医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


呼吸器感染症の臨床に寄与する1冊

〈米国感染症学会ガイドライン〉
成人市中肺炎管理ガイドライン

John G.Bartlett,他 著/河野 茂 監訳/朝野和典,東山康仁,柳原克紀 訳

《書 評》泉 孝英(京大名誉教授)

 肺炎は,戦前には,結核に次いで,わが国の死因の第2位を占める重要な疾患であった。しかし,戦後,生活環境の改善,医療環境の充実,抗菌薬の開発・普及により死亡率は急激に低下した。ところが,1970年代後半以降になって,高齢人口の増加とともに,再び増加に転じている。
 肺炎は,患者数では5.2万人と呼吸器疾患の第7位であるが,医療費は2418億円と,急性気道感染症(かぜ),喘息に次いで第3位の金額を占めている(1996年)。米国では,わが国に比較して,人口比で患者数2倍,医療費2.5倍と,より重要な疾患となっている。したがって,「適切な医療の普及と妥当な医療費」を目標とした肺炎ガイドラインが,米国において,まず誕生したのは容易に理解できるところである。

アメリカの2つのガイドライン

 しかし,1993年,米国胸部学会(ATS)から公表された初めての市中肺炎のガイドラインを見た時,驚いたことは,あまりにも単純とも言える内容,割り切り方であったことである。患者を年齢,基礎疾患の有無によって4群に大別することは納得できても,抗菌薬の投与にあたって,徹底的にempiric therapy(経験療法)の方針を採り,起炎微生物の検出にはほとんど関心を払っていない点は,直ちに納得できることではなかった。確かに,初診時に起炎微生物を決定するのは困難で,また,後日,何らかの微生物が検出されても,起炎微生物と同定するのは容易ではない。しかし,このような簡単な考え方だけでよいのだろうか,米国の医学はアバウトなものなのか,それをわが国にそのまま移入しても受け入れられないのではないかと思ったのである。
 しかし,1998年に公表された米国感染症学会(IDSA)の市中肺炎ガイドラインを見ると,できるだけ起炎微生物の検出に努力する姿勢が打ち出され,特に喀痰グラム染色の臨床的意義が強調されており,米国においても,感染症に対する対応に多様性があることを知ることができた。
 IDSAガイドラインは日本人向きのガイドラインである。事実,昨年,日本呼吸器学会から公表されたガイドラインは,IDSAガイドラインの考え方を踏襲している。また,最近,米国疾患予防管理センターから公表されたガイドラインは,ATSよりもIDSAに近い立場をとっている。

豊富な臨床経験を踏まえた訳文

 このような時期に,わが国における呼吸器感染症研究の中心的存在というべき長崎大学の河野茂教授と一門の先生方によって,IDSA市中肺炎ガイドラインが豊富な臨床経験を踏まえての丁寧なわかりやすい訳文として刊行されたことは,わが国における呼吸器感染症の診療のために大いに歓迎すべきことである。
 しかも,本訳書には,訳者らによって「ATSとIDSAガイドラインの比較」,「わが国においてIDSAガイドラインを使用するための抗菌薬の選択」の2項目が解説として加えられている。特に後者は,本訳書の実用性・有用性をより高いものにしていることを強調しておきたい。
A5・頁120 定価(本体2,000円+税) 医学書院


がん診療の最前線をコンパクトに示した実用の書

がん診療レジデントマニュアル 第2版
国立がんセンター中央病院内科レジデント 編集

《書 評》小林 博((財)札幌がんセミナー理事長/北大名誉教授)

 がん基礎研究の最近の進歩はめざましいものがあり,がんの本態解明に迫りつつある。がん臨床においても同様,その歩みは基礎研究ほどの華々しさはないものの,着実にその成果をあげている。いまや「がんイコール死」であった暗黒の時代は終わりを告げ,がんとの「対話」が可能となりつつある。しかし,がんの暗いイメージは一般人だけではなく,なお多くの医療者の心のうちにも残像のように存在しているのではないであろうか?

がんの標準治療の普及をめざして

 そのようなイメージを吹き払うために,がんの標準治療の普及という大きな理想をかかげた「小さな大著」が『がん診療レジデントマニュアル』である。その初版が国立がんセンター中央病院内科レジデントの編集により出版されたのは1997年であるが,その後好評のうちに広く臨床の最前線で活用され,今回最新のがん情報を追加するのみならず婦人科,泌尿器科,皮膚科などの新領域を加えて,全面改訂の第2版が出版された。
 現在,臨床医学は情報開示やインフォームド・コンセントなどの大きな変化の中にある。そのため,実地医療は単なる思いつきやひらめきではなく,確実な臨床データの裏づけを持ち,広く世の中で受け入れられる標準的なものでなければならないし,その必要性はこれからもますます増してくるであろう。がんの臨床も決してその例外ではなく,むしろその渦中にあるとみるべきである。

斬新かつ実際的な内容

 このマニュアルは国立がんセンター中央病院で行なわれている最新の治療法を具体的に表し,がん治療の実際をコンパクトに示している実用の書である。従来の包括的な腫瘍内科学の教科書にあるような概要的なものではなく,より斬新で,なおかつ明快できわめて実際的なものである。したがって若い研修医はもちろん,ベテランの専門医にとっては知識の再確認のために,さらにはがんの一般医療者にとってもがんの標準的治療を確認する手段としてきわめて有用と信ずる。
 「がんの標準」とは時々刻々変わっていくものである。したがって,今後ともこのマニュアルは標準的がん治療の変化を提示し続ける責任があり,そのためには,常に刷新される必要がある。願わくばこのマニュアルが国立がんセンターレジデントの諸君の手によって代々受け継がれ,末長く改訂され続けられるものであることを期待する。
B6変・頁352 定価(本体3,800円+税) 医学書院


痴呆に関与するすべての医療関係者に

〈神経心理学コレクション〉
痴呆の症候学 ハイブリッドCD-ROM付

山鳥 重,彦坂興秀,河村 満,田邉敬貴 シリーズ編集/田邉敬貴 著

《書 評》大東祥孝(京大人間環境学研教授)

 本書『痴呆の症候学』は,田邉教授によって,書かれるべくして書かれ,出るべくして出た,待望の書であると言ってよい。もうだいぶ前のことになるが,京大の故大橋博司教授のもとで共に勉強する機会を持てたことが,私にこの本の持つ意味のより深い理解を可能にしてくれているように思われる。私たちは,大橋博司教授の薫陶を受けて,精神神経学の領域における臨床神経心理学の大切さを深く学ぶことができたのであるが,本書は,いわばそこが原点になっているという気がする。その後,氏は独自の学問的展開を遂げられ,独特の学風を形成されるに至り,それが今回の『痴呆の症候学』となって結実したのだと思われる。
 「なぜ今,痴呆の症候学なのか」を自ら問い,「いまや患者さんを診れば十分な精度で診断が可能であるし,何よりも患者さんが抱えた問題点を浮き彫りにできるようになっている。ただし,この痴呆の症候学的展開は,未だ実地の臨床の場に還元されているとは言いがたい状況である」,だからこそ,本書を執筆することにしたという著者の意図を私はよく理解できるし,そうした意図のもとに書かれたということに,ある種の感慨すら覚える。日ごろ症例検討会などで氏と語っていて思うのは,その透徹した観察眼に裏打ちされた臨床神経心理学的視点の斬新さと明快さ,である。このことは,本書においても随所に認めることができる。

臨床的行動観察の重要性を強調

 痴呆の理解が,ややもすればテスト重視,スケール依存となりがちである従来の傾向に絶えず警鐘を鳴らし,臨床的行動観察の重要性を強調される氏の立場は,例えば徘徊と周徊の区別や,自己身体定位障害の記載,Macleanの系統発生説等に依拠して展開される前方型痴呆の症候論的理解(被影響性の亢進,「わが道をゆく」行動,常同症状)などに,とりわけ如実に現れているように思われる。いま1つの魅力は,例えば失行を含む行為障害やその自動性と意図性の解離についての理解の仕方に端的に現れているように,神経生理学の最近の知見を大きく取り込んで自説を展開しておられることではないかと思う。

痴呆のケアの核心に

 ともあれ,こうした症候論重視の立場は,本書の中でも指摘されているように,現実的な痴呆のケアにとって不可欠のものである。痴呆は決して1つの事態ではない。きわめて多様で個性にみちた,いくつもの痴呆が存在しており,そうした「個性」をいかに尊重することができるかに,痴呆のケアの核心が隠されているということを,本書の読者はよく納得されるに違いないと思われる。
 それにしても著者の,多彩な変性痴呆についてのきわめて豊富な臨床経験には驚かされるばかりである。1つにはその人徳によるところが大きいに違いないと察するが,実のところは,多くの人が眼にしていながら,いわば見逃していた症候に鋭く注目して,わかりやすく概念化してゆくという田邉教授の独特の才能に帰着する部分も決して少なくないのではないかという気がする。
 痴呆に関与する医療関係者すべてに,ぜひお勧めしたい書である。
A5・頁116 定価(本体4,300円+税) 医学書院


21世紀の公衆衛生・保健医療実践のための指針

地域診断のすすめ方
根拠に基づく健康政策の基盤
 水嶋春朔 著

《書 評》上島弘嗣(滋賀医大教授・福祉保健医学)

 本書『地域診断のすすめ方-根拠に基づく健康政策の基盤』は,『予防医学のストラテジー-生活習慣病対策と健康増進』(医学書院,1988)の続編として発行された,平易な実践マニュアルである。『予防医学のストラテジー』はロンドン大学の故ローズ教授の「population strategy」(集団全体への対策)の概念の重要性を「high risk strategy」と対比しながら,わかりやすく解説したものであった。
 Evidence-based Medicine(EBM,根拠に基づいた医療)が,臨床の現場で強調されるようになり,それが保健医療施策の場においても,根拠に基づいた保健医療政策として強調されるようになった。EBMの概念は,従来より臨床疫学の中にあったものであり,言葉の衣替えによって広く臨床家の注目を引くこととなった。EBMの貢献は,臨床疫学の重要性を平易な言葉で臨床家に認知させたことである。
 一方,今回出版された『地域診断のすすめ方』が時宜を得ているのは,根拠に基づいた保健医療政策や「健康日本21」の実践に当たって,実際にどのようにしたらよいのか戸惑いを抱いている人が多いが,そのような状況に対して道案内となる本であることによる。

現場のニーズに対応

 従来より,研究者用の疫学の教科書には優れたものが多くあったが,一方では,現場のニーズに十分に対応できていない点があった。本書はその点を補うように工夫されている。1つひとつの概念を見開き2頁として,辞書感覚で「予防医学のストラテジー」をマニュアル的に説明し,実践編としたものである。本書の構成は,地域診断の具体的な進め方から,疫学におけるキーワードのわかりやすい解説とその具体例,「健康日本21地方計画」の進め方,そして,統計処理の平易な解説(アクセスを用いたデータベースの作成方法,エクセルの具体的な使用法)にまで及んでいる。
 本書は大変簡潔に重要項目が記述されており,短時間で重要項目の修得が可能である。公衆衛生の分野で仕事をされている方々にとって,明日からの行動の助けになることを願っている。
A5・頁140 定価(本体2,500円+税) 医学書院