医学界新聞

 

[連載] 質的研究入門 第14回

フォーカスグループとは(2)


“Qualitative Research in Health Care”第5章より
:JENNY KITZINGER (c)BMJ Publishing Group 1996

大滝純司(北大医学部附属病院総合診療部):監訳,
藤崎和彦(奈良医大衛生学):用語翻訳指導
黒川 健(奈井江町立病院)吉井新二(北大医学部附属病院総合診療部):訳


前回,2421号よりつづく

フォーカスグループを用いる研究の進め方

調査対象者を選びグループを構成する
 1つの研究プロジェクトで行なうフォーカスグループの数は,その研究の目的と利用できる資源により決まってくるが,時には50以上になることもある。実際には数グループ程度の研究がほとんどで,他の調査方法と併用することもある。フォーカスグループは,特にアンケート調査の質問項目を検討するのに適し,また,調査結果の解釈や検討にも使える。
 特定の小規模集団の人口構成を代表する形(つまり無作為抽出)でフォーカスグループを作ることも可能だが,フォーカスグループを用いる研究の大半は,その集団内のいくつかの要因を調査に反映させるために,あるいは何らかの仮説を検証する目的で,(無作為抽出ではなく)理論的サンプリング(本紙2378,2380号掲載,連載7-8回,第2章参照)によって調査対象者を選び出している。このサンプリングをする際の構想が特に重要である。サンプリングで社会階層や民族などを考慮することが重要なのは今では常識であり,それら以外の要因も考慮しなければならない。例えば,妊産婦に対するケアや子宮頸部スメア検査に関する経験を調査する場合ならば,レズビアンや,子どもの頃に性的虐待を受けた人たちを調査対象として選ぶこともあり得るだろう。
 それぞれのグループごとに背景が似ている人を集めて,そのグループの人たちに共通する体験に焦点を当てて話し合いをするように勧める研究者が多い。しかし,1つのグループで多様な視点を探ろうとするならば,多様性のあるグループ(例えば多職種で構成するなど)にするほうがよい場合もあるだろう。グループ内での上下関係が,そこから得られる情報にどの程度影響するか(例えば看護助手は,自分の勤めている病院の医長が同席したら話しにくいかもしれない),ということにも注意しておかねばならない。
 グループのメンバー構成については,特に操作を加えずに自然発生的な(例えば職場の同僚)構成にすることもあれば,特別に考慮してさまざまなところからメンバーを集めることもある。前者のように,もともとあるグループをそのまま対象にすると,参加者間の相互作用を,ありのままの姿に近い形で観察できる。また,そのようなグループ構成にすると,参加者たちは友人や同僚として普段から共通した体験をしているために,それらの具体的な日常の出来事に結びつけながら発言し合えるという利点もある。そうすると,理屈でわかっていることと実際に行なっていることとの間の食い違いが話題になる場合(例えば,「あの時,患者から採血するのに手袋を使わなかったことについてはどうなの?」)も出てくるだろう。
 しかし,目的も持たずに,ただ「グループを作りさえすればそのグループ内に相互作用が起こり「自然な」情報が得られる」と考えるのは短絡的である。グループでの話し合いは参加者たちが普段着のやり取りをすることで自然に進む,という姿勢で研究を深める(時には実際にそうなるのだが)よりも,そのグループを通して参加者が互いに交流し,意見を明らかにすることで,今までにはなかった考え方の枠組みが作り出せるという,積極的にグループを利用する姿勢を持つべきである。
 いろいろと異なる母集団を研究の対象とする場合には,グループを作って調査をする方法が本当に適切なのかどうか,実施するにあたって問題がある場合はどうすればそれを解決できるか,を検討する必要がある。グループでの話し合いという方法を使えば,読み書きができない人から情報を得ることができる。参加者が多いことによる安心感から,面接者と話すことに用心深い人や会話が苦手な人も参加しやすくなる。しかし参加者それぞれがさまざまに異なる障害を持っている場合には,コミュニケーション上の問題から,グループでの話し合いがきわめて困難になることもある。
 著者は,高齢者のケアつき住宅に関する研究をした時に,聴覚障害者と老年痴呆患者,および構音障害のある片麻痺の患者が1人ずついるフォーカスグループを作ったことがある。この時には,参加者同士の相互作用はごく限られたものになり,グループでの話し合いをするのが困難であることがわかった。しかし,こうした問題は,そのグループの構成に十分に配慮すれば解決できるものであり,時にはグループの参加者が互いの発言を補足し合うことさえある。1対1での面接を続けられないお年寄りでも,グループでの話し合いであれば,時たま発言するという形で参加できることも覚えておくべきだろう。スタッフから「無反応」であるため調査から除外すべきだと言われたお年寄りたちが,他の参加者の生き生きとした会話に刺激されて発言し,彼らの視点を知ることができたこともある。コミュニケーションが困難だからといってグループでの話し合いの対象から除外するべきではないが,その障害を考慮して研究を進めなければならない。

表 調査対象者を選ぶ上でのフォーカスグループの利点
●読み書きできない人を差別しなくてよい
●1人で面接を受けることに消極的な人にも参加を促すことができる(1対1の面接は緊張したり不安になったりするので嫌だという人など)
●何も言うことが無いと感じている人や,「無反応な患者」(しかし他の参加者の話は聞いている)から意見を引き出すことができる

●お知らせ
 本連載は,“Qualitative Research in Health Care”(Catherine Pope, Nicholas Mays編集,B.M.J Publishing Group発行,1996)を翻訳しているものです。