医学界新聞

Vol.16 No.1 for Students & Residents

医学生・研修医版 2001. Jan

「対話」がひらく医学教育の可能性


 「こんなつまらない授業なら出席しないほうがまし」
 「試験対策しか頭にない学生をみているとがっかりだ」
 こんな学生・教員相互の失望感が教育現場に蔓延して久しい。この失望感は学生-教員間のディスコミュニケーションを産み出し,医学教育から活力を奪っている。制度改革としての「医学教育改革」がいかに進もうとも,学生・教員が互いに建設的な関係を築けなければ,形だけの改革になりかねない。
 本号では,学生・教員相互の「対話」を積極的に推進する日本医大での試みから,学ぶ側のモチベーションを重視する医学教育改革を考える。


 昨(2000)年12月6日,日本医科大学の会議室では,9人の学生が大学の教育委員会とのミーティングに臨んでいた。この学生たちの多くは学生教育委員会(委員長を務める小野真平さんの紹介文を下記に掲載)のメンバーで,一昨年の11月以降,定期的に教育委員会との会合を開き(「ジョイントミーティング」と呼ばれる),学生の要望を大学側へ伝えてきた。

学生・教員の建設的な意見交換で医学教育はもっとよくなる

 「本学には海外で医学に触れることができる学生のための留学制度がない。ぜひ,その枠組みを作ってほしい」
 「2年生から実施されている新カリキュラムの意図が学生には十分に伝わっていない。今回実施した学生アンケートの結果を担当教員にフィードバックし,改善の方向を探ってもらいたい」
 第6回目を数える今回のミーティングでは,「留学支援の枠組み作り」,「新カリキュラムのアンケート報告」が議題となったが,学生教育委員会のメンバーは何度も打ち合わせを重ね,準備をしてきた。
 「いまの医学教育や学生生活に不満を持っている学生は少なくない。しかし,それを大学側にアピールする機会がなかった。学生と大学が建設的な意見交換をすれば,もっと医学教育はよくなるはずだ」
 メンバーの坂野真理さん(4年)は,学生-大学間に意見交換の場があることの意義をこう話す。学生教育委員会は任意参加の学生による集まりだが,ジョイントミーティングで扱う議題については,必ず全学生にアンケートを取り,学生全体のニーズを汲み上げる。学生自らが感じている問題意識から出発し,それを要望書としてジョイントミーティングを通じて大学側へ提案するようにしている。
 大学も学生側の積極的なはたらきかけを歓迎している。教育委員長を務める寺本明氏(脳神経外科教授)は「教育のユーザーは学生だ。学生が感じていること,望んでいることを無視してよい教育はできない」と考えている。したがって,ジョイントミーティングでの議論は「聞きっぱなしにはせず,必ず何らかの成果に結びつける」方向で考えているという。
 すでに,同ミーティングの成果として,「夏休み期間中の臨床実習」が昨年の夏より制度化されているが,100人以上もの学生がこの制度を活用して臨床実習を行ない,教員側を驚かせた。「積極的に学ぶ姿勢を持つ学生は潜在的にはたくさんいる。彼らを活かす受け皿を作る必要がある」寺本氏はこう話す。

互いを気づかせる「対話」が大切

 もちろん,学生・教員双方の思惑が一致することばかりではない。今回のミーティングで議題となった新カリキュラムなどでは,教員側が自主学習や選択学習を推奨するために必修科目を減らしたところ,学生から「なぜ授業が少ないのかわからない」などの疑問が寄せられた。学生の自主性に期待した狙いが裏目に出た形で,教員たちを少々落胆させたが,「勉強とはどういうものかを考えるきっかけになるよい指摘を出してくれた」,「新カリキュラムの意味が多くの教員にまだ理解されていない。学生との対話がまだまだ不足している。お互いに勝手なことをしていては駄目だ」と教員たちは,これらのアンケート結果を1つの材料として前向きに捉えていた
 教える側がよかれと思ってやっていることでも,教わる側にその意図が伝わっていないことはよくある。そのズレを埋めるためにも「対話」は重要だ。
 「学生に媚びる必要はない。教えるべきことはしっかり教えるべきだ。しかし,学生が手応えを感じるような教育でなければ効率的であるはずがない」というある教員の言葉が印象的だった。
 ミーティングが終了しても,学生も教員もなかなか会議室の外へは出ようとしない。今日の議題について,あるいは医学教育について会議室のあちらこちらでお互いに語り合っている。実は,この「語り合い」こそが,本当の「教育」の姿を示しているのかもしれない。


学生の可能性を広げる医学教育を
――活動する学生教育委員会

小野真平(日本医科大学・3年)

 日本医科大学で学生教育委員会委員長を務める3年の小野真平です。この場を借りて,私たち学生教育委員会の紹介をさせていただきます。
 現在の学生教育委員会の前身であるカリキュラム委員会は2年前に発足しました。現在の2年生から大幅にカリキュラムの内容が変わり,学生としても「学校にカリキュラムをまかせっきりではいけない!自分たちの手でカリキュラムを作ろう!」と立ち上がったのがきっかけです。しかし,活動を進めるにつれてその範囲はカリキュラムのことだけにとどまらず,医学教育全般にまで広がるようになりました。

大学と学生のパイプライン

 そこで,カリキュラム委員会という名称は活動内容を誤解されるおそれがあるため,約半年ほど前に「学生教育委員会」という名称に改めました。ただ,この名称ではあまりに堅すぎて学生に受け入れられないであろうと考え,学生間では通称「へるにあ」として活動しています。
 そうです。病気のヘルニアです。名前には由来がありまして,大学と学生のパイプラインとしての学生教育委員会の存在を,椎骨(大学)と椎骨(学生)の間に挟まれる椎間円板にたとえて,でもたまにやりすぎてはみでちゃうぞ!?といった笑いの要素もとり入れて名づけました。2か月に1度,この名にちなんだ「へるにあ」という新聞を学内に向けて発行しています。以下,学生教育委員会ではなく「へるにあ」で説明させていただきます(堅っ苦しいですから)。

潜在する学生のモチベーション

 現在,私たち「へるにあ」のメインの活動として,大学の教育委員会と2か月に1度の「ジョイントミーティング」という会議を開いています。つまり,大学と学生が意見交換できる唯一の場です。ここでは,カリキュラムに関する話し合いはもちろんのこと,留学制度の導入,夏休みを利用した臨床実習の実施,教員の逆評価制度などさまざまな議題を,学生のほうから持ちかけ,学校側と話し合っています。
 このジョイントミーティングは1999年11月から始まったものなのですが,いままで,交換留学制度を委員会の中に窓口をおいて設立したり,夏期臨床実習を実現させたりと着々と成果をあげています。特に夏期臨床実習は,それ以前にはまったくそういった制度がなかったのですが,いざ導入してみると100名を超える学生(日本医大は全校で600人!)が参加するという,大成功をおさめました。「学生はみんながみんな医学に対するモチベーションが低いのではない!そういった機会がないだけなんだ」と実感させてくれたプロジェクトでした。
 また,その他にも逆評価制度の一環として,MVT(Most Valuable Teacher)という賞を創り,授業がおもしろかったり,わかりやすい先生を,学生全体で投票により選出するという試みも行ないました。これは,学生にとって興味をひく企画であるにとどまらず,先生方のほうでも大きな反響があったようです。教員の悪いところばかりを指摘する逆評価ではなく,また違った形で「何がよい医学教育か?」について考えることのできる企画であったと感じています。
 「へるにあ」は,「モチベーションの高い医学生が,自分の可能性を広げていくことのできる環境を作る」という基本的な理念のもとに活動を行なっています。それが,留学制度であったり,医学教育の見直しであったりするわけです。現在私たちは,今回のジョイントミーティングの議題でもあった,留学制度の導入,新カリキュラムの見直しをメインに進めています。ジョイントミーティングで,先生方との話し合いを参考にしながら,今後どういう形にしていくかを検討をしています。また,これからの活動としては,国内の大学との交流,欧米の大学との姉妹校提携など,国内にとどまらず,世界にまで視野を広げた活動を展開していきたいと思っています。