトカム)を一層高め,さらに有効に活用できるようにするにはどうするのかというガイダンスの役目をなす本と言えよう。経験の少ないナースにクリニカルパスを教える立場にある方々にぜひ読んでほしいものと思う。

EBNの基本を教えるテキスト

 最近の医療は,EBM(Evidence-Based Medicine)の手法を用いて研究したり,臨床行動を行なう方向に向かいつつあるが,看護もまたこの方向に展開されつつある。その意味では,看護の実践にもクリニカルパスを行なう場合,EBN(エビデンスに基づくナーシング)により過程を指導されることが必要である。
 クリニカルパスは医療または看護ケアの標準化により,ケアの質を向上させるが,これを行なうことにより医療費の無駄が省かれよう。日本でも米国の医療にみるような管理ケア(マネジド・ケア)的制約が加わる見通しである現在,EBNの適用は保険医療の効率や看護ケアのQOLを保つための手段になると思われるのである。本書には,EBNの内容概略がわかりやすい言葉で説明されているので,パスのテキストであると同時に,EBNの基本を教えるテキストともなっているものと思う。
 本書は医師とナース,薬剤師,医療政策や看護管理の専門家によって,全体が6章に分担執筆されている。ヴァリアンスの考え方の説明も要を得てわかりやすい。すなわち標準化されたパスで予測された責任や結果と実際との間に,どんな差があるかを示し,症例1つひとつの個別性(予測された医療計画のパスからはずれたもの)への対応の術が,第5章にはわかりやすく書かれている。
 このガイダンスは将来の日本の医療・看護ケアのレベルアップと効率化へ貢献することが大きいものと信じる。
B5・頁136 定価(本体2,500円+税) 医学書院


循環器病学を病態生理から学ぶためのテキスト

ハーバード大学テキスト 心臓病の病態生理
Leonard S. Lilly 著/川名正敏,川名陽子 訳

《書 評》永井良三(東大教授・循環器内科学)

病態生理学を重点的に,後は自分で

 本書はハーバード大学医学部の教官と学生が共同して作成した循環器病学のテキストがある。わが国でいえば,系統講義における循環器内科のテキストに相当すると言ってよい。わが国の内科系講義ではとかく大量の医学知識を教えがちであり,学生は覚えることに忙殺されてしまう。しかしながら現代の医学情報の増大を考えると,いかに知識を教えても限りがない。むしろ病気の法則性,すなわち病態生理学を重点的に学習して,細かい知識は病棟実習やチュートリアル,あるいは自習によって学んでいけばよい。米国における医学教育改革にはこのような考え方が底流に流れているようである。これを実践するためには,病態生理に対する教官側の深い理解,自ら考えることのできる学生,優れた教科書,授業時間数の短縮,十分な実習と自習時間などが必要になる。

病気の法則性を理解させる

 本書はまさにこれらの要請に見合った循環器病学の教科書である。循環器領域の病態生理学のカバーする範囲も膨大な領域であるが,臨床医学に必要なエッセンスを巧みに抽出し,わかりやすい図表とともに提示されている。これは教官だけでなく多くの医学生との共同作業で作成されたことによるところが大きい。
 取り上げられている項目は,心臓の構造と機能,心音と心雑音,画像診断と心臓カテーテル,心電図,動脈硬化,虚血性心疾患,心膜疾患,血管疾患,先天性心疾患,薬物の作用機構などで,まさに循環器系統講義の範囲をほとんどカバーしている。
 各項目では臨床循環器学に必要なマクロの解剖学から,分子生理学,薬理学,心臓と血管の生理学までが,病気の法則性を理解できるようわかりやすくまとめられている。わが国の臨床循環器の一線で活躍されてきた訳者による翻訳も明快で読みやすい。
 最近,わが国でも医学教育改革が叫ばれるようになったが,このような教科書があれば改革も推進されるであろう。医学生や研修医だけでなく,循環器学の担当教官にも一読をお勧めしたい。
B5・頁438 定価(本体7,000円+税) MEDSi


毎日の診療の場で活用してほしい1冊

<総合診療ブックス>
こどもの皮疹・口内咽頭所見チェックガイド

絹巻 宏,横田俊一郎 編集

《書 評》竹内可尚(川崎市立川崎病院長)

 医学書院の〈総合診療ブックス〉シリーズの7冊目として,『こどもの皮疹・口内咽頭所見チェックガイド』が発刊された。6人の執筆者は,いずれも大学や基幹病院で,教育・研究・診療に永年従事してこられた知識と経験豊富な方々ばかりである。現在でも多忙な診療の中から得られる疑問や発見を,同士と討論を重ねながら活発に研鑽を積まれている。本書では,通常の教科書ではなかなか得られない重要なポイントが平易に語られている。

視診の重要性と病原診断

 臨床で最も大切なことは診断能力である。医学は経験科学である。いかにたくさん書物を読み理屈を頭に入れていても,目の前の患者にそれを応用できなければ悲しいではないか。診たての優劣は医者勘が働くか否かにかかっている。その時重要なのは視診である。小児の感染症では,さまざまな発疹性疾患に遭遇する。小児の年月齢,季節,他の随伴症状等を総合して,皮疹・粘膜疹を鑑別することができれば,それはすなわち病原診断に直結する。
 中でも見事な咽頭のカラー写真を示して,実際にその患者から分離同定された病原体について教えていただける書物はざらにはない。これこそリサーチマインドのお手本である。苦労して得たノウハウを,自分だけの秘密にしないで公開してくださったのである。病原診断することで,念のために処方されてきた抗生剤も,今後は不要となる例が増えてくるであろうし,患者に対する説明も歯切れのよいものとなって安心を与えることができる。毎日の診療の場で活用していただきたい。今後も病原診断のできた症例を,きれいなカラー写真で,次々と追補しながら版を重ねていってくださることを祈念してやまない。
A5・頁192 定価(本体4,700円+税) 医学書院


ECTを安定かつ効果的に精神科臨床に導入

ECTマニュアル
科学的精神医学をめざして
 本橋伸高 著

《書 評》佐藤光源(東北大教授・精神神経医学)

mECTを適正に行なう手順

 電気けいれん療法(ECT)には長い歴史があるが,修正型ECT(modified ECT,mECT)以前のECTは,患者や治療者にとって非常に衝撃的な治療法であった。著者の本橋氏自身も「あとがき」に“強直間代性けいれんが続く時の恐ろしさ,発作が消失して自発呼吸が回復するまでの緊張感から,こんな治療法は決して行なうまいと研修医時代に心に誓った”と書いている。その著者がECTに対する負のイメージが非常に強いわが国で,ECTのマニュアルを発刊したのはなぜだろうという素朴な疑問もあった。また,私どもの教室でも薬物不耐性で重症の老年期うつ病患者に緊急救命措置としてmECTを行ない,劇的な効果がみられることを報告してきたが,インフォームドコンセント(IC)が得られないほど重度の症例にmECTを行なう倫理的な手続きに関心があったので,早速読ませていただいた。そして,現在のmECTが,家庭用コンセントから旧式の通電装置につないで患者の前額部に通電していた一昔前のECTとは比較にならないほど進歩していることが再確認され,mECTを適正に行なう手順を日本初のマニュアルとして示した文章の端はしに「科学的精神医学をめざして」と副題をつけた著者の意気込みが感じられた。
 欧米では,治療抵抗性の気分障害や精神分裂病に対して,どの治療アルゴリズムにもECT(=mECT)が最終的な治療手段として推奨されている。それはmECTの実施マニュアルが完成しているからでもある。米国では米国精神医学会(APA)の実行委員会レポートに従って行なわれ,精神病院のmECTユニットに麻酔科医が派遣されること,心電図,脳波,脈拍,血圧,酸素飽和度がモニターされ,治療後も呼吸が回復するまで酸素を補給し,意識が回復したあと30分間程度は安静を保たせるのが一般的であることなどが本書で述べられている。
 一方,日本ではmECTを行なえる施設は限られており,mECTのマニュアルもなく,電圧だけ変えるスライダックしか通電装置として国が認可していないという現状である。本書では,通電量や波形がECTに伴う認知障害に関係することや,矩形波の電流量で発作誘発閾値を定めて過大な通電による危険を避けることなどが具体的に記載されている。欧米と日本の現状にみられる大きなギャップを解消しなければ,mECTの劇的なベネフィットを患者に提供できないし,そのリスクから患者を守ることも難しい。

ECTの本格的な再評価を提唱

 本書はA5判112頁で6章からなり,「ECTの歴史と再評価」に始まり,「ECTの臨床」,「ECTの基礎」,「ECTの実際」,「ECTの倫理的問題と今後の課題」,「ECTの新たな展開」の順に述べられている。なかでも「ECTの実際」が具体的な実技マニュアルとなっており,準備,術前検査(ICを含む),前処置,モニタリング,麻酔,通電方法,治療手順,記録の保存などが簡潔に整理されている。副作用や反応性が不十分で薬物療法の効果を期待できない難治例に,即効性のあるmECTの効果を期待したいのは当然のことである。本書はわが国のECTの本格的な再評価を提唱しており,精神医療関係の多くの方に推奨できる。
 昔のこととはいえ,ECT乱用への反省を忘れてはならない。本書には同意の条件,説明の内容,同意書の実例が提示されているが,米国ではそうした同意能力のない重症患者の場合には,地域の司法が定める代理人同意のための書式に従った手続きが定められているようである。日本でも関連学会が,このあたりの整備を急ぐ必要がある。
A4・頁112 定価(本体3,000円+税) 医学書院


遺伝子,染色体,そして細胞機能の総合的把握のために

応用サイトメトリー
天神美夫 監修/河本圭司,他 編集

《書 評》今井浩三(札幌医大教授・内科学)

 昨年のヒトゲノムプロジェクトによるゲノム概要の発表により,多くの遺伝子情報が入手可能となった。21世紀はさらに遺伝子情報が豊かになるものと考えられる。今後は加えてポストゲノムの流れが加速され,蛋白や糖鎖の機能と,何よりもそれらの総合機能としての細胞の働きが新しい観点から検討されるようになろう。それに伴いサイトメトリーを利用した研究は,さらに新しい展開を示し,ますます普及するものと考えられる。
 そのような時期にすばらしい本が誕生した。この本は10数年の実績を有する日本サイトメトリー学会の編集委員会の先生方,特に河本圭司教授,井上勝一助教授,中内啓光教授の責任編集のもと,一流の執筆陣により完成された。またこの分野に造詣の深い天神美夫先生の監修もいただいている。

最新の情報にあふれたテキスト

 その内容は,難しい理論を意識的に少なくして,その実際の応用を中心に述べられていて,わかりやすいのが特徴である。本書においては,まずサイトメトリーの基本であるフローサイトメトリーについて十分なスペースが割かれている。それとともに,今後ますます活用価値のある細胞のソーティングについても熱のこもった記載がみらえる。さらに,DNA ploidy解析に便利なレーザースキャニングサイトメトリー(LSC)についてその方法が詳細に述べられている。
 次に,臓器や器官の一部を丸ごと観察したり,厚みのある生きた細胞をそのまま観察する研究に強力な武器となっている共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)についても注目すべき記述が認められる。この顕微鏡はレーザー光を光源とした共焦点光学系と走査法を組み合わせた“cell biology”に必須のものである。また,蛍光物質使用による染色体解析であるfluorescence in situ DNA hybridization (FISH),ならびに遺伝子の増幅と欠失を同時に検出可能なcomparative genomic hybridization(CGH)法等の魅力的な分野がそれぞれの専門家によりきわめて要領良く,また興味深く説明されている。
 さらに,第7章には新しいサイトメトリー:世界と日本,と題して今後の方向性が述べられている。
 全体的にみて,本書ははじめてフローサイトメトリーを扱う方にも親切であり,内容は高度でしかもわかりやすく,最新の情報にあふれている。このような技術を習得することにより高度の研究成果が得られることは間違いないが,さらにサイトメトリー技術者認定制度の発足に関連して,貴重な教科書としても大いに活用していただきたく,ここに自信を持って推薦したい。
B5・頁380 定価(本体12,000円+税) 医学書院