医学界新聞

 

SP参加型医療面接学習


診断・治療に至る思考プロセスをシミュレーション
――「臨床診断学ワークショップ」

加藤徹男(宮崎医科大学・5年 borracho@mb3.seikyou.ne.jp

 全国各地で医学生の皆さんが「ケーススタディ」を用いた学習方法を工夫されていることと思います。私たち,宮崎医大生有志は臨床医と模擬患者(Standardized Patient : SP)の方をサポート役に迎え,ケーススタディをシミュレーション風にプログラムした『臨床診断学ワークショップ』を開催しています。

主治医が直面し得る判断形成過程を模擬体験

 このワークショップはコモンディジーズの病歴聴取をテーマとした“Medical Interview Training(MIT)”(本紙2396号に関連記事掲載)をさらに身体診察や臨床検査などのプロセスを加えて発展させた“SP参加型模擬診療”です。患者さんが来院してからの過程をプロスペクティブに追いながら,鑑別診断を絞り込み,治療方針を立てるまでの臨床医の思考過程・判断過程を学んでいくことをめざしています。単なる病態の把握・診断の推論にとどまらず,主治医が直面し得る判断形成過程を模擬体験することにも努めています。
 企画にあたっては,学生主体的な学習会とはいえ,学生だけで袋小路に入り込む危険を避け,臨床医の協力のもとで適宜正確な医学的知識と臨床場面のイメージをインプットしていただける環境を希望していました。が,このような学生-医師密着型の学習会に尽力いただける方を実際に見出すのは容易なことではありません。
 そんな中,MITでファシリテータ役でご協力いただいた吉見太助先生(鹿児島生協病院内科)が,この種のシミュレーションに関心を持たれていたことが幸運にも判明。「試しに1回だけ協力してください」という,私たちのくどきに屈した吉見先生をチューター役に迎えて昨年9月から始まり,以後毎月継続されています。
 ワークショップでは,地域の第一線病院である宮崎・鹿児島生協病院で実際に経験された症例が提供されます。予診表記載情報→医療面接→身体診察→臨床検査→臨床診断→治療方針の決定→患者への説明,の流れに沿って,ホスト役学生による司会のもとで進行していきます。
 「(午前2時半)57歳女性。胸が痛い」(症例1)「25歳女性。10日ほど前からのどが痛い,熱がある,頭が痛い」(症例2)等と記載されている実際の予診表のコピーがまず配られスタートします。重症度(除外すべき予後の悪い疾患)と頻度を軸に3-4の小グループ(4-5人で構成)で討論しながら鑑別診断を幅広くあげていきます。
 「医療面接」では,SPを相手に情報収集を行ないます。その後,どのような身体診察をすべきかグループ討論し,その所見を症例提供医から得ます。心音の聴診などはCDなども活用します。それらの情報から鑑別診断をある程度絞った後に,検査項目を優先順位をつけてオーダーします。その後,症例提供医から提示される画像や検査値に基づき,グループで最終的な臨床診断を考え,病態から治療方針を立てます。
 各グループの発表の後,全体討論でより正確な鑑別診断に近づいていきます。全体討論では,“The Rational Clinical Examination”(JAMAシリーズ)や“Diagnostic Strategies for Common Medical Problems”(ACP)などから症例に関わる臨床疫学的なデータ(症状からみた疾患の出現頻度,身体診察・検査における感度と特異度など)をチューターに提示していただきます。診断における病歴や身体所見の重要性や,確率論的なdecision makingの仕方の理解に役立ちます。なお,検査のオーダー時には用意してある検査料金表から,費用を自分たちで算出しています。検査料金を念頭におくことにより,より少数の適切な検査を選択するという動機づけにもなります。

実際の症例における判断・対応を検討

 症例1では医療面接でメンバー代表がSPから聴取した「胸のあたりが突然キューンと締めつけられる感じで始まった」という言葉から虚血性心疾患が疑われましたが,その後の症状の性状,持続時間や随伴症状の組み合わせからその確率は低いと判断されました。ただ「脳の血流をよくする薬を飲んでいる」というSPの言葉が少し気にかかります。検査オーダーした心電図上には痛みが持続しているにもかかわらず,虚血性変化はみられずその確率はさらに低くなったように思われました。
 部位的に上部消化管の異常まで目を向けられましたが,適当な診断は思いつきません。グループ討論では「この症例の臨床診断は何か? 患者にどう説明し,その夜はどのように対処するか?」と判断を問う課題が出され,その討論内容をもとに学生の代表2名がSPに検査結果や治療方針を説明する場面が展開されました。実はこの症例,胃アニサキス症でした。もちろんこの症例は正しい診断推論を期待するものではなく,虚血性心疾患が完全に否定しきれない不確実な状況の中で,どのように判断・対応すべきかを,実際の症例に即して考えることを狙ったものでした。

患者の心理・社会的側面を捉える

 ワークショップには,九州山口SP研究会(代表:黒岩かをるさん)のSPさんたちにも参加していただいています。各面接後に設けられるSPからのフィードバックセッションを通して,診断過程・治療過程に患者の心理・社会的側面も考慮することの必要性を意識させられるという点で意義があります。
 症例1でSPは「患者の夫が心臓病を患っていて,患者自身は胸の痛みを『自分自身も心筋梗塞や狭心症にかかったのではないか』と心配になり,我慢できない痛みであったわけではないが深夜来院する」という心理状態に基づいて演じていましたが,こうした患者の解釈モデルや受療行動に注意することが,診断推論の方向づけにも役立つことも実感されます。
 前述のようにSPには「医療面接」のセッションに加え,学生が検査結果や病状を説明し,治療方針について「インフォームド・コンセント」を得る場面にも登場していただきます。大学での実習ではこの種の内容がほとんど経験できませんが,今後は患者さんとのインフォームド・コンセントの訓練のよい機会となりそうです。なおSPには操作的な演技を排するために,疾患名を最初から最後まで知らないというチャレンジングな設定で演じていただいています。
 症例2の臨床診断はEBVによる伝染性単核球症ということに落ち着き,黄疸を認めたため入院安静という方針をとることに医師役は決めました。いよいよこの方針を患者さんに告げることになりましたが,一方で,SPの演じる患者さんは個人的な理由で当日の入院を拒んでいました。医師役が入院の承諾を得ようといかに悪戦苦闘を繰りひろげたかは,皆さんの想像に難くないと思います。

他大学生も交えインターカレッジになりつつあるワークショップ

 現在,症例提供を学外の先生に協力を依頼している都合もあり,私たちは月に1度,週末を利用して大学の近くの文化会館の研修室を会場に,5時間程度の時間をかけて行なっています。毎回20名程度の参加者があり,鹿児島大,長崎大,九大から噂を聞きつけて参加されている方もいらっしゃいます。
 知識が未熟な段階で患者への説明も含めた“模擬診療”をすることに異論がある方もいらっしゃるかもしれませんが,参加者からは「これまで得た平面的な知識が問題解決的な“模擬診療”を通して立体的に再構成される」,「インフォームド・コンセントの練習も今のうちから自分の頭で考えながら行なってみることは,将来のためにとてもよい経験であると思う」などと好意的な感想をいただいています。さらにこうした教授方法に理解のある先生を学内にも見つけて,学習の機会を増していければと考えています。
 なお,方法論については試行錯誤的な部分も多く,今後のワークショップのあり方を考える上で皆さんからのご意見・ご感想を拝聴できたらと考えています。上記E-mailアドレスまでご連絡いただければ幸いです。


医学生有志によるSP参加型医療面接学習会

大西弘高(イリノイ大学シカゴ校・医学教育部)

 宮崎医大で学生主体の医療面接学習会を開催するということについて,九州山口SP研究会(SP=Standardized Patient:標準模擬患者)の黒岩代表より相談があったのは,2000年4月のことでした。私は,その頃九州山口SP研究会が学習会で用いるシナリオをしばしばチェックしていましたが,宮崎医大の試みが以下の2つの点で非常に興味深いと感じました。
 1つは,それが学生主体で始められたものであること。もう1つは,今までの医療面接学習会がどちらかというと態度や技法教育(面接のマナーや接遇において使う言葉の教育)を重視していたのに対し,この学習会が診断推論過程(問題解決につながる高度な認知領域の学習目標)や検査,治療に関する患者へのshared decision makingを重視していたことです。

SP参加型学習とは

 イリノイ大シカゴ校にはSPが150名登録されているという「clinical performance center」が存在します。ここではOSCEのような医療面接評価も行なわれますが,主体はSP参加型の学習機会を増やすことです。医療面接だけでなく,身体診察もSPと共に学習できるようになっており,その目的のためにトレーニングを受けたSPは,医学生に診察方法を教育することも可能(触れ方,診察部位などが間違っていれば,すぐに正しい方法を教えられるほど)です。
 患者にとって「よい医師」とは患者の話をよく聞き,きちんと診察ができ,必要最小限の検査で診断を確定し,患者と治療について十分に話し合える医師だと思います。日本では,医学生がこれらについて学ぶことができるような,外来の初診患者を診るという学習機会はまだ不十分ですし,医学生が患者に検査や治療内容の説明をするという機会はまずありません。SP参加型の医療面接学習はこのような機会を与えてくれるだけでなく,患者側から直接のフィードバックが得られるという点で非常に優れたものと言えます。
 ちなみに,私も研修医時代に初めてSP参加型の医療面接学習会を受けましたが,SPのフィードバックが医師側の認識といかにズレているかを感じ,非常に驚きました。しかし,その機会が医療面接に対する強い動機づけにつながったと思います。
 宮崎医大での学生主体の医療面接ワークショップは,宮崎医大の学生有志(代表:加藤徹男さん)がこういった背景を十分に理解し,自分たちが必要としている学習ニーズを医師とSPの両者に投げかけてスタートしています。学習方法や内容,そして学習者の動機づけなど,どれも非常にすばらしいと思います。また,医学教育関係者にとっては,優れた医学教育プログラムが今後学生主導によって生まれる可能性を示唆している点で興味ある事例と言えるでしょう。


「よい実習」を求めて
――積極的な活動を行なう学生の会

志村直子(山梨医科大学・5年)

 私たちは山梨医科大学で「実習を考える会」という学生の会を作っています。よい実習とは何かを考えながら,現在の実習の問題点を解決していくことを目的として活動しています。

「医療面接ワークショップ」を開催

 その活動の一環として,昨年4月に学内で初めて「医療面接ワークショップ  模擬患者さんと話そう」を開催しました。本学では,学生同士のロールプレイやSPを用いた医療面接教育は行なわれていないため,医療面接教育が不十分だと感じました。そこで,本学の学生に医療面接教育の必要性を感じてもらい,さらには医療面接における技能,態度を習得することを目的としました。
 講演費などの費用は,大学各医局へカンパをお願いして集め,宣伝はポスター,ちらし,学内電子掲示板を用いて行ないました。ワークショップの講師には,学外から,東葛病院副院長の下正宗医師,佐賀医科大学総合診療部の大西弘高医師,東京SP研究会の佐伯晴子氏,森本喜代治氏をお招きしました。当日は,学生・医師・職員など約40名が自由参加で集まりました。下医師が中心となり,(1)オリエンテーション,アイスブレイキング,(2)コミュニケーション体験,(3)医療面接見学(下医師と佐伯氏による模擬演技),(4)学生医療面接(あらかじめビデオに収録したものを再生),(5)全体討論,(6)まとめ,といった流れで行ないました。また,医療面接の必要性が認識されたかを評価する目的で,アンケートによる調査を行ないました。アンケートでは参加した学生の全員が「本学でもこのような医療面接教育を受けたい」と答えており,会の目的は十分に果たせたと思います。
 またこのワークショップの様子は7月に行なわれた医学教育学会で報告しました。会場からは暖かい拍手と激励の言葉をいただき,とても励みになりました。
 しかし,山梨県にはSPがいないため,すぐにこのような形態の医療面接教育を行なうことは無理だと思われました。そこで,SP養成までのつなぎとして,学生同士のロールプレイによる医療面接教育が有効かどうか,検討してみようということになり,昨年10月「医療面接ワークショップ2  お医者さんになってみよう」を開催しました。また前回と違い,今回は本学の教官に講師をお願いすることで,学内での医療面接教育の充実のきっかけになればよいという思いもありました。
 当日は約30人の参加がありました。教官1人,学生8人ほどのグループを3つ作り,(1)説明,アイスブレイキング,(2)医療面接(学生が患者役,医師役となって医療面接を行なう。その際,患者役の学生と教官は医師役の学生の医療面接について評価を行なう),(3)グループ内ディスカッション,(4)全体発表,(5)全体ディスカッション(学生同士のロールプレイが医療面接教育として有効か,SP養成までのつなぎとなるか,本学で導入できそうか,など),(6)講評,というプログラムで行ないました。全体ディスカッションでは,学生が患者役をやることは,年齢が合わないので無理があるという意見もありましたが,患者役を演じることで患者の気持ちをよく考えることができ,とても有効であるという意見もありました。このときの様子を報告書やビデオで学校側に紹介することで,実際の臨床実習で実現できるように,働きかけていきたいと思っています。

学ぶ側からのアプローチ

 実習を考える会のその他の活動としては,選択実習(6年次),BSL(5年次),診断学実習(4年次)についてのアンケートを行ない,学校側へ提出し実習の改善を求めるといった活動もしています。
 学ぶ主体である私たち学生の側から積極的にアプローチしていくことはとても意義のあることだと思います。臨床実習が始まってから卒業していくまでの短い期間でどのくらいの成果が出せるかわかりませんが,せめてよい臨床実習を作っていける土台が築けるように,がんばりたいと思っています。


学生自らSP演じ,医療面接を学ぶ
――東京女子医大SP研究会

菊池明花(東京女子医科大学・4年)

なぜSP研を始めたか

 女子医大のSP研究会は,現在顧問をしていただいている教授から演劇部にSPの紹介があり,96年に演劇部の有志で始められ,97年に同好会として独立しました。その後活動を続け,2000年には部に昇格し,現在部員は22名です。私が入部したのは,医学部に入った時のモチベーションを保つ意味でも,また,実際の医療に少しでも触れてみたいという思いに加え,医学生自らがSPを演じ,それを使って医療面接の練習を行なう活動をしているのは女子医大のみで,その試みに大変惹かれたからです。
 SPはまだまだ,医学生に知られていないのが現状です。患者さんにとって,良医であるために基本になるのは,患者さんの話をよく聞くこと,つまり医療面接です。一見誰にでもできそうな医療面接ですが,限られた時間で患者さんから必要な情報をすべて引き出すというのは結構難しいことです。実際に活動を続けてみて,医療の現場に出る前に問診技法を少しでも身につけるためにSPでの練習が有用であり,病院実習に入った時に必ず役に立つと思います。

SP研の活動とその意義

 定期的に月3回ほど,部員の予定の合う日時に行なう活動の一回の流れは以下のようになります。まずSPの主訴を決めます。そして,低学年のために勉強会を開き,主訴から考えられる疾患と鑑別,医療面接の進め方などを勉強します。これは低学年に限らず,高学年の学生にとっては復習という意味でも大変有意義です。SPになった部員は,
 ・患者(氏名,年齢,性別)
 ・場面設定(受診の経緯)
 ・問題リスト(本人が抱えている主な問題)
 ・主訴
 ・現病歴
 ・既往歴
 ・家族歴
 ・患者背景(性格,生活環境,家庭環境,生い立ち)
 ・途中発言(患者の立場から医師に示したいことを1つか2つ,具体的に)
 ・シナリオのねらい(どういうことに留意して問診を行なってほしいか)

を項目として設定し,シナリオを作成します。そして,部員の演じるSPを用い,制限時間を7分としてシミュレーションを行ないます。その後,評価シートを用いて,SP・医師役の態度や,医師役の面接技法,シナリオの内容などについて,部員全員で評価検討し,先生方にご指導いただきながら,改善点をまとめます。このフィードバックは30分ほどです。
 そして,高学年が中心になり,部活の内容をプリントに作成して配布し,各部員が部活後も復習できるようにします。シナリオ作成や医師役には十分な医学的知識が不可欠であるため,学習意欲も高まり,学習効果も上がります。この過程に加え,実際に医学生自身が患者役を演じることで,疾患を患者の側からとらえる視点が養われ,症状を訴える表現や感情などを理解することができます。また,どのような面接態度がよいのかを具体的,かつ体験的に理解できますし,医師役を評価し,十分なディスカッションをすることで,医師の立場を客観的にとらえる機会も持てます。このような流れを繰り返すことで,シミュレーションを行なう学生も,見ている学生も,医療の面接技法を学びながら,その基本となるよい患者-医師関係を考えていくことができます。

その他の活動状況,今後の展望など

 3年前から始めた夏合宿では,毎年いろいろな取り組みをしています。普段の活動内容以外の勉強会はもちろん,勉強以外にもとても充実して楽しい合宿です。その他の行事として,大学祭でのロールプレイ実演,また,97年に引き続き,2000年にも日本医学教育学会で活動報告を行ないました。
 今後は,患者設定や状況設定の幅を広げ,シナリオの充実に取り組んでいきたいと考えています。また,勉強会で事前に主訴について学習しますが,そこでは,テュートリアル形式を取り入れることで,さらに自学自習による学習の幅を広げたいと思っています。
 難しいと思われがちな活動ですが,医学生に医療面接の大切さを知ってもらうという意味からも,部員でない方でも自由に参加できるようにしています。「部活でそんなことをやってもおもしろくないのでは?」と思われがちですが,部活だからこそ,和気あいあいと,先生方,先輩とも楽しく,医療の実践を学べるのです。