医学界新聞

 

第13回日本内視鏡外科学会より

内視鏡外科とクリニカルパス


 小西敏郎氏(NTT東日本関東病院外科部長)は,近著『医師とクリニカルパス:臨床各科の実際例』(医学書院刊)の中で,「いま日本の医療界ではクリニカルパスが注目されている。その理由は,近い将来わが国においても医療費の定額支払い制度DRG/PPS(diagnosis related group/prospective payment system)が導入されることが予想され,医療費の削減や入院期間の短縮のためにはクリニカルパスが必要であろうと考えられることによるものと思われる」と指摘。また,「クリニカルパスは病院経営の効率化や医療費の適正化だけでなく,治療・看護の標準化やチーム医療が推進され,さらには患者中心の医療が展開されて医療の質が向上するので,21世紀の医療にはクリニカルパスの普及が必須と考えられる」とも述べている。
 第13回日本内視鏡外科学会で企画されたパネルディスカッション「内視鏡外科とクリニカルパス」(司会=大阪曙明館病院 坂本嗣郎氏,湘南鎌倉総合病院篠崎伸明氏)では,近年,医学領域ではこれまで取り上げられる機会が少なかった「クリニカルパス」がテーマになった。


医師とクリニカルパス

 小西氏はさらに同書の中で,医師がクリニカルパス(以下:パス)の導入に反対する理由として,次の諸点を指摘している。
 (1)工業過程で開発されたパスを人間の治療に導入すべきではない
 (2)プロトコールやマニュアルがあれば不要
 (3)画一的なプログラムでの治療を行なうべきではない
 (4)バリアントが多い進行癌や高齢者の治療には障害となる
 (5)入院期間が短くなるので患者は満足するはずがない
 (6)治療法が固定するので医療の進歩に妨げとなる
 同時に医師のメリットとして,
 (1)計画性のある安定した標準的医療が提供可能
 (2)むだな指示が削減できる
 (3)変動・異常を発見しやすく,早期対応が可能
 (4)医師の役割分担が明らかになる
 (5)うっかりミスが減る
 (6)医療・看護の継続性が維持できる
 (7)医療者の共同意識の展開ができる
 (8)新人,学生の教育に利用できる
 (9)種々のデータを整理しやすい
 さらに,患者サイドのメリットとして,
 (1)入院中の治療予定がわかる
 (2)入院中の対応の準備ができる
 (3)退院の予定が立てられる
 (4)初めての入院でも不安が解消される
 (5)医師・ナースとの信頼関係が向上
 (6)患者の自己管理が向上
 (7)入院費用が事前に推測できる
 (8)病院を比較することができる
などを指摘している。
 パネルディスカッションでは,本田五郎氏(済生会熊本病院),伊藤 契氏(NTT東日本関東病院),長 剛正氏(慈恵医大),大堂雅晴氏(佐世保共済病院),山中英治氏(市立岸和田市民病院),内山和久氏(和歌山県立医大),米田 敏氏(福岡大),梅北信孝氏(都立墨北病院)の8氏がそれぞれの施設における成果を報告し,最後に比企能樹氏(湘南東部総合病院院長)が特別発言を行なった。

腹腔鏡下胆嚢摘出術のクリニカルパス

 この中で伊藤氏は,「腹腔鏡下胆嚢摘出術のクリニカルパス-導入実施・改訂・外来から一貫したパスへの発展」と題して,NTT東日本関東病院外科における経験を次のように紹介した。
 同科では,1989年に腹腔鏡下胆嚢摘出術(以下:ラパコレ)を導入。97年8月の幽門側胃切除術のパス導入実施に続いて,97年末からラパコレ用パスを作成し,98年4月から実施した。パス作成は97年2月から98年3月のラパコレ症例のデータを分析し,標準化を行なった。実施1年後に,バリアンス分析とアウトカムの評価を行ない,新たな標準値に改訂して第2版ラパコレパスを作成。このパス第2版への改訂手順としては,(1)標準化のメリットの実感,(2)看護婦主導体制,(3)医師側の承認,(4)新標準値の設定,(5)医師・看護婦全員での検討,が上げられる。
 また改訂第2版では,
 (1)術前入院日数の短縮(2日から1日)と,退院日を術後4日目と1日短縮し,結果として入院期間を2日間短縮が可能
 (2)患者満足度を損ねることなく,コスト面では入院医療費の軽減傾向
 (3)パス導入は,外来での必要検査の消化と患者へのオリエンテーション実施,計画入院・退院に至るまで一貫したパスの必要性の認識
 (4)外来から退院後までもカバーしたパスを作成し,2000年4月から実施。治療全体の質の維持向上と効率化の意図を実現
 などの点を指摘した後,「ラパコレパスの実施と改訂を通して,一貫したパスの必要性が認識された。パスのアウトカムの評価および目標を明確化することによって,パスは治療管理の有用なツールとなる」とまとめた。

ラパコレパスの経緯
(1)1997年以前(パス以前)
医師個人依存・効率の相違
(2)1998年4月(パス第1版)
パス作成・標準化・実行
(3)1999年10月(パス第2版)
標準値の見直し・外来の重要性
(4)2000年4月(外来からのパス)
パスの一貫性・効率化と質の維持

諸施設からの評価・検討

 他のパネリストからの報告も概ね同様の内容で,図らずも「内視鏡外科」と,「クリニカルパス」との新たな遭遇が実現した。
 「(1)パスの導入により,術後入院日数は大幅に短縮し,術翌日から食事を開始,4日目に退院が可能。(2)患者負担の大幅な軽減により,今後は深達度などの診断目的での適応の拡大が可能。(3)腹腔鏡下手術により,胃切除術の医療費が抑制。(4)“病床稼働率の確保”と“術後入院日数の短縮”がなくては,開腹手術を腹腔鏡下手術に置換することには経済的障壁がある」(本田氏)。
 「(1)患者へのインフォームド・コンセントの改善,および看護との意思の統一にてパスが有効。(2)これまで医師の臨床経験や暗黙的な知識をベースとした患者管理のバラツキ解消に有効。(3)バリアンスの設定をどこに置くかが今後の課題。(4)看護業務のガントチャートから脱却するには,さらなる医師の参加が必要。(5)パスの入院日数,医療費削減への波及は医療保険制度の変革,あるいは日常の患者への啓蒙活動が必要」(大堂氏)。
 「(1)腹腔鏡下手術は低侵襲で,バリアンスも少ないので,パスのよい適応。(2)抗生剤使用法,輸液日数,食事開始日などが統一された結果として,在院日数も短縮。(3)術前術後指示が統一され,チェック形式により記録時間の短縮と効率化。(4)術後経過の説明が丁寧・確実になり,インフォームド・コンセントが充実した」(山中氏)。
 「(1)患者の満足度の向上,およびインフォームド・コンセントの充実。(2)病棟における看護業務の簡素化。(3)在院日数の短縮と病床回転率の向上。(4)患者負担の軽減」(内山氏)。