医学界新聞

 

[連載] 質的研究入門 第15回

フォーカスグループとは(3)


“Qualitative Research in Health Care”第5章より
:JENNY KITZINGER (c)BMJ Publishing Group 1996

大滝純司(北大医学部附属病院総合診療部):監訳,藤崎和彦(奈良医大衛生学):用語翻訳指導
黒川 健(奈井江町立病院)/吉井新二(北大医学部附属病院総合診療部):訳


前回,2423号よりつづく

フォーカスグループの進め方
 セッションは気楽な雰囲気で行なう;快適な環境を整え,飲み物をそろえ,円く座ったほうが雰囲気もなごみやすい。理想的な参加人数は4-8人だろう。セッションの時間は1-2時間がよい(延長する場合には,午後の半日をかけて行なうとか,何回かに分けて行なう)。フォーカスグループの目的は参加者同士の会話にあり,調査者と参加者の話し合いではないことを,ファシリテーターから説明しておく必要がある。調査者は最初のうちはグループの後ろ側に座って,いわば立ち聞きをすることもある。
 話し合いの後半になったら,今度はより介入的な手法を使う;そのままでは議論がとぎれてしまいそうな時に,さらに議論を続けるように促したり,参加者同士の意見の相違や矛盾とか,参加者の発言の中にある矛盾点について話し合うように促す。参加者間の意見の違いを取りあげることで,参加者は自分の意見を整理し,そのように思う理由を明確にしやすくなる。1対1の面接では,それぞれから得られた情報に相違がある場合,後で研究者が頭の中で整理し,分析しなければならないが,フォーカスグループでは,参加者同士の考え方の相違はこの場で,参加者の助けを借りながら探求するべきである。
 ファシリテーターが各種の作業を指示することもある。しばしば行なわれるのは,短い言葉が書かれた一連のカードをみせる方法である。参加者は全員でそれらのカードに順位をつけて(例えばある見解について賛成あるいは反対する度合いとか,あるサービスの重要度の順位とか)並べるように指示される。著者は,HIVの伝染経路(どのような人がどの程度危険なのか順に並べる),老人ホームの入所者が受けるケア(受けているケアの中で何を重要視しているか),助産婦の職業的責任に対する助産婦自身の認識(助産婦の役割に関することで賛成できるものから反対するものまで順に並べる)などについて,この方法で調べてみたことがある。このような作業をすることで,参加者はお互いにより関心を持つようになり,違った意見を述べ合うようになる。カードが最終的にどのように並べられたかということよりも,そこに至るまでの討論が重要なのである。グループ内で生じたことに対する調査者の分析を裏付けるためにこのような作業を行なうこともある。その場合は,討論から生まれたコメントを話し合いが終わるまでの間,何枚もの空白のカードに書き込むのが最も適している。そして最後に,参加者に対して短いアンケートを行なったり,調査者と個別に対話する場を設けたりして,個人的な意見を記録に残す機会を与えるほうがよい。
 理想としては,グループの話し合いをテープに録音し,それを起こすべきである。それができない場合には詳細な覚え書きを作ることが大切であり,また,参加者に協力してもらい話し合いの要点を図にまとめておくのも有用だろう。

分析と記述
 フォーカスグループで得られたデータの分析は,主観に基づいた他の質的な研究データの分析と基本的には同様である。さまざまなグループの話し合いの内容を見渡して,似たような話題を見つけ出して比較し,グループ間で差があれば,各グループのどのような特性と関係しているのかを検討する必要がある。
 フォーカスグループから得られたデータは,普通はパーセンテージで表したりしないし,グループとして何らかの合意が得られていたとしても,参加者間の意見の食い違いについても注目することが大切である。どのような質的研究にもあてはまることだが,極端な事例について検討すること。つまり少数意見に耳を傾け,研究者が考えた理論があてはまらない事例に注目することが重要である。
 他のデータの場合とは異なり,フォーカスグループから得られたデータを検討する際には,グループダイナミクスの影響を明らかにし,参加者間の相互作用の効果をさまざまな角度から検討するのが特徴である。グループでの話し合いに出てくる個々の会話に識別コードをつけるが,話の種類(例えば「冗談」「逸話」)や相互作用(例えば「質問」「他の者の意見への同意」「あらさがし」「意見の変化」)の区分を作ると便利である。フォーカスグループ本来のデータに基づいた研究を発表するには,単に会話の抜書きを並べるだけではなく,参加者間のやり取りの雰囲気も描写して盛り込む必要があるだろう。

まとめ

 この章では,フォーカスグループによる研究を計画したり,その研究を吟味したりする上で,考慮すべき要点を示した。特に,グループでの話し合いの中で生じる相互作用を利用し,そしてそれを分析することの重要性を強調した。参加者間の相互作用を利用する目的は以下の7つにまとめられる。
●参加者の態度,価値観,言語,視点などが際立つ
●参加者が,自分たちに共通した話題について自分たちで考えるようになる
●参加者がさまざまに意見を交わすことが可能になり,その中から幅広い分野のさまざまな視点を垣間見ることができる
●グループ内の集団規範や文化的価値を知るのに役立つ
●(例えば,そのグループでけちをつけられたり無視されたりするのはどのような情報なのかを調べることで)グループ内の意見交換の方法について検討することが可能になる
●恥ずかしい話や批判的な意見も自由に話しやすくなる
●ほとんどの場合,話し合いをすることで,通常の面接では話しにくい意見や経験が出やすくなり,参加者の考え方が明らかになる
 グループの話し合いから得られたデータの信頼性は,それ以外のものと比べて高いとも低いとも言えないが,フォーカスグループで検討するのが最も適している分野がある。社会的な役割とか組織の形態などを調査するには,直接観察するほうが適しているかもしれないが,態度や経験について調査するのには,フォーカスグループが適している。ひとりの人の過去をたどって調べるには個人に面接するほうが適切かもしれないが,知識とか(それよりもっと大切なことである)意見がどのようにして形作られ,その人の文化的背景の中でどのように作用しているかを検討するには,フォーカスグループのほうが合っている。量的な情報を集めたり,ある(あらかじめ決められた)意見に同調する人がどのくらいいるのかを明らかにしたりするには,アンケート用紙を使うのがよいだろうが,その意見がどのようにしてできてきたのかを調べるにはフォーカスグループが適している。従来の調査は健康に関する知識と実際の行動の間にずれがあることを繰り返し指摘してきたのに対して,そのずれの間を埋め,なぜそのずれが生じたのかを説明できるのは,フォーカスグループなどの質的研究だけなのである。
 フォーカスグループは容易な手法ではない。そこから得られるデータは複雑で難解である。しかし,その手法は明快であり,調査する人もされる人も,尻込みする必要はない。どの調査にフォーカスグループを用いればよいかを見分けるには,まず実際にやってみるのが一番かもしれない。
(第5章了)

●お知らせ
 本連載は,“Qualitative Research in Health Care”(Catherine Pope,Nicholas Mays編集,B.M.J Publishing Group発行,1996)を翻訳しているものです。