医学界新聞

 

[連載] 質的研究入門 第13回

フォーカスグループとは(1)


“Qualitative Research in Health Care”第5章より
:JENNY KITZINGER (c)BMJ Publishing Group 1996

大滝純司(北大医学部附属病院総合診療部):監訳,
藤崎和彦(奈良医大衛生学):用語翻訳指導
黒川 健(奈井江町立病院)吉井新二(北大医学部附属病院総合診療部):訳


 この章では,フォーカスグループの方法論,つまり,グループの構成,話し合いの進め方,そしてその結果の分析について紹介する。フォーカスグループは,読み書きできない人も調査対象とすることが可能であり,1人で面接されるのが嫌な人や,自分は意見など持っていないと感じている人にも参加を促すことができるという点で,保健・医療分野の調査に適した研究手法である。


フォーカスグループの原理と使い道

 フォーカスグループは,調査される人同士のコミュニケーションを利用してデータを得る,一種の集団面接である。集団での面接は,同時に複数の人からデータを集める手軽な方法としてしばしば利用されるが,フォーカスグループでは特にその集団内の参加者(被調査者)同士の相互作用を活用する。つまり,調査者がそれぞれの人に順番に質問して答えてもらうのではなく,参加者が互いに質問しあったり,感じたことを話し合ったり,あるいはお互いの経験や視点について話し合ったりするように促すのが,フォーカスグループの特徴である。この方法は,人々の知識や経験を引き出すのに特に有効で,何を考えているかだけではなく,どのように考えているか,なぜそのように考えているのかといったことまで探ることができる。
 フォーカスグループは,映画やテレビの影響を調査するためのコミュニケーションに関する研究の中で用いられてきた。今では,健康教育での言葉の伝わり方や人々が病気についてどのように解釈しているか,健康に関係のある行動についてどのように理解しているのか,といったことを調べる時に広く用いられるようになった。また,病気になった場合や保健・医療サービスを受けた際に,患者や家族がどのような経験をしたかを調べるのにも用いられ,保健・医療スタッフに何が求められているのかを明らかにする方法として役立っている。
 フォーカスグループの基本にあるのは,話し合いをすることで1対1の面接ではなかなか得られない視点を明らかにできる,という考え方である。面接者がopen-ended question1)で問いかけ,参加者が,自分が関心を持っていることについて,自分自身の言葉と考え方で議論するようになった時に,フォーカスグループの話し合いは特に有効に機能する。グループダイナミクス(group dynamics)2)がうまく作用すれば,参加者同士が調査者の目の前で作用し合い,新たな,そしてしばしば思いがけない方向へと研究の視野が開けるのである。
 調査者は,グループでの話し合いを通して,冗談,逸話,からかいを交えた議論など,参加者が普段着のままで行なうさまざまなコミュニケーションを,観察することができる。参加者の知識や態度を知るには,何かを問いただしてそれに対する論理的な返事を聞くだけではなく,こうした多様なコミュニケーションを観察することが役に立つ。日常的にどのようにコミュニケーションしているかを知ることで,それらの人たちの知識や経験についていろいろと知ることができる。このように,フォーカスグループという研究手法は,従来のデータの収集では探求できなかった新たな視点が得られ,これまで検討することができなかった領域に踏み込めるようになるのである。
 参加者同士のコミュニケーションをうまく促進することは,(下位)文化的な価値〔(sub)cultural value〕3)や集団規範(group norm)4)を浮き彫りにするためにも重要である。冗談とか意見の一致や食い違いなどが,話し合いの中でどのように作用しているかを分析したり,その集団の中で語られている物語を分類していくと,そのグループの参加者に共通している認識とは何かが見えてくる。
 フォーカスグループはこのような特徴があるために,文化的な面の違いをとらえ得る方法ということから,比較文化的な調査や少数民族の研究ではかなり頻繁に用いられている。同様に,保健・医療サービスの利用の仕方が一様ではなく,社会集団ごとに異なるのはなぜなのかを調べる上でも,フォーカスグループは有用である。同じような理由で,その社会に特徴的な価値観の研究(例えば,性についての意識調査)や,職場の文化(例えば,ターミナルケアのスタッフと救急部門のスタッフでは仕事のストレスへの対処方法がどのように違うか)を調べるのにも有用である。
 このようにしてグループダイナミクスを利用する場合には,集団規範ができたことで少数意見が出にくくなることや,外部の研究者がいるために自由に話せる雰囲気が損なわれてしまうことに注意しなければならない。例えば,長期間老人施設にいる老人たちに集団で話し合ってもらった時に,ある入所者が強い調子で「不満を言うな。仕方がないじゃないか」と何度もわめいて,他の人がスタッフを批判することを妨げていた。見方を変えれば,そのようなやり取りは,その人たちの経験をまさに物語っているのだとも言える。この場合は,ある女性の言葉を借りると,「生意気」だとスタッフに睨まれて「罰せられる」と,一部の入所者たちが怖がっていることの現れだった。逆に,そのようなグループダイナミクスによって倫理的問題(特に施設などに収容されている弱い立場の人々を調査する時)が生じて,その調査結果を利用できる範囲が限られてしまうこともある。
 しかし,面接でプライベートなことに触れるのを集団という設定が妨げているとか,フォーカスグループは微妙な問題の調査には不適切であると,考えるべきではない。実際にはその反対なのである。内気な参加者がいても,その集団の中で積極的な人が口火を切ってくれるので,タブーである話題についても集団でならば話し合うことができる。その集団ではあたりまえのことでも,他から見れば普通ではない(あるいは調査者が考えていたのとは違う)考え方について,お互いに助け合いながら話題にすることもできる。この点は,恥ずかしく辛い体験とか,タブー視される体験(例えば,死別や性的暴力)を調査する上で特に重要である。
 フォーカスグループでは,被調査者が研究に能動的に参加できるので,アクションリサーチ5)で,被調査者に対して研究の運営や分析に能動的に参加するよう促すのにも,フォーカスグループが用いられることが多い。実際に,グループに参加した人は,似たような経験のある他の参加者との交流を通して,新たにさまざまな独自の考えを持つようになる。例えば,「医者が言っていたことがわからなかったとは情けない」「もっとしっかりしてまともな質問をするべきだった」と自分1人を責める気持ちでいたのが,「説明されたことについて,私たちの誰もがよく理解できないのであれば,説明書をもらったほうがいいのかもしれないし,説明の中身をテープに録音して持ち帰るのも役に立つかもしれない」と,建設的な解決策を考えるようになる場合もある。
 集団での話し合いの中では,通常の面接よりも批判的な意見が出てくることもある。例えば,Geisらは,エイズの人々の交際相手を対象とした研究で,個別の面接よりも集団での話し合いのほうが,医療者側に対する,より強い怒りをこめた発言がみられたと報告している。そして,それはおそらくグループの持つ相乗効果によって「怒りが持続し」,各々の参加者が他の人の欲求不満や激しい怒りを強化しているからであろう,と考察している。サービスの改善を目的とした研究をするには,批判的な意見を引き出したり,解決策を探し出すことを促す方法を用いることがきわめて重要と言える。現状に対して不満を述べることをついためらってしまう,あるいは,どうせ何もかも自分たちが悪いのだと考えがちな弱い立場にある患者層を調査する場合,このような方法が特に適切なものとなる。

〔訳者注〕
1)open-ended question:「どのようなことでお困りですか」といったように,解答する側が自由に幅広く答えることができる質問。日本語では「開かれた質問」とか「自由質問法」と訳されている。これに対して「はい」「いいえ」でしか答えられない質問をyes/no questionあるいはclosed question(「閉じた質問」「閉鎖的質問法」)という。
2)グループダイナミクス(group dynamics):集団力学。集団やそれを構成する人の行動や相互作用に関する法則性を研究する学問。ここでは,集団内に生じるそのような動きを指す言葉として用いられている。
3)(下位)文化的な価値〔(sub)cultural value〕:ある文化集団(あるいはそれに所属する下位の小集団)の中で共有されている,善悪,美醜,適不適等に関する価値観や考え方。
4)集団規範(group norm):集団を構成する人たちが(当然)従うように,その集団から期待される,望ましいとされる考え方や態度,行動。
5)アクションリサーチ(action research):実践との結びつきをより強調した調査研究。データの収集や分析だけでなく,実践的な問題解決をめざし,その一環として社会システムの変革をも目的とする。

●お知らせ
 本連載は,“Qualitative Research in Health Care”(Catherine Pope, Nicholas Mays編集,B.M.J Publishing Group発行,1996)を翻訳しているものです。