医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


痴呆にとどまらず,人間の行動の根元を考えさせる1冊

〈神経心理学コレクション〉
痴呆の症候学 ハイブリッドCD-ROM付

山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集/田邉敬貴 著

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・脳神経センター)

アーノルド・ピックの肖像

 本書の表紙にはアーノルド・ピックの写真がついている。理由は明白だ。著者がなぜピックの写真で本書の表紙を飾ったのかを知ることが,本書を読む意義なのである。
 評者の目から見て,わが国における神経心理学の研究者のうちでも,本書の著者ほどユニークな活動を続けている人はいない。その彼がここしばらくの間,最も力を入れて研究してきたのが,本書のテーマ「痴呆の症候学」である。著者の頭の中において,最初はモヤモヤしていたというこのテーマがはっきり姿を現してくるに至る過程を,評者たちは学会や研究会で逐次見守ってきた。著者の話は,聴衆にとっていつも実にstimulatingである。著者が発表を行なう学会は,必ず盛り上がる。
 しかし,神経心理学的な障害のために,さまざまな状態を呈する患者を克明に見つめる彼の眼差しは,神経心理学における観察者としての冷静さを持つと同時に,人間を見る優しさに溢れている。人間に出会う嬉しさに満ちている。今日の脳科学が,ともすれば人間そのものを忘れがちなのに対し,著者がこの書物の中で淡々と述べていく人間の姿は,痴呆という概念などを通り越して,人間の行動の根元を考えさせてくれるのである。

神経心理学に課された役割

 「脳の世紀」に突入するにあたって,神経心理学は,神経科学と精神医学との間にぱっくりと口を開けた深い谷間に,太く頑丈な橋を架けることを要求されている。誰でも安心して通れる信頼できる橋がほしいという声が,そこここから聞こえてくる。
 本書の著者は,その困難な仕事に手をつけ始めた。だが,この書物は著者にとっての到達点なのではなく,読者にとっての出発点なのである。一緒に橋を架けるのを手伝ってくれないか,著者は,そうわれわれに呼びかけているのだ。そして著者は気がついている。アーノルド・ピックも同じ呼びかけをしていたことを。しかし,早すぎたピックには,ついていく人はいなかった。本書の著者には,たくさんの仲間がついていくことを期待したい。
A5・頁116 定価(本体4,300円+税) 医学書院


内科を学ぶ医学生・研修医の傍らに

セイントとフランシスの内科診療ガイド
Sanjay Saint,Craig Frances/亀谷 学,生坂政臣,須永達哉 監訳

《書 評》宮城征四郎(沖縄県立中部病院長)

 UCSF(University of California, San Francisco)の内科レジデントらの筆になる『Saint-Frances Guide to Inpatient Medicine』が上梓され,聖マリアンナ医科大学の亀谷学先生を中心とする総合診療内科の諸先生の手により,このたび,日本語版が翻訳出版された。

米国内科臨床研修プログラムの一般目標

 通読してみて先ず感じたことは,このガイドブックは分科専門医が自分の分野の参考にするマニュアルでは決してないということである。専門分科医が自らの分野に目を転ずると,あまりにもその内容に乏しく,省略的で深みに欠け,物足りなさを感ずるに違いない。しかし,いざ各人が専門外の分野を読んでみると,自分が知らない内容があまりにも豊富に記されていることに気づかされるであろう。
 このガイドブックの執筆者らは,まだ専門分科研修前の一般内科のレジデントであり,実際にUCSFの病院で一般病棟の入院患者を日々,専門家たちに対診しながら未だ専門分科を持たずにケアしている内科研修医なのである。米国の内科臨床医学研修プログラムの一般目標がこのレベルにあることがここからうかがえる。
 このガイドブックの惜しい所は,循環器の項目では診察法が実に活きいきと丁寧に記載されているのに,呼吸器や消化器その他でその記載がもれていることであり,各分野の横断的な統一性に欠けている所であろう。しかし,一般内科医として記憶すべき内容の覚え方の語呂合わせによるコツの工夫は見事であり,われわれも日常診療において同様な工夫をいくつかは試みているが,これほど多岐にわたって網羅されているのは類例がない。ただし,語呂合わせにこだわるあまり,頻度順の配慮が欠けているのは残念である。

一般的内科の参考書として格好の良書

 ともあれ,この書は医学部高学年の学生や内科研修医が一般的内科の知識として修得すべき内容を知り,また,指導医が内科研修医の到達目標を定め,開業医の諸先生方が必要最小限の知識として日常臨床の実践に資する参考書として目を通すには,格好の良書であることに違いはない。
A5変・頁496 定価(本体5,700円+税) MEDSi


「患者の身代わり」となっての提言

話せる医療者
シミュレイテッド・ペイシェントに聞く
 佐伯晴子・日下隼人 著

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院理事長)

 このたび,「話せる医療者」というタイトルの本(副題:シミュレイテッド・ペイシェントに聞く)が,東京SP研究会の佐伯晴子氏と武蔵野赤十字病院臨床研修部長の日下隼人氏の共著で医学書院から出版された。
 医療上の面接を受け,診察されて,医療上の指導を受ける際,医療提供者の面接手法にどんな問題点があるのか――それらを,医学については素人の受診者(患者またはその家族)の立場から明確に示したのが本書である。受診者にとって満足のいく診療が果たしてなされているかどうかが受診者の側から分析され,批判されることで,医学や看護の臨床教育に対する援助がなされるのである。
 このような「患者の身代わりの演技者」は,模擬患者(Simulated Patient:SP)と呼ばれている。本書の書評を書く前に,このような手法が日本の医学・看護学の教育に導入されるに至ったいきさつを紹介したい。

SPと医学・看護学教育

 カナダの医学教育にはいくつもの優れた発想があるが,オンタリオ州のマックマスター大学のヘルスサイエンス学部(医学,看護学,コ・メディカル学科を総括した学部)は,臨床医学を効果的に行なう手段として,1946年の開学以来,Problem Solving Method(問題解決技法)を教育の方法論として採用している。
 私は早くからこの大学での教育的手法に興味を持ち,私が理事長をしている(財)ライフ・プランニング・センターの教育プログラムとして,この大学の学習資源開発所長の神経学医Howard S. Barrow教授と,協力者の看護職Robyn M. Tamblyn女史を1976年(25年前)に東京に招いて,神奈川県大磯のホテルで模擬患者のワークショップを行なった。
 当日,植村研一教授など日本医学教育学会の会員の若干名が参与した。日本の古い医学教育に新しい手法を紹介することで,少数の医学部教官が一時関心を持った。しかしこれは,日本の医学校に普及することにはならなかった。
 そこで1992年にボストン郊外マサチューセッツ州立大学メディカルセンターの女医Daura L. Stillman教授を東京に招いたが,このとき米国では模擬患者という呼び名はStanderdized Patients(基準患者)に改められ,前回よりも高度のワークショップが東京で2日間開かれた。
 一方,(財)ライフ・プランニング・センターでは,この計画の少し前から模擬患者養成を始めた。その多くは,この財団のボランティアの男女であった。
 こうして日本でもこの方式での医学教育がボツボツ行なわれるようになったが,私はこれを医学以外の看護教育にももっと普及したく思い,1993年度にはマックマスター大学看護学部からAndrea Bauman教授ほか2名の看護教官を東京に招いた。
 ところで関西では,1993年より非医療側からCOMLのSP活動が大阪で始められ,1995年に東京SP研究会が発足した。その他,川崎医科大学では早くからこの教育技法がとりあげられ,また1999年には九州大学でこの教育研究班が作られた。こうして,この教育技法は少しずつ全国的展開をみるに至ったのである。

コミュニケーション不足を受診者側から指摘

 本書では,東京SP研究会発足以来,翻訳業をしながらこの研究会の事務局を担当されてこられた佐伯晴子さんが,医師でない受診者としての立場からこの教育技法の内容に触れる執筆をされ,共著者として日下隼人医師が加わっておられる。
 本書の3分の2は受診者の側からのSPに関する記述がなされている。受診時の患者の心の構造を医師がよくわかっていないのは,医師・患者のコミュニケーションが悪いためだと佐伯氏は指摘している。本書は,模擬患者がむしろ受療者に代わって医療従事者に物申すというスタイルで書かれてあることが特徴と言えよう。その項目は次のごとく分類されている。
1 「今日こそ病院に行くしかない」――白旗を上げて受診するときのあわれな患者の気持ちが生き生きと描写されている。
2 「SP実践事例」――ここには,医師または看護婦とSPとの対話の実例が示されている。
3 「SPの世界からみえること」――医師や医学生が問診の時に普通に使っている用語は,患者には通じない。医療従事者や医学生は,佐伯氏の教師としての経験やSPのシナリオ作成者としての事例を通して,コミュニケーションの技術や,とり交わす言葉のあやが学べる。
4 「ケアの本質としてのコミュニケーション」――これは日下隼人氏の医師としての経験を通しての記述である。意識や技法の中での「心」の存在,アイデンティティの具現など,医療者が気づきにくいコミュニケーションのアートが示されている。
 そして最後には,科学史の松原洋子氏と佐伯氏との対談「異文化としての医療」が掲載されている。

広く読んでほしい本

 本書は医療職にある方,医学や看護学生の教育に従事されている方,一般臨床医,そしてさらに,効果的な受診者となるために一般市民にも広く読んでほしい本だと思っている。
A5・頁190 定価(本体2,000円+税) 医学書院


膨大な生理学を図解

図解生理学
第2版
 中野昭一 編集

《書 評》本間生夫(昭和大教授・生理学)

 中野昭一先生編集による『図解生理学』が,このたび,第2版として改訂された。初版が世の中に出たのが約20年前である。現在,多くの出版社から数多くの生理学教科書が出版されているが,当時はまだ数も少なく,故真島教授が書かれたいわゆる真島生理学が各大学で使われていた。その時代に当時東海大学生理学教室におられた中野教授がこの本を出版された。現在では図を多く取り入れた教科書が主流になっているが,当時はまだめずらしく,しかも両開きの左側に図だけを配置し,右側に説明文を配置した教科書は中野教授のものだけであった。視覚に訴え,理解しやすくしたことが学生たちの支持を受け,図解という言葉が話題になっていた。

よりよい教科書へと発展

 視覚に訴えた理解のしやすさは,この改訂版にも受け継がれており,図もはっきりと大きく表示され見やすくなっている。右側に書かれた説明文も各項目ごとによくまとまっている。行間も見やすくとられており,500頁以上になる教科書であるが,大変読みやすくなっている。読みやすいという点では,各章の冒頭に,その章の導入部分が書かれており,とりあえず読む人の頭の中にその章の特徴がとらえられるように工夫されている。こうした工夫や特徴は,これから膨大な生理学を学ぼうとする初学者には,嬉しい配慮であろう。また,人体の生理を中心に取り上げたこの本には病態の説明もあり,最新の知見も加えられている。20年の歳月を重ね,最初の出版のコンセプトを守りつつ,新しい知見も取り入れ,よりよい教科書へと発展させたこの『図解生理学』は,学生の教科書として,また人体生理学を理解するための参考書として大変に力になってくれる書である。
A4変・頁560 定価(本体8,700円+税) 医学書院


現在の超音波医学の到達点

新超音波医学
第4巻 産婦人科,泌尿器科,体表臓器およびその他の領域
 日本超音波医学会 編集

《書 評》佐藤郁夫(自治医大教授・産婦人科)

 本書は日本超音波医学会の編集による超音波医学の教科書である。同学会編集の教科書としては,1966年にわが国初めての超音波専門書たる『超音波医学』が発刊され,その後1988年に『超音波診断』として全面改訂されたが,いずれもこの領域を志すもののバイブルとして高い評価を得てきた。そしてここに12年ぶりの全面改訂版である本書が上梓された。
 1990年代に入り,超音波の臨床医学に対する貢献はますます高まっている。フルデジタル回路の装置が登場するとともに,パワードプラ法,3次元エコー,ハーモニックイメージなどが次々と臨床応用され,形態的診断のみならず機能的診断も可能となった。さらには超音波の治療面への応用も各領域で進んでいる。2000年という次の時代を見据えた時期に本書が全面改訂新版として世に出たことは,まさしく時宜を得たものと言うことができよう。
 本書は4分冊のうちの第4巻であるが,その内容は大きく3部に分かれ,第Ⅰ部:産婦人科,第Ⅱ部:泌尿器科,第Ⅲ部:体表臓器およびその他の領域から構成されている。第Ⅲ部は,1.脳・神経領域 2.末梢血管 3.眼科領域 4.耳鼻咽喉科領域 5.顎下腺 6.乳房 7.甲状腺・上皮小体 8.胸・肺部領域 9.運動器領域 10.皮膚科領域の10領域からなっている。執筆は第一線で活躍中のわが国を代表する超音波専門医の手によってなされ,現在の超音波医学の到達点を示していると言える。

治療への応用にも配慮

 本書の題名は,21世紀の超音波医学における治療面への応用の可能性を踏まえ,あえて診断に限らない「新超音波医学」としたとのことである。まさにその内容も治療面への応用にも配慮され,産婦人科領域における超音波ガイド下穿刺,泌尿器科領域における超音波穿刺と術中応用,脳神経外科領域における術中応用などが具体的かつ詳細に述べられている。
 しかしもちろん「診断学」としての超音波医学が主たる内容を占めていることには変わりなく,『超音波診断学』としても必要十分な内容を持っている。各臓器ごとに正常像から始まり,各疾患ごとに最新の知見を盛り込みながらもポイントを押さえた簡明な記述で非常に理解しやすい。超音波写真も鮮明でカラー写真も豊富である。さらに文献・索引も充実しており,辞書的な用い方にも十分耐えられる。また,今回から専門領域ごとに4分冊化されたため,充実した内容を持ちながらハンディであり,利用の便が図られている。
 超音波医学を志す者はもちろんのこと,研修医から一般臨床医まで利用価値の高い1冊と考えられる。
B5・頁420 定価(本体8,000円+税) 医学書院


読んで楽しく理解する血液ガス分析の入門書

シンプルガイド 血液ガス
Peter Driscoll,他 著/片山正夫 監訳/片山正夫,他 訳

《書 評》西野 卓(千葉大教授・麻酔学)

数式や難解な表現なし

 “A simple guide to blood gas analysis”は血液ガス分析や酸塩基平衡を学ぶための入門書である。原本は英国から出版されているが,今回,『シンプルガイド血液ガス』というタイトルで翻訳本が出版された。翻訳者は聖路加国際病院麻酔科・集中治療室の諸氏であり,特に監訳者の片山正夫先生は臨床呼吸生理に興味を持っている同士として普段より親しくつき合わせてもらっている。
 さて,本書の特徴は,タイトルからも明らかなように数式や難解な表現を極力避け,多少説明を要する部分はごく普通の言葉で漫画イラストを含むわかりやすい図表で十分な説明がなされていることである。酸塩基平衡といえば,Henderson-Hasselbachの式の理解なしに話は進まないと信じていた自分だが,この本を読んでみるとHenderson-Hasselbachの式を示さなくともpH,CO2,HCO3の三者の関係を説明できることに驚かされた。

自己評価問題で臨床に自信

 本書は全部で7つの章から構成されており,第1-4章までは血液ガスの基礎的解説,第5-6章ではよく遭遇するアシドーシス,アルカローシスがそれぞれ解説され,最後の7章では基礎的知識を踏まえた臨床的応用という形で血液ガスの測定値の解釈が解説されている。1章から7章までの総頁数はわずかに130頁であり,全部を読んでもそれほど時間を要しない。本書では各章の初めにはその章で学習されるべき目的が明記されており,図をふんだんに利用して基本的事項の理解がなされるようになっている。また,各章の途中には随所に「メモ」や「ちょっと一息」といった要点の整理に役立つ挿入欄があり,各章での最後には必ず「まとめ」とクイズがある。これらの工夫で,その章で学習した事項の理解度が高まるようになっている。さらに,各章末のクイズには詳細な解答と解説が加えられており,学習事項の理解度の確認ができる工夫もなされている。
 通常の酸塩基平衡の入門書では酸塩基平衡の総論や用語の説明から始まるのが普通であるが,この本では動脈血の採血法から始まり,次に用語の説明へと話が進展していく構成となっている。この点も臨床を重視した本書の特徴と言える。本書の最後には各章末のクイズとは別に自己評価問題として,26例の症例問題が付加されている。これらの症例はいずれも日常の臨床で遭遇するような症例であり,読者がこれらの症例を理解し説明できるようになれば,かなり臨床での自信を持つことができるようになるのではないかと思われる。もちろん,これらの自己評価問題にも詳細な解答と説明が付加されている。
 本書は研修医,看護スタッフ,医学生を対象とした血液ガス分析の入門書であり,読んで楽しく理解するという目的を十分に果たしていると思われる。最後に原書の内容を変えずに自然な日本語に翻訳された訳者諸氏に敬意を表したい。
A5・頁200 定価(本体3,500円+税) 医学書院