医学界新聞

 

連載(13)  「微笑みの国」タイ……(6)

いまアジアでは-看護職がみたアジア

近藤麻理

E-mail:mari-k@dg7.so-net.ne.jp    


2422号よりつづく

タイの医療-AIDS

 タイで暮らし始めた1989年当初,日本で「AIDS」という言葉を聞くことはあっても,それほど深刻な問題としてとらえてはいませんでした。その頃タイのテレビでは,AIDSに関する医学的な情報番組や,AIDS予防キャンペーンが数多く報道されていました。また,タイの若者たちと話をしているとAIDSの話題がよく出てきました。例えば,どのような病気なのか,感染経路は何か,現段階での治療法などについてかなり正確に知っており,メディアを使った予防キャンペーンの効果は,初期の段階でかなり大きかったと言えそうです。

平均余命をも低下させるHIV/AIDS感染

 UNAIDS(国連エイズ合同計画)の1999年12月の資料によれば,世界で推定3360万の人々がHIV/AIDSに感染しています。中でもアフリカ南部の感染率は非常に高く,平均余命にまで影響を与えています。1959年の初めには,出生時平均余命は44歳でしたが,1990年に59歳となりました。しかし,エイズの影響により2005年から2010年の間に,再び45歳まで下がるであろうと予測されています。
 一方,タイにおける成人(15-49歳)のHIV/AIDS感染率は2.2%。アジアではカンボジアの2.4%に次いで2番目に多い数字となっています。また,再びアフリカに目を向けてみると,ジンバブエでは25.8%の感染率で,出生時平均余命は40歳という,成人の4人に1人が感染している現実があります(資料:2000世界人口データシート)。
 タイは,UNAIDSからも「定評のあるエイズウイルス予防対策が,明らかに効果をもたらしている」と評価を受けています。しかし,HIV/AIDS感染者が日本や先進国並みの治療を継続して受けられるわけではありません。
 ある時,地域での生きる場所や家族を失った若者たちが,お寺に住み込んで生活している様子が報道されていました。現実的には,タイにおいても地域住民や家族がHIV/AIDS感染者とともに生きていく社会を作ることは,非常に難しいと言えそうです。それでも少しずつ地域住民を巻き込んで,HIV/AIDS感染者を支援している団体があります。国際NGOやタイのNGOの力はもちろんなのですが,それに加えてお寺がホスピスを作り,積極的にHIV/AIDS感染者の支援活動をしているところが少なからずあるのです。

マヒドン大学の学生とエメラルド寺院(バンコク)を訪れる。後列右より6人目が筆者(記事とは関係ありません)

AIDSホスピス寺院

 首都バンコクから北に向かい車を走らせること4時間あまり,ロッブリー県にプラバット・ナンプー(Prabat Nampu)というお寺があります。穏やかな丘陵地にバンガローのように建設された家々に,HIV/AIDS感染者の人たちが暮らしており,あいさつをすると丁寧に返してくれました。その奥に寺があり,隣接したところにコンクリートで建てられた立派なホスピスがあります。入り口の壁には,建設のために寄付をした方々の名前が彫り込まれ,寄付金で建設されたことがわかります。ホスピスの中は15-20床ほどの広さで,清潔でとても明るい空間です。そこが普通の病院と明らかに違うのは,痩せ細った身体の患者をよく見ると,おおよそ20歳前後の若者ばかりであるということです。
 このホスピスは「ダンマ・ケアリング・ホーム」と呼ばれており,地域の人々からの,創設者であるアロンゴット僧への厚い信頼と尊敬によって運営可能な状態にあると言えます。アロンゴット僧から直接お聞きした話からは,地域住民をどれだけ大切に考えているかがしっかりと伝わって来ました。人の心を打つような力強い声と説得力に,心が澄んでいくような体験をしたのは決して私だけではないはずです。
 僧の人柄から外国のメディアにも紹介されることの多いこのホスピスですが,看護婦,ボランティア,僧侶,尼僧のほとんどが,この地域からの参加者だという大きな特徴があります。ホスピス運営やHIV/AIDS感染者の支援をする上で最も重要なことは,地域社会を基盤とした地域に根ざした住民活動であることだったのです。その核に,お寺や僧侶がなったとしてもタイでは決して不思議ではないことは,今までタイを紹介した前号をお読みになっている方ならおわかりいただけるでしょうか。

〔本の紹介〕
 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが,イギリスのサセックス大学開発問題研究所研究員のロバート・チェンバース氏によって書かれた本をぜひご紹介したいと思います。
『参加型開発と国際協力』
『第三世界の農村開発』
※両著とも明石書店〔TEL(03)5818-1171〕より出版