医学界新聞

 

【調査報告】脊髄損傷者の妊娠・出産について

道木恭子(国際医療福祉大学医療福祉学研究科)
古谷健一(防衛医科大学校産婦人科)
牛山武久(国立身体障害者リハビリテーションセンター病院)

はじめに

 日本パラプレジア医学会脊髄損傷予防委員会による1990年の調査によると,日本における脊髄損傷発生率は,全国平均40人/100万人と推定されている。そのうち女性の占める割合は1/4であり,近年の交通事故やスポーツ事故の増加からみても,今後は女性脊髄損傷者の数は増加していくことが予測される。
 脊髄損傷を持つ女性にとって,「子どもを産むことは可能か」ということは大切な問題であり,それは受傷後の社会生活,特にQOLの確保に大きく影響している。ところが,脊髄損傷を持っていても出産が可能であることは,社会的にはもちろん,医療関係者に十分理解されているとは言い難い。同時に,妊娠の継続と出産にあたっては,脊髄損傷者としての特別な配慮や対応が必要とされることも,当然ながらきちんと理解されていない。
 米国における「多施設の自己申告方式による脊髄損傷後の女性の性と生殖に関する健康調査」)と題する論文では,472名の女性脊髄損傷者を対象にした,性と生殖における問題に対するセルフレポートの結果が報告されている。この論文で脊髄損傷者の妊娠,出産に関連する問題点として,
1)妊娠中は,尿路感染症や褥創を併発する割合が高い
2)陣痛の自覚困難がある
3)早産の可能性がある
4)高位の胸髄損傷者および頚髄損傷者においては,分娩時に自律神経過反射が問題となる,ことが報告されている。
 そして,障害を持つ女性の性と生殖に関する健康問題に対して関心が向けられてこなかった現状を指摘し,特有な問題であるため,さらに研究を要する分野であることが明記されている。
 一方,日本においては,この研究のような脊髄損傷女性を対象とした大規模な調査研究はなく,また症例数も少ないためか,妊娠・出産に関する文献や情報はきわめて少ない。しかし,障害ゆえの妊娠に及ぼす影響,妊娠そのものが身体に及ぼす影響などは未知数の部分があり,安全な出産までの過程においては,医学的な管理はもちろん,保健,福祉も含めた連携による支援が必要であることは容易に想像がつく。
 筆者は,女性脊髄損傷者の性,中でも出産に関する悩みなどを,臨床看護者としての立場で聴く機会を得たが,その経験を通して看護者としての役割を自問してきた。
 脊髄損傷女性の出産は,日本では多いとは言えず,実際に体験談を聞くことは容易ではないが,今回約3年にわたり,実際に出産を経験した27名の女性から,体験談を聞き取るなどの調査をすることができたので報告する。

体験者から得られたこと

 協力者27名の内訳は,頚髄損傷者7名,胸髄損傷者16名(胸髄6以上6名,胸髄7以下10名),腰髄損傷者1名,二分脊椎3名で,出産件数としては38件であった(図1)。また,出産方法としては,経膣分娩が全体の39.5%であった。うち自然分娩21.1%,吸引分娩15.8%,鉗子分娩2.6%で,残りの60.5%が帝王切開であった(図2)。
 なお,自律神経過反射を自覚された方は損傷部位が胸髄6より高位でかつ経膣分娩の5名。妊娠時の合併症としては,尿路感染症を経験した方が全体の31.6%で,以下同様に,褥創18.4%,切迫流産13.2%,前期破水13.2%であった。その他,脊髄損傷者特有の問題としては,便秘,貧血,痙性の悪化,破水と尿漏れの区別困難,陣痛の自覚困難などがあげられた。さらに注意すべき問題として膣感染症があるが,これは尿路感染症の原因ともなり,悪化することで早期破水,切迫早産の誘引ともなることから,医学的な管理に加え,陰部の清潔を保つための具体的な指導が必要である。
 特に,体験者の話から知り得た問題点で,当初予想できなかったこととしては,「常に尿漏れがある女性の場合,破水と尿漏れの区別ができなかった」,「排便困難に対して,下剤の使用や,腹部の圧迫が胎児に悪影響を及ぼさないかと不安で,便秘が悪化した」「切迫症状を自覚できなかった」「陣痛がきたことが自分でわからないのでは,と不安だった」などがあげられる。
 この中で,破水のチェックのために自宅でリトマス紙を用いて自己チェックをしていた方が2名,切迫症状に対しては,手指の知覚がある方のうち3名が,腹部の硬さによって腹緊の有無をチェックしていた。上記の問題に対する対策として参考にすべきであろう。

妊娠・出産に必要な設備整備

 病院の設備面では,外来での妊婦検診の際に,車いす用の体重計が設備されていないため体重測定ができないことが指摘された。体重増加は褥創の原因となり,浮腫のチェックのためにも体重管理は必須であることから,車いす用の体重計を設置することが必要である。
 また,入院中は浴室が使えず,シャワーを浴びることができない,という指摘もあった。前述の通り,脊髄損傷者では感染予防の対策は重要で,障害者が使用できる浴室の整備が必要である。その他,内診台へあがれない,褥創用のマットが設備されていないという不備も指摘された。障害を持った方のことを考慮し,病院設備全体をバリアフリーにすることが望まれる。
 なお,実際にお腹が大きくなることにより,移動や車いすへの移乗,入浴などの困難さが一時的に悪化する。さらに,呼吸機能低下を生じる場合もある。こうした脊髄損傷女性の妊娠による一時的な機能低下,ADL低下などに対しては,PT,OTらの協力を得て対策を検討する必要がある。
 自宅での生活については,緊急時も考慮した上で,生活環境の整備や修正が必要なのは当然であるが,家族のみでは対応しきれない場合,ヘルパーの援助あるいは訪問看護婦による指導などの強化を検討することも必要である。

医療・福祉の連携が重要に

 以上,述べたような脊髄損傷女性の出産にともなうさまざまな問題は,医師と助産婦,看護者だけで解決できるものではなく,PT,OT,ケースワーカー,介護福祉士,ヘルパーを含めた医療と福祉の連携が必要である。産科の関係者においては,脊髄損傷者の持つ問題に対する認識,そしてリハビリテーションを担当する医師や看護者には産科的な認識が低い傾向にあるため,双方が情報を共有しあうことが望まれる。大切なことは,各分野が独自のケアを実施するのではなく,互いが協力しあえる関係であり,また,身体面のみではなく精神的なサポートの重要性も認識する必要がある。
 いずれにしても,脊髄損傷女性の出産に関与する可能性のある職種全体が,妊娠,出産にともなう問題点の解決方法を早急に検討することが望まれる。また,脊髄損傷者自身が健康な心身を保ち,計画的に妊娠に臨むことが大切で,妊娠以前からの保健指導が重要である。また,「脊髄損傷女性の妊娠は可能であるが,そのためにはいくつかの対応すべき特有の問題がある」ということを,医療関係者はもちろんだが,何よりも脊髄損傷者自身に対し,啓発しなければならない。
 最後に,これは,脊髄損傷女性だけの問題ではない。冒頭で述べたように,交通事故などにより頭部外傷を負った若年女性が増えている。一方で,脳性麻痺者による出産も存在する。このような背景の中,こうした出産が可能なすべての障害女性のために,病院設備のバリアフリー,医療間の連携,医療と福祉の連携,女性自身への保健指導など具体的な方策が早急に検討されることを望み,改めて問題提起としたい。

〔引用文献〕
※Amie B. Jackson, MD, Virginia Wadley, PhD, : A Multicenter Study of Women's Self-Reported Reproductive Health After Spinal Cord Injury ; Arch Phys Med Rehabil Vol 80, November 1999