医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


日本に適したクリティカルパスを

医師とクリニカルパス
臨床各科の実際例
 小西敏郎,阿部千一郎,深谷 卓,坂本すが 編集

《書 評》小林寛伊(関東病院長)

 関東病院においては,1997年以来,クリティカルパス(クリニカルパス)の導入を開始し,爾来,関係各位の研鑽により約100種類のクリティカルパスが作られてきました。2000年12月4日より新病院開院に伴って,電子診療録およびpicture archiving and communication systems(PACS)を全面的に導入しましたが,2001年3月末までには,電子診療録にクリティカルパスを組み込む予定です。

クリティカルパスによる効果

 クリティカルパスは,本書の第1章に示されている通り,アメリカ合衆国においてdiagnosis related groups/prospective payment system(DRG/PPS)の導入に伴って,入院期間の短縮および医療費の削減を目的に導入されました。当院におきましても,日本におけるDRG/PPS導入を念頭において検討を開始しましたが,クリティカルパスを実際に使い始めて,当初考えたのとは異なった次のようなうれしい効果がわかってきました。
1.クリティカルパスは,患者中心のチーム医療のツールとして大変有効であること
2.医師ですら退院日を予め計画せず,ましてや,看護婦,患者さまおよびご家族は,知るすべもなかったパターナリズムの医療の時代から,patient-focused careに大きく変換していくツールとなること
3.患者さま自身の入院治療計画に関する理解を深め,患者さま自らが治療の主役として積極的に社会復帰に向けて努力され,ご自身のquality of lifeを大きく高めること
4.クリティカルパスに基づいた入院治療のアウトカム評価とヴァリアンスに関する検討が次の改善に大きく役立つこと
5.それらの必然的結果として,在院日数短縮および経済的効果がもたらされること
 特に3.に関しましては,本書の120-121頁に患者さまの声として紹介されております通り,思いもよらなかったすばらしい効果があることが判明しました。そのことは,過日,NHKのテレビ番組でも紹介されました。また,医療チーム全員が,入院治療計画を予め理解して,チームとして患者のケアにあたれるようになったことも大きな収穫でした。

入院治療における工程表

 クリティカルパスは,入院治療における工程表に喩えることができます。自宅の建築にあたって,施主に工程表を示さずには工事を受注することはできない時代です。医療においても,その主役である患者さまに工程表を示さずに診療を行なうことは許されない時代となっています。そして,患者さま自身が診療の中心であり,ご自分の力で病と戦ってQOLを高めていかれるのを,医療チームが全員で協力してお助けしていくケアが望ましい医療と考えます。
 こんな観点から検討を重ね,日本に適したクリティカルパスを開発してきました経緯が本書に盛り込まれています。1人でも多くの方が,本書を読まれてご参照いただき,併せまして,日本医療マネージメント学会など関連学会の場等におきまして活発なご議論を賜りますとともに,忌憚のないご意見,ご教授を賜わることができましたら,これからの日本の医療の質と患者サービスとの向上に大きく貢献するものと確信しております。
A4・頁160 定価(本体3,000円+税) 医学書院


日本における女性の虚血性心疾患の医療情報を1冊に

女性における虚血性心疾患
成り立ちからホルモン補充療法まで
 村山正博 監修/天野恵子,大川真一郎 編集

《書 評》坂本二哉(日本心臓病学会“Journal of Cardiology”創立編集長)

 1999年9月,第47回日本心臓病学会学術集会が村山正博教授を会長として横浜で開催され,その指定シンポジウムの1つが本書の礎ともいうべき「わが国の女性における虚血性心疾患:心筋梗塞からmicrovascular anginaまで」であった。このシンポは当時から成書の完成を企図しており,したがってこの種の出版にありがちな単なる寄せ集めではなく,不足分には適任者を補充,ほぼ目的に適した素晴しい内容のものとなった。
 編者の1人,天野恵子教授は閨秀としてつとに令名が高く,何をされても一角のものを残されるが,今回はご自分が自ら患者として大変な苦痛を克服し,いわば体ごとぶつかった自分史が研究テーマなだけに,それまでに比し,より精緻な考察を行ない,他を圧倒するような情熱をもって,一貫した姿勢で著作に立ち向っている。

女性の虚血性心疾患の特徴

 その考察は最初のIntroductionに凝縮されている。いつかJournal of Cardiology(JC)の書評にのぼったJulian DG & Wenger NKの“Woman and Heart Disease(1997)”でもそうであったが(JC 1997;30:221),女性の虚血性心疾患は閉経期以後加齢とともに増加し,米国においては乳癌や子宮癌を凌駕する死亡率であるという。本邦でも天野教授の指摘されるように,70歳代では男性と肩を並べ,80歳以上ではさらにこれを凌駕する。評者が医師になりたての1955年には閉経期前の虚血性心疾患は皆無とされ,自験例でも高安病での1例の初老婦人しかいなかったし,またそのような例は症例報告になったほどだが,最近はめずらしくはなく,さらに若年化の傾向さえみえる。しかも心筋梗塞ともなれば,一般に女性のほうが重篤である。
 この序文にも述べられているように,男女の明らかな差には,虚血性心疾患に限っても,安静時心電図の違い,運動負荷に対する感受性の低下,ことに周閉経期の説明困難なST-T変化,糖尿病が冠危険因子として大きな働きをする,発症年齢が高く,不安定狭心症が多く,また血栓溶解後の経過がよくないなどの事実がある。これらの点は現在なお未解決な問題を多く孕んではいるが,全6章,15項目の中で新旧の知見,それに著者の考えを交え,すべてがよく論じられている。これはもちろん,もう1人の編者である大川真一郎教授の永年にわたる臨床,病理学的研究の裏づけがあってのことである。
 すなわち第1章,第4章Bではヒト冠動脈のプラークについて最新の知見,高脂血症の関与,第2章ではエストロゲンの作用が述べられている(この点については古く島本多喜雄のAngininがあった)。第3章では疫学,高齢者および中高年での男女差,冠攣縮の女性での特異性,微小血管狭心症(Cannon:冠静脈洞のクエン酸上昇は1950年代に東大第2内科で発見されている),Syndrome X,興味ある他臓器由来の胸痛など,学会におけるシンポジウムの内容がより詳細に述べられており,教えられるところが多い。
 評者はほぼ1か月前,典型的な梗塞発作を生じた52歳女性(心電図,酵素学的検査等すべて陽性)に遭遇,しかしシンチ,冠動脈造影(アセチルコリン誘発を含む)等の陰性であった例を経験した。まだまだ不明の点の多い現象がある。
 第4章は3大冠危険因子として高血圧,脂質,糖代謝が取り上げられ,第5章ではその予防法,第6章では近年とかく問題の多い(結論が風車のようにくるくる回る)ホルモン補充療法が論じられている。この療法は今後わが国でも真剣に取り上げられねばならぬ問題と思われるが,一日も早くコンセンサスが得られることが期待される。
 以上のように本書は大変興味ある多くの知見を与えてくれる。初心者はもちろん,専門家にとっても十分に歯応えがあり,昨今の自律神経活動亢進に関する記載は乏しいものの,基礎と臨床の両面を見事に彫琢した力作である。多くの向学の士に迎えられんことを望むものである。(“Journal of Cardiology”より抜粋転載)
B5・頁168 定価(本体5,000円+税) 医学書院


脳科学の現在を広く知るための最新テキスト

Neuroscience Exploring the Brain 第2版
M. Bear,B. Connors,M. Paradiso 編集

《書 評》岩田淳(東大・神経内科学)

 自然科学の中で神経科学の分野は,過去10年において最も飛躍を遂げた分野であるといっても過言ではない。しかしその反面,あまりにも細分化が進み,知識の入れ替わりも激しいため,自分の専門分野以外の知識は急速に古びていってしまう危険性がある。しかしながら神経科学の究極の目的は脳の機能を解き明かすという点に集約され,われわれはさまざまな知識を有している必要があることも事実である。
 今回紹介させていただく“Neuroscience-Exploring the brain”は,神経科学の分野でも第一人者であるMark F. Bear,Barry W. Connors,Michael Paradisoの共著になるものである。総頁1000以下のこの本に,よくもこれだけの内容をというのが第一印象であった。著者らは神経科学のみならず,自然科学系の雑誌に常に論文を発表し続けている一流の研究者たちであるので,その内容についてはあえてコメントすることもないだろう。
 本書の対象は,自然科学全般を学ぶ学生から神経科学の道に進もうとしている学生と思われ,内容は簡潔である。キーワード,章末の問題集など理解を助ける編集も,学生にはありがたいものであろう。

神経科学者たちが自身の業績を語る

 しかし,特に圧巻なのは,「Path of Discovery」という部分である。題名からは何やら歴史的な背景を古文書を紐解くように語られるのかと思われるだろうが,実際には現在も世界をリードしている神経科学者たちが,その業績について自ら語るという大変に貴重な項目であり,それだけでも読み応えがある。
 本書は脳の高次機能につながるように解剖学,分子生物学,神経生理学,行動分析学といった側面から一貫したストーリーで記述されており,脳科学の現在を広く知るには必要かつ十分である。願わくはこれから神経科学を学ぼうとする学生のみならず,ご自分の分野以外のトピックスをざっと知っておきたいという諸氏にまでお薦めできる1冊である。
896頁 11,010円 Lippincott Williams & Wilkins社


21世紀の保健婦・士の道しるべ

地域診断のすすめ方
根拠に基づく健康政策の基盤
 水嶋春朔 著

《書 評》眞舩拓子(前横市大看護短期大学部教授)

地域・産業・学校領域で働く保健婦に

 世界的経済状況の低迷および日本の地方分権の潮流等の中,地域保健活動においてもモデルのない時代,各地域の特徴を打ち出した効果的な活動を展開することが求められている時代であると言える。具体的には,地方自治体では健康政策評価が求められ,また,学校保健・産業保健でも根拠に基づいた活動(EBM)が求められている。これらの分野で活動する保健婦にとって本書『地域診断のすすめ方』は必読の書である。
 まず本書では,保健活動担当者として「活動の前提」に踏まえるべき事項が書かれている。
(1)世界の地域保健活動の中の日本の特徴:例えば,根拠に基づく政策決定ができていない,縦割行政の弊害,「公衆衛生学」の位置づけのあいまいさ等である
(2)公衆衛生の持つ2側面(政治行政の側面・学問の側面):活動の拠点はどちらであるか,または,両側面の統合であるかを明確にし,活動を展開する
 次に,「地域診断のすすめ方」が書かれている。
(3)都道府県別および保健所市区町村別の地域診断の必要性:政策評価やEBMを実践するには二次医療圏単位の地域診断が必要になる
(4)集団の健康状態を観る地域集団のバイタルサイン:地域集団のバイタルサインには,人口構成,疾病別死亡率・罹患率・有病率,医療費,検診結果,医療整備状況,社会・経済指標等をあげている
(5)活動の有効性の評価の視点:安全性,効能,効果,利用度,効率等がある
(6)根拠のタイプ分類:無作為比較試験のメタ分析による根拠,地域相関研究・症例対照研究など非実験的観察研究による根拠,専門家委員会の報告や意見あるいは権威者の臨床経験等,
全部で6つのタイプがある。
 行政に働く保健婦は本書を次のように活用できる。上記の(1)日本の特徴を踏まえ,諸外国の政策との違いを考慮に入れ,(2)行政の側面を拠点にし,(3)課題解決にふさわしい地域の大きさを設定し,(4)住民の生活の質を明らかにできる社会・経済指標を重視して,(5)安全性や効果を評価の視点に置き,(6)準実験的研究による根拠だけでなく,地域相関研究や症例対照研究,例えばベンチマーキングや事例検討,および厚生省や日本看護協会等から出された報告書や意見あるいは看護有識者の臨床経験等をも根拠にして,活動をしていく。

モデルなき時代に保健婦の活動展開の一助に

 また,産業保健・学校保健に働く保健婦も本書を参考に上記の(1)-(6)を考慮して活動していくとよい。
 本書をこのように活用することが,モデルのない時代,各地域の特徴を打ち出した効果的な活動を求められている時代にふさわしい保健婦の活動の展開の一助になる。
 なお,本書後半の「統計処理のすすめ方」は具体的でうれしい情報である。
A5・頁140 定価(本体2,500円+税) 医学書院


病院の経営意思決定に悩む病院関係者にお勧めの一品

実践 病院原価計算
中村彰吾,渡辺明良 著

《書 評》武藤正樹(国立長野病院副院長)

原価計算は病院の重要な計器(インディケーター)

 本書にもあるように,平成2年(1990年)には1万を超えていた病院数が今や,9300あまり,9000を割り込むのも時間の問題だろう。いよいよ病院の本格的な淘汰と選別の時代が始まろうとしている。また,この4月の診療報酬の改訂や第4次医療法改正など,医療をとりまく環境が激変している。この変革の時期に意思決定を迫られる病院の病院長は,乱気流の中,視界ゼロの雲の中を飛ぶジャンボジェットの機長のようなものだ。一歩,判断を誤ればジャンボジェットは墜落しかねない。こうした視界ゼロのコックピットで唯一頼りになるのは種々の計器(インディケーター)だ。本書で扱っている,原価計算もこうした病院のコックピットでの重要な計器の1つといえる。
 原価とは,医療サービスを提供するにあたって,消費されたあるいはこれから消費する予定の資源(人,モノ)を金銭に換算して得られる指標である。また,原価計算から導かれる損益分岐点は,コックピットに鳴り響くアラーム音とも言える。このように原価を計算することで,見えてくることがたくさんある。
 実際に本書では,原価計算の方法とそれによる経営意思決定の過程を,著者らが勤務する聖路加国際病院の実例をあげながら,わかりやすく解説している。いくつかの事例の中で,同病院の栄養科の原価計算が読む者をひきつける。栄養科を部門別原価計算したところ,単月で2000万の赤字であることがわかり,コスト構造の見直しの結果,最終的には栄養科をアウトソーシングするに至った意思決定の過程が生々しく描かれている。

クリティカルパスによる原価計算

 また,本書ではクリティカルパスによる原価計算についても言及している。白内障のクリティカルパスを例にとりながら,クリティカルパス上で基本タスクを同定してタスクごとの標準原価計算を行なう方法を提案している。ちなみに,白内障のクリティカルパスで同定された基本タスクは「アナムネとり」や,「点眼薬の投与」など,全部で21あったと言う。こうしたタスクごとの標準原価がわかれば,あとはタスクの組み合わせで別のクリティカルパスの原価計算を行なえることになる。
 さて,病院ほど複雑なマネジメント組織は地球上にないと言われる。提供するサービス商品数は国際疾病分類で1万種以上,参加する専門職種数は20以上,部門の数は診療科数で30以上,しかも多品種少量生産のサービスラインがジャングルのように絡み合ってできているのが病院だ。こうした複雑な組織こそ,その絡み合ったサービス生産ラインを切り分けしてコスト構造を分析する,原価計算の手法が必要と言える。本書はそうした複雑な病院の原価計算をわかりやすく,また演習問題も交えながら解説している。病院の経営意思決定に悩むすべての病院関係者にお勧めの一品と言える。
A5・頁216 定価(本体3,000円+税) 医学書院


周産期臨床での遺伝の問題への貴重なアドバイス

〈Ladies Medicine Todayシリーズ〉
周産期遺伝相談
 神崎秀陽,玉置知子 編集

《書 評》三橋直樹(順大伊豆長岡病院教授・産婦人科学)

 産婦人科の臨床に携わっていると,毎日さまざまな問題に遭遇する。特に大学病院では遺伝に関する相談,妊娠中の薬剤に関する相談,妊娠中の感染症に関する相談が多い。大部分はその場で説明が可能なことであるが,まったく経験のない症例にあたり,患者さんに1週間程度待ってもらって,文献の検索など行なわねばならない例もしばしば経験する。

臨床で必要な問題を網羅

 遺伝に関する相談が難しいのは,1つはその疾患に関する確実な知識を持っていなければならないことである。本書の最初に取り上げられているNuchal translucencyに関しても,それが胎児の染色体異常とどのような関連を持っているかの知識がなければ,患者さんに説明のしようがない。また習慣流産で染色体異常がみつかっても,今後の妊娠の予後について説明できなくては,患者さんは納得してくれない。そのような意味で,神崎教授らの編集による本書は,産婦人科の臨床で知っておくべき遺伝の知識がきわめてコンパクトにまとめられており,非常に実用性の高い書物である。従来の遺伝に関する本はややもすると症候群の羅列になってしまい,とても読み通すことなどできないものが多かった。しかし本書は200頁強の中に,臨床で必要な問題がほとんど網羅されているため,とりあえず通読することで最先端の知識を頭に入れておくことができる。
 遺伝に関する相談が難しいもう1つの理由は,疾患に関することを患者さんやその家族に理解させるのが困難だからである。奇形とか染色体異常といった語句は,一般にはきわめて刺激的な言葉であり,下手な説明ではなかなか問題の本質を理解してもらえない。さらに,説明する側に問題を一緒に解決しようという姿勢がないと,知識ばかりでは患者さんの真の納得は得られない。その点でも本書は,遺伝の問題での倫理的な側面も取り上げられており,臨床での貴重なアドバイスが得られると確信している。
B5・頁208 定価(本体6,000円+税) 医学書院